Bio-Station

Bio-Stationは日々進歩する生命科学に関する知見を、整理、発信する生物系ポータルサイト、を目指します。

ゲノム中の塩基配列の偏りの意義?

生物のゲノムはATGCの4つの塩基の組み合わせからなる。
 
このA, T, G, Cはゲノム中に均等に存在するわけではなく、ある一定の偏りを持って並んでいる。
 
では、この塩基の配列の分布の偏りは何か役割を持つのだろうか?
 
これまでCG配列に結合する因子とその機能がいくつか報告されてきた。
 
このためCG配列が多いことには何らかの意味があることが示唆されてきたが、AT配列については比較的その意義は調べられてこなかった。
 
今回、ゲノム中のATが濃縮する配列を読み取り、細胞運命を制御する因子を同定した論文を紹介する。
 
 
筆者らはまず、ATが多いDNAに結合する因子を網羅的に探索した。
 
このために、マウスES細胞からタンパク質を抽出して、ATが多いラベルしたDNAをまぜまぜすることで、このDNAに結合するタンパク質を引っ張ってきて、質量分析を行った。
 
この結果、これまでATに結合することが知られていた因子を含め、複数の因子がヒットした。
 
筆者らはこの中からSall4という因子に着目した。
 
SALL4は神経/四肢などの発生に重要な因子で、ヒトではオキヒロ症候群という疾患と関連していることが知られている。
 
彼らはマウスでクロマチン免疫沈降法を行うことでSall4はATが多いゲノム領域に結合すること、このATへの結合はZFC4というドメインが重要であることを明らかにする。
 
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ではSall4がATに多い遺伝子座に結合することは遺伝子発現にどのような影響を与えるのだろうか?
 
筆者らはSall4の機能欠損(ノックアウト及びDNA結合ドメインの変異)とSall4過剰発現を行い、RNA-seqにより遺伝子発現の変化を網羅的に探索した。
 
この結果興味深いことに、Sall4の機能欠損ではATが多い遺伝子の発現が上昇し、Sall4の過剰発現ではATが多い遺伝子の発現が減少することが分かった。
 
このことからSall4はATが多い遺伝子の発現を抑制している可能性が示唆された。
 
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さらに筆者らはSall4がATの多い遺伝子に結合する生物学的意義を探索した。
 
このために、筆者らはSall4のDNA結合部位に点変異を導入したマウスを作成した。
 
Sall4のノックアウトマウスは胎生致死になることが知られていたが、なんと今回作成された点変異マウスも胎生致死になることが明らかになった。
 
このことから、Sall4がATの多いゲノム領域に結合することは正常な初期発生に重要である可能性が示唆された。
 
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結果は以上のような感じで、今回の結果から
・Sall4がATに偏ったゲノム領域に結合し、遺伝子発現を抑制することで正常な発生を可能にする
というモデルを提唱している。
 
彼らのメッセージとしては
・それぞれの遺伝子座に固有のゲノム配列から遺伝子を個々に制御するより、塩基の分布の偏りを読み取ってまとめて遺伝子発現を制御するほうが合理的だよね
ということらしい。まあそうかもしれない。
 
以下グラフィカル

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コメント
 
・DNA結合部位を削っているのだから表現型が出るのはそりゃそうではないかと思ってしまうが、それもやはり1000アミノ酸以上の中の2アミノ酸の変異で胎生致死なのは効果が劇的ですごい。
 
・Sall4の(AT結合ドメインの)機能解析を"ゲノム中のATの偏りの意義"と概念的に発展させているのは勉強になった。やはり一般的なメッセージにするのは大事だな。(結果から十分サポートされているかはやや疑問)
 
 
イマイチわからなかったこと(解決した方は教えてください!!)
 
・Sall4結合領域と発現制御する遺伝子の遺伝子座の関係が不明瞭。載っているデータでSall4結合領域→AT rich、Sall4変異で発現上昇→AT richはいいが、Sall4変異で発現変動⇔Sall4結合は不明。いかにもSall4が直接AT rich geneを抑制しているように書いているが、間接的な可能性もあるのでは?
 
・ATの比を反映して遺伝子発現制御と主張しているが、Sall4がATの比だけでゲノムにターゲティングしているとは思えない。ATはクロマチン閉じている印象だが、彼らはSall4はオープンクロマチンに濃縮することも示しているしSall4の結合には配列以外の因子も関係ありそう。"ATの比を反映して"というにはデータ薄い?
 
