Bio-Station

Bio-Stationは日々進歩する生命科学に関する知見を、整理、発信する生物系ポータルサイト、を目指します。

真のオス化遺伝子の発見!?

今回珍しく日本人の方の論文を紹介させていただきます。関係者の方(に限らず)間違いなどございましたらご指摘いただけると幸いです。

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 性別をきちんと決定することは種の生存及び進化に非常に重要である。

 

これまで哺乳類のオス化を決定する遺伝子としてY染色体上のSryという遺伝子が同定されてきた。

 

Sryはその発見以来、単一のエクソンからなる遺伝子だと考えられてきた。

 

今回、Sryにこれまで未知であった第2エクソンが存在し、オス化に重要であることを示した論文を紹介する。

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まず、筆者らはRNAシーケンスを行うことで、Sry遺伝子座近傍で発現しているRNAを解析した。

 

このとき、通常であれば解析の段階でゴミとして切り捨てる「複数のゲノム領域に貼り付きうるリード」を捨てずに解析することで、これまで報告されてこなかったSry近傍の転写物を発見した。

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 (Sry遺伝子座は回文配列に挟まれ、平たく言うと面倒くさいゲノム領域に存在することから、マルチマップを許さないと見えてこなかったのだろう。いやー、マルチマップを許してみようと思う発想がすごい。)

 

筆者らはさらに転写開始点を特定可能なRNAシーケンス(CAGE-seq)や、タグをノックインしたマウスの作成を行うことで、このSry近傍の転写物はこれまでないとされてきたSryの第2エクソンであることを明らかにする。

 

筆者らはこれまでの単一エクソンからSryをSry-S(Single)、新しく同定した第2エクソンを含むSryをSry-T(Two)を名付けている。

 

Sry-TはSry-SのC端18アミノ酸が欠損し、新しく15アミノ酸を獲得したアミノ酸配列になっている。(以下の図を参照)

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Sry-SとSry-T

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Sry-SとSry-Tのタンパク質

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では、この第2エクソンを含むSry-Tは性決定に重要なのだろうか?

 

筆者らはSryの第2エクソンを削るようなマウスを作成し、解析を行った。

 

すると驚くべきことに、Sryの第2エクソンを削ったマウスでは染色体がXYであってもメスのようになることが分かった。

 

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このことから、Sry-Tはオス化に必須の働きをすることが分かった。

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さらに筆者らはSry-Tを発現するだけでオス化を誘導できるのか検証するため、XX染色体をもつマウスで生殖細胞特異的にSry-SおよびSry-Tを強制発現させ、解析を行った。

 

その結果、Sry-Sをヘテロで発現するマウスはメスのままであるのに対し、Sry-Tを発現するマウスはオス化することが分かった。

 

すなわち、Sry-Tの発現はマウスのオス化に十分であることが分かった。

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では、Sry-TはSry-Sと何が違うのだろうか?

 

興味深いことにSry-Sだけが持っているC末端のアミノ酸配列は、タンパク質分解メカニズムによって分解を受けやすい配列であることを見出した。

 

実際、蛍光タンパク質にSry-SのC末端の配列を付加すると安定性が(Sry-Tの末端配列を付加した場合に比べて)減少することを示している。

 

このことから、Sry-Tはタンパク質として安定であるためにオス化を誘導できる可能性が考えられる。

 

この可能性を検証するため、筆者らはSryの第2エクソンを削ったうえで、Sry-Sのタンパク質分解誘導配列に変異を加えたマウスを作成した。

 

Sryの第2エクソンを削ると染色体がXYでもメスになるが、さらにSry-Sのタンパク質分解誘導配列に変異を加えるとオス化することが分かった。

 

すなわち、Sry-TはSry-Sに比べタンパク質が安定である可能性が高く、その特性こそがオス化に重要である可能性が示唆された。

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結果は大体以上で、今回筆者らによりこれまで見つかっていなかったSryの第2エクソンが見つかり、この第2エクソンを保持するタイプのSry-Tこそがオス化に重要であることがわかった。

 

どうやらこの第2エクソンはトランスポゾン由来の配列らしく、一度挿入が起こったのち、進化に有利な配列として残ったのだろう。

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管理人コメント

 

・本当にとってもすごい!!RNA-seqのマッピングで重複を許して第2エクソンを発見し、マウスの劇的な表現型の発見にとどまらず、そのメカニズムにまで迫っていて震える。

 

マッピングで重複を許したら見えてくるタンパク質とかまだまだあるのだろうか。本当にゴミだと思って捨てていたリードからすごいものが見つかったりして、、

 

今回紹介した論文

The mouse Sry locus harbors a cryptic exon that is essential for male sex determination

タンパク質ノックダウンで見えてきた新しい転写制御機構

遺伝子の発現がいかに制御されるか、という疑問は生物学において最も根源的な問題の一つである。
 
多くの遺伝子はRNAポリメラーゼII(以下PolII)によって転写されるため、PolIIの制御機構を知ることが遺伝子発現制御メカニズムを知るうえで大きなカギとなる。
 
