真のオス化遺伝子の発見!?
今回珍しく日本人の方の論文を紹介させていただきます。関係者の方(に限らず)間違いなどございましたらご指摘いただけると幸いです。
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性別をきちんと決定することは種の生存及び進化に非常に重要である。
これまで哺乳類のオス化を決定する遺伝子としてY染色体上のSryという遺伝子が同定されてきた。
Sryはその発見以来、単一のエクソンからなる遺伝子だと考えられてきた。
今回、Sryにこれまで未知であった第2エクソンが存在し、オス化に重要であることを示した論文を紹介する。
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まず、筆者らはRNAシーケンスを行うことで、Sry遺伝子座近傍で発現しているRNAを解析した。
このとき、通常であれば解析の段階でゴミとして切り捨てる「複数のゲノム領域に貼り付きうるリード」を捨てずに解析することで、これまで報告されてこなかったSry近傍の転写物を発見した。
(Sry遺伝子座は回文配列に挟まれ、平たく言うと面倒くさいゲノム領域に存在することから、マルチマップを許さないと見えてこなかったのだろう。いやー、マルチマップを許してみようと思う発想がすごい。)
筆者らはさらに転写開始点を特定可能なRNAシーケンス(CAGE-seq)や、タグをノックインしたマウスの作成を行うことで、このSry近傍の転写物はこれまでないとされてきたSryの第2エクソンであることを明らかにする。
筆者らはこれまでの単一エクソンからSryをSry-S(Single)、新しく同定した第2エクソンを含むSryをSry-T(Two)を名付けている。
Sry-TはSry-SのC端18アミノ酸が欠損し、新しく15アミノ酸を獲得したアミノ酸配列になっている。(以下の図を参照)
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では、この第2エクソンを含むSry-Tは性決定に重要なのだろうか?
筆者らはSryの第2エクソンを削るようなマウスを作成し、解析を行った。
すると驚くべきことに、Sryの第2エクソンを削ったマウスでは染色体がXYであってもメスのようになることが分かった。
このことから、Sry-Tはオス化に必須の働きをすることが分かった。
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さらに筆者らはSry-Tを発現するだけでオス化を誘導できるのか検証するため、XX染色体をもつマウスで生殖細胞特異的にSry-SおよびSry-Tを強制発現させ、解析を行った。
その結果、Sry-Sをヘテロで発現するマウスはメスのままであるのに対し、Sry-Tを発現するマウスはオス化することが分かった。
すなわち、Sry-Tの発現はマウスのオス化に十分であることが分かった。
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では、Sry-TはSry-Sと何が違うのだろうか?
興味深いことにSry-Sだけが持っているC末端のアミノ酸配列は、タンパク質分解メカニズムによって分解を受けやすい配列であることを見出した。
実際、蛍光タンパク質にSry-SのC末端の配列を付加すると安定性が(Sry-Tの末端配列を付加した場合に比べて)減少することを示している。
このことから、Sry-Tはタンパク質として安定であるためにオス化を誘導できる可能性が考えられる。
この可能性を検証するため、筆者らはSryの第2エクソンを削ったうえで、Sry-Sのタンパク質分解誘導配列に変異を加えたマウスを作成した。
Sryの第2エクソンを削ると染色体がXYでもメスになるが、さらにSry-Sのタンパク質分解誘導配列に変異を加えるとオス化することが分かった。
すなわち、Sry-TはSry-Sに比べタンパク質が安定である可能性が高く、その特性こそがオス化に重要である可能性が示唆された。
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結果は大体以上で、今回筆者らによりこれまで見つかっていなかったSryの第2エクソンが見つかり、この第2エクソンを保持するタイプのSry-Tこそがオス化に重要であることがわかった。
どうやらこの第2エクソンはトランスポゾン由来の配列らしく、一度挿入が起こったのち、進化に有利な配列として残ったのだろう。
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管理人コメント
・本当にとってもすごい!!RNA-seqのマッピングで重複を許して第2エクソンを発見し、マウスの劇的な表現型の発見にとどまらず、そのメカニズムにまで迫っていて震える。
・マッピングで重複を許したら見えてくるタンパク質とかまだまだあるのだろうか。本当にゴミだと思って捨てていたリードからすごいものが見つかったりして、、
今回紹介した論文
The mouse Sry locus harbors a cryptic exon that is essential for male sex determination
タンパク質ノックダウンで見えてきた新しい転写制御機構
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2020年ノーベル医学生理学賞;C型肝炎ウイルスの発見
再生に伴う遺伝子発現のダイナミックな変動
細胞外タンパク質の品質管理
腸内細菌が宿主の行動を変化させる!?
