スーパーエンハンサー小話_1
生物学には"スーパーエンハンサー"という用語がある。
歴史はそれほど長くはない。
初めに"スーパーエンハンサー"と言い出したのはRichard Youngという大物である。
2013年に彼がのグループがCellにBack-to-backで出した2報の論文が
"スーパーエンハンサー"のおこりである。
* 2報ともlast authorはRichard Young。これは結構すごい。
普通はBack-to-backで出すといえば、
1報ではインパクトに欠ける場合に異なるグループが協力して出すというのが多い。
1グループでBack-to-backするというのは本当にCell2報分ということ。
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ともかく、スーパーエンハンサーはどのように見つかったのだろうか。
Richard YoungはES細胞の未分化性の分子基盤とかを研究していた。
特にスマッシュヒットとして、
2005年にESの未分化性にSox2,Oct4, Nanogがキーであるということを報告している。
(Boyer et al., Cell, 2005、被引用件数>4000)
*2006年にiPSが報告されるわけだけれど、山中先生の次くらいにiPSに近かった存在かも。
(ただしNanogは必要ではなく、意外にもKlf4が必要なのでそう簡単ではなかったか?)
ということで、Richard Youngらは、
Sox2, Oct4, Nanogの3因子がESの未分化性に重要であることを報告していた。
しかし、この2013年までは
これらの因子がどのように働くかイマイチ分かっていなかった。
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そこで、彼らのグループはSox2、Oct4, Nanogが
ゲノム上のどこに結合しているか検証した。
(ChIP-seqというやつで)
すると、驚くべきことに、
これらの因子が時に50kbpにもわたって結合しているゲノム領域があることが明らかになった。
Sox2、Oct4, Nanogはエンハンサーに結合していることは知られていた。
しかし、普通のエンハンサーは高々数百bpなので、
これほどのこの長いゲノム領域は特殊である。
また、このゲノム領域にはメディエーターの結合が強くみられる。
メディエーターはエンハンサー、プロモーターに普遍的に結合するとはずなのに。
いよいよ謎が深いゲノム領域である。
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この巨大エンハンサー領域の特徴は何だろうか?
このエンハンサーが制御する遺伝子をみると、
Oct4, Sox2など未分化性の維持に重要な遺伝子が上がってきた。
つまり、この巨大エンハンサーはES細胞の未分化性に重要なキー遺伝子の
発現を制御するゲノム領域であることが示唆された。
では、巨大エンハンサーは通常のエンハンサーに比べて何が違うのだろうか?
さらに、この巨大エンハンサーと普通のエンハンサーをプラスミドにいれて
転写活性化のレベルを検証した。
すると、この巨大エンハンサーを挿入した方が転写が強く活性化することが分かった。
以上をまとめると、
ES細胞のキー遺伝子とメディエーターが強く結合する巨大エンハンサーは
未分化性に重要な遺伝子の発現を強くドライブするゲノム領域であることが分かった。
"スーパーエンハンサー"と名付けた。
これがスーパーエンハンサーのおこり。
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さらに興味深いのが、このスーパーエンハンサーは細胞種に特異的で、
それぞれの細胞種の遺伝子発現状態を決めるのに非常に重要である点だ。
例えば、免疫細胞のB細胞では
スーパーエンハンサーはB細胞のキーとなる遺伝子を制御していることが分かっている。
(免疫細胞に限らないことが報告されてきている。)
いまでは一応スーパーエンハンサーを定義する基準というものができている。
細かいので省略するがメディエーターとか、転写因子の結合をみることで探索することができる。
ただし真面目にやるにはちょっと技術的にハードルが高い。
(複数のChIPseq。それなりの解析スキル。)
こういわけで、"スーパーエンハンサー"という新しい概念がもたらされた。
やや参入へのハードルが高いためか、そんなに論文の数は多くはないが、
今後スーパーエンハンサーに着目した論文も増えてくるのではないだろうか?
