Bio-Station

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2019年生命科学研究まとめ&2020年展望

 
今回は大みそかということで、管理人の独断と偏見による2019年生命科学研究のまとめと2020年の展望、そして今年バイオステーションでアクセス数の多かった記事を紹介していこうと思います。
 
(一学生の私見ですのであしからず。)
 
全体
昨年までの勢いを持続したままシングルセル解析相分離が今年もたくさん報告された印象。
 
シングルセル解析は一時期散見された、シングルセルRNAseqしただけの論文はさすがに減って、複数のオミクス解析を混ぜたり、サンプル調製に一工夫持たせたものが多くなった感じがします。今後は、シングルセルRNAseqがさらにスタンダード化するとともに、シングルセルレベルでのマルチオミクス解析や空間情報を付加したシングルセル解析が流行ってくるのではないでしょうか。
 
相分離は去年で終わりかと思いきや、今年も結構大きな論文に報告がありました。これまでとは違うのは、少し意外なところで相分離していることを示した論文が増えたところかなと思います。一方、相分離は、相分離しています、だけで終わる報告が多く、何か大事なことが分かった感じがしないのは相変わらずの印象を持ちます。来年以降は相分離していることの生物学的なメリットなどが分かるような論文が出てくれることを楽しみにしています。
 
そういうわけで、来年もシングルセル解析と相分離はしばらく見ることになるかな、と予想します。
 
 
神経幹細胞研究
一応管理人に近しい分野ですので、神経幹細胞研究についてもまとめていきます。バイオステーションで解説書いたのはリンク張っていきます。
 
まず、今年潮流が変わった論文といえば、"ヒトの海馬では(やっぱり)大人になっても神経新生している"という論文でしょうか。
 
 
古典的には冷戦時の放射線ラベルによる解析から大人のヒトでも神経新生するというのが通説でした。ところが2017年、アルトロらのグループがNatureにヒトの海馬では大人になるとほとんど神経新生しない!というセンセーショナルな論文を出します。この論文で大議論が巻き起こるのですが、昨年のCell Stem Cell, 今年のNature Medicineの論文でやはりヒトの海馬では大人になっても神経新生している、ことが報告されました。大きな差は神経新生マーカーが染まるかどうか、その条件にあったようです。アルトロらは反駁の構えという噂ですが、なんとなく大人の神経新生はある、という風潮になってきた年でした。
 
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また、がんができると神経幹細胞が脳からがんに移動していく、という論文も衝撃でした。そんなことあるのかー!という感じですね。
 
内容については記事を書いているので是非ご覧ください。

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また、デニスジャボウドンによるScienceとNatureは結構インパクトがありましたね。
 
Scienceの方では、発生過程における神経幹細胞と分化細胞の遺伝子発現をシングルセルRNAseqで網羅的に解析しています。同一系譜の細胞をFlash Tagというのできちんとラベルできたのが大きいです。
(ただシングルセルRNAseqしただけ、といえばそうなので、インパクトはもう少し低い雑誌に載るかと思っていた。。)
 
Natureの方では、発生後期の神経幹細胞を発生初期の脳に移植すると発生初期らしい振る舞いをする、すなわち環境による発生時計の巻き戻りがあることを報告しています。これはフェレットなどで古くから言われていた説(発生時計は細胞自律的である)というのとは逆なので驚きがありました。一方で、移植に伴って色々な操作をしているのでやや人為的だという意見もあるようです。ここらへんは今後の研究に期待ですかね。
 
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あとは、ホンジュンソンの海馬の神経幹細胞の起源細胞の同定もありましたね。
 
 
マウスの成体脳で神経新生するのは脳室下体と海馬です。この成体で神経新生するための神経幹細胞は、脳室下体では、胎生期に既にゆっくりと分裂する神経幹細胞としてとりおかれていることが知られていました(Furutachi et al., 2015)。
 
今回海馬では、脳室下体とは違って神経幹細胞はとりおかれることなく、だんだんと大人の神経幹細胞としての性質を獲得することを報告されました。HopXという遺伝子を発現する細胞をラベルしてその系譜を追う明らかに大変そうな実験が印象的でした。
 
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年始のアナのNatureも印象的でしたね。これはRNAからの翻訳後制御で神経幹細胞運命を制御するというので、転写と翻訳の二段構えで運命を柔軟に制御しているというのが面白いと思いました。こういう翻訳の制御の論文も今後も出るだろうなという気がします。
 
詳しくはブログでの解説記事をご覧ください。
 

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その他では、マグダレナゲッツによるAKNAのNature論文とアナの神経幹細胞の老化のCell論文も出ていました。AKNAはいつも前座っぽくトークされていたので、Natureとは思っていませんでした。。。
 
あと、脳を再構成する脳オルガノイドではクリーグシュタインのCellとグレイキャンプNatureが出ていました。ちゃんと追えていないけど、オルガノイドも今後結構論文出てくるのでしょうか。
 
というわけで神経幹細胞研究の2019年の動向はそんな感じでしょうか。ハイインパクトジャーナルにのせてくるPIも少し世代交代してきている感じもしますね。
 
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バイオステーション2019 ベスト3
 
今年バイオステーションで扱った記事の中で反響が良かった記事を3つほど紹介します。
 
①超天然変性タンパク質Heroを同定し、機能に迫った論文の解説記事。管理人が2019年で一番感動した論文。

 

②遺伝子のノックアウトによって補償が起きるメカニズムに迫った論文を2回に分けて解説した記事。バイオステーションTwitterのフォロワーが増えた論文だったので思い出がある。ありがとうございました。

 
③2019年のノーベル医学生理学賞の解説記事。ラボを早めに抜けて発表の当日中に書き上げた記憶。。

 
というわけで2019年のまとめ記事でした。2020年も面白い論文がたくさん出るといいですね。(管理人も自分の仕事頑張ります。。。)
 
2019年もご愛読ありがとうございました。2020年もよろしく願いいたします。

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tRNA断片が核の構造を変える!?

RNAといえば、多くの方は翻訳されてタンパク質を生み出すメッセンジャーRNA(mRNA)を思いつくかもしれない。
 
しかし、細胞内に含まれるRNAのうちmRNAが占める割合はほんの数パーセントであり、大部分のRNAはタンパク質をコードしないノンコーディングRNAである。
 
ノンコーディングRNAの中でもトランスファーRNA(tRNA)は、古典的には、mRNAの配列に対応したアミノ酸を転移させてタンパク質を作り出すのに重要なRNAであることが知られる。
 
近年驚いたことに、tRNAは切断を受け、古典的なアミノ酸転移という機能とは全く別の機能を果たすことが報告されてきている
 
以下の図のように、切断の受け方にもいくつかのパターンがあって、サブクラスとしてそれぞれ特徴を持つことが知られている。

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特にtRNA断片が注目されている生命現象の一つとして"tRNA断片を介した、後天的に獲得された形質の遺伝"が挙げられる。
 
つまり、親の代の環境要因によって生殖細胞中のtRNA断片の組成が変わることで、その影響が子孫に影響を与える可能性が示唆されている。
*いわゆる"エピジェネティクスによる遺伝"であるが、tRNAは多くの人が着目しているヒストンやDNAの修飾とは全く異なるので特に熱い分野かもしれない。
 
有名な例で、2016年の論文(Chen et al., Science, 2016)で、高脂肪食を与えたオスマウスの精子に含まれるtRNA断片を正常な受精卵に打ち込むと、その子供は代謝異常を示すことなどが報告されている。
 
ではこのとき、tRNA断片はどのような働きをしているのだろうか?
 
興味深いことに、初期発生過程においてtRNA断片を相補的な核酸によって不活性化すると、MERVLと呼ばれる内在性レトロトランスポゾン配列を近くに持つ遺伝子群の発現が上昇することが示されている(Sharma et al., Sciecnce 2016)。つまり、tRNA断片はMERVL関連遺伝子の発現を抑制している。
 
MERVLというのはちょっとマイナーかもしれないが、初期発生においてかなり重要な配列として知られている。
 
というのは、MERVLは2細胞期に発現が高いこと、また2細胞期特異性遺伝子の多くにはMERVL配列が近くにあることが知られているためだ。
 
2細胞期(まで)というのは、すべての細胞に分化することのできる「全能性」を持っているという点で特別である。(iPS細胞などは胎盤などの胚体外組織に分化できないので全能性はなくて、多能性。STAP細胞は全能性を謳っていたが。。。)
 
このため、tRNA断片がどのようにMERVLの発現を抑制しているのか、そのメカニズムを明らかにすることは結構重要である
 
そういうわけで、今回はtRNA断片がMERVLの発現を抑制するメカニズムに迫った論文を紹介する。(直接言えたわけではないのでタイトルにMERVLは入っていないのだが)
 
(Genes and Development, 2019)
(今回筆者らは特にtRNA-Gly-GCCというtRNA5末端断片の一つに着目しているのだが、以下簡単のためtRNA断片と省略。)
 
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tRNA断片による遺伝子発現抑制のメカニズムとして、tRNA断片がmiRNAと同じ経路に乗って相補的なmRNAに結合して"翻訳"を抑制することがあることが知られてきた。
 
しかしながら、MERVLの配列にはtRNA断片と相補的な配列は存在しないことなどから、tRNAによるMERVL関連遺伝子の発現抑制メカニズムはmRNAに結合することによる翻訳阻害はでない可能性が示唆された。
 
一方、筆者らはいくつかの実験を行うことで、むしろtRNA断片はMERVLの"転写"を制御している可能性を明らかにする。
 
では、どのようにtRNA断片によってMERVLの"転写"が制御されるのだろうか?
 
