Bio-Station

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再生に伴う遺伝子発現のダイナミックな変動

再生能が限られている私達ヒトを含む高等脊椎動物と異なり、メキシコサンショウウオ(アホロートルウーパールーパー) は成体においても高い再生能を有し、器官レベルの再生を行うことが可能である。
 
再生の過程では一度分化した細胞が多分化能を獲得し、さらに元通りに再び分化するというダイナミックな分化能の変遷をたどる。
 
この厳密に制御された再生の分子メカニズムを明らかにすることは、分化能がいかにして規定されるかという生物学的側面からも、そして再生医療への応用など医学的側面からも極めて重要である。
 
しかしながら、再生芽はたくさんの細胞種を含むため、再生過程において特定の細胞系譜での遺伝子発現がどのように変化するのかは全く分かっていなかった。
 
そこで今回は、分化能がダイナミックに変化する結合組織細胞をモデルに、再生過程における遺伝子発現変化に迫った論文を紹介する。
 
 
結合組織細胞は再生芽において最も多い細胞種であり、再生過程において骨と軟骨、腱、骨格周囲、真皮、間質性線維芽細胞など多数の細胞種を生み出すもととなる。
 
筆者らは遺伝学的に結合組織細胞をラベルするウーパールーパーを作成した(ちなみにPrrxでcreERT2を発現するライン、とてもよくValidationしている)。
 
次に、このラインを用いて再生過程おけるシングルセルRNAseqを行った。

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その結果
・再生過程において、結合組織細胞は多様な遺伝子発現プロファイルを持つ状態から均一な細胞集団に変化すること(おそらくこれは分化した細胞が一度多分化能を獲得することに対応する)
・損傷直後に細胞外組織をリモデリングする遺伝子や細胞増殖を促す遺伝子の発現が上がってくること
などが明らかになった。
 
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何もないところから組織を構築するという点で、再生は発生過程と似ている。そこで、筆者らは次に発生過程におけるシングルセルRNAseqを行うことで発生と再生の共通点と相違点を探索した。
 
この結果、
・損傷直後(損傷後10日目まで)はどの発生ステージの細胞とも異なる発現プロファイルになること
・再生過程の細胞は損傷後11日目ごろに、発生過程の細胞と似た発現プロファイルになること
が分かった。
 
すなわち、再生時には発生と異なる遺伝子発現の変化をたどって、発生時と似た遺伝子発現プロファイルに終着することが示唆された。
 
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また、このシングルセルRNAseqの結果により、再生時の結合組織細胞はいくつかのサブ集団が存在することが分かった。
 
このサブ集団の存在の意義に迫るため、筆者らはサブ集団のみを特異的にラベルするウーパールーパーのラインを作成した。(このラインがシングルセルRNAのどの集団に対応するのかよくわからないのだが、、)
 
この結果、ラベルしたサブ集団は腕の根本側の再生に大きく寄与し、先端部の再生にはあまり寄与しないことが分かった。
 
すなわち、再生時に現れるサブ集団は異なる様式で再生に寄与している可能性が示唆された。
 
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あとは再生芽から再び分化細胞が現れる過程の解析と系譜追跡をしているが力尽きたので割愛、、、
 
全体として、初めて特定の細胞系譜で再生過程における遺伝子発現を単一細胞レベルで明らかにしたことは新しい!
 
一応Graphical abstract

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以下管理人コメント
 
・主流でもないモデル生物で系譜追跡できるラインを作ってシングルセルRNAseqと、かなり大変そうな実験をしていてすごい、!!
 
・やはりこの変化を制御する因子が分かると面白いですね!
 
・再生と発生で異なる遺伝子発現プログラムの詳細は何だろう?どうやって違いが生まれるのだろう?(再解析すればわかるが、、)
 
今回紹介した論文
Single-cell analysis uncovers convergence of cell identities during axolotl limb regeneration, Science, 2018
Bio-station, 2020, communicated by L.F.