この重要性から、これまでにPolIIの活性を制御する因子が数多く報告されてきた。
 
この中でもNELF(negative elongation factor)という因子は1999年、東工大の山口先生、半田先生らによって、in vitroにおいてPolIIの転写を抑制する因子として細胞抽出液から同定された。
 
NELFは構造解析などからin vitroではPolIIの活性を抑えるとことが確からしいと思われてきたが、細胞内でNELFを欠損させるとむしろ遺伝子発現が下がるという報告もあり、統一的な見解が得られてこなかった。
 
このことから、その重要性にも関わらず、細胞内におけるNELFの一次的な機能は不明であった。
 
そこで今回、タンパク質ノックダウンによってNELFの一次的な機能について迫った論文を紹介する。

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今回紹介する論文
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一般的なRNAのノックダウンやDNAを改変するノックアウトでは、多くの場合ノックダウン/アウトから解析するまでの時間が長い(>24時間)ためタンパク質の持つ一時的なな機能を解析することが難しかった。
 
そこで筆者らは薬剤依存的に目的のタンパク質を分解するAIDというシステムを導入した。
 
AID法は遺伝研の鐘巻先生らによって開発された手法であり、植物ホルモンのオーキシンを培地中に添加することでタグをつけたタンパク質を分解することができる。
 
筆者らはNELFにタグをつけることでオーキシン依存的にNELFを分解する系を立ち上げた。
 
以下の図のように、実際オーキシン添加30分でNELF-Cの量が大きく減少していることが分かる。すごい!!

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というわけで、この素晴らしい系を用い、筆者らはNELFがなくなったときの転写の状態を新生RNAseq(PRO-seq)によって解析した。
 
すると、興味深いことに、NELFを分解するとTSS直下の+1ヌクレオソーム上でPolIIが停止する位置が少し後ろにずれることが分かった。
(メモ;おそらくSHL-6での停止からSHL-5/-2/-1への変化と思われるとのこと)
 
このことから、NELFは単にPol2を止めるのではなく、+1ヌクレオソーム上でPolIIが停止する位置を制御していることが明らかになった。

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イメージとしてはこんな感じ。NELFがなくなるとPolIIがヌクレオソーム上でちょっとだけ進む。論文より引用。

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さらに、筆者らはNELFがもつPol2の位置の制御以外の細胞内機能に迫った。
 
筆者らは、
・熱ストレスに対する素早いレスポンス
RNAへのキャッピング反応
の2点について検討を行った
 
熱ストレス時には、停止していたPolIIがリリースすることで素早い転写を可能にしている可能性が報告されている。
 
そこで筆者らはNELFを分解させる条件で熱ストレスをかける実験を行った。
 
このとき意外なことに、転写量及びPolIIの停止位置はNELFがなくなっても大きな変化はなかった。このことから、NELFは熱ストレスに対するレスポンスには大きな寄与をしていないことが示唆された。
 
というわけで、つぎに筆者らはRNAへのキャッピング反応について検討した。
 
NELFはこれまでRNAキャッピング酵素CBCというのと相互作用することが知られていたらしい。
 
そこで、NELFを分解させてCBCの局在見ると確かに減っていることを発見。さらに脱キャッピング酵素が局在する量は増えているのを見ている。
 
ただしキャッピングされたRNAを見てみると必ずしも脱キャッピングされているものばかりではないので、他の制御メカニズムもありそうだ。
 
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結果は以上。全体として、タンパク質を分解する系を用いることで、NELFのAcuteな機能に近づいた。
 
NELFは+1ヌクレオソーム上でPolIIが停止する位置を制御し、NELFがなくなるとRNAキャッピングに関する因子の局在量も変化するらしい。
 
以下、Graphical abstract

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Graphical Abstract, 論文より引用

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コメント
RNAのノックダウンやノックアウトでは見えないこともあるというのは大事。こういうタンパク質分解の系はこれからも増えてくるのだろうか。
 
・今回はキャッピングとの関係を見ていたが、一般的にヌクレオソーム上で止まる位置による生物学的意義ってなんなんだろう。より奥で止まるようになっても発現量的にはそんなに変わらないんだろうか?
 
・ところでなんでNELFがないとpausingの場所が変わるのだろう?NELFがヌクレオソーム自体と相互作用していたりするのかな?
 