筆者らはMERVLが通常核が凝集して転写が抑制された、ヘテロクロマチンに存在することに着目し、tRNA断片を抑制した時のクロマチン状態をATACseqによって解析した(ATACseqについては以前の記事を参考に。ATAC-seqの歴史)
 
その結果、tRNA断片を阻害すると、MERVLの遺伝子座のクロマチンが開いていることが明らかになる。
 
すなわち意外にも、tRNA断片はクロマチン状態の制御を介してMERVLの発現を変化させている可能性が示唆された。
 
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では、どのようにtRNA断片はクロマチン構造を変化させるのだろうか?

筆者らはtRNA断片の下流で他の遺伝子の発現を変えている可能性を考え、tRNA断片を不活性化した条件でRNAseqを行い、tRNA断片の不活性化による遺伝子発現の変化を網羅的に解析した。
 
この結果、興味深いことにtRNA断片の不活性化により、snoRNAやscaRNAなどのsmall RNAヒストンmRNAの発現が減少していることを見出す。
 
このtRNA断片阻害で発現が変化するsmall RNA中でも特に、U7 RNAというRNAの発現がよく下がることを見出す。
 
U7 RNAというのはヒストンのpre-mRNAの3末端のループ構造のプロセシングを担うことが知られる因子である。
 
そこで、tRNA断片阻害でU7 RNAを戻すと、ヒストンmRNAの量は戻ったことから、tRNA断片⇒U7発現量⇒ヒストン量という流れがあるらしい。
 
また、U7 RNAの発現を戻すとtRNA断片阻害によるMERVL関連遺伝子の発現上昇も一部キャンセルらしいので、U7 RNAの制御は結構大事であることが示唆される。
 
(*ちなみにこの論文の結構微妙なポイントだと思うのだが、ヒストンの発現を戻す実験を行っていないので、ヒストンの発現がMERVLの制御に大事だったのかはよくわからない。)
 
この流れをモデルにすると以下のようになる。
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最後に、どのようにtRNA断片がsmall RNAの発現を制御しているのかという点に迫るため、筆者らはtRNA断片に結合するタンパク質を網羅的に探索した。
 
結果的にhnRNP-FとhnRNP-Hというタンパク質がtRNA断片に結合するということを発見している。
 
で、hnRNP-FとhnRNP-Hをノックダウンすると核構造が大きく変わりMERVLの発現も変化するので、hnRNP-FとhnRNP-Hが大事だろうとディスカッションをしている。
 
(けれども、どれだけtRNA断片とhnRNP-FとhnRNP-Hの"結合"が大事だったのかはよく分からない。。)
 
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というわけで、モデルとしては「tRNA断片とhnRNPF/Nの結合⇒small RNA発現⇒ヒストン発現⇒クロマチン構造変化⇒MERVL関連遺伝子発現」ということらしい。
 
正直、一つ一つのステップが矢印でつなげるかどうかは結構怪しい部分も多い。
 
とはいえ、tRNA断片がクロマチン構造の変化を引き起こしうる、というのは新しいし、とても興味深い。
 
今後解析が進めばtRNA断片を介した後天的獲得形質の遺伝メカニズムだけでなく、tRNA断片を介した多様な細胞運命制御機構が明らかになるかもしれない。
 
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今回の論文
Control of noncoding RNA production and histone levels by a 5′ tRNA fragment, Genes and Development, 2019 (リンク)
 
図の引用
Biogenesis and Function of Transfer RNA-Related Fragments (tRFs), Trends in Biochemical Sciences, 2016

レトロウイルスの侵略により引き起こされたウイルス複製阻害遺伝子ファミリーの急速な進化(筆頭著者による論文紹介)

今回は東大医科研、佐藤研究室の伊東さんから筆頭著者による論文紹介を頂きました。論文の中身はもちろん、研究室の紹介や研究の裏話、バイオステーション管理人とのQ&Aまで盛りだくさんの内容となっていますのでぜひ最後までご覧ください!

 

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レトロウイルスの侵略により引き起こされたウイルス複製阻害遺伝子ファミリーの急速な進化

伊東潤平、佐藤佳

東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野)

 

原著

Ito J., Gifford RJ., and Sato K. Retroviruses drive the rapid evolution of mammalian APOBEC3 genes. (2020), Proc Natl Acad Sci U S A.

https://doi.org/10.1073/pnas.1914183116

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要約

進化の過程において、哺乳類の祖先は病原性ウイルスに対する様々な防御機構を発達させてきた。抗レトロウイルス因子の一つであるAPOBEC3タンパク質は、guanine-to-adenine (G-to-A) 変異をウイルスゲノムに導入することで、様々なレトロウイルスの複製を強力に抑制する。興味深いことに、APOBEC3ファミリー遺伝子は哺乳類の進化過程において遺伝子重複を繰り返し、急速に進化してきたことが知られている。このようなAPOBEC3ファミリー遺伝子の急速な進化は、レトロウイルスによる侵略に対抗するために引き起こされたと推測されてきたものの、その具体的な証左は示されてこなかった。一方で、哺乳類のゲノム中には、過去のレトロウイルス感染の痕跡である内在性レトロウイルス (endogenous retrovirus; ERV) が大量に存在する。ERVは古代のレトロウイルスの「分子化石」であるため、ゲノム中に残るERV配列を解析することで、宿主の祖先–ウイルス間の進化的攻防を解明するための手掛かりを得ることができる。

 

 本研究では、160種類の哺乳類を対象とした比較ゲノム解析を行うことで、レトロウイルスとAPOBEC3ファミリー遺伝子の間に起きた進化的攻防を明らかにすることを試みた。各哺乳類のゲノムにおいてAPOBEC3ファミリー遺伝子およびERV配列を網羅的に同定・計数し、さらにはERV配列中に蓄積したG-to-A変異を定量した。その結果、ゲノム中にERVを多く含み、過去に多くのレトロウイルス感染を経験したと考えられる動物種ほど、より多種多様なAPOBEC3ファミリー遺伝子を持つことが明らかとなった。また、多数のAPOBEC3ファミリー遺伝子を持つ動物種ほど、ERV配列中により多くのG-to-A変異を蓄積していることが明らかとなった。さらに、霊長類において、大量のレトロウイルス・ERVがゲノムを侵略した時期に、APOBEC3ファミリー遺伝子の増幅が起こったことが明らかとなった。

 

以上の結果から、レトロウイルスの侵略が哺乳類におけるAPOBEC3ファミリー遺伝子の増幅のきっかけとなったこと、およびAPOBEC3ファミリー遺伝子の増加がレトロウイルスへの攻撃の強化に繋がったことが示唆された。本研究は、ウイルスと宿主の長期間にわたる進化的攻防を理解する上での貴重なモデルケースを提供するものである。

 

 導入

 内在性レトロウイルス(endogenous retrovirus; ERV)は、古代のレトロウイルスが宿主の生殖細胞に感染し、宿主ゲノムに組み込まれることで生じた「ウイルス感染・侵略の痕跡」である1。現存する哺乳類において、ERV由来の配列はゲノムの大きな割合(~12%)を占めている。このことは、進化の過程において哺乳類の祖先が大量のレトロウイルス感染に暴露されてきたことを示唆している。また、いったん宿主生殖細胞への侵入を果たし、ERVへと進化したレトロウイルスは、トランスポゾンの一種として増殖を繰り返し、宿主のゲノムをさらに侵略していく。このようなレトロウイルス・ERVの感染・侵略に対抗するため、哺乳類の祖先はさまざまなウイルス感染防御機構を進化させてきた。

 