細胞外タンパク質の品質管理

タンパク質の異常な凝集などは、神経変性疾患をはじめとして種々の疾患の原因となりうることから、タンパク質の品質は生体内で保たれる必要がある。
 
これまで細胞内でタンパク質の品質管理を担う因子は数多く同定されてきたが、細胞外タンパク質の品質がどのように担保されているかはあまり分かっていなかった
 
今回線虫の系を用いて、細胞外タンパク質の品質管理を行うメカニズムに迫った論文を紹介する。

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今回紹介する論文
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細胞外タンパク質の品質の異常の一つとして、タンパク質の凝集があげられる。
 
そこで筆者らはまず、細胞外タンパク質の凝集をモニターするような実験系を立ち上げた。
 
具体的には、細胞外に放出され、凝集しやすいことが知られていたLBP-2という因子に蛍光タグをつけた線虫を作成した。
 
次にこの線虫を用い、LBP-2の凝集が異常になるような変異体をRNAiスクリーニングで網羅的に探索した。
 
この結果、57遺伝子がヒットし、さらにドメイン探索から酵素活性を持っていそうで、かつ表現型が大きかった13因子に着目した(extracellular regulators (ECRs)と命名)。
 
これらの因子はタンパク質の凝集を阻害するような機能があることが予想され、実際13遺伝子それぞれの欠損ではLBP-2の凝集が増加することをみている。
 
(ちなみにLBP-2だけでなくLYS-7というタンパク質の凝集でも同じようなことをみているので、これらの因子はLBP-2だけでなく多くのタンパク質の品質管理を担っていることが期待される。)
 
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さらに筆者らはこれらの因子を過剰発現するだけで、凝集タンパク質が減少するかを検証した。
 
このために、ECRのうち、CLEC-1とLYS-3という因子に加え、機能が全く不明な遺伝子2つ(C36C5.5 and F56B6.6)を過剰発現するような線虫を作成し、解析を行った。
 
この結果、これら4つのECRそれぞれ単独の過剰発現によってLBP-2の凝集が減少することが分かった。
 
すなわち、ECRは過剰発現するだけで細胞外の凝集タンパク質を減らせることが分かった。
 
また興味深いことに、これら4つのECRはLBP-2と共局在し、ECRの少なくとも一つは免疫沈降でLBP-2との相互作用が検出されたことから、ECRは細胞外凝集タンパク質と直接相互作用して効果を発揮している可能性が示唆された。
 
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筆者らはさらに、これまでタンパク質の品質管理と老化の関係が示唆されてきたことから、細胞外タンパク質の凝集と老化の関係に着目した。
 
結果をまとめると、LBP-2の凝集は老化に伴って増加すること、さらにECRの過剰発現により凝集は減少し、寿命が延びることを見出している
 
ちなみに、免疫の活性化との関係も見ているが結果は省略。
 
以下がまとめ図。(News&Viewsから引用)

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この研究では、細胞外タンパク質の凝集をモニターする系を確立し、細胞外タンパク質の品質管理を担いうる遺伝子を複数同定した。
 
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コメント
 
・めっちゃ大事そうなのに細胞外タンパク質の品質管理メカニズムって意外と分かっていなかったのね。Questionがいかしてますね。
 
・ECRが細胞外タンパク質の品質管理を担うメカニズムは気になる。凝集したやつを分解に導くのか、そもそも凝集自体を防いでいるのかもちょっとよく分からない?あと凝集タンパクを認識する仕組みも知りたい。
 
・哺乳類にも今回見つかったECRのオルソログがあるらしい。哺乳類での機能も知りたいところ。
 
今回紹介した論文
Extracellular proteostasis prevents aggregation during pathogenic attack, Nature, 2020
Bio-station, 2020, communicated by L.F.

腸内細菌が宿主の行動を変化させる!?

私達人間を含む動物は、腸内細菌をはじめとして多くの生き物と共生している。
 
これまで、腸内細菌が宿主の行動を変えうることを示唆することが報告されてきたものの、そのメカニズムはあまり分かっていなかった。
 
今回、ある種の腸内細菌が神経伝達物質を合成し神経に働きかけることで、その腸内細菌の利益となるように宿主の行動を変化させることを明らかにした論文を紹介する。

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今回紹介する論文
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はじめに筆者らは、線虫を用いて宿主の行動を変化させうる腸内細菌を探索した。
 