また、スーパーエンハンサーは創薬ターゲットにもなりそうであることが分かっていて、
実際いくつかは製薬会社が既に開発をはじめている。
次回はそこら辺のことを紹介しようと思う。
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あとは完全に蛇足。
- スーパーエンハンサーはphase separationしている。
これもRichard YoungがScienceに出している。
Coactivator condensation at super-enhancers links phase separation and gene control, Science, 2018
- 細胞種特異的、といえばmiRNAもある。
スーパーエンハンサーとmiRNAも関係しているらしい。
これもRichard Young(とPhillip A. Sharp)がCellに出している。
1stが日本人の方で新着論文レビューに解説が出ている。
柳に雪折れなし? 成体の神経幹細胞における転写後制御
拙ブログでも何度か紹介しているように、
次世代シーケンサーの登場によって、多くの細胞種でRNAseqが行われ、
それらの細胞の遺伝子発現が網羅的に調べられてきている。
その勢いや猪のごとく(猪年だけに?)、
三大紙でもRNAseqを見ない週はない勢いである。
ところがRNAseqを進めるうちに、
最近、研究者たちは不思議なことに気が付き始めた。
いくつかの細胞種では、
その細胞では発現すべきではない遺伝子のmRNA発現がみられるのだ。
例えば、胎生期の神経幹細胞では、
発現するとニューロンに分化してしまうBrn2(ブレイン2)のmRNAが発現している。
これは、未分化な状態を維持しておきたい幹細胞にとってはまずいことである。
(ただし実際のところは幹細胞は、このBrn2 mRNAの翻訳を抑えているらしい(Zahr et al., Neuron, 2018とか)。)
ともかく、このように、
遺伝子発現をみても必ずしもそれはタンパク質量とカップルしない、
ことが分かりつつある。
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このようなことから、どのような遺伝子がどの程度タンパク質量とカップルして、
どのような遺伝子はタンパク質量とカップルしないか?というのが研究者の大きな疑問であった。
そこで今回紹介する論文では、成体における神経幹細胞の分化をモデルにして
RNA量とタンパク質量を網羅的に検証し、mTORが翻訳量ひいては細胞運命の制御に重要であることを見出した。
Anaのグループは成体の神経幹細胞のシングルセルRNAseqを先駆けて行ったグループ。
(この成体神経幹細胞のシングルセルは大変competitive。
知っているだけでも他3グループが同じことをやって論文にしている)
ちなみに神経幹細胞の大御所にはAnneさんもいて紛らわしいので注意。
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成体神経幹細胞は非常に重要な細胞である。
なぜなら、大人になっても新しい神経細胞を生みだす数少ない供給源となっているためだ。
大人になっても神経細胞を生むことは学習や本能行動に重要であることがマウスの研究で明らかになっている。
この成体神経幹細胞が存在するのは二か所、海馬と、脳室下体である。
今回筆者らは脳室下体における神経新生に着目している。
脳室下体の神経幹細胞は、ニューロンへ分化する際に
静止型神経幹細胞→活性型神経幹細胞→早期ニューロブラスト→後期ニューロブラスト→ニューロン
と順々にその状態を変化させていく。
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筆者らは始めに、それぞれの分化段階でのタンパク質翻訳レベルを検証した(OPP uptakeという系)。
すると、面白いことに、
静止型神経幹細胞から活性型神経幹細胞になる際に翻訳量全体が増加し、
早期ニューロブラストになる際に翻訳量全体が減少することが分かった。
すなわち、神経幹細胞は分化に伴って翻訳量を制御していることが分かった。
そこで次は、どのような遺伝子のRNAが翻訳による制御を受けているか気になるだろう。
筆者らはRibo-Tagマウスを用いて、分化段階ごとに翻訳量を検証した。
Ribo-Tagマウスはリボソームにタグがついていて、
(ちなみに分化段階ごとにin vivoの細胞でRibo-Tagした例もほとんどないので新しい)
この結果から、神経幹細胞では比較的RNA量と翻訳量は比例するが、