今回の論文
NELF Regulates a Promoter-Proximal Step Distinct from RNA Pol II Pause-Release, Molecular Cell, 2020

2020年ノーベル医学生理学賞;C型肝炎ウイルスの発見

2020年のノーベル医学生理学賞は「C型肝炎ウイルスの発見」でHarvey J. Alter, Michael Houghton, Charles M. Riceの3氏に授与されます。

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今回受賞する3氏
Biostationでは、受賞対象となった研究についてまとめてみようと思います。内容は概ねノーベル財団の公式発表に基づいております。科学未来館のページも参考にしました。管理人はウイルスの研究者ではないので念のため。
 
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肝炎は主にウイルス感染によって引き起こされます(アルコール摂取や環境要因、自己免疫疾患によっても引き起こされます)。
 
1940年代には既に感染性の肝炎には2つのタイプがあることが分かっていました。
 
一つは急性の肝炎であり、汚染された水や食べ物で感染し、一般的に長期的な影響は小さいとされます(今でいうところのA型肝炎)。
 
もう一つが、肝硬変や肝臓がんなどの慢性疾患の原因となりえるタイプの肝炎です(今でいうところのB型/C型肝炎)
 

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では、これらの慢性肝炎の原因は何でしょうか?
 
輸血による肝炎が問題になったのちの1960年代に、Baruch Samuel Blumbergらが、B型肝炎ウイルスを特定し診断検査と効果的なワクチンを開発しました(彼はこれらの業績により1976年にノーベル賞を受賞しています)。
 
この研究により輸血によるB型肝炎の症例は減少しましたが、それでもなおA型肝炎でもB型肝炎でもない原因で肝炎を発症する場合があることが分かってきました。
 
今回ノーベル賞を受賞するHarvey J. Alterらは、この謎の肝炎を発症した患者の血液をチンパンジーに注射するとチンパンジーが肝炎を発症することから、この謎の肝炎は血液由来の物質によって感染することを突き止めました。
 
この肝炎は「非A非B肝炎」と名付けられ、さらなる研究によりこの感染の原因となる物質の実態はウイルスであろうこともわかってきました。このウイルスを以下しばらく、非A非B肝炎ウイルスとします。
 
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今回ノーベル賞を受賞するMichael Houghtonらは、この非A非B肝炎ウイルスの単離に大きく貢献をしました。
 
彼らは感染したチンパンジー血液中のDNA断片からタンパク質のライブラリを作成し、非A非B肝炎患者の抗体を用いて非A非B肝炎ウイルスに由来するタンパク質の同定を試みました。
 
網羅的な探索の結果、1つの陽性クローンが発見され、非A非B肝炎ウイルスはフラビウイルスファミリーに属するRNAウイルスであることが分かりました。
 
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ここで残る重要な問題は、この非A非B肝炎ウイルスと思われるウイルスは本当に肝炎を引き起こすのか?という点です。
 
残る受賞者のCharles M. Riceらは、非A非B肝炎ウイルスのゲノムの特徴を解析するとともに、非A非B肝炎ウイルスに由来するRNAチンパンジーの肝臓に注入すると、非A非B肝炎ウイルス肝炎の患者さんに類似した病理学的変化が見られることを見出しました。
 
すなわち、この非A非B肝炎ウイルスこそが、非A非B肝炎の原因であることが分かりました。
 
この非A非B肝炎ウイルスが、現在のC型肝炎ウイルスということになります。
 
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3氏らの貢献をまとめると以下の図のようになります。
 
Harvey J. Alterらは非A非B肝炎は血中に含まれるウイルスによることを見出し、Michael HoughtonとCharles M. RiceらによりC型肝炎ウイルスの実体が明らかにされました。
 
これらの結果は、現在のC型肝炎の診断や治療薬の開発に繋がっており、非常に重要な発見であったと思われます。

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新型コロナウイルスが流行している状況でのウイルス関連の受賞ということで、改めてウイルス研究の大事さを感じますね。
 
いつパンデミックが起きるか分かりませんし、地道に基礎研究を行うのも大事ですよね。頑張りましょう!!
 
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受賞理由となった論文リスト(ノーベル財団ホームページより引用)
 
Alter HJ, Holland PV, Purcell RH, Lander JJ, Feinstone SM, Morrow AG, Schmidt PJ. Posttransfusion hepatitis after exclusion of commercial and hepatitis-B antigen-positive donors. Ann Intern Med. 1972; 77:691-699. 
 
Feinstone SM, Kapikian AZ, Purcell RH, Alter HJ, Holland PV. Transfusion-associated hepatitis not due to viral hepatitis type A or B. N Engl J Med. 1975; 292:767-770. 
 
Alter HJ, Holland PV, Morrow AG, Purcell RH, Feinstone SM, Moritsugu Y. Clinical and serological analysis of transfusion-associated hepatitis. Lancet. 1975; 2:838-841. 
 
Alter HJ, Purcell RH, Holland PV, Popper H. Transmissible agent in non-A, non-B hepatitis. Lancet. 1978; 1:459-463. 
 
Choo QL, Kuo G, Weiner AJ, Overby LR, Bradley DW, Houghton M. Isolation of a cDNA clone derived from a blood-borne non-A, non-B viral hepatitis genome. Science. 1989; 244:359-362. 
 
Kuo G., Choo QL, Alter HJ, Gitnick GL, Redeker AG, Purcell RH, Miyamura T, Dienstag JL, Alter CE, Stevens CE, Tegtmeier GE, Bonino F, Colombo M, Lee WS, Kuo C., Berger K, Shuster JR, Overby LR, Bradley DW, Houghton M. An assay for circulating antibodies to a major etiologic virus of human non-A, non-B hepatitis. Science. 1989; 244:362-364. 
 