線虫はオクタノールなどの化学物質に対して忌避反応を示すことが知られている。つまりお皿の上で線虫を飼い、オクタノールをたらすとそこから逃げるような反応を示す。
 
ここで、線虫にいろいろな種類の細菌を食べさせることで、この忌避反応に変化が現れるような細菌を探索した。
 
その結果、Providencia sp. JUb39(以下JUb39)という腸内細菌を摂取すると、線虫のオクタノールへの忌避反応が減弱することが分かった。
 
またこの時、 JUb39を殺して摂取させると忌避反応の減弱は見られなかったので、JUb39が生きて何かを産生することが宿主の行動変化をもたらすのに重要である可能性が示唆された。
 
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では、JUb39の何が、宿主の行動を変化させるのだろうか?
 
オクタノールへの忌避反応は、いくつかの神経伝達物質によって制御されることが知られてきた。
 
そこで線虫においてそれぞれの神経伝達物質の合成酵素を欠損させ忌避反応を測定したところ、オクトパミン(OA)合成酵素(TBH-1)の欠損で忌避反応の減弱されることが分かった。
 
一方、オクトパミン前駆体のチラミン合成酵素(TDC-1)の欠損では忌避反応の減弱は見られなかった。
 
このことから、チラミンがJUb39から供給されている可能性が示唆された。(ちょっとややこしいので下図参照)

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なんとなくまとめ図
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では本当にJUb39はチラミンを合成できるのだろうか?
 
これまでいくつかのグラム陽性菌がチラミンを合成することが知られていたが、JUb39が属するグラム陰性菌はチラミンを合成することは知られていなかった。
 
そこで筆者らはJUb39の全ゲノムシーケンシングを行うことで、チラミンを合成しうる遺伝子を探索した。(すごー)
 
その結果、JUb39は他の種にみられるチラミン合成酵素に似た配列を持つ遺伝子を持っていることが分かった。
 
さらに質量分析による解析からなんと、JUb39はこの遺伝子によって、実際にチラミンを合成できることが明らかになった。
 
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このチラミンはどのように行動を制御するのだろうか?
 
すこし端折ると、筆者らはASHニューロンというニューロンがチラミンを感知するのに重要であることを発見している。
 
以上の結果から、JUb39という腸内細菌は神経伝達物質であるチラミンを合成し、それを線虫のASHニューロンが受け取ることで行動を変化させている、ということが分かった。
 
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では、JUb39が宿主の化学物質に対する忌避行動を減弱させる生物学的意義は何だろうか?
 
JUb39はアルコール類を産生するすることが知られている(オクタノールを産生するかは不明らしい)。
 
つまり、JUb39は線虫のアルコール忌避性を減弱させることができれば、より自分たちが食べられやすくなる(寄生しやすくなる)と考えられる。
 
実際、JUb39は他の餌よりもより線虫に好まれる傾向にあり、この傾向はJUb39のチラミン合成や線虫のオクトパミン合成に依存していることを明らかにしている。
 
すなわち、JUb39は自身が食べられやすくなるように宿主の行動を制御している可能性が示唆された。
 
結果は以上で、繰り返しになるが今回、腸内細菌の一種神経伝達物質を合成し神経に働きかけることで、その腸内細菌に利益となるように宿主の行動を変化させるというモデルが提唱された。
 

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グラフィカルアブストラク
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管理人コメント
 
・いやー、腸内細菌に行動変えられてしまうなんて怖いなぁ。自分の意志だと思っていることも本当は腸内細菌の心の(お腹の?)声だったりするんだろうか。
 
・とはいえ、どれだけ哺乳類にも保存されていて一般的な生命現象なんだろう。抗生物質飲んでもあんまり行動変わる感じもしないし、そんなに一般的ではないのかも?とは感じるが。
 
・チラミン合成酵素ホモログ探すために全ゲノムシーケンスなんてすごいなぁと思ったけど、今の時代結構簡単にできるのか?すごい時代だと思った。
 
・グループミーティング用に解説記事かいたけど、ラボ全体のジャーナルクラブ用にしてもよかったかな。。
 
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今回の論文
A neurotransmitter produced by gut bacteria modulates host sensory behaviour, Nature, 2020
(Bio-staion, 2020, Communicated by L.F.)