レトロウイルスの複製を阻害する遺伝子のひとつとして、APOBEC3ファミリー遺伝子が知られている2。APOBEC3タンパク質は、シチジン脱アミノ化酵素活性を持っており、レトロウイルスの相補鎖DNA(complementary DNA; cDNA; アンチセンス鎖)にcytosine-to-uracil変異を導入する。その結果、ウイルスゲノム(センス鎖)にguanine-to-adenine (G-to-A) 変異が導入され、レトロウイルスの複製を強力に抑制する。APOBEC3ファミリー遺伝子は、ヒト免疫不全ウイルス (HIV-1) 等の“外来性”のレトロウイルスに対する防御遺伝子として有名だが、ERVの増殖に対しても抑制的に働きうることが報告されている3

 

興味深いことに、APOBEC3ファミリー遺伝子の数は、哺乳類の種間において大きく異なることが知られている4。例として、ヒトは7つのAPOBEC3ファミリー遺伝子を持つものの、マウスは1つしか持っておらず、有袋類に至っては1つも持っていない。APOBEC3ファミリー遺伝子の進化にまつわる魅力的な仮説のひとつに、「APOBEC3ファミリー遺伝子のコピー数の増加は、レトロウイルスまたはERVの侵略に対抗するために起こった」というものがある。しかしこの仮説を支持する具体的な証拠は未だ提示されていない。

 

ゲノム中に存在するERV配列は、過去に存在したウイルスの「分子化石」のようなものである。そのため、ERV配列を調べることで、1) どのような種類のウイルスが、2) どの生物に、3) いつ、 4) どの程度感染していたかを知ることができる。さらには、ERV配列を精査することで、長期にわたるウイルスと宿主の進化的攻防を解明するための手がかりを得ることができるかもしれない。特にAPOBEC3ファミリー遺伝子は、攻撃したウイルスの配列中に分子的な痕跡(G-to-A変異)を残すという稀有な性質があるため、ERV配列におけるG-to-A変異の蓄積量を調べることで、ERVあるいはレトロウイルスが過去にどの程度APOBEC3から攻撃を受けたか推定することができる。そこで本研究では、160種類の哺乳類を対象とした大規模な比較ゲノム解析を行い、1) APOBEC3を含む「AID/APOBECファミリー遺伝子*」の網羅的同定、2) ERV配列の網羅的同定、および3) ERV配列に蓄積したG-to-A変異の定量を行った。そして、哺乳類の進化過程におけるAPOBEC3ファミリー遺伝子とレトロウイルスの進化的軍拡競争の描出を試みた。

 

*AID/APOBECファミリー遺伝子

シチジン脱アミノ化酵素活性を持つ。AID, APOBEC1, APOBEC2, APOBEC3, およびAPOBEC4が含まれる。抗体の成熟(AID)、脂質代謝APOBEC1)、およびウイルス防御(APOBEC3)等、様々な生理機能に関わる。

 

結果および考察

1, 哺乳類におけるAID/APOBECファミリー遺伝子の網羅的同定

160種類の哺乳類のゲノム配列を対象に配列相同性(tBLASTn)検索を行い、ゲノム中に存在するAID/APOBECファミリー遺伝子に類似する配列を網羅的に同定した。その結果、1,420個のAID/APOBECファミリー遺伝子が同定された。各動物種において同定されたAID/APOBECファミリー遺伝子の数を図1に示す。APOBEC3以外のAID/APOBECファミリー遺伝子は、各動物種において概ね1コピーずつしか存在しなかった。一方で、APOBEC3ファミリー遺伝子(A3/Z1A3/Z2、およびA3/Z3に細分化される)は、霊長目、コウモリ目、ウマ目、ゾウ目等において顕著にコピー数が増加していた。以上のように、哺乳類の複数の系統においてAOBEC3ファミリー遺伝子の増加が起こったことが明らかとなった。

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 図1 哺乳類の各種におけるAID/APOBECファミリー遺伝子のコピー数。

 

2, ERV配列の網羅的同定およびERVにおけるG-to-A変異蓄積量の定量

 配列相同性検索(RepeatMakser)により、ゲノム中に存在するERV配列を網羅的に同定したところ、ERVの挿入量は哺乳類の系統間において大きく異なっていることが明らかとなった(図2A)。この結果は、過去に受けたレトロウイルスまたはERVの侵略の度合が、哺乳類の系統間において大きく異なっていることを示唆している。

 レトロウイルスおよびERVが、APOBEC3から過去に受けた攻撃の程度を推定するために、ERV配列中に蓄積したG-to-A変異の量を定量した。APOBEC3ファミリー遺伝子は、レトロウイルスのセンス鎖特異的にG-to-A変異を導入するという性質を持つ。そこで本研究では、ERV配列のセンス鎖・アンチセンス鎖間におけるG-to-A変異速度の比を計算し、これをAPOBEC3によるG-to-A変異蓄積スコアと定義した。図2Bに示す通り、ゲノム中のERV配列におけるG-to-A変異蓄積量は、哺乳類の系統間において大きく異なっていた。この結果は、APOBEC3によるERVへの攻撃の程度が哺乳類間において異なっていたことを示唆している。

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図2 ゲノム中のERV挿入量(A)およびERV配列におけるG-to-A変異の蓄積量(B)。

 

3, レトロウイルス・ERVの侵略とAPOBEC3ファミリー遺伝子の増幅の関連

 哺乳類各種のゲノムに組み込まれたERVの量と、APOBEC3ファミリー遺伝子の数を比較したところ、正の相関が見られた(図3A)。すなわち、ゲノム中にERVを多く含み、過去に多くのレトロウイルス・ERVの侵略を経験したと考えられる動物種ほど、より多くのAPOBEC3ファミリー遺伝子を持つことが明らかとなった。この結果は、レトロウイルス・ERVの侵略がAPOBEC3ファミリー遺伝子の遺伝子数増加の一因となったことを示唆している。

 哺乳類の各種が持つAPOBEC3ファミリー遺伝子の数と、ERV配列中に蓄積したG-to-A変異の量の関連を解析したところ、正の相関が見られた(図3B)。すなわち、APOBEC3ファミリー遺伝子を多く持つ動物種ほど、ERV配列中に多くのG-to-A変異を蓄積していることが明らかとなった。この結果は、APOBEC3ファミリー遺伝子の増加がERVへの攻撃の強化に繋がったことを示唆している。

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図3 ゲノム中のERV挿入量、APOBEC3ファミリー遺伝子のコピー数、およびERV配列におけるG-to-A変異の蓄積量の関連解析。(A)ERV挿入量とAPOBEC3ファミリー遺伝子のコピー数の関連。(B)APOBEC3ファミリー遺伝子のコピー数とG-to-A変異の蓄積量の関連。


 レトロウイルスの侵略とAPOBEC3ファミリー遺伝子数増加の関連性をより明らかにするために、両者の起こった進化的な時期を比較した。ここでは特に、レトロウイルス・ERVの侵略とAPOBEC3ファミリー遺伝子数の増加が顕著に見られた霊長類に注目し解析を行った(図4A)。その結果、ERVのゲノムへの挿入は、真猿類(ヒト上科、旧世界ザル、および新世界ザルを含む)の共通祖先(約5,000万年前)において活発に起こったことが明らかとなった。一方で、ERVの挿入は、同時期の原猿類(メガネザル、キツネザル、ブッシュベイビー等を含む)の祖先にはほとんど起こっていなかった。また、真猿類は多数のAPOBEC3ファミリー遺伝子を持つ一方、ほとんどの原猿類はごく少数のAPOBEC3ファミリー遺伝子を持っていることが分かった(図4B)。このことは、霊長類におけるAPOBEC3ファミリー遺伝子の顕著な増加は、真猿類・原猿類の分岐後に真猿類の共通祖先において起こったことを示唆している。すなわち、霊長類において、レトロウイルス・ERVの顕著な侵略が見られたのと同時期・同系統において、APOBEC3ファミリー遺伝子の増幅が起こったことが示された。以上の結果は、レトロウイルス・ERVの侵略がAPOBEC3ファミリー遺伝子の遺伝子数増加の一因となったことを示唆している。

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図4 霊長類におけるレトロウイルスの侵略時期とAPOBEC3ファミリー遺伝子増幅の時期の関連。(A)各年代・各種におけるERVの推定挿入量を表すヒートマップ。(B)霊長類各種におけるAPOBEC3ファミリー遺伝子のコピー数。

 