分化し始めるとRNA量とタンパク量が比例しないものが出てくる、
すなわち、分化し始めると転写後の制御がみられるようになると主張している。
(ということで彼らは神経幹細胞ではpost-transciptionalな制御はあんまりないといっている。
ただし、他の論文Yoon et al, Cell, 2018とか先のZahr et al, Neuron, 2018は神経幹細胞でpost-transcriptionalな制御あるといっている。
胎生期と成体で違うということかもしれないし、相対的に分化しかけた方が転写後制御が大きいのかもしれない)
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で、肝心のどのような因子が転写後の制御を受けるかだが、
一つはSox2という幹細胞性の維持にとても大事な因子が挙げられるといっている。
Sox2は分化しても割とRNAは残っているが、翻訳は落ちている。
つまり、転写後の制御によって翻訳が抑制されていることが分かった。
次に、翻訳量がRNA量に比べて低い遺伝子についてみてみると、
5'UTRにmTORの標的となる特徴的な配列があることが分かった。
mTORは翻訳量を制御する重要な因子であることが知られている。
そこで、
筆者らはmTORが翻訳量を制御することで細胞運命を制御している可能性を考えた。
端折ってしまうが、筆者らはmTORを活性化、あるいは抑制することで、
成体神経幹細胞と早期ニューロブラストの運命を行き来させることができることを示している。
*ただしこの実験はmTORが大事であることは主張できるが、
翻訳が本当に大事だったのかは主張できない。
翻訳だけを制御するのも難しいので仕方がないことではあるが。
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以上の結果から、
"転写→翻訳→タンパク質→細胞運命"という「固い」メカニズムというよりは
転写も制御するけど、翻訳量も制御することで細胞運命を制御するという
「緩い」メカニズムで
生体は恒常性を維持している一例が見いだされた。
部分部分はしなやかに作っておいた方が、全体としてはロバストなんだろう。
(タイトルはそういうわけで"柳に雪折れなし"という...)
神経幹細胞に限らず、発現量と同じくらい翻訳量を検証するのも大事になってくる。
幸い、近年はRibo-Tagが結構広まっているので、今後も似たような研究が続いてくれるのではないか。
あとは、発現だけをみても分からない生命現象もあるよというのも大きな教訓。自戒を込めて。
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参考
Onset of differentiation is post-transcriptionally controlled in adult neural stem cells, Nature, 2019
「1細胞1受容体ルール」の分子メカニズム_2
前回の記事で紹介したように、
嗅覚神経には「1細胞1受容体ルール」という面白い特徴がある。
これまで、「1細胞1受容体ルール」を可能にするメカニズムを探索する中で
- OR遺伝子(嗅覚受容体遺伝子)は数多くのエンハンサーによって制御されること
- OR遺伝子のプロモーターとエンハンサーは核内で凝集すること
が分かっていた。
(前回の記事を参考ください↓)
しかし、
- このような染色体上の相互作用がゲノムワイドにどこで起きるのか?
- またこの相互作用をどのような因子が担うのか?その意義は?
という点は不明であった。
今回再びLomvardasらは
分化段階ごとにHiCを行うことでゲノムの相互作用を網羅的に記述するとともに、この相互作用をLHX2とLDB1が担うこと、
さらにこれらの因子が嗅覚受容体の発現に重要であることを示した。
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すると、幹細胞では染色体の相互作用はあまり見られないが、
分化に従ってOR遺伝子を含んだ染色体相互作用(Greek Island)がみられるようになることが分かった。
また、コンタクトが強い遺伝子領域はOR遺伝子のエンハンサーに濃縮していた。
この結果は、
分化に従ってエンハンサー-OR相互作用ができていく様子をゲノムワイドにとらえた点で結構すごい(と思う)。
(どうせならsingle cell HiCを、と思わなくもないが。もうやっているかもしれないが)
では、どのような因子がこの染色体相互作用(Greek Island)に重要なのであろうか?