自己と非自己を分ける免疫のメカニズム

はじめに

昨今、がん・アレルギー患者や新興感染症の感染者数は増加の一途をたどり、社会的にも免疫学への関心が高まっています。そもそも免疫は、「自分を攻撃せず」、外敵を攻撃するというシステムです。免疫が自己に対して攻撃しないことを免疫寛容といい、免疫寛容はわれわれが生まれた後に一人ひとりが自分でつくり上げています。しかしながら、この免疫寛容がどのように成立しているのか、よく分かっていません。

 

本研究は、「免疫寛容はどのように出来上がるのか」という問いを発端にすすめられました。

 

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今回紹介する論文

免疫寛容の研究について歴史をひもとくと、1960年のノーベル生理学・医学賞の、ピーター・メダワー博士とマクフラーレン・バーネット博士の「後天的自己免疫寛容」の発見に遡ります。

 

メダワー博士は、移植を行う際に、生後間もない状態で他人の組織を移植すると生着するのに対し、生後しばらく経ってから移植をした場合、拒絶反応が起こることを示し、この現象を後天的自己免疫寛容と命名しました。

 

バーネット博士は、一連の免疫応答はリンパ球が中心となって行われており、あらかじめ自己に反応するリンパ球は除去される一方で、「多種多様な病原体を認識する受容体をもつリンパ球が用意されることで、新奇の病原体にでも免疫応答できるシステムが成り立っている」というクローン選択説を提唱しました。

 

その後、多くの免疫学者により、バーネット博士によるクローン選択説を参考に研究がすすめられ、およそ半世紀をかけ、おおむねバーネット博士のクローン選択説は正しいことが証明されました。

 

すなわち、我々は生まれた後、リンパ球が個人個人でDNA組換えにより多様な抗原受容体を創り上げ、「自己に反応する成分はあらかじめ除去されることで、それ以外の成分を外敵として反応する」という、獲得免疫システムの基本メカニズムを説明することが可能となりました。

 

しかしながら、多様な抗原受容体の中から自己に反応する受容体だけをどのように除去するのかについては、いまでもまだよく分かっておらず、現在、免疫学で最もホットな研究テーマの一つとなっています。

 

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脊椎動物は獲得免疫システムと呼ばれる生体防御機構を所持しており、Tリンパ球は獲得免疫システムの中心を担う重要な細胞集団です。すべてのTリンパ球は胸腺と呼ばれるリンパ組織で出来あがり、胸腺内でTリンパ球は、DNA組換えにより10の15乗もの種類の抗原受容体を創り出しています。

 

しかし、この時に問題となるのが、自己反応性のTリンパ球が創り上げられてしまうことです。この問題を避けるために、胸腺内で自己反応性Tリンパ球は、細胞死が誘導されることで、自己免疫疾患に陥ることを回避しています

 

この現象は免疫学の教科書において負の選択と呼ばれています。しかし、胸腺でどのように自己応答性のTリンパ球が除去されるのか、その分子メカニズムは不明な点が多いです。

 

ことの発端は2001年、胸腺の髄質上皮細胞(medullary thymic epithelial cell; mTEC)は、末梢組織に発現して機能しているはずの遺伝子をタンパク質として発現させていることが示されました(Jenkins et al., Nat. Immunology, 2001)。その後、様々なグループの研究により、われわれのすべての遺伝子は、mTECで自己抗原として発現している可能性が示されました(Samson et al., Genome Res. 2014)。

 

例えば、インスリン膵臓で血糖値を下げるために機能していますが、インスリンはmTECでも発現しており、インスリンに対する自己応答性Tリンパ球が胸腺内で除去されることで、1型糖尿病の発症が未然に防がれています。

 

これまでに、mTECでの自己抗原発現に関わる転写制御因子としてAireが報告されていました(Anderson et al., Science 2002)。実際、Aire遺伝子に変異をもつマウスは自己免疫症状を示します。また、ヒトの場合でも、APECEDと呼ばれる自己免疫疾患になります。しかしながら、AireのみではmTECのすべての自己抗原は制御されていないことが次々と報告されていました。

 