Kolykhalov AA, Agapov EV, Blight KJ, Mihalik K, Feinstone SM, Rice CM. Transmission of hepatitis C by intrahepatic inoculation with transcribed RNA. Science. 1997; 277:570-574.
 

再生に伴う遺伝子発現のダイナミックな変動

再生能が限られている私達ヒトを含む高等脊椎動物と異なり、メキシコサンショウウオ(アホロートルウーパールーパー) は成体においても高い再生能を有し、器官レベルの再生を行うことが可能である。
 
再生の過程では一度分化した細胞が多分化能を獲得し、さらに元通りに再び分化するというダイナミックな分化能の変遷をたどる。
 
この厳密に制御された再生の分子メカニズムを明らかにすることは、分化能がいかにして規定されるかという生物学的側面からも、そして再生医療への応用など医学的側面からも極めて重要である。
 
しかしながら、再生芽はたくさんの細胞種を含むため、再生過程において特定の細胞系譜での遺伝子発現がどのように変化するのかは全く分かっていなかった。
 
そこで今回は、分化能がダイナミックに変化する結合組織細胞をモデルに、再生過程における遺伝子発現変化に迫った論文を紹介する。
 
 
結合組織細胞は再生芽において最も多い細胞種であり、再生過程において骨と軟骨、腱、骨格周囲、真皮、間質性線維芽細胞など多数の細胞種を生み出すもととなる。
 
筆者らは遺伝学的に結合組織細胞をラベルするウーパールーパーを作成した(ちなみにPrrxでcreERT2を発現するライン、とてもよくValidationしている)。
 
次に、このラインを用いて再生過程おけるシングルセルRNAseqを行った。

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その結果
・再生過程において、結合組織細胞は多様な遺伝子発現プロファイルを持つ状態から均一な細胞集団に変化すること(おそらくこれは分化した細胞が一度多分化能を獲得することに対応する)
・損傷直後に細胞外組織をリモデリングする遺伝子や細胞増殖を促す遺伝子の発現が上がってくること
などが明らかになった。
 
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何もないところから組織を構築するという点で、再生は発生過程と似ている。そこで、筆者らは次に発生過程におけるシングルセルRNAseqを行うことで発生と再生の共通点と相違点を探索した。
 
この結果、
・損傷直後(損傷後10日目まで)はどの発生ステージの細胞とも異なる発現プロファイルになること
・再生過程の細胞は損傷後11日目ごろに、発生過程の細胞と似た発現プロファイルになること
が分かった。
 
すなわち、再生時には発生と異なる遺伝子発現の変化をたどって、発生時と似た遺伝子発現プロファイルに終着することが示唆された。
 
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また、このシングルセルRNAseqの結果により、再生時の結合組織細胞はいくつかのサブ集団が存在することが分かった。
 
このサブ集団の存在の意義に迫るため、筆者らはサブ集団のみを特異的にラベルするウーパールーパーのラインを作成した。(このラインがシングルセルRNAのどの集団に対応するのかよくわからないのだが、、)
 
この結果、ラベルしたサブ集団は腕の根本側の再生に大きく寄与し、先端部の再生にはあまり寄与しないことが分かった。
 
すなわち、再生時に現れるサブ集団は異なる様式で再生に寄与している可能性が示唆された。
 
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あとは再生芽から再び分化細胞が現れる過程の解析と系譜追跡をしているが力尽きたので割愛、、、
 
全体として、初めて特定の細胞系譜で再生過程における遺伝子発現を単一細胞レベルで明らかにしたことは新しい!
 
一応Graphical abstract

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以下管理人コメント
 
・主流でもないモデル生物で系譜追跡できるラインを作ってシングルセルRNAseqと、かなり大変そうな実験をしていてすごい、!!
 
・やはりこの変化を制御する因子が分かると面白いですね!
 
・再生と発生で異なる遺伝子発現プログラムの詳細は何だろう?どうやって違いが生まれるのだろう?(再解析すればわかるが、、)
 
今回紹介した論文
Single-cell analysis uncovers convergence of cell identities during axolotl limb regeneration, Science, 2018
Bio-station, 2020, communicated by L.F.