SALL4 controls cell fate in response to DNA base composition, Mol. Cell, 2020

2020年生命科学研究まとめ&2021年展望

今回は大みそかということで、管理人の独断と偏見による2020年生命科学研究のまとめと2021年の展望を紹介していこうと思います。
学生の漫談みたいな感じなのであしからず。昨年の2019年まとめ&2020年展望はこちら
全体のまとめ、神経幹細胞研究、クロマチン研究という感じの流れです。最後にバイオステーションの来年の目標とお願いがあります。
 
全体
情勢を反映して新型コロナウイルス関連の論文はめちゃくちゃ多かったですね。本当に文字通り毎週三大誌に載っていた気がします。正直全然内容はフォローできていないのですが、喫緊の事態になると爆発的に研究が進むんだなと思いました。日本からの論文は少なかったように感じるのは残念です。しばらくは新型コロナウイルス関連論文はこの勢いで報告されていくのではないかと思います。
 
また新型コロナウイルスの影響でオンラインセミナーが多かったのは良かったです。神経系とかクロマチン関連とか各分野オンラインセミナーをやっていました。普通なら国際学会でも行かないと聞けないような話をたくさん聞けるのは良かったですね。こういった試みはコロナが収まっても続いてほしいなぁ。
 
冬にはノーベル化学賞がCharpentierさんとDoudnaさんに決まりました。発見からノーベル賞まで早いですが、研究の現場で広く使われているので納得です。
 
流行っていた研究領域は、うーん、よく分からないですね。クライオEMによる構造解析はトップジャーナルにすごくたくさん出ていましたが、管理人があんまりすごさを理解できていないのでコメントしづらい、、というわけで、管理人が比較的理解できる分野のまとめに移ります。
 
 
神経幹細胞研究(特に胎生期)
今年はトップジャーナルに神経幹細胞研究は全然載りませんでしたね、、2019年はそこそこ出ていただけにどうしたんだという感じですが、、胎生期神経幹細胞研究で三大誌に載ったのはSong Hai ShiのNaturePierre VanderhaeghenのScienceDaniel A. LimのScienceだけかな(ぎりぎりARHGAP11Bバイステでも紹介したPurterb-seqも?他にあったら教えて下さい!)。どれも最先端のスーパーテクノロジーというわけではない古典的な実験で新しい概念を提唱しているのはすごいと思います。
 
全体のトレンドとしては純粋な神経発生だけではちょっと苦しくて、進化とか疾患とかと結びつけていかないとなあ、という感じでしょうか。もちろんまだまだ分かっていない重要な課題はたくさんあるので来年以降も神経幹細胞関連の面白い論文に期待です。
 
日本からは、松崎研の論文が年始に発表されていました。神経幹細胞の分裂様式と神経幹細胞の足(Apical endfoot)の動きの関係をライブイメージングやFRETなど(少なくともこの分野では簡単にできる実験ではない)綿密な実験で示していてとても自分にはできないすごい研究だと思いました。みなさま、大変おめでとうございます。
 
あとやはり後藤研からの大脳の神経幹細胞の背腹軸決定にエピジェネ因子が関わるという報告でしょうか。背腹軸制御はとっても大事なだけにこれまでShh、WntやBMPなどスター因子の関与はたくさん報告されてきたものの、それらがどのように制御されているのかは不明でした。今回はヒストン修飾に関与するポリコーム因子群がWnt、BMPの上流となり背腹軸決定に貢献することが示されました。背腹軸の異常という想定していなかった表現型を見出すところから始まり、メカニズムまで緻密に詰められた超絶スーパーなお仕事です。
 
(他にも宮田研のLzts1とか難波さんのARHGAP11Bとかもあったなーと思ってたらどちらも2019年でした、、、記事をご覧の方で自分も胎生期神経幹細胞で2020年に論文出したぞ、という方はご連絡いただけると幸いです。)
 