2015年、今回紹介する論文と同じ東大のグループにより、Aire以外の自己抗原遺伝子を制御する重要なタンパク質として転写因子Fezf2が同定され、AireとFezf2は、それぞれ独自にからだ中の遺伝子を発現させている可能性が示されました(Takaba et al., Cell., 2015)。

 

しかし、mTECのFezf2とAireはどのように多種多様な遺伝子を自己抗原として発現させているのか、その発現機構の違いは分かっていませんでした。

 

AireとFezf2はそれぞれ異なる自己抗原遺伝子の発現を制御する

そこでまず、Fezf2とAire間の転写制御プログラムの違いを明らかにするため、野生型マウスとFezf2欠損、またはAire欠損マウスのmTECをフローサイトメトリーにより分取し、RNA-sequencing解析を行いました。

 

その結果、Fezf2とAireは、それぞれ異なる遺伝子群を発現制御していることが明らかとなりました。また、Aireは主に遺伝子の発現誘導に関わるのに対し、Fezf2は発現誘導のみならず、抑制にも関わっていました。興味深いことに、Fezf2により抑制されている遺伝子の中には、多くのがん抗原が含まれていました。

 

このRNA-seqデータの結果をもとに、1細胞レベルでのmTECでのAire依存的遺伝子とFezf2依存的遺伝子のmRNAの発現パターンの特徴を解析しました。すると、Aire依存的な遺伝子は、全体のmTEC細胞集団の中の5%未満の細胞集団を単位として遺伝子発現が誘導されており、一定の組み合わせをもちAire依存的遺伝子を発現させていることが解りました(モザイクな発現パターン)。一方で、Fezf2はmTEC全体でFezf2依存的な遺伝子を発現誘導させていることが明らかとなりました(ブロードな発現パターン)。

 

             

次に、Fezf2とAireによる遺伝子発現機構を分子レベルで明らかにするために、クロマチン免疫沈降シーケンシング(ChIP-seq)解析とATAC-seq (Assay for transposase-accessible chromatin using sequencing)解析を行った結果、Fezf2依存的遺伝子は転写開始地点(TSS;transcriptional start site)付近がオープンクロマチン状態であり、Aire依存的遺伝子はクローズドクロマチン状態であることが解りました。以上の結果から、Fezf2とAire は転写や翻訳に至る以前のエピジェネティックな段階から、遺伝子の発現制御メカニズムがまったく異なることが明らかとなりました。

 

Fezf2はChd4と複合体を形成し、自己抗原遺伝子を発現させる

では、Fezf2とAireは、それぞれどのような転写制御機構をもっているのでしょうか?これまでに、Aireは、DNAトポイソメラーゼTopやブロモドメイン含有タンパク質Brd4といったさまざまな転写制御因子と相互作用することで、遺伝子を誘導させていることが明らかとなっていました(Bansal et al., Nat. Immunology, 2017)。

 

一方で、Fezf2はこれまで相互作用する因子群は報告がありませんでした。そこで、Fezf2タンパク質に対して共役免疫沈降と質量分析解析を行うことで、Fezf2と相互作用するタンパク質をスクリーニングすることを行いました。実際には、ヒト腎癌上皮細胞株の293T細胞とマウス胸腺髄質上皮細胞株の1C6を使用し、それぞれFezf2を過剰発現させ、質量分析により検出されたタンパク質の中で、もっともFezf2との結合に信頼性の高い候補タンパク質として、クロマチン制御因子Chd4(Chromodomain helicase DNA binding protein 4)が挙がってきました。

 

Chd4はクロマチンの構成やヌクレオソームの位置決定に関わる制御因子として報告されています。Chd4は様々な細胞で、エピジェネティックな発現制御をしていることが明らかとなっていました。免疫沈降法を用いて、mTECのFezf2とChd4は直接的に結合する一方で、AireとChd4は結合しないことが解りました。また、Fezf2-Chd4複合体は、NuRD (Nucleosome remodeling and deacetylase) と相互作用し、Fezf2依存的な遺伝子を発現制御している可能性が示されました。

 

実際にマウス胸腺において、Chd4がmTECで機能しているかどうかを明らかにするため、胸腺上皮細胞特異的なChd4欠損(cKO; conditional knock-out)マウスを樹立しました。Chd4 cKOマウスではAireとFez2遺伝子の発現が低下していないことが示されました。