細胞外タンパク質の品質管理

タンパク質の異常な凝集などは、神経変性疾患をはじめとして種々の疾患の原因となりうることから、タンパク質の品質は生体内で保たれる必要がある。
 
これまで細胞内でタンパク質の品質管理を担う因子は数多く同定されてきたが、細胞外タンパク質の品質がどのように担保されているかはあまり分かっていなかった
 
今回線虫の系を用いて、細胞外タンパク質の品質管理を行うメカニズムに迫った論文を紹介する。

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今回紹介する論文
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細胞外タンパク質の品質の異常の一つとして、タンパク質の凝集があげられる。
 
そこで筆者らはまず、細胞外タンパク質の凝集をモニターするような実験系を立ち上げた。
 
具体的には、細胞外に放出され、凝集しやすいことが知られていたLBP-2という因子に蛍光タグをつけた線虫を作成した。
 
次にこの線虫を用い、LBP-2の凝集が異常になるような変異体をRNAiスクリーニングで網羅的に探索した。
 
この結果、57遺伝子がヒットし、さらにドメイン探索から酵素活性を持っていそうで、かつ表現型が大きかった13因子に着目した(extracellular regulators (ECRs)と命名)。
 
これらの因子はタンパク質の凝集を阻害するような機能があることが予想され、実際13遺伝子それぞれの欠損ではLBP-2の凝集が増加することをみている。
 
(ちなみにLBP-2だけでなくLYS-7というタンパク質の凝集でも同じようなことをみているので、これらの因子はLBP-2だけでなく多くのタンパク質の品質管理を担っていることが期待される。)
 
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さらに筆者らはこれらの因子を過剰発現するだけで、凝集タンパク質が減少するかを検証した。
 
このために、ECRのうち、CLEC-1とLYS-3という因子に加え、機能が全く不明な遺伝子2つ(C36C5.5 and F56B6.6)を過剰発現するような線虫を作成し、解析を行った。
 
この結果、これら4つのECRそれぞれ単独の過剰発現によってLBP-2の凝集が減少することが分かった。
 
すなわち、ECRは過剰発現するだけで細胞外の凝集タンパク質を減らせることが分かった。
 
また興味深いことに、これら4つのECRはLBP-2と共局在し、ECRの少なくとも一つは免疫沈降でLBP-2との相互作用が検出されたことから、ECRは細胞外凝集タンパク質と直接相互作用して効果を発揮している可能性が示唆された。
 
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筆者らはさらに、これまでタンパク質の品質管理と老化の関係が示唆されてきたことから、細胞外タンパク質の凝集と老化の関係に着目した。
 
結果をまとめると、LBP-2の凝集は老化に伴って増加すること、さらにECRの過剰発現により凝集は減少し、寿命が延びることを見出している
 
ちなみに、免疫の活性化との関係も見ているが結果は省略。
 
以下がまとめ図。(News&Viewsから引用)

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この研究では、細胞外タンパク質の凝集をモニターする系を確立し、細胞外タンパク質の品質管理を担いうる遺伝子を複数同定した。
 
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コメント
 
・めっちゃ大事そうなのに細胞外タンパク質の品質管理メカニズムって意外と分かっていなかったのね。Questionがいかしてますね。
 
・ECRが細胞外タンパク質の品質管理を担うメカニズムは気になる。凝集したやつを分解に導くのか、そもそも凝集自体を防いでいるのかもちょっとよく分からない?あと凝集タンパクを認識する仕組みも知りたい。
 
・哺乳類にも今回見つかったECRのオルソログがあるらしい。哺乳類での機能も知りたいところ。
 
今回紹介した論文
Extracellular proteostasis prevents aggregation during pathogenic attack, Nature, 2020
Bio-station, 2020, communicated by L.F.

腸内細菌が宿主の行動を変化させる!?

私達人間を含む動物は、腸内細菌をはじめとして多くの生き物と共生している。
 
これまで、腸内細菌が宿主の行動を変えうることを示唆することが報告されてきたものの、そのメカニズムはあまり分かっていなかった。
 
今回、ある種の腸内細菌が神経伝達物質を合成し神経に働きかけることで、その腸内細菌の利益となるように宿主の行動を変化させることを明らかにした論文を紹介する。

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今回紹介する論文
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はじめに筆者らは、線虫を用いて宿主の行動を変化させうる腸内細菌を探索した。
 
線虫はオクタノールなどの化学物質に対して忌避反応を示すことが知られている。つまりお皿の上で線虫を飼い、オクタノールをたらすとそこから逃げるような反応を示す。
 
ここで、線虫にいろいろな種類の細菌を食べさせることで、この忌避反応に変化が現れるような細菌を探索した。
 
その結果、Providencia sp. JUb39(以下JUb39)という腸内細菌を摂取すると、線虫のオクタノールへの忌避反応が減弱することが分かった。
 
またこの時、 JUb39を殺して摂取させると忌避反応の減弱は見られなかったので、JUb39が生きて何かを産生することが宿主の行動変化をもたらすのに重要である可能性が示唆された。
 
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では、JUb39の何が、宿主の行動を変化させるのだろうか?
 
オクタノールへの忌避反応は、いくつかの神経伝達物質によって制御されることが知られてきた。
 
そこで線虫においてそれぞれの神経伝達物質の合成酵素を欠損させ忌避反応を測定したところ、オクトパミン(OA)合成酵素(TBH-1)の欠損で忌避反応の減弱されることが分かった。
 
一方、オクトパミン前駆体のチラミン合成酵素(TDC-1)の欠損では忌避反応の減弱は見られなかった。
 
このことから、チラミンがJUb39から供給されている可能性が示唆された。(ちょっとややこしいので下図参照)

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なんとなくまとめ図
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では本当にJUb39はチラミンを合成できるのだろうか?
 