筆者らは以前の報告で、Greek IslandにはLhx2という転写因子が結合する可能性を見出していた(eLife, 2017)
実際、
今回のHiCでみられたトランスあるいはlongシスに相互作用するコンタクトサイトでは
Lhx2が多く結合していることが明らかになっている。
そこで、Lhx2をノックアウトすることで
Lhx2の染色体相互作用に対する影響を検証した。
すると驚くべきことに、
Lhx2のノックアウトではトランスおよびlongシスの相互作用が減少し、
さらにOR遺伝子の発現も減少していた。
上がWT、下がLhx2ノックアウト。本当にGreek islandのコンタクトが消えている。
以上から、Lhx2こそがGreek Islandの形成、およびOR遺伝子の発現に必要であることが示唆された。
ではLhx2はどのようにGreek Islandの形成に貢献しているのだろうか?
ちょっと端折ってしまうが、筆者らはLDB1もコンタクトに重要であり、
LDB1 KOではOR遺伝子群の発現が低下していることを明らかにしている。
すなわち、Lhx2とLDB1が複合体を形成することが染色体相互作用、
ひいてはOR遺伝子発現に重要であることが示された。
一つの論文で2つも重要な因子を取ってしまうのはなかなかすごい。
(どうせならLhx2とLDB1が結合できない変異体も、と思ってしまうが...)
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これだけでも十分すごいが、ここで終わらないのがLomvardas。(?)
最後に、1細胞レベルで、発現しているOR遺伝子だけが
Greek islandと相互作用していることを示している。
例えばOlfr16を発現する細胞でin situ HiC(具体的にどういうやつかは不勉強のためスキップ)をすると、
Olfr16のプロモーターだけがlongな染色体相互作用をしていることが示されている。
結果は以上で、まとめると以下の図のようになる。
鼻のニューロンは分化にともなって染色体間を含むlongな染色体相互作用が現れ(Greek Island)、
Greek Islandと相互作用できたOR遺伝子が発現する
というモデルらしい。
染色体間を含むLongな相互作用は、巨視的にみればOR遺伝子のクラスタは小さいので
発現するOR遺伝子の選択が確率論的になるので多様性を生みやすい。
(シスでどのゲノム領域がどの遺伝子座を制御するかがっちり決めるよりも)
実際、long range染色体相互作用は確率論的な転写に重要であるという報告もいくつかあるらしい。
ランダムさを生み出すためにlong rangeで相互作用で相互作用するメカニズムが進化の過程で選ばれてきたということだろうか。
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あとはおまけも入るが、
これだけでは、1細胞に多数の受容体が発現してもいいではないか、と思うかもしれない。
しかし、坂野先生たちは、1種類のOR遺伝子が発現すると、
他のOR遺伝子の発現を抑えるメカニズムがあることを示している。
(ちなみにこの詳細な分子メカニズムはそんなには分かっていない??)
そういうわけで、
1細胞-1受容体ルールの分子メカニズム(2019年2月自分の理解の範囲版)は、
OR遺伝子プロモーターとエンハンサーによるGreek Islandの形成
→Greek island hubにおける1つのOR遺伝子の発現(ここは確率論的?)
→ネガティブフィードバックによる他の遺伝子の発現抑制
のように思われる。
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正直には、1細胞-1受容体ルールとクロマチン構造の論文は全くチェックしていなかったので、
1細胞-1受容体ルールがクロマチン状態による制御を受けるだけでも驚きだった。
鼻に限らず、多くの組織が多様な細胞集団から構成される。
long rangeな相互作用による確率論的な発現制御はもっと一般的に、細胞の多様性の形成に重要なのであろうか。
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参考
LHX2- and LDB1-mediated trans interactions regulate olfactory receptor choice, Nature, 2019
坂野研の日本語総説
「1細胞1受容体ルール」の分子メカニズム_1
動物はほぼ無限に存在する匂い物質をどのようにかぎ分けているだろうか?