 総括

 本研究結果から、レトロウイルス・ERVの侵略がAPOBEC3ファミリー遺伝子増加の一因となったことを示唆する結果が得られた。また、APOBEC3ファミリー遺伝子の増加が、レトロウイルスに対する攻撃の強化に繋がったことを示唆する結果が得られた。レトロウイルスがAPOBEC3ファミリー遺伝子の進化を駆動してきたという仮説、あるいはウイルスが抗ウイルス遺伝子の進化を駆動してきたという仮説は、これまで活発に議論されてきたものの、具体的証拠に乏しかった。特に、数千万年のタイムスケールにおけるウイルスと抗ウイルス遺伝子の進化攻防については、これまで解析することは難しかった。本研究では、「分子化石」であるERV、およびその化石に傷(G-to-A変異)を残す性質を持つAPOBEC3ファミリー遺伝子に着目することで、ウイルスと宿主の長期間にわたる進化的攻防の歴史を再構築することに成功した。むろん、ERVは不完全な化石記録であるに過ぎず、現在ゲノム中に観測されるERVは、過去に感染した膨大なレトロウイルスのごく一部が標本抽出されたものに過ぎない。それでもなお、本研究の示すレトロウイルスとAPOBEC3ファミリー遺伝子の進化的攻防のモデルケースは、今後ウイルスと抗ウイルス遺伝子の進化的攻防モデルを議論する上での貴重な論拠の一つとなるだろう。

 

 

研究を始めたきっかけ

 本研究を始めたきっかけは若干入り組んでいます。もともとのきっかけは、佐藤佳先生が2015年の冬に共著者のRobert Gifford先生(グラスゴー大学)の研究室へ短期留学したことでした。その際に佐藤先生とGifford先生は、「哺乳類におけるAPOBEC3ファミリー遺伝子を網羅的に同定する」という仕事をされましたが、諸事情によりこの仕事はお蔵入りとなっていました。2018年の秋、佐藤先生と著者(伊東)が再びグラスゴー大学を訪れた際、Gifford先生が古いファイルを持ち出してきて、「APOBEC3ファミリー遺伝子の仕事をまとめないか」と提案されました。その後、大学や酒場(図5)でのなんやかんやの議論の末、「APOBEC3ファミリー遺伝子、ERVの量、G-to-A変異の関連を見るんや!」ということに落ち着き、この仕事がスタートしました。ちなみにGifford先生は、ERV配列に基づくウイルス進化解析の草分け的な仕事をされてきた先生です。

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図5 グラスゴーの酒場にて。左から佐藤佳先生、Robert Gifford先生、著者(伊東)。著者は写真を撮ると大体目を瞑っている。

苦労した点

 先生方のサポートもあり、この仕事は半年程度で上手くまとまってくれたので、苦労した点は正直あまりありません(他の仕事もこの調子で行けばいいのですが…)。強いていうなら、1) G-to-A変異の蓄積量を評価する方法(G-to-A変異蓄積スコア)を考える点と、2) 仕事としてのまとめ方です。2) に関しては、2019年5月開催の国際学会にて発表するという明確なタイムリミットがあったことがよかったように思われます。

 

 

参考文献

1            Feschotte, C. & Gilbert, C. Endogenous viruses: insights into viral evolution and impact on host biology. Nat Rev Genet 13, 283-296, doi:10.1038/nrg3199 (2012).

2            Harris, R. S. & Dudley, J. P. APOBECs and virus restriction. Virology 479-480, 131-145, doi:10.1016/j.virol.2015.03.012 (2015).

3            Treger, R. S. et al. Human APOBEC3G Prevents Emergence of Infectious Endogenous Retrovirus in Mice. J Virol 93, doi:10.1128/jvi.00728-19 (2019).

4            Nakano, Y. et al. A conflict of interest: the evolutionary arms race between mammalian APOBEC3 and lentiviral Vif. Retrovirology 14, 31, doi:10.1186/s12977-017-0355-4 (2017).

 

 

謝辞

本研究はRobert J. Gifford博士(グラスゴー大学)と共同で行われました。

また、本研究は菅波麻衣氏(東京大学)の技術協力のもと行われました。

 

おまけ・研究室紹介:

東京大学 医科学研究所「システムウイルス学研究室」について

「システムウイルス学」とは、著者(伊東)の上司である佐藤佳先生(図6)とその恩師である京都大学の小柳義夫先生が作られた言葉で、「分野横断的な技術・知識を駆使し、ウイルスをシステム(総体)として理解することを目指す学問」という意味だそうです。著者個人としては、「いろいろなウイルスを様々なアプローチから研究する学問」と平たく捉えています。実際、ラボメンバー(図7)の扱うウイルスは様々です。研究室のメインテーマは、ヒトにAIDSを引き起こす「ヒト免疫不全ウイルス-1(HIV-1)」ですが、今回ご紹介させて頂いたような内在性レトロウイルスの研究をしている人もいますし、ウイルスの種類に拘らず、サンプル中に含まれるウイルスを包括的に解析する手法「Virome」を用いて研究を行っている人もいます。また、研究に用いているアプローチも多種多様です。細胞生物学的手法(Wet解析)を専門とするメンバーもいれば、バイオインフォマティクス(Dry解析)を得意とするメンバーもいますし、どちらの技術を持つ人もいます。医学的な興味が強い人も、分子生物学あるいは進化学的な観点から研究を行なっている人もいます。様々な興味・技術を持つメンバーが互いに協力し合い、日々研究を進めています。また研究室を主催する佐藤先生は、広い興味・視野を持ち、フットワークが軽く、とても面倒見の良い先生です。大学院生・ポスドクも募集中ですので、興味のある方はぜひ研究室に遊びに来てください。

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図6 佐藤佳先生。新学術領域研究「ネオウイルス学」(http://neo-virology.org/)にて凄腕カメラマンに撮影してもらった。

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図7 システムウイルス学研究室のメンバー。写真は佐藤先生のお誕生日会。

 

研究室HP:

http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/SystemsVirology

 

研究室Twitter & Facebook:

@SystemsVirology

 

佐藤先生 メールアドレス:

ksato@ims.u-tokyo.ac.jp

 

著者情報:

伊東潤平(イトウジュンペイ)

東京大学医科学研究所 感染症国際研究センター システムウイルス学分野

学振特別研究員(PD)

ゲノム生物学、生物情報学、ウイルス学が専門で、内在性レトロウイルスが大好きです。内在性レトロウイルスの駆動する生物進化と遺伝子制御ネットワークについて研究しています。

 

佐藤 佳(サトウ ケイ)

東京大学医科学研究所 感染症国際研究センター システムウイルス学分野

准教授(研究主宰者)

 

 

おまけ2・バイオステーション管理人とのQ&A
1.
Q: このような解析が、これまで行われてこなかったのはなぜなのでしょうか?多くの種で全ゲノムを読む、というプロジェクトが律速になっていたのでしょうか?

 

A: はい、ゲノム情報の充実、解析手法の確立、コンピュータリソースの拡大も律速になっていたと思います。あとは、内在性レトロウイルスという研究対象が若干ブルーオーシャン気味だったので(最近はそうでもないですが)、「やれば絶対面白いのにまだやられていないこと」がたくさんある印象です。

 

2.

Q: (よく聞かれると思われる質問で恐縮ですが、)この研究が完遂した場合、世の中的に、あるいは生物学的に、もっともインパクトのある部分というのはどういった点になりますでしょうか?拝読した感じでは、再現しえない「進化」をウイルス由来配列から再構成できる、という点だとかになるのかなとは感じました。

 

A: おっしゃる通りだと思います。本来ウイルスは物理的な化石を残しませんが、ゲノムに眠る「分子化石」である内在性ウイルスを調べることで、その進化の歴史を辿ることができます。またこの仕事の重要な点としては、この化石を調べることで数千万年単位のウイルス-宿主の進化的攻防の歴史を辿れたことだと思います(「インパクトのある部分」の答えになっているかは分かりませんが...)。

 

3.
Q: ERVの挿入が多い5000万年前というのはなにか地球規模での大きなイベントがあった時期なのでしょうか?ここが図中で特に赤いので気になりました。 

 

A: 非常に面白い質問で、僕はその答えを知りません。5000万年前と言いますと、最後の大量絶滅(K-Pg境界; 6,400万年前)の後で、哺乳類の爆発的な放散が起こっている最中だと思います。霊長類以外の哺乳類においても、ほぼ同じ時期にERVの著しい挿入が見られる動物がいますので、もしかするとこの時代にレトロウイルスの世界的な流行が起こったのかもしれません。 

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実は今回の筆頭著者による論文紹介、初めて面識のない方から投稿いただいた記事です。伊東さん、本当にありがとうございました。

 

バイオステーションでは、引き続き筆頭著者による論文紹介を募集しています!