これまでいくつかのグラム陽性菌がチラミンを合成することが知られていたが、JUb39が属するグラム陰性菌はチラミンを合成することは知られていなかった。
 
そこで筆者らはJUb39の全ゲノムシーケンシングを行うことで、チラミンを合成しうる遺伝子を探索した。(すごー)
 
その結果、JUb39は他の種にみられるチラミン合成酵素に似た配列を持つ遺伝子を持っていることが分かった。
 
さらに質量分析による解析からなんと、JUb39はこの遺伝子によって、実際にチラミンを合成できることが明らかになった。
 
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このチラミンはどのように行動を制御するのだろうか?
 
すこし端折ると、筆者らはASHニューロンというニューロンがチラミンを感知するのに重要であることを発見している。
 
以上の結果から、JUb39という腸内細菌は神経伝達物質であるチラミンを合成し、それを線虫のASHニューロンが受け取ることで行動を変化させている、ということが分かった。
 
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では、JUb39が宿主の化学物質に対する忌避行動を減弱させる生物学的意義は何だろうか?
 
JUb39はアルコール類を産生するすることが知られている(オクタノールを産生するかは不明らしい)。
 
つまり、JUb39は線虫のアルコール忌避性を減弱させることができれば、より自分たちが食べられやすくなる(寄生しやすくなる)と考えられる。
 
実際、JUb39は他の餌よりもより線虫に好まれる傾向にあり、この傾向はJUb39のチラミン合成や線虫のオクトパミン合成に依存していることを明らかにしている。
 
すなわち、JUb39は自身が食べられやすくなるように宿主の行動を制御している可能性が示唆された。
 
結果は以上で、繰り返しになるが今回、腸内細菌の一種神経伝達物質を合成し神経に働きかけることで、その腸内細菌に利益となるように宿主の行動を変化させるというモデルが提唱された。
 

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グラフィカルアブストラク
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管理人コメント
 
・いやー、腸内細菌に行動変えられてしまうなんて怖いなぁ。自分の意志だと思っていることも本当は腸内細菌の心の(お腹の?)声だったりするんだろうか。
 
・とはいえ、どれだけ哺乳類にも保存されていて一般的な生命現象なんだろう。抗生物質飲んでもあんまり行動変わる感じもしないし、そんなに一般的ではないのかも?とは感じるが。
 
・チラミン合成酵素ホモログ探すために全ゲノムシーケンスなんてすごいなぁと思ったけど、今の時代結構簡単にできるのか?すごい時代だと思った。
 
・グループミーティング用に解説記事かいたけど、ラボ全体のジャーナルクラブ用にしてもよかったかな。。
 
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今回の論文
A neurotransmitter produced by gut bacteria modulates host sensory behaviour, Nature, 2020
(Bio-staion, 2020, Communicated by L.F.)

自己と非自己を分ける免疫のメカニズム

はじめに

昨今、がん・アレルギー患者や新興感染症の感染者数は増加の一途をたどり、社会的にも免疫学への関心が高まっています。そもそも免疫は、「自分を攻撃せず」、外敵を攻撃するというシステムです。免疫が自己に対して攻撃しないことを免疫寛容といい、免疫寛容はわれわれが生まれた後に一人ひとりが自分でつくり上げています。しかしながら、この免疫寛容がどのように成立しているのか、よく分かっていません。

 

本研究は、「免疫寛容はどのように出来上がるのか」という問いを発端にすすめられました。

 

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今回紹介する論文

免疫寛容の研究について歴史をひもとくと、1960年のノーベル生理学・医学賞の、ピーター・メダワー博士とマクフラーレン・バーネット博士の「後天的自己免疫寛容」の発見に遡ります。

 

メダワー博士は、移植を行う際に、生後間もない状態で他人の組織を移植すると生着するのに対し、生後しばらく経ってから移植をした場合、拒絶反応が起こることを示し、この現象を後天的自己免疫寛容と命名しました。

 

バーネット博士は、一連の免疫応答はリンパ球が中心となって行われており、あらかじめ自己に反応するリンパ球は除去される一方で、「多種多様な病原体を認識する受容体をもつリンパ球が用意されることで、新奇の病原体にでも免疫応答できるシステムが成り立っている」というクローン選択説を提唱しました。

 

その後、多くの免疫学者により、バーネット博士によるクローン選択説を参考に研究がすすめられ、およそ半世紀をかけ、おおむねバーネット博士のクローン選択説は正しいことが証明されました。

 

すなわち、我々は生まれた後、リンパ球が個人個人でDNA組換えにより多様な抗原受容体を創り上げ、「自己に反応する成分はあらかじめ除去されることで、それ以外の成分を外敵として反応する」という、獲得免疫システムの基本メカニズムを説明することが可能となりました。

 