匂いを感知するのは嗅覚系の嗅覚受容体であるが、マウスでも嗅覚受容体の遺伝子数は1000個程度であり、
1受容体が1つの物質を感知する仕組みだとそれほど多くの物質をかぎ分けることができない。
そこで、動物は嗅覚受容体の種類によって異なる場所に投射させ、
どのニューロンの組み合わせが発火するかというパターンで匂い物質をかぎ分けているらしい。
このように多様な物質を個々の細胞が認識するためには、1細胞ごとに発現する嗅覚受容体が異なっている必要がある。
実際古典的な研究によって、嗅覚系においては1細胞に1種類の受容体だけが発現する「1細胞1受容体ルール」があることが示されている。
この極めて魅力的な生命の仕組みを解明するために、多くの研究者が1細胞-1受容体ルールを実現する分子メカニズムを探索してきた。
その中で、DNA組み換えや、遺伝子変換(コピーの転座)、制御性エレメントによる制御、が提唱されてきた。
そこからの沢山の研究により、現在では
どうやら制御性エレメントによるOR遺伝子の発現制御が重要である可能性が高いことが明らかになりつつある。
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ことの発端は、坂野仁先生(利根川進ラボで免疫系でDNA組み換えがあることを1stで書いた)の研究室のScience, 2003のようだ。
この中で、坂野先生たちは嗅覚受容体MOR28の発現を制御する領域を探索し、
MOR28の75kb上流に存在する進化的に保存された領域であるHomology領域(H領域)があることを明らかにした。
さらに、このH領域をゲノムに挿入すると近傍のORの発現が上がること、
H領域がORの発現に必要であること、から、
H領域がOR遺伝子の発現を制御するシスエレメントであることを示している。
(主にSerizawa, Science, 2003、下は芹沢さんの総説より。)
しかし、H領域はゲノムに1箇所であるのに対して、OR遺伝子は多数の染色体上に散在していることから、
H領域が同じ染色体上のOR遺伝子の発現をシスに制御するモデルでは他の染色体のOR遺伝子がどのように制御されているかは不明である。
そこで、RichardAxel(OR遺伝子の発見でノーベル賞)らのグループが驚くべき報告を行う。
H領域に結合するゲノム領域を3Cによって検証すると、
H領域は他の染色体上のOR遺伝子とも結合しているのである。
また、H領域のコピー数を増やすと、1細胞が複数のOR遺伝子を発現することを示している。
すなわち、H領域はトランスに異なる染色体上のOR遺伝子の発現を制御することで、
1細胞-1受容体ルールの形成に貢献している可能性が示唆された。
(Lomvardas et al, Cell, 2006, このときの1st authorが今回のLast author。
今でこそトランスな制御はたまに報告されるが、当時は相当新しかったのでは?)
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ではH領域ですべてが説明できるかというと、そうでもないらしい。
MombaertsらのグループはH領域を欠失させても発現が変化するORは高々数個であること、
すなわちH領域以外にもOR遺伝子の発現を制御するゲノム領域がある可能性を報告した。
(Khan et al, Cell, 2011)
そこで、Lomvardasらは、ChIP-seqとDNase-seqによって
なんとOR遺伝子の発現を制御するエンハンサーを新たに35種類も明らかにする。
さらに驚くべきことに、
一つのOR遺伝子はこれらのエンハンサーのうち複数とトランスに相互作用している、
ことも明らかにしている。
(Eirene et al., Cell, 2014, 下にGraphical abstract)
すなわち、あるOR遺伝子がその周りに複数のエンハンサーを集めることで
(今風に言えばphase separationして??)発現をONにしているらしい。
ちなみに、このOR遺伝子とエンハンサーの集合体は免染でみると点状で島に見えるためか、
Greek Islandと名付けている。
一つの遺伝子が複数のエンハンサーを集めてドット上になるというのは、
今でもあまり知られていないだろうし、
当時なら言うまでもなく概念的に新しい発見であったと思われる。
しかし、
このような染色体上の相互作用がゲノムワイドにどこで起きるのか?