詳細はこちらをご覧ください(リンク)。ご連絡お待ちしております。

RNAスプライシングが遺伝子発現を制御する?

正確な遺伝子発現がどのように実現されているか知ることは、生物学の一つのゴールである。
 
ご存知のように遺伝子はDNAから転写されてRNAスプライシングなどの制御を受けて成熟したRNAになる。
 
これまでに、転写がRNAスプライシングに影響を与えることはしばしば報告されてきた。
(例えば、転写のスピードによってスプライシングの位置が変わってきたりするらしい)
 
一方逆に、スプライシングが転写にどのような影響を与えるかという点はほとんど分かっていなかった(以下の図)。
 
 
今回は、スプライシングにより近くの通常不活性状態の転写開始点からの遺伝子発現が上昇する、という新しい遺伝子発現制御メカニズムを明らかにした論文を紹介する。
 
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この研究のきっかけは、筆者らのグループが数年前に報告した不思議な現象にある(Merkin et al., 2015)。
 
2015年の論文で彼らは種ごとに遺伝子の配列を比較し、進化的に新しくエクソン(タンパク質をコードした配列)を獲得した遺伝子に着目した。
 
その結果、これら新しいエクソンを持つ遺伝子は遺伝子発現自体が上昇することを明らかにしていた。
 
 
このことから筆者らは、エクソンの獲得によって遺伝子発現が直接活性化されている可能性を考えた。
 
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そこでエクソンの獲得が遺伝子発現に影響を与えるか検証するために、筆者らは2つの遺伝子をモデルにマウスだけが持つエクソンをラットの配列に挿入する実験を行った。
 
その結果、エクソンが新しく挿入された遺伝子の発現が増加することを発見する。
 
また、このとき興味深いことに、エクソンが挿入された遺伝子は通常の転写開始点ではなくて、新しく挿入されたエクソンに近い場所における通常は活性が弱いような転写開始点(cryptic promoter)からの発現を上昇させていることが分かった。
 
図にすると以下のような感じで、真ん中の赤っぽく示されたエクソンの挿入により、緑色の活性が弱いような転写開始点からの転写が増加する。
(RNAPⅡ; RNAポリメラーゼ2、灰色の線; スプライシングされる場所)

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(ちなみにマウスだけが持つエクソンスプライシングを抑制することで、遺伝子発現が減少するという結果も出している。)
 
また、網羅的な解析により、モデルにした遺伝子以外でも新しくエクソンを獲得すると遺伝子発現が上昇する遺伝子はたくさんあり、このモデルは一般的である可能性を示している。
 
この結果から、エクソンは近くの通常不活性状態の転写開始点からの遺伝子発現が上昇させる可能性が分かってきた。
 
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ではこのとき、エクソンの何がこの通常不活性状態の転写開始点からの遺伝子発現上昇に大事なのだろうか?(配列なのか、転写されることなのか、スプライシングなのか)
 
この疑問に答えるため、筆者らはノックダウンすると転写開始点が変わる因子をデータベースを用いて網羅的に探索した。
 
その結果、10個のスプライシング因子が転写開始点の決定に大きな影響を与えていることが明らかにする。
 
実際、PTBP1というスプライシング因子を神経系の細胞でノックダウンすると転写開始点と遺伝子発現に変化があることをみている。
 
この結果は、新しいエクソンが挿入されスプライシングが誘導されることが、近くの転写開始点からの転写に重要である可能性を示唆する。
 
モデルは以下のような感じ。転写が起きてスプライシング因子がくると、近くの転写開始点からの遺伝子発現が上昇する。
 
 
(緑色が元々のエクソン、赤色の新しいエクソンが挿入されると紫色の別のプロモーターからの転写が活性化する。このときオレンジで示されたスプライシング因子が転写の活性化に重要)
 
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データの骨子は以上のような感じ。
 
今回の論文で、これまでよく研究されてきた「転写⇒スプライシング制御」という流れとは逆に、「スプライシング⇒転写」という制御メカニズムがあることが明らかになった。
 
筆者らはこれをEMATS(Exon-Mediated Activation of Transcription Starts)と名付けている。
 
これは、エクソンが単にタンパク質配列をコードするだけではなく、エンハンサーのように遺伝子発現の制御も行っている可能性を明らかにした点で生物学的に重要である気がする。
 
また、スプライシングや転写開始点決定の異常は疾患に結びつく可能性が知られている。このためこの発見は疾患発症メカニズムの解明や治療法の開発にも重要である。
 
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この発見は非常に興味深いが、さらに以下のような点が解明されるともっと面白い。
 
1) なぜスプライシングにより転写が活性化するのか?スプライシング因子がクロマチンモデリング因子をさらに連れてきたりしているのだろうか?
 
2) エクソンをエンハンサーのように働かせることに進化的なメリットがあるのか?それとも結果的にこのようなメカニズムを使うに至っているのか?
 
ともかく、遺伝子発現がどのように制御されているか、という根本的な問題にもまだまだ未解明なことは多いのだなと感じました。
 
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論文
Exon-Mediated Activation of Transcription Starts, Cell, 2019 (リンク)
 
参考にしたReviewなど
Exons as enhancers, Nat. Rev. Gen., 2019
Splicing Calls Back, Cell, 2019

タンパク質を保護する天然変性タンパク質群"Hero"の発見とその機能+筆頭著者によるコメント

全長にわたって天然変性しているタンパク質群「HERO」を発見、その機能に迫った論文の解説記事です。

今回はなんと、筆頭著者の坪山さんからHEROの発見から論文になるまでの道のりについてご寄稿いただきましたので、ぜひ最後までご覧ください!

 

目次

 

管理人による論文解説

私たちの体の中ではたくさんのタンパク質が働いている。


タンパク質の多くは一定の構造を持っていて、「構造が機能を決める」とも言われるほどタンパク質の構造は重要であると考えられている。

しかしこれにも例外があり、一部のタンパク質は決まった構造を持たずフラフラした状態で存在することも知られている(天然変性タンパク質)。

このような天然変性タンパク質の中でも、特に全長に渡って天然変性しているようなタンパク質は熱や乾燥といったダメージに強く、クマムシのような極限環境に生息するような生き物でその機能が報告されてきた。

さらに哺乳類を含めたより高次の生き物にも、全長に渡って天然変性しており明瞭な二次構造を持たないようなタンパク質が存在することは自体は知られていたが、その機能はほとんど分かっていなかった

今回は、ハエやヒトにもこれまで機能未知であった天然変性タンパク質群が存在し、タンパク質を保護する機能を持っている!ということを明らかにした論文を紹介する。

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ボイルしたタンパク質抽出液にタンパク質を安定化させる"何か"がある

研究の発端は、少し不思議な現象から始まる。

今回の論文のグループ(東大/泊研)はマイクロRNA研究で素晴らしい発見をされている研究室であるためだろう、マイクロRNA関連因子AGOタンパク質を精製しようとした。

このために、よく行われるようにAGOにタンパク質タグをつけてビーズで精製を行うという実験を行った。

このとき、不思議なことに精製されたAGOは不安定で、ビーズに非特異的にくっついてしまうため精製がうまくいかなかったらしい。

(以下の図で行くところのOn beadsにAGOがたまってしまって、Elutedの方にでてこない)

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このような非特異的結合はしばしばあることだし、普通の人なら「なんかうまくいかないから諦めるか」と思うかもしれない。(少なくとも管理人はそう思ってしまう)

が、ここで筆者らはこの精製系に細胞の粗抽出液を加えるということをしている。すると、AGOとビーズの非特異的結合は減少し、AGOが抽出されるようになる。

これは、細胞内にAGOを安定化させるような"何か"が存在することを示唆する。

これだけでもすごいけれど、筆者らはさらに細胞の粗抽出液をボイルして、精製の系に入れるということをしている。

ほとんどのタンパク質はボイルによって変性し機能を持たなくなると予想される。

しかし、驚くべきことに、AGOはボイルした細胞抽出液でも安定化され、ビーズとの非特異的結合が減少することが分かった。

また、この効果はタンパク質を分解する酵素を加えることで少なくとも一部抑制されるので、AGOは"ボイルされても機能が落ちないタンパク量X"によって保護される可能性を示唆する。

さらに、このタンパク質保護効果はAGOだけに留まらない。筆者らはLDHという酵素を乾燥させると酵素活性を失うが、ボイルした細胞抽出液を加えることで酵素活性は残るということを明らかにする。

すなわち、生体内において少なくともいくつかのタンパク質は熱変性に強いタンパク質Xによって保護されている可能性がある

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タンパク質Xの実体の一部として"Heroタンパク質群"を同定

では、おそらく生体内でAGOを安定化させていて熱変性にも強いタンパク量X、の実体は何だろうか?