しかしながら、多様な抗原受容体の中から自己に反応する受容体だけをどのように除去するのかについては、いまでもまだよく分かっておらず、現在、免疫学で最もホットな研究テーマの一つとなっています。

 

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脊椎動物は獲得免疫システムと呼ばれる生体防御機構を所持しており、Tリンパ球は獲得免疫システムの中心を担う重要な細胞集団です。すべてのTリンパ球は胸腺と呼ばれるリンパ組織で出来あがり、胸腺内でTリンパ球は、DNA組換えにより10の15乗もの種類の抗原受容体を創り出しています。

 

しかし、この時に問題となるのが、自己反応性のTリンパ球が創り上げられてしまうことです。この問題を避けるために、胸腺内で自己反応性Tリンパ球は、細胞死が誘導されることで、自己免疫疾患に陥ることを回避しています

 

この現象は免疫学の教科書において負の選択と呼ばれています。しかし、胸腺でどのように自己応答性のTリンパ球が除去されるのか、その分子メカニズムは不明な点が多いです。

 

ことの発端は2001年、胸腺の髄質上皮細胞(medullary thymic epithelial cell; mTEC)は、末梢組織に発現して機能しているはずの遺伝子をタンパク質として発現させていることが示されました(Jenkins et al., Nat. Immunology, 2001)。その後、様々なグループの研究により、われわれのすべての遺伝子は、mTECで自己抗原として発現している可能性が示されました(Samson et al., Genome Res. 2014)。

 

例えば、インスリン膵臓で血糖値を下げるために機能していますが、インスリンはmTECでも発現しており、インスリンに対する自己応答性Tリンパ球が胸腺内で除去されることで、1型糖尿病の発症が未然に防がれています。

 

これまでに、mTECでの自己抗原発現に関わる転写制御因子としてAireが報告されていました(Anderson et al., Science 2002)。実際、Aire遺伝子に変異をもつマウスは自己免疫症状を示します。また、ヒトの場合でも、APECEDと呼ばれる自己免疫疾患になります。しかしながら、AireのみではmTECのすべての自己抗原は制御されていないことが次々と報告されていました。

 

2015年、今回紹介する論文と同じ東大のグループにより、Aire以外の自己抗原遺伝子を制御する重要なタンパク質として転写因子Fezf2が同定され、AireとFezf2は、それぞれ独自にからだ中の遺伝子を発現させている可能性が示されました(Takaba et al., Cell., 2015)。

 

しかし、mTECのFezf2とAireはどのように多種多様な遺伝子を自己抗原として発現させているのか、その発現機構の違いは分かっていませんでした。

 

AireとFezf2はそれぞれ異なる自己抗原遺伝子の発現を制御する

そこでまず、Fezf2とAire間の転写制御プログラムの違いを明らかにするため、野生型マウスとFezf2欠損、またはAire欠損マウスのmTECをフローサイトメトリーにより分取し、RNA-sequencing解析を行いました。

 

その結果、Fezf2とAireは、それぞれ異なる遺伝子群を発現制御していることが明らかとなりました。また、Aireは主に遺伝子の発現誘導に関わるのに対し、Fezf2は発現誘導のみならず、抑制にも関わっていました。興味深いことに、Fezf2により抑制されている遺伝子の中には、多くのがん抗原が含まれていました。

 

このRNA-seqデータの結果をもとに、1細胞レベルでのmTECでのAire依存的遺伝子とFezf2依存的遺伝子のmRNAの発現パターンの特徴を解析しました。すると、Aire依存的な遺伝子は、全体のmTEC細胞集団の中の5%未満の細胞集団を単位として遺伝子発現が誘導されており、一定の組み合わせをもちAire依存的遺伝子を発現させていることが解りました(モザイクな発現パターン)。一方で、Fezf2はmTEC全体でFezf2依存的な遺伝子を発現誘導させていることが明らかとなりました(ブロードな発現パターン)。

 

             

次に、Fezf2とAireによる遺伝子発現機構を分子レベルで明らかにするために、クロマチン免疫沈降シーケンシング(ChIP-seq)解析とATAC-seq (Assay for transposase-accessible chromatin using sequencing)解析を行った結果、Fezf2依存的遺伝子は転写開始地点(TSS;transcriptional start site)付近がオープンクロマチン状態であり、Aire依存的遺伝子はクローズドクロマチン状態であることが解りました。以上の結果から、Fezf2とAire は転写や翻訳に至る以前のエピジェネティックな段階から、遺伝子の発現制御メカニズムがまったく異なることが明らかとなりました。

 

Fezf2はChd4と複合体を形成し、自己抗原遺伝子を発現させる

では、Fezf2とAireは、それぞれどのような転写制御機構をもっているのでしょうか?これまでに、Aireは、DNAトポイソメラーゼTopやブロモドメイン含有タンパク質Brd4といったさまざまな転写制御因子と相互作用することで、遺伝子を誘導させていることが明らかとなっていました(Bansal et al., Nat. Immunology, 2017)。

 