自己と非自己を分ける免疫のメカニズム
はじめに
昨今、がん・アレルギー患者や新興感染症の感染者数は増加の一途をたどり、社会的にも免疫学への関心が高まっています。そもそも免疫は、「自分を攻撃せず」、外敵を攻撃するというシステムです。免疫が自己に対して攻撃しないことを免疫寛容といい、免疫寛容はわれわれが生まれた後に一人ひとりが自分でつくり上げています。しかしながら、この免疫寛容がどのように成立しているのか、よく分かっていません。
本研究は、「免疫寛容はどのように出来上がるのか」という問いを発端にすすめられました。
免疫寛容の研究について歴史をひもとくと、1960年のノーベル生理学・医学賞の、ピーター・メダワー博士とマクフラーレン・バーネット博士の「後天的自己免疫寛容」の発見に遡ります。
メダワー博士は、移植を行う際に、生後間もない状態で他人の組織を移植すると生着するのに対し、生後しばらく経ってから移植をした場合、拒絶反応が起こることを示し、この現象を後天的自己免疫寛容と命名しました。
バーネット博士は、一連の免疫応答はリンパ球が中心となって行われており、あらかじめ自己に反応するリンパ球は除去される一方で、「多種多様な病原体を認識する受容体をもつリンパ球が用意されることで、新奇の病原体にでも免疫応答できるシステムが成り立っている」というクローン選択説を提唱しました。
その後、多くの免疫学者により、バーネット博士によるクローン選択説を参考に研究がすすめられ、およそ半世紀をかけ、おおむねバーネット博士のクローン選択説は正しいことが証明されました。
すなわち、我々は生まれた後、リンパ球が個人個人でDNA組換えにより多様な抗原受容体を創り上げ、「自己に反応する成分はあらかじめ除去されることで、それ以外の成分を外敵として反応する」という、獲得免疫システムの基本メカニズムを説明することが可能となりました。
しかしながら、多様な抗原受容体の中から自己に反応する受容体だけをどのように除去するのかについては、いまでもまだよく分かっておらず、現在、免疫学で最もホットな研究テーマの一つとなっています。
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脊椎動物は獲得免疫システムと呼ばれる生体防御機構を所持しており、Tリンパ球は獲得免疫システムの中心を担う重要な細胞集団です。すべてのTリンパ球は胸腺と呼ばれるリンパ組織で出来あがり、胸腺内でTリンパ球は、DNA組換えにより10の15乗もの種類の抗原受容体を創り出しています。
しかし、この時に問題となるのが、自己反応性のTリンパ球が創り上げられてしまうことです。この問題を避けるために、胸腺内で自己反応性Tリンパ球は、細胞死が誘導されることで、自己免疫疾患に陥ることを回避しています。
この現象は免疫学の教科書において負の選択と呼ばれています。しかし、胸腺でどのように自己応答性のTリンパ球が除去されるのか、その分子メカニズムは不明な点が多いです。
ことの発端は2001年、胸腺の髄質上皮細胞(medullary thymic epithelial cell; mTEC)は、末梢組織に発現して機能しているはずの遺伝子をタンパク質として発現させていることが示されました(Jenkins et al., Nat. Immunology, 2001)。その後、様々なグループの研究により、われわれのすべての遺伝子は、mTECで自己抗原として発現している可能性が示されました(Samson et al., Genome Res. 2014)。
例えば、インスリンは膵臓で血糖値を下げるために機能していますが、インスリンはmTECでも発現しており、インスリンに対する自己応答性Tリンパ球が胸腺内で除去されることで、1型糖尿病の発症が未然に防がれています。
これまでに、mTECでの自己抗原発現に関わる転写制御因子としてAireが報告されていました(Anderson et al., Science 2002)。実際、Aire遺伝子に変異をもつマウスは自己免疫症状を示します。また、ヒトの場合でも、APECEDと呼ばれる自己免疫疾患になります。しかしながら、AireのみではmTECのすべての自己抗原は制御されていないことが次々と報告されていました。