またこの相互作用をどのような因子が担うのか?その意義は?
という点は不明である。
そこで次回は、この問題に取り組んだLomvardasらの続報を紹介する。
分化してからの時間が分かるRNAseq
近年、シングルセルRNAseq解析が生命科学研究で広まっている。
シングルセル解析の大まかな使われ方としては
- 新しい細胞集団を見つけ出す
- 発生/分化過程における遺伝子発現変動をつかむ
の2種類があげられる(と思っている)。
後者では、ある細胞からある細胞になるときの遺伝子発現変化から
その変化に重要な遺伝子をとったりすることができるので、結構論文でも見られる。
しかし、現在のシングルセル解析は遺伝子発現の近似性から
疑似的な時間/分化軸を算出しているため、あくまでも机の上での時間軸である。
(遺伝子発現よりより精度の高い方法としてRNA velosityとかがあるわけだけど。)
つまり、現在の手法では"実際の時間軸"を反映した遺伝子発現を検出できないという問題があった。
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今回の論文の筆者らは、腸の幹細胞をモデルに、
"分化してからの時間"情報を残したままシングルセル解析を行う方法を編み出した。
(LastのHans Cleversは腸幹細胞の大御所。超クレバーっす。)
彼らはモデルとして腸の幹細胞を用いている。
腸は分泌するホルモンによってL細胞、I細胞、EC細胞、X細胞、K細胞、N細胞などに分けられる。
これらの細胞種はすべて腸幹細胞から生み出され、3~5日で新陳代謝を繰り返す。
しかし、一つの腸幹細胞から生まれた細胞が次々と細胞種を変えていくのか、
それとも一つの腸幹細胞が決まった多様な細胞種を生み出しているのかは不明であった。
このため、腸幹細胞においては特に時間情報を残したまま遺伝子発現を解析することが重要である。
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では、彼らはどのように時間情報を細胞に当てはめたのだろうか?
彼らは腸の幹細胞は幹細胞の段階でNgn3という遺伝子を発現することに着目し、
このマウスでは、Ngn3が発現する状態では
つまり、Ngn3が発現しなくなる(分化し始める)と、RFPの蛍光強度は時間依存的に短くなる。
(Ngn3陽性細胞をラベルするために用いている)
彼らはこれまでに、RFPの蛍光強度を測定しながら遺伝子発現をみる系を作成しているので、
このマウスを用いることで、分化してからの時間情報を残したまま遺伝子発現をみることが可能になった。
実際、RFPの強度別に細胞集団で遺伝子発現をみてみると、
RFP強度に従って、きれいに分化細胞関連遺伝子の発現が上昇している。
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ただし、腸の細胞は1細胞ごとにHeterogenietyがあるため、
筆者らはこの系を用いてさらにシングルセルRNAseqを行った。
この結果を用いて、RFP強度と遺伝子発現から、
幹細胞からそれぞれの細胞にどのように分化していくかtragectoryを作成した。
すると驚くべきことに腸幹細胞は時間の経過に伴って、自身の細胞種を変えていることが分かった。
一つの例では、分化してからまずL細胞に、ついでL細胞になったのちにN細胞になるらしい。
*おそらく多くの人は、幹細胞が初めから多様な細胞を生む、と思っていただろうから結構な驚きポイント。
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これだけでも十分すごいが、筆者たちはこの運命転換に重要な因子も同定している。
この系では、まさに運命が変わるタイミングで発現が変わる遺伝子が分かるのもいいところ。
この考えで、彼らは運命転換タイミングで発現の変わる因子をピックアップし、
この結果、新たに6つもの遺伝子が腸の細胞の運命に重要であることを発見している。
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これまで"RNAseqはスナップショット"という難題をおしゃれな方法で解決した点で画期的。
(ただしある程度ターンオーバーの早い組織でないと使えないという問題もあるが)
また、シングルセル解析は"きれいな"tragectoryのお絵描きで終わっている論文もあるが、
今回の論文はきちんと機能までみて、tragectoryが本当らしいことをみているのもよい。