 

次にChd4とFezf2のエピジェネティックな制御機構を明らかにするために、野生型とFezf2 cKO、Chd4 cKOマウスのmTECを用いることでATAC-seq解析を行った結果、Chd4とFezf2は協調的に同じ領域、とくにプロモーター領域のクロマチン状態を制御していることが明らかとなりました。

 

Fezf2に対するChIP-seq解析の結果からも、Fezf2はプロモーター領域周辺に位置していることが確認されました。以上の結果から、Fezf2はChd4と協調して特定の遺伝子をプロモーター領域周辺で直接的に遺伝子発現を制御していることが明らかとなりました。

 

 

Chd4はAire依存的な自己抗原遺伝子の発現にも関わる

以上のATAC-seqとRNA-seq解析の結果から、Fezf2によって制御されるChd4依存的遺伝子は全体の一部であることが判りましたが、残りのChd4依存的遺伝子の発現制御機構は不明でした。しかし、Chd4依存的かつFezf2非依存的な遺伝子リストの中に、Aire依存的な遺伝子が見いだされたことにより、Chd4依存的な遺伝子の発現制御にAireが関与している可能性が示されました。

 

過去の文献より、mTECのAireはゲノム上のスーパーエンハンサーと呼ばれる制御領域を介してTRAを発現誘導させている可能性が示されていました(Bansal et al., Nat. Immunology, 2017)。そこで、mTECのスーパーエンハンサー領域のATAC-seq解析を行うと、Chd4を欠損するmTECではスーパーエンハンサーのクロマチンアクセシビリティが下がっていました。この結果から、Chd4はスーパーエンハンサーを介して、Aire依存的な遺伝子の発現を制御している可能性が示されました。さらに、1細胞RNA-seqデータを活用し、スーパーエンハンサー近傍遺伝子とAire依存的な遺伝子の共発現パターンを調べた結果、スーパーエンハンサー近傍遺伝子とAire依存的な遺伝子に共発現クラスターが複数同定されました。同様の解析をChd4依存的な遺伝子についても行った結果、こちらでもスーパーエンハンサー近傍遺伝子とChd4依存的な遺伝子を含む共発現クラスターが同定されました。以上の結果をまとめると、Chd4はAireと協調してスーパーエンハンサーを介した遺伝子発現にも関与していることが明らかとなりました。

 

胸腺上皮細胞のChd4は免疫寛容を誘導する

最後に、Chd4の免疫寛容に関する寄与を調べるため、Chd4 cKOマウスの末梢臓器を調べました。するとChd4 cKOマウスは、Tリンパ球を含んだ炎症性細胞の浸潤が、唾液腺、腎臓、肺、肝臓などの末梢組織で見いだされ、Chd4 cKOマウスの血中より自己抗体産生が検出されました。以上の結果から、胸腺上皮細胞のChd4がTリンパ球の免疫寛容と自己免疫抑制に重要なタンパク質であることが示されました。

 

 

まとめ

転写因子Fezf2と相互作用するタンパク質をスクリーニングし、Fezf2と相互作用するクロマチン制御因子Chd4を同定しました。

 

胸腺髄質上皮細胞のChd4は、転写制御因子AireとFezf2の双方に働きかける重要なタンパク質であり、多種多様な遺伝子を胸腺で異所的に自己抗原として発現させ、自己免疫を抑制していることが明らかとなりました。

 

以上の結果は、自己と非自己の識別の根源となる免疫寛容の分子基盤の理解を飛躍的に向上させたと考えられます。

 

リンク 

https://www.amed.go.jp/news/release_20200630-02.html

幹細胞のグランドキャニオン?