一方で、Fezf2はこれまで相互作用する因子群は報告がありませんでした。そこで、Fezf2タンパク質に対して共役免疫沈降と質量分析解析を行うことで、Fezf2と相互作用するタンパク質をスクリーニングすることを行いました。実際には、ヒト腎癌上皮細胞株の293T細胞とマウス胸腺髄質上皮細胞株の1C6を使用し、それぞれFezf2を過剰発現させ、質量分析により検出されたタンパク質の中で、もっともFezf2との結合に信頼性の高い候補タンパク質として、クロマチン制御因子Chd4(Chromodomain helicase DNA binding protein 4)が挙がってきました。

 

Chd4はクロマチンの構成やヌクレオソームの位置決定に関わる制御因子として報告されています。Chd4は様々な細胞で、エピジェネティックな発現制御をしていることが明らかとなっていました。免疫沈降法を用いて、mTECのFezf2とChd4は直接的に結合する一方で、AireとChd4は結合しないことが解りました。また、Fezf2-Chd4複合体は、NuRD (Nucleosome remodeling and deacetylase) と相互作用し、Fezf2依存的な遺伝子を発現制御している可能性が示されました。

 

実際にマウス胸腺において、Chd4がmTECで機能しているかどうかを明らかにするため、胸腺上皮細胞特異的なChd4欠損(cKO; conditional knock-out)マウスを樹立しました。Chd4 cKOマウスではAireとFez2遺伝子の発現が低下していないことが示されました。

 

次にChd4とFezf2のエピジェネティックな制御機構を明らかにするために、野生型とFezf2 cKO、Chd4 cKOマウスのmTECを用いることでATAC-seq解析を行った結果、Chd4とFezf2は協調的に同じ領域、とくにプロモーター領域のクロマチン状態を制御していることが明らかとなりました。

 

Fezf2に対するChIP-seq解析の結果からも、Fezf2はプロモーター領域周辺に位置していることが確認されました。以上の結果から、Fezf2はChd4と協調して特定の遺伝子をプロモーター領域周辺で直接的に遺伝子発現を制御していることが明らかとなりました。

 

 

Chd4はAire依存的な自己抗原遺伝子の発現にも関わる

以上のATAC-seqとRNA-seq解析の結果から、Fezf2によって制御されるChd4依存的遺伝子は全体の一部であることが判りましたが、残りのChd4依存的遺伝子の発現制御機構は不明でした。しかし、Chd4依存的かつFezf2非依存的な遺伝子リストの中に、Aire依存的な遺伝子が見いだされたことにより、Chd4依存的な遺伝子の発現制御にAireが関与している可能性が示されました。

 

過去の文献より、mTECのAireはゲノム上のスーパーエンハンサーと呼ばれる制御領域を介してTRAを発現誘導させている可能性が示されていました(Bansal et al., Nat. Immunology, 2017)。そこで、mTECのスーパーエンハンサー領域のATAC-seq解析を行うと、Chd4を欠損するmTECではスーパーエンハンサーのクロマチンアクセシビリティが下がっていました。この結果から、Chd4はスーパーエンハンサーを介して、Aire依存的な遺伝子の発現を制御している可能性が示されました。さらに、1細胞RNA-seqデータを活用し、スーパーエンハンサー近傍遺伝子とAire依存的な遺伝子の共発現パターンを調べた結果、スーパーエンハンサー近傍遺伝子とAire依存的な遺伝子に共発現クラスターが複数同定されました。同様の解析をChd4依存的な遺伝子についても行った結果、こちらでもスーパーエンハンサー近傍遺伝子とChd4依存的な遺伝子を含む共発現クラスターが同定されました。以上の結果をまとめると、Chd4はAireと協調してスーパーエンハンサーを介した遺伝子発現にも関与していることが明らかとなりました。

 

胸腺上皮細胞のChd4は免疫寛容を誘導する

最後に、Chd4の免疫寛容に関する寄与を調べるため、Chd4 cKOマウスの末梢臓器を調べました。するとChd4 cKOマウスは、Tリンパ球を含んだ炎症性細胞の浸潤が、唾液腺、腎臓、肺、肝臓などの末梢組織で見いだされ、Chd4 cKOマウスの血中より自己抗体産生が検出されました。以上の結果から、胸腺上皮細胞のChd4がTリンパ球の免疫寛容と自己免疫抑制に重要なタンパク質であることが示されました。

 

 

まとめ

転写因子Fezf2と相互作用するタンパク質をスクリーニングし、Fezf2と相互作用するクロマチン制御因子Chd4を同定しました。

 

胸腺髄質上皮細胞のChd4は、転写制御因子AireとFezf2の双方に働きかける重要なタンパク質であり、多種多様な遺伝子を胸腺で異所的に自己抗原として発現させ、自己免疫を抑制していることが明らかとなりました。

 

以上の結果は、自己と非自己の識別の根源となる免疫寛容の分子基盤の理解を飛躍的に向上させたと考えられます。

 

リンク 

https://www.amed.go.jp/news/release_20200630-02.html