この疑問に迫るため、筆者らは細胞粗抽出液、ボイルした細胞粗抽出液を質量分析にかけることで、これらにどのようなタンパク質が含まれるかを検証した。

すると、ボイルした細胞抽出液には何もしない細胞抽出液に比べて、親水性が高く、構造を持たない天然変性タンパク質が多く含まれることが分かった。(これは天然変性タンパク質は熱に強いので納得の結果である。)

このため、天然変性タンパク質がAGOやLDHといったタンパク質を保護するタンパク量Xの実体である可能性が考えられる。

そこで、タンパク質Xの候補として、筆者らはデータベースからタンパク質の天然変性スコアが高く、また培養細胞で高く発現している(さらに等電点が偏っている)タンパク質群を選びだした。

それが、C9orf16, C11orf58, BEX3, SERBP1, SERF2, C19orf53というこれまで機能があまり分かっていなかった6つの因子である。

これらは熱に強いことも示し、HEat-Resistant Obscureの略とその分子量からそれぞれ、Hero9, 20, 13, 45, 7, and 11と命名した。


ではHeroタンパク質はタンパク質を保護する機能があるのだろうか?

筆者らは
- LDH(酵素)の乾燥変性による失活
- GFP有機溶媒による失活
- ルシフェラーゼの熱変性による失活
がHeroによってタンパク質によって保護されるか検討した。

ここはデータをお示しするが、以下のようにHeroはこれらのタンパク質を失活から保護する機能を持つことを明らかにしている。

(バーが高いほど活性がある、GSTやBSAはコントロール。)

 

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 (また興味深いことにすべてのHeroが等しくすべてのタンパク質を保護するのではなく、Heroの種類ごとに保護するタンパク質も異なる)

このことから、Heroタンパク質こそが、熱変性に強くタンパク質を保護する機能を持つタンパク質Xの実体の一部であることが示唆された。すごい。

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③Heroタンパク質は神経変性疾患関連因子の凝集を防ぐ
以上の結果から、天然変性タンパク質Heroはタンパク質を安定化させる因子であることが分かってきた。

これまでの研究で、タンパク質の不安定化はいくつかの疾患、特に神経変性疾患と関係があることが知られてきた。

たとえばALSではTDP43やGA50という因子が凝集してしまうことが知られているし、ハンチントン病ではHTTQ103が凝集してしまい病気の原因になると考えられている

そこで、筆者らはHeroタンパク質が、これら神経変性疾患関連因子の凝集を防ぐかどうか検討した。

結果は以下のようになり、TDP43やGA50、HTTQ103を過剰に発現すると凝集体ができるが、Heroを共発現させると凝集は少なくなることが分かった。

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また凝集をみるような生化学的な解析からも、Heroは 神経変性疾患関連因子の凝集を防ぐことが明らかになった。

また重要なことにタンパク質を使った生化学的な解析だけでなく、iPS細胞を用いた実験や、ハエの実験からもHeroが神経変性疾患関連因子の凝集を防ぐことを明らかにしている。

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④Heroタンパク質が機能を発揮するには電荷が大事かも

これまでHeroがタンパク質の安定化に重要そうなことが分かってきた。では、Heroはどのようにしてタンパク質を安定化させるのだろうか?

Heroタンパク質が天然変性タンパク質なので構造的なドメインはないし、共通したモチーフなども見られない。

一方で筆者らはTDP43の凝集を防ぐことができるHero45, 7, 11はアルギニンやリジンの割合が高く、電荷が正に偏っていることに着目した。

そこで、この電荷の偏りが機能に重要なのではないかと考え、Hero7,11のアルギニン/リジンを電荷の偏りのないグリシンに置換して実験を行った。

このなかで、アルギニン/リジンを失ったHero7,11はTDP43の凝集を防ぐことができないことが分かった。

すなわち、TDP43の凝集を防ぐ点に関してはHeroの"正電荷"が重要でありそうである。

これは興味深い結果だがこれだけでは、Heroのアルギニン/リジンを含んだ"アミノ酸配列"が重要だった可能性がある。そこで筆者らは"電荷"の重要性に迫るため、さらにすごい実験を行っている。

どうするかというと、Heroのアミノ酸組成を保ちつつもアミノ酸配列をごちゃ混ぜにした100アミノ酸からなるペプチドを作成し、その機能を解析した。(そんなこと自分なら思いつかないな。。)

この結果、なんとこのHeroとアミノ酸組成が同じペプチドもTDP43の凝集を防ぐ機能があることが分かった。一方、同様のアミノ酸組成を保ちつつ、比較的短い42アミノ酸長さのタンパク質ではその凝集防止効果がほとんどなくなった。

これは、Heroのタンパク質保護効果は"アミノ酸配列"それ自体ではなく、"電荷"や"アミノ酸組成"、そしてアミノ酸の長さそのものといった物理的な性質が重要であることを示唆する。

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⑤Heroタンパク質は生体でも必須で、過剰発現ではハエの寿命を延ばす

 このように、Heroタンパク質はとても重要そうなのだが、ここまでの実験の多くは過剰発現の系である。

そこで筆者らは生理的条件でのHeroタンパク質の重要性に迫るため、培養細胞やハエにおいてHeroをノックアウト/ノックダウンする実験を行った。

この結果、Hero13,7のノックアウトでは培養細胞の増殖率が減少すること、またいくつかのHeroホモログをハエで全身ノックダウンすると致死であることを見出している。

すなわち、Heroは生理的条件でも重要な役割を果たす可能性が示唆された。

また、タンパク質の安定性は老化とも密接に関わるため、筆者らはHeroホモログをハエにおいて過剰発現させて寿命を観察した。

するとHeroホモログを過剰発現させたハエは長生きになることが分かった。

この結果は、Heroが抗加齢効果を持つタンパク質であるという点でとてもすごいように思われる。

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まとめ?

以上から、天然変性タンパク質Heroが多様なタンパク質を不活性化から保護していることが明らかになった。

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この効果はシャペロンにも似ているが、HeroはおそらくATPを必要としないこと、シャペロンが不活性化タンパク質を活性状態に戻すのに対しHeroはそもそも不活性化を抑える、という点でシャペロンとは全く異なるタイプのタンパク質群である。

これまで生化学研究では精製すると活性が落ちてしまうという現象がしばしば報告されてきた。これはHeroのように生体内でタンパク質を安定化させる因子の存在が仮定されていなかったからである可能性もある。このため、Heroの発見は生化学研究のこれまでの謎を解決する手掛かりになる可能性がある。

また、Heroは神経変性疾患関連因子の凝集を抑える、ハエでは過剰発現すると寿命が延びるといった効果を持つことも示されている。このことから、Heroは神経変性疾患や老化関連疾患の治療などの応用的にも非常に重要な発見だろう。

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管理人コメント

 バイオステーションはあまり日本人の研究は扱わないようにしているのですが、今回は泊研の論文を紹介させて頂きました。というのは、今回の論文の筆頭著者、坪山さんのトークをお聞きする機会があり、非常に感銘を受けたためです。

まず、タンパク量精製で非特異的結合してしまう現象から、じゃあそこに細胞抽出液を入れよう、さらに細胞抽出液をボイルしよう、というのはなんというか、天才かと思いました。

またLDHの乾燥による変性、GFP有機溶媒による変性のHeroによるレスキューも、そんなことできるんかいな、と驚愕でした。さらに、生化学な解析に留まらず、iPS細胞やハエの個体の解析まで行う幅広さもすごいところだと思います。

  

今回特に解析が行われたHeroは6種類ですが、Heroの候補因子はもっともっと同定されているようです。これらHeroタンパク質群がどのような機能を持ち、どのような現象に効いているのか明らかになるかもしれないというのは非常にわくわくします。

他にも、Heroが具体的にどのようにしてタンパク質を保護するか、保護するタンパク質の選択性はどのように決まるか、など興味深い謎はたくさんあるのでこれからの研究も楽しみです!

 

最後になりますが、論文に関係された皆様、おめでとうございます!

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筆頭著者、坪山さんのコメント!