2015年、今回紹介する論文と同じ東大のグループにより、Aire以外の自己抗原遺伝子を制御する重要なタンパク質として転写因子Fezf2が同定され、AireとFezf2は、それぞれ独自にからだ中の遺伝子を発現させている可能性が示されました(Takaba et al., Cell., 2015)。
しかし、mTECのFezf2とAireはどのように多種多様な遺伝子を自己抗原として発現させているのか、その発現機構の違いは分かっていませんでした。
AireとFezf2はそれぞれ異なる自己抗原遺伝子の発現を制御する
そこでまず、Fezf2とAire間の転写制御プログラムの違いを明らかにするため、野生型マウスとFezf2欠損、またはAire欠損マウスのmTECをフローサイトメトリーにより分取し、RNA-sequencing解析を行いました。
その結果、Fezf2とAireは、それぞれ異なる遺伝子群を発現制御していることが明らかとなりました。また、Aireは主に遺伝子の発現誘導に関わるのに対し、Fezf2は発現誘導のみならず、抑制にも関わっていました。興味深いことに、Fezf2により抑制されている遺伝子の中には、多くのがん抗原が含まれていました。
このRNA-seqデータの結果をもとに、1細胞レベルでのmTECでのAire依存的遺伝子とFezf2依存的遺伝子のmRNAの発現パターンの特徴を解析しました。すると、Aire依存的な遺伝子は、全体のmTEC細胞集団の中の5%未満の細胞集団を単位として遺伝子発現が誘導されており、一定の組み合わせをもちAire依存的遺伝子を発現させていることが解りました(モザイクな発現パターン)。一方で、Fezf2はmTEC全体でFezf2依存的な遺伝子を発現誘導させていることが明らかとなりました(ブロードな発現パターン)。
次に、Fezf2とAireによる遺伝子発現機構を分子レベルで明らかにするために、クロマチン免疫沈降シーケンシング(ChIP-seq)解析とATAC-seq (Assay for transposase-accessible chromatin using sequencing)解析を行った結果、Fezf2依存的遺伝子は転写開始地点(TSS;transcriptional start site)付近がオープンクロマチン状態であり、Aire依存的遺伝子はクローズドクロマチン状態であることが解りました。以上の結果から、Fezf2とAire は転写や翻訳に至る以前のエピジェネティックな段階から、遺伝子の発現制御メカニズムがまったく異なることが明らかとなりました。
Fezf2はChd4と複合体を形成し、自己抗原遺伝子を発現させる
では、Fezf2とAireは、それぞれどのような転写制御機構をもっているのでしょうか?これまでに、Aireは、DNAトポイソメラーゼTopやブロモドメイン含有タンパク質Brd4といったさまざまな転写制御因子と相互作用することで、遺伝子を誘導させていることが明らかとなっていました(Bansal et al., Nat. Immunology, 2017)。
一方で、Fezf2はこれまで相互作用する因子群は報告がありませんでした。そこで、Fezf2タンパク質に対して共役免疫沈降と質量分析解析を行うことで、Fezf2と相互作用するタンパク質をスクリーニングすることを行いました。実際には、ヒト腎癌上皮細胞株の293T細胞とマウス胸腺髄質上皮細胞株の1C6を使用し、それぞれFezf2を過剰発現させ、質量分析により検出されたタンパク質の中で、もっともFezf2との結合に信頼性の高い候補タンパク質として、クロマチン制御因子Chd4(Chromodomain helicase DNA binding protein 4)が挙がってきました。
Chd4はクロマチンの構成やヌクレオソームの位置決定に関わる制御因子として報告されています。Chd4は様々な細胞で、エピジェネティックな発現制御をしていることが明らかとなっていました。免疫沈降法を用いて、mTECのFezf2とChd4は直接的に結合する一方で、AireとChd4は結合しないことが解りました。また、Fezf2-Chd4複合体は、NuRD (Nucleosome remodeling and deacetylase) と相互作用し、Fezf2依存的な遺伝子を発現制御している可能性が示されました。