DNAは折りたたまれて細胞核の中に収納されている。
 
DNAの折りたたまれ方にはいくつか種類があって、近いDNA同士がループ構造を作ったり、エンハンサー同士がぎゅっと集まったりする様式が知られている。
 
この折りたたまれ方の違いは遺伝子発現を制御するするのに重要である。
 
今回は、幹細胞においてDNAの折りたたまれ方を検証していると、不思議な折りたたみ様式を発見したよ、という論文を紹介する。
 
 
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筆者らは造血幹細胞及びその分化細胞でのDNAの折りたたまれ方を検証するため、Hi-Cを行った。
 
Hi-CというのはDNAをクロスリンクしたのちにシーケンスすることでゲノムの近接した場所を知る手法であり、近接したゲノム領域が赤いシグナルとなって見える。
 
この結果が以下の図で、右上半分に幹細胞、左下半分にT細胞のゲノム状態がマップされるが、右上だけで遠く離れた領域での赤いシグナルがあることが分かる。
 
このことから、興味深いことに、造血幹細胞だけで見られT細胞には見られない、長いDNA間の相互作用があることが分かった

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CD34+の造血幹細胞およびT細胞(左下)のコンタクトマップ(右上)、論文より一部改変。
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では、この長い相互作用の特徴は何だろうか?
 
これまでゲノム相互作用とDNA/ヒストン修飾などのエピジェネティック修飾との関連が知られていたため、筆者らはエピジェネ状態に着目した。
 
その結果、この長い相互作用をしているゲノム領域が低メチル化CGであること、H3K27me3というヒストン修飾が多く入っていることを発見する。
 
下の図のようにDNAの近接状態とDNAメチル化状態を可視化すると、長い相互作用を行う部位はDNAメチル化が谷のようになっているので、筆者らはグランドキャニオンと名付けている(!)。(以下グランドキャニオン、グランドキャニオン間の相互作用をグランドキャニオンループ)
 
ちなみによくDNAの相互作用を制御するCTCFはこの領域に多く結合しているわけではないので、これまでよく知られてきたようなループ構造と性質が異なる。また、H3K27me3という抑制性の修飾が入っているので、促進性の修飾が入っているエンハンサーのループとも異なる。
 
すなわち、このグランドキャニオンループはこれまで知られてきたループ構造とは一線を画する新しいタイプのループであることが示唆された。

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造血幹細胞のコンタクトマップ、およびDNAメチル化状態。

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グランドキャニオンのH3K27me3状態
 
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では、このグランドキャニオンは細胞運命制御に重要なのだろうか?
 
筆者らはグランドキャニオンとされるゲノム領域のうち、遺伝子発現のプロモーターやエクソンとなっていない領域をCRISPRによって削り、細胞運命を検証した。
 
その結果、グランドキャニオンを削ると幹細胞の割合が減少したことから、グランドキャニオンは幹細胞性の維持/増殖に重要である可能性が示唆された。
 
(ちなみに1ローカスしか削っていなかったり、遺伝子発現を検証していなかったりと、機能解析にはやや突っ込みどころが多い。)
 
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このグランドキャニオンループ、どのような細胞種でも見られるのだろうか?
 
筆者らはオープンデータを解析し、多くの細胞種でグランドキャニオンが見られるか検証した。
 
この結果、グランドキャニオンループは培養細胞ではほとんど見られず(ES細胞ではみられる)、神経幹細胞などの幹細胞で多く見られることが分かった。
 
すなわち、グランドキャニオンループは幹細胞に特徴的にみられるゲノム構造である可能性が示唆された
 
 
結果は以上で、本研究で(造血)幹細胞には低DNAメチル化/高H3K27me3を有し、長い相互作用を行うゲノム構造があることが明らかとなった。
 
また、このゲノム構造は何らかの幹細胞の特徴の維持に重要である可能性も示唆された。
 
これは、これまで知られていなかった新しいゲノム構造の形を見出した点ですごい。
 
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管理人コメント
 
幹細胞に特に多くみられる特殊なゲノム構造がある!というのはめちゃ面白いです。
 
これまでDNAメチル化/ヒストンメチル化が幹細胞で重要という論文はそれなりに出ていますが、一部はゲノム構造の変化を介していたりするんでしょうね。
 
このゲノム構造の形成メカニズム、分化に伴う崩壊メカニズムなど変わるともっと面白いです。
 
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今回の論文
Large DNA Methylation Nadirs Anchor Chromatin Loops Maintaining Hematopoietic Stem Cell Identity, Molecular Cell, 2020 (リンク)

転写因子のヒストン自体への結合が細胞運命に重要?