東京大学 定量生命科学研究所 泊研究室でポスドクをしております、坪山と申します。本論文については、私が筆頭著者となっておりますが、実際には様々な方のアイディアをもとにした論文になります。論文の内容自体については、管理人さんが綺麗にまとめてくださっているので、私はその経緯(裏事情?)について記載させていただきます。

 

泊研では、RNAサイレンシング(いわゆるノックダウン)において中心的な役割を担うArgonauteタンパク質(AGO)をメインテーマとして研究を行っています。本論文のきっかけは、このAGOが扱いにくく、不安定なタンパク質であることでした。著者として加わっていただいている岩崎さん(理研で現在PIされていらっしゃいます)がAGOを精製しようとされた際に、通常のどおりタンパク質をビーズ上に固定、ビーズを洗浄、その後AGOをバッファー中へと溶出しようとした際に全く溶出されないという問題に直面されました。しかし、様々な条件を検討することで、細胞からの抽出液を加えた際には溶出が促進することを発見されたそうです。さて、この後どのようにして、抽出液中に含まれている促進因子を絞り込もうかと思案された際に、岩川さん(現在、泊研講師)の方が、「とりあえずタンパク質なのかどうかを絞り込むのに煮沸したら?」と助言され、岩崎さんが試したところ、煮沸しても溶出活性が残る!、ということを発見されました(Fig1のデータ)。

 

その後、AGOタンパク質の溶出活性を持つタンパク質の同定のため、岩崎さんがカラムクロマトグラフィーによるタンパク質分離を繰り返し、煮沸上清中に多く含まれるハエの熱耐性タンパク質の一つを同定され、実際にAGOの溶出を促進させることを発見されました。このタンパク質は不思議なことに、全く二次構造をもたないという不思議なタンパク質でした。熱耐性でかつ二次構造を持たないということをもとに、岩崎さんは「へろへろくん」とこのタンパク質を命名されました。これが、いわゆる「元祖」Heroタンパク質になります(2011年頃)。しかし、元祖Heroタンパク質は、保存性に乏しく機能を推測するのが困難であり、またAGOの溶出を増加させるというIn vitroでの活性からどのようにして生物学的な意義に結びつけるのかを悩まれた結果、とりあえず棚上げすることにされたそうです。このような経緯で、へろへろくんは、しばらくの間、日の目を見ないことになります。

 

その後、私、坪山がAGOタンパク質についての1分子解析(Tsuboyama et al. 2018)を行うこととなり、再度このAGOタンパク質の不安定性に直面しました。その際に泊さんより、「昔へろへろくんという不思議なタンパク質があってね、・・・」という一連の話を伺っていましたが、その当時の実験においてはリコンビナントタンパク質や煮沸上清を用いる必要はなく、粗抽出液を適宜用いることによって、不安定性に起因する問題を解決できたので、へろへろくんの出番は1分子解析の実験でもありませんでした(おそらく2017年頃)。しかし、この時のAGOタンパク質の不安定性を、「1分子レベル」で実感したことが、当時はあまりにも漠然としていたへろへろくんを次のテーマとするきっかけとなったことは間違いありません。

 

1分子解析のテーマが一段落した後、何気なく、私が論文サーフィンを行っていた際に、煮沸上清中に残るクマムシの熱耐性タンパク質が、その乾燥耐性に重要だということが示された論文(Boothly et al. 2017)、さらに天然変性タンパク質を真似して化学合成したポリマーがタンパク質の保護活性を持つことを示した論文(Panganiban et al. 2018)を目にしました。その際に、へろへろくんにも似たような機能があるのではないかと考え、本格的にこのテーマについて実験を行うことを決意しました。ある程度、タンパク質安定性についてのデータ (現論文のFig3)が出た頃に、以前タンパク質凝集に関する研究をされていた松浦さん (現在、理研岩崎研研究員)から、「へろへろくんが凝集を防いでいたら面白いね」と言われて、何気なく行った実験がFig4、Fig6のデータになります。そのほか、Fig2の質量分析についてのデータは、尾山先生との共同研究、Fig5のiPS細胞由来の神経細胞によるデータは池内先生・大崎さんとの共同研究、Fig6のハエの切片データは岡田先生との共同研究になります。アイディアをくださったり、実際に実験を行ってくださったりした、共同研究者の方々に感謝申し上げます。

 

よくお聞きいただく質問としては、

Q ヘロヘロくん (Heroタンパク質)の定義は?

A 論文中では、熱耐性でかつ構造を持たないとされるタンパク質と定義していますが、まだまだ曖昧なので、きちんとした定義が今後必要かと思っています。

 

Q どのようにHeroタンパク質が、構造を持つタンパク質の安定化に貢献するのか?

A 現在、Fig4で示したように、電荷が重要そうであることまではわかっていますが、その他に重要な特徴、またどのようにして安定性に貢献しているのか、その機序については不明です。

 

Q Heroタンパク質を組み合わせたらどうなるか?

A 組み合わせの実験は行っていません。もちろん、相乗効果を示す可能性は十分にあるかと思います。

 

Q タンパク質安定化以外のHeroタンパク質の生理的な機能は?

A 鋭意解析中です。

とこのように、ほとんど不明なことばかりなので、今後の研究が待たれます。

 

最後になりますが、改めまして、RNA機能研究分野というRNAを中心とする研究分野であるにも関わらずこのようなHeroタンパク質の研究をさせてくださった泊さん、また共同研究者の方々、また研究について理解してくださっている私の家族に深く感謝申し上げます。

 

引用

Boothby TC et al.

Tardigrades Use Intrinsically Disordered Proteins to Survive Desiccation.

Mol Cell. 2017 Mar 16;65(6):975-984.e5. doi: 10.1016/j.molcel.2017.02.018.

 

Tsuboyama K et al.

Conformational Activation of Argonaute by Distinct yet Coordinated Actions of the Hsp70 and Hsp90 Chaperone Systems.

Mol Cell. 2018 May 17;70(4):722-729.e4. doi: 10.1016/j.molcel.2018.04.010.

 

Tsuboyama K et al.

A widespread family of heat-resistant obscure (Hero) proteins protect against protein instability and aggregation

bioRxiv 2019 doi: 10.1101/816124 /PLOS Biology 2020 doi: 10.1371/journal.pbio.3000632

 

Panganiban B et al.

Random heteropolymers preserve protein function in foreign environments.

Science. 2018 Mar 16;359(6381):1239-1243. doi: 10.1126/science.aao0335.

 

代謝とエピジェネをつなぐ新しいヒストン修飾「ラクチル化」の発見!

遺伝子の発現がどのように制御されているか知ることは、現在の生命科学の一つのゴールである。
 
遺伝子発現には遺伝子自身のDNAは配列も重要だが、DNAをパッキングするヒストンの状態も重要であることが知られている。
 
古典的にはヒストンのアセチル化が活性化した遺伝子のマークになっていることから始まり、メチル化やユビキチン化など多様なヒストン修飾が見つかってきている。
 
一方、最近でもヒストンのセロトニン化やグルタリル化など新しい修飾も発見されるなど、すべてのヒストン修飾が同定されているわけではなく、生物学的に重要なヒストン修飾はまだ残っている可能性がある。
 
今回は、乳酸を基質とする新しいヒストン修飾「ラクチル化」を発見し、その生物学的な意義に迫った論文を紹介する。
 
 
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新しいヒストン修飾を同定する手法の定番となっているのはマススペクトル解析で、筆者らもまずマススペクトルによって新規ヒストン修飾を探索する。
 
その結果、新しい修飾の候補として出てきたのが、乳酸を基質とするヒストン修飾「ラクチル化」である。
 
ラクチル化」は乳酸の部分構造がリジンに結合する修飾で、以下のような構造になる。
 
 
*筆者らはマススペクトル以外にもラクチル化ヒストンの抗体を使った実験や、乳酸を放射線ラベルする実験を行い、ヒストンラクチル化が実在することを入念に確かめている。
 
また、マススペクトルの解析から、ラクチル化はコアヒストンの複数のリジン残基に導入される可能性があることも見ている。
(HeLa細胞では下の青い△のところ、BMDM細胞では下の黄色い△のところに入る可能性があるらしい。)
 
 
さらに筆者らは、このヒストンラクチル化が遺伝子発現を活性化するのか、それとも抑制するのかに迫った。
 
このために、筆者らは再構成クロマチンを用いた無細胞系の実験を行った。
 
詳細は省くが結果、ヒストンラクチル化は遺伝子発現を活性化する修飾であることが示唆された。
 
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このラクチル化の非常に興味深い点は、ラクチル化は「乳酸」という解糖系の代謝物を基質とすることである。
 
このことから、ラクチル化は解糖系などの代謝状態と関係があることが予想される。
 
そこで、筆者らはさらに「細胞内代謝」とラクチル化の関係に迫った。
 
このために、解糖系を抑える試薬やミトコンドリア呼吸を活性化する/抑制する試薬を加えることで細胞内代謝状態を変化させ、ラクチル化の量を観察した。
 
その結果、解糖系が優位になった状態では、乳酸の量が多くなり、(おそらく基質が多くなったために)ヒストンラクチル化も増加することを見出す。
 
この結果は、ヒストンラクチル化が細胞内代謝状態とエピジェネ状態を結ぶ可能性があることを示した点で非常に面白い。
 
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では、このヒストンラクチル化はどのような生物学的な機能を持つのだろうか?
 