今後は別の手法も含め、シングルセルRNAseqに時間情報が付加されるのが一般的になるとよいが。
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参考
Identification of Enteroendocrine Regulators by Real-Time Single-Cell Differentiation Mapping, Cell, 2019
エンハンサー大事_2
先日もエンハンサーについて紹介したが、
今回も違った角度からエンハンサーについて扱った論文を紹介する。
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今の生命科学研究では、ある細胞のみを標識すること、が結構重要である。
例えば、血管だけを標識したり、ニューロンだけを標識したりすることで、
その細胞集団の形態や位置を知ることができるだけではなく、
その細胞でだけある遺伝子をノックアウトや過剰発現したりすることができる。
これまでの多くの研究では、
目的とする細胞集団に高く発現する遺伝子のプロモーターを利用することで細胞を標識してきた。
(例えば、神経幹細胞ではNestinという遺伝子の発現が高いので
しかし、このプロモーターを用いた手法では、目的とする細胞集団以外も標識してしまったり、
細胞の遺伝子発現が似ている場合、よいプロモーターがないことがある、という問題があった。
そこで、筆者らはプロモーターの代わりに
エンハンサー配列を用いることで、細胞種特異的な標識を目指した。
(筆者らはAllen Instituteという脳の遺伝子発現を網羅的に調べたデータベースなどを作っているグループ。
最近亡くなられたマイクロソフト共同設立者、ポールアレンの寄付で設立された研究所)
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彼らはモデルとして大脳を扱っている。
大脳は様々な細胞種が存在し、その機能は大きく異なるために、
大脳における細胞種特異的なラベルは非常に重要である。
特に哺乳類の大脳新皮質は6層構造になっていることが知られているので、
筆者らは層特異的に標識する手法を目指した。
筆者らは初めに大脳においてシングルセルRNAseqとシングルセルATACseqを行い
1細胞レベルで遺伝子発現とクロマチン状態を検証した。
(と簡単に書いても実際は超大変だろう)
さらにバイオインフォマティクス解析を行うことで、
層特異的なオープンエンハンサーを同定した。
そこで、この層特異なエンハンサーを用いれば
層特異的に細胞をラベルできる可能性が考えられた。
ただし、エンハンサーにはPolⅡが結合せず、従ってエンハンサー配列だけでは転写が起きないので、
このエンハンサーの下流にminimum promoterを組み込んだウイルスを作成した。
筆者らは第5層を狙ってウイルスを作成し、
実際このエンハンサーdrivenなウイルスで5層の細胞群をきれいにラベルできている。
(ただし5種類作ってワークしたのは2らしいので必ずしもうまくいくわけではなさそう)
また、層構造に限らず、いくつかの脳領域もそれぞれの脳領域ごとに
エンハンサーdrivenなウイルスでラベルできることを示している。
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先日も紹介したように、
細胞種は遺伝子発現もだが、エンハンサーのオープンさでも分類されることが分かりつつある。
これまで、遺伝子発現が似ている細胞集団があるために、
プロモーターdrivenな方法では遺伝学的に特異的にラベルできなかった集団も
エンハンサーdrivenな手法であれば標識できるかもしれない。
これまで多くの細胞種では遺伝子発現の解析は行われてきたが、
エンハンサーの解析はそれに比べて遅れている。
今後、エンハンサーのオープンさが網羅的に記述されれば、
これまで分けることのできなかった細かい細胞集団を同定したり、
今回の手法による遺伝学的操作が可能になるかもしれない。
今後このような手法は神経系にとどまらず、多くの細胞種で用いられていくのではないだろうか。
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参考
Prospective, brain-wide labeling of neuronal subclasses with enhancer-driven AAVs, BioRxiv, 2019
ウイルス由来配列の発現を抑える
多くの生き物のゲノムには、