私たちの体は多様な細胞種によって構成され、それぞれの細胞に正しく分化するにはそれぞれの細胞群に必要な遺伝子セットが活性化される必要がある。
 
細胞分化に伴って特定の遺伝子セットを活性化するには、それまでクロマチンが閉じていた領域をオープンにしていく必要がある。
 
しかし普通の転写因子はクロマチンをオープンにできず、イオニアファクターという特別な因子群のみがこの閉じたクロマチンをオープンにしていく活性を持つことが知られている。
 
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研究が進んでいるパイオニアファクターの一つにFOXA1という因子があり、初期発生に重要であることが知られている。
 
これまでFOXAとヌクレオソームを精製して試験管で混ぜ合わせた系において、他の因子がなくてもFOXA1はクロマチンをオープンにしていくことが示されている。
 
興味深いことに特にこの再構成系におけるクロマチン構造変化には、FOXA1のヒストン結合ドメインが重要であることが知られてきた(Cirillo, L. et al. Mol. Cell, 2002)。
 
しかし、FOXA1がドメイン中のどのアミノ酸残基を介してヒストンと結合するのか、そしてFOXA1のクロマチンオープニング活性が生体内においても重要なのかは不明であった。そこで今回この疑問に迫った論文を紹介する。

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今回紹介する論文。コレスポのKenneth Zaretはパイオニアファクターのパイオニアらしい。
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まず筆者らは、FOXA1のどのドメインがヒストンと相互作用するのかを検討した。
 
このため、精製したFOXA1とヒストンを試験管の中で混ぜたのち、ホルムアルデヒドによって架橋して結合部位を固定したのち質量分析にかけることで両者の相互作用部位を同定した。(クロスリンキング質量分析と呼ばれるらしい。)

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イメージ図。イメージとしてはタンパク質でHi-Cするような感じ
この結果、FOXA1のDNA結合ドメインの近くのリジン残基(K270)とC末端のリジン残基(K414)がヒストンと相互作用している可能性が明らかになった。
 
実際、この残基の周辺に変異を入れたFOXA1はヒストンと相互作用が弱くなっていることを示している。
 
興味深いことに、進化的に保存された配列を持つK414周辺に変異を入れたFOXA1は再構成系(vitro)の系においてクロマチンオープニング活性が弱くなることも見ている。
 
以上から筆者らは、FOXA1がヒストンと相互作用するアミノ酸残基を特定し、その配列がvitroにおいてクロマチンを開くのに重要であることを示した。

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FOXA1のタンパク構造の模式図。K270とK414がヒストンと相互作用する候補部位
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では、このヒストンと相互作用するドメインこそが生体においてFOXA1が生体で機能するために重要なのだろうか?
 
FOXA1のノックアウトマウス胎生致死になることが知られてきたが、これまで解析されてきたノックアウトマウスは大きくFOXA1を欠損するものだったため、機能に重要な詳細なドメインは不明であった。
 
このため、筆者らはヒストンと相互作用する部位を10アミノ酸だけ欠損するFOXA1の変異体マウスをあらたに作成した。
 
このFOXA1変異マウスを解析するとなんと、一部の胎児が発生遅滞を示し、大人にまで成長するマウスは見られなかった。
 
このことから、FOXA1のヒストン結合ドメインは生体においても重要な働きをすることが分かった。
 
あとは端折ってしまうが、FOXA1が高く発現している胎生7日目の時点で、FOXA1の変異体では遺伝子発現やクロマチン状態が変わっていることを見ている。
 
まとめると、今回パイオニアファクターの一つであるFOXA1について、FOXA1がヒストンと相互作用するドメインを明らかにし、そのドメインが生体においても重要であることが示された。
 
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管理人コメント
 
転写因子が"コアヒストン"と結合することがクロマチンをオープンにするのに重要とは!!というのがびっくりですね。
 
ほかのパイオニアファクターでも同様なことが見られるのかは気になります。
 
全体に、タンパク質のドメインを探索するような解像度からマウス個体の生存を見るような解像度まで一つなぎで解析されていて、分かった感のある論文でした。
 
分子から個体までがつながる研究いいですね。
 
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今回紹介した論文
Gene network transitions in embryos depend upon interactions between a pioneer transcription factor and core histones, Nature Genetics, 2020 (リンク)

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