筆者らはラクチル化の意義に迫るため、マクロファージの系を用いた。
 
なぜならマクロファージは、以下の図のように、細胞内代謝状態とその性質を変化させることが知られているためである。
 
具体的には、マクロファージは病原菌の刺激に応答して炎症を促進するM1マクロファージに変化し、さらに時間が経つと炎症を抑えるようなM2マクロファージに変化する。
 
 
 
筆者らはまず、マクロファージを刺激すると、解糖系優位のM1マクロファージに変化することで、細胞内で乳酸の濃度が上昇しヒストンのラクチル化も上昇することを明らかにする。
 
では、このときヒストンラクチル化はどのよう遺伝子座に導入されるのだろうか?
 
これを明らかにするために、H3K18のラクトリル化免疫クロマチン法により、ラクチル化が導入されたゲノム領域を探索した。
 
その結果興味深いことに、ラクチル化は(M1マクロファージで重要な遺伝子座ではなく)M2マクロファージで重要な遺伝子座に多く導入されていることを発見する。
 
このことから、ラクチル化はM1マクロファージがM2マクロファージに変化するのに重要な遺伝子を制御する可能性を示唆する。
 
 
この可能性を検証するため、筆者らは乳酸合成酵素をノックアウトして乳酸が作られないようにすることでララクチル化を減少させる実験と、乳酸を過剰投与することでラクチル化を上昇させる実験を行った。
 
この結果、ラクチル化を減少させるとM2マクロファージのマーカー遺伝子の発現が減少する一方、ラクチル化を上昇させるとM2マクロファージのマーカー遺伝子の発現が上昇することを明らかにする。
 
すなわち、ラクチル化はM2マクロファージに重要な遺伝子を制御し、M1マクロファージからM2マクロファージへの転換を制御している可能性が示唆された。
 
まとめると以下のような感じ。(News&Viewsより転載)
 
 
*これは、乳酸の量がM1マクロファージからM2マクロファージへの転換タイミングを決めるタイマーとなっている可能性があるという点でとても面白い。
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以上、今回の論文では、乳酸を基質とする新しいヒストン修飾として「ヒストンラクチル化」を同定し、ラクトリル化が代謝状態の影響を受けること、マクロファージの性質に重要な働きがある可能性が明らかになった。
 
これは、新しいヒストン修飾が見つかったというだけでなく、「細胞外環境から細胞内代謝を介してクロマチンの状態変化を導く」というスキームが明らかになったという点で非常に興味深い。
 
また、今回の論文では明らかではないが、ラクチル化を認識するリーダータンパク質や、運動などの乳酸が重要な系での機能が分かると面白いなぁと思いました。
 
いずれにせよ、まだまだヒストン修飾の世界も分かっていないことだらけなのですね。今後の研究も楽しみです。
 
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今回紹介した論文
Metabolic regulation of gene expression by histone lactylation, Nature, 2019
Di Zhang, Zhanyun Tang, ..., Bing Ren, Robert G. Roeder, Lev Becker & Yingming Zhao
 
画像の引用
 

神経活動が寿命を決める!?

私たち人を含め生き物は病気にならなくても、老いていき、ある程度の寿命で死んでしまう。
 
このどうして老いていくのか、何が寿命を決定するのか、というのは人類が長年探し求めてきた疑問の一つである。
 
ここ数十年で、生命科学の発展により老化や寿命を規定する多様なメカニズムが明らかになってきた。
 
例えば、代謝状態が寿命と関係あるというのは結構報告が多いし、DNA損傷応答が寿命と関係するというのは以前バイオステーションでも紹介した。(→生きる長さを決めるもの)
 
これらに加え興味深いことに、寿命には"神経"が何らかの役割を持つ可能性が示唆されてきた。
 
例えば、神経で何らかの遺伝子が欠損すると寿命が変化してしまうということが知られている。
 
しかし、寿命の長さと神経活動に相関関係や因果関係があるのか?というのは明らかではなかった。
 

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そこで今回取り上げる論文では、寿命と神経活動の関係に迫った。
 
筆者らはまず、寿命が短いヒトと、長いヒトで、脳の遺伝子発現にどのような違いがあるのかを探索した。
 
このために、認知機能に問題のなかったヒトの死後脳で遺伝子発現を網羅的に解析したデータベースを用い、85歳以上まで生きた長寿の人と80歳までに亡くなった人の前頭前野における遺伝子発現パターンを解析した。
 
その結果、興味深いことに、長寿の人の脳では神経の活動に関わる遺伝子の発現が減少していることが明らかになった。
 
またさらなる解析から、長寿の人では(抑制性ではなく)興奮性の神経の活動に関わる遺伝子の発現が減少していて、神経活動が低下している可能性が示唆された。
 
このような「寿命⇔神経活動」という相関関係があるという今回の知見は重要であるが、「神経活動⇒寿命」の因果関係があるかは不明である。
 
そこで筆者らは線虫の系を用いて、神経活動と寿命に因果関係があるのかに迫った。
 
このためにまず、薬剤によって神経活動を強制的に抑制し、寿命が変化するか検証した
 
*ちなみに、筆者らは神経活動を抑える薬剤としてネマジピンとイベルメクチンというのを使用している。ネマジピンは割と最近線虫のスクリーニングで見つかったカルシウムチャネルのブロッカー(2006, Nature)。イベルメクチンは非脊椎動物のCl-チャネルに作用し神経活動を抑える(大村先生がノーベル賞とったやつ)。
 
この結果、驚くべきことに、薬剤によって線虫の神経活動を抑えると、線虫の寿命が長くなることが分かった。
*イベルメクチンは普通は寄生虫殺すのに使われるのに、イベルメクチン投与で線虫(≒寄生虫)の寿命が延びるのは謎。投与量の問題かなぁ。
 
 
すなわち、線虫の系において、神経活動を抑えると寿命が長くなるという因果関係があることが示唆された。
 
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では、神経活動を変化させるといっても、特にどのような遺伝子が寿命に関係するだろうか?
 
筆者らはヒトのデータをさらに解析し、どうやらRESTという遺伝子発現を抑制する因子が大事であろうことを突き止める。
 
RESTは神経活動に関わる遺伝子の発現を抑えるので、長寿の人ではRESTの発現/活性が高く、これによって神経活動が抑えられていることを示唆する
 
そこで筆者らはREST遺伝子を過剰に発現させることで寿命が長くなるのではないかと仮説を立て、再び線虫の系を用いて検証を行った。
 
この仮説は的中し、神経系特異的にREST遺伝子の線虫版(オルソログ)を強制発現させると、寿命が延長することをみている。
*なお、このとき神経活動が減少していることは結構しっかりみている。
 
 
あとは、神経活動を抑えるとどうして寿命が延びるのか、という点に迫っている。
 
データは端折ってしまうが、結果的に筆者らは神経活動が代謝状態を変化させ、それが寿命につながっているのではないかというモデルを立てている。
 
(代謝状態の変化は寿命と関係するというのは多く報告されているので、分かりやすいところに話を落としたかった、というところだろう。それでも神経活動が代謝状態を変化させるというのは面白い。)
 
以下はNature誌のNews&Viewsのまとめ図。
(aのCaenorhabditis eleganceが線虫。SPR-2/4というのがRESTのオルソログ、DAF-16は代謝関連の因子。)
 
 
以上、今回の結果から神経活動が寿命を規定する可能性が示唆された。
 
ヒトの網羅解析で得られた結果から、モデル生物に落とし込んでいく流れはよかった。
 
また、RESTや神経活動を標的とした創薬を行うことで、不老不死に近づけるかもしれない、という点では結構面白い。
 
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以下のようなポイントは今後の課題になるでしょうか。いずれにせよ今後の研究にも期待です。
 
- 今回ヒト(とマウス)のデータは相関だけなので、哺乳類でも神経活動と寿命に因果関係があると面白い。
 
- 線虫のデータも薬剤と遺伝子操作だけなので、DREDDとかで"神経活動"をもっと直接的にいじって寿命が変化したら面白い。
 
- どうして神経活動が代謝状態とリンクするのかというメカニズムは気になるところ。
 
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論文
Regulation of lifespan by neural excitation and REST, Nature, 2019
 
イラスト転載元