ウイルスを由来とする配列が多く含まれていることが分かっている。
例えばその一つで、レトロウイルス由来の配列であるRetroelementsは
ヒトゲノムの40%を占めるとされている。
このようなウイルス由来配列は、胎盤形成に関わる遺伝子になったり(peg10)、
認知機能に重要になったり(Sirh11/Zcchc16)していることなどが知られていて、
進化を駆動する要因の一つであると考えられている。
一方で、このようなウイルス由来配列は
ゲノム上を転移して他の遺伝子を壊してしまう可能性があるので、
基本的に抑制されている必要がある。
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例えば、全身性エリテマトーデスのモデルマウスでは、
免疫細胞において、ウイルス由来配列の発現が異常に上昇していることが知られていた。
しかし、このモデルマウスにおいて、
なぜウイルス由来配列の発現が上昇しているのかは不明であった。
最近、ウイルス由来配列の発現を上げてしまう原因遺伝子として、
初めてSnerv(suppressor of NEERV)を同定した、という論文が出ていたので紹介する。
(PIはIwasaki先生というYaleで独立されている日本人の先生。
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モデルマウスにはB6JとB6Nという近いけれども異なるマウスのラインがある。
そのうち、B6Nの方はいくつかのウイルス由来配列(以下ERV)が発現していること
が分かっていた。
では、なぜB6NではERVが発現してしまうのだろうか?
B6NでERV遺伝子座のクロマチン状態をみてみると、
そこで、クロマチン修飾に関わるような因子が
ERVの発現を制御している可能性が示唆された。
このERVの発現を制御する遺伝子を探すため、
B6JとB6Nを掛け合わせて、表現型がみられる/みられないマウスを探索した。
この実験では、かけ合わせたマウスでは大体半分くらいが
片方由来のゲノムを持つのでERVの発現と相関するゲノム領域を絞ることができる。
(読み違えているかもしれないです...)
この解析の結果、
13番染色体の1Mbpの間にあるゲノム領域がERVの発現を制御していることが分かった。
このゲノム領域には、2410141K09Rik と Gm10324という遺伝子があることが分かっていたが、
(名前から分かる通り)その機能は全く分かっていなかった。
遺伝子配列から、この二つはクロマチン構造変化を介して遺伝子発現を抑制する因子として知られる、
KRAB-ZFPに属することが明らかになった。
そこで、この2410141K09Rik と Gm10324こそが
ERVの発現を制御する因子なのではないかと考え実験を行うと、
確かにこのノックアウトではERVの発現があがってしまうことをが分かった。
また、分子メカニズムとしても、(とくに2410141K09Rikは)
また、実際に全身性エリテマトーデスモデルマウスにおいてこの遺伝子が欠損していることが症状の原因であろうこと、
ヒトの患者さんでもZFPの発現とERVの発現が逆相関していることなどを見出している。
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そういうわけで、
2410141K09Rik と Gm10324がERVの発現を抑制する因子であることが分かったので、
これをSnerv1/2(suppressor of NEERV)(NEはnon ecotropic)、と名付けている。
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このご時世、マウスで新しい名前を付けられるような因子を同定する(しかも2つ)のはとてもすごい。
また、内在性ウイルス由来配列を抑えるというのも(個人的には)面白い。
内在性レトロウイルス、他の組織でも発現していたりするらしいけれど、
Snervの発現や機能は他の組織ではどうなっているんだろう。
免疫系に留まらない可能性を示唆するBig paperだと思った。
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参考
The Lupus Susceptibility Locus Sgp3 Encodes the Suppressor of Endogenous Retrovirus Expression SNERV, Immunity, 2019
*1 personal communication?