実際にマウス胸腺において、Chd4がmTECで機能しているかどうかを明らかにするため、胸腺上皮細胞特異的なChd4欠損(cKO; conditional knock-out)マウスを樹立しました。Chd4 cKOマウスではAireとFez2遺伝子の発現が低下していないことが示されました。
次にChd4とFezf2のエピジェネティックな制御機構を明らかにするために、野生型とFezf2 cKO、Chd4 cKOマウスのmTECを用いることでATAC-seq解析を行った結果、Chd4とFezf2は協調的に同じ領域、とくにプロモーター領域のクロマチン状態を制御していることが明らかとなりました。
Fezf2に対するChIP-seq解析の結果からも、Fezf2はプロモーター領域周辺に位置していることが確認されました。以上の結果から、Fezf2はChd4と協調して特定の遺伝子をプロモーター領域周辺で直接的に遺伝子発現を制御していることが明らかとなりました。
Chd4はAire依存的な自己抗原遺伝子の発現にも関わる
以上のATAC-seqとRNA-seq解析の結果から、Fezf2によって制御されるChd4依存的遺伝子は全体の一部であることが判りましたが、残りのChd4依存的遺伝子の発現制御機構は不明でした。しかし、Chd4依存的かつFezf2非依存的な遺伝子リストの中に、Aire依存的な遺伝子が見いだされたことにより、Chd4依存的な遺伝子の発現制御にAireが関与している可能性が示されました。
過去の文献より、mTECのAireはゲノム上のスーパーエンハンサーと呼ばれる制御領域を介してTRAを発現誘導させている可能性が示されていました(Bansal et al., Nat. Immunology, 2017)。そこで、mTECのスーパーエンハンサー領域のATAC-seq解析を行うと、Chd4を欠損するmTECではスーパーエンハンサーのクロマチンアクセシビリティが下がっていました。この結果から、Chd4はスーパーエンハンサーを介して、Aire依存的な遺伝子の発現を制御している可能性が示されました。さらに、1細胞RNA-seqデータを活用し、スーパーエンハンサー近傍遺伝子とAire依存的な遺伝子の共発現パターンを調べた結果、スーパーエンハンサー近傍遺伝子とAire依存的な遺伝子に共発現クラスターが複数同定されました。同様の解析をChd4依存的な遺伝子についても行った結果、こちらでもスーパーエンハンサー近傍遺伝子とChd4依存的な遺伝子を含む共発現クラスターが同定されました。以上の結果をまとめると、Chd4はAireと協調してスーパーエンハンサーを介した遺伝子発現にも関与していることが明らかとなりました。
胸腺上皮細胞のChd4は免疫寛容を誘導する
最後に、Chd4の免疫寛容に関する寄与を調べるため、Chd4 cKOマウスの末梢臓器を調べました。するとChd4 cKOマウスは、Tリンパ球を含んだ炎症性細胞の浸潤が、唾液腺、腎臓、肺、肝臓などの末梢組織で見いだされ、Chd4 cKOマウスの血中より自己抗体産生が検出されました。以上の結果から、胸腺上皮細胞のChd4がTリンパ球の免疫寛容と自己免疫抑制に重要なタンパク質であることが示されました。
まとめ
転写因子Fezf2と相互作用するタンパク質をスクリーニングし、Fezf2と相互作用するクロマチン制御因子Chd4を同定しました。
胸腺髄質上皮細胞のChd4は、転写制御因子AireとFezf2の双方に働きかける重要なタンパク質であり、多種多様な遺伝子を胸腺で異所的に自己抗原として発現させ、自己免疫を抑制していることが明らかとなりました。
以上の結果は、自己と非自己の識別の根源となる免疫寛容の分子基盤の理解を飛躍的に向上させたと考えられます。
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