 
クロマチン関連といっても分野広すぎですよね、、、管理人がフォローできる範囲だと、今年は"ヌクレオソーム+何かの因子"の構造解析がたくさんトップジャーナルに掲載されていました。SOX2, OCT3/4, cGAS(5報同時)、PARP、NSD、DNMT、BAF(2報)とかですかね(もっとあった気もする)。今後は"ヌクレオソーム+何か"に留まらない構造解析とかがメインになってくるのでしょうか。
 
個人的興味もあるかもしれませんが、タンパク質分解システムを用いてクロマチン因子の急性の欠損がゲノム構造に与える影響を解析する論文も多かったように思います。昔紹介したNELFとか、プレプリにHP1とかも上がっていた気がします(他にもポリコームは前からやられている気がする)。ここ何年かで代表的な因子がやられつくしていくのではないかと期待しています。
 
また良くも悪くも印象に残ったのはRichard YoungのMeCP2がphase separationするやつでしょうか。直前にCell Researchに同じような論文が出ているのにNatureに通してしまうのはさすがという感じです。しかもMeCP2がphase separationしますという結果と疾患の点変異だけでよくNatureだなと。まだ魔法の言葉phase separationの効力は少し残っているようです。
 
 
バイオステーション来年の目標とお願い
今年もご愛顧いただきありがとうございます。バイステ、来年の目標が一つとお願いが二つあります。
 
目標:もう少し紹介できる論文の幅を広げる!
宣言しとけば頑張れるような気がしなくもないので宣言しました。頑張ります。
 
一つ目のお願い:バイステよく間違えたこと書いているので気づいた方はお伝えいただけると幸いです!
(もちろん間違いはなくしたいですが、、)できれば優しめの表現でお願いしたいです笑。
 
二つ目のお願い:なんか色々バイステ手伝ってくださる方いたら教えてください!
自分も論文紹介してみたいとか、バイステのブログのフォーマットダサいから作りたいとか、バイステの間違いがひどいから添削したいとか、そういう感じのことで何かありましたらご連絡ください。直接言ってもらっても、メールでもツイッターのDMでもなんでもいいです。
 
というわけで、来年もよろしくお願いします!!

自閉症リスク因子が脳発生に与える影響を一網打尽に!

私達の遺伝情報をコードするゲノムの変異は疾患に結び付くことが知られている。
 
特定の遺伝子が疾患に結び付くメカニズムとして、ノックアウトマウスを用いた研究などが盛んに行われてきた。
 
しかし、ノックアウトマウスの作成および解析は大変な労力が必要であり、多数の細胞種からなるヒトやマウスの体において、遺伝子の欠損がどの細胞に影響を与えるのかを調べるのは未だ簡単ではない。
 
そこで今回、シングルセルRNAseqとCRISPRを組み合わせた手法により、複数の自閉症リスク因子遺伝子が脳発生に与える影響を細胞種ごとに解析した論文を紹介する。
 
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今回紹介する論文
自閉症は、対人関係の特異性やコミュニケーションの質的な障害などが見られる疾患(?)であり、これまでヒトを用いた研究により多数のリスク遺伝子が同定されている。
 
これらの遺伝子が、異なる特性を持つニューロンや、アストロサイト、オリゴデンドロサイトといった多数の細胞種からなる脳のどの細胞に影響を与えるのかを網羅的に調べるのは難しかった。
 
そこで筆者らはシングルセルRNAseqとCRISPRを組み合わせたPerturb-Seqを用いることで複数の遺伝子が神経発生に与える影響を解析することを試みた。

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実験の流れは上の図のような感じ
 
ざっくりとは、
自閉症リスク因子と知られる38種類(解析できたのは35遺伝子)の遺伝子を標的とするガイドRNAをもつウイルスを作成、このとき標的遺伝子ごとにバーコードをつけておく
Cas9を発現するマウスの胎児の脳にインジェクション(ウイルスが導入された細胞では標的遺伝子がノックアウトされることが期待される)
ウイルスが導入された細胞をソートし、シングルセルRNAseq
ウイルスにつけていたバーコードの情報から、それぞれの遺伝子を標的としたウイルスが導入された細胞を同定
ノックアウトによって変動した遺伝子発現プロファイルの解析
という流れ。
 
(ちなみにメインFigureのデータだけで18セットのシングルセルRNAseqしているようだ。お金持ち!)
 
そういうわけで、35種類の遺伝子のノックアウトウイルスを導入した際にどの細胞種の遺伝子発現プロファイルが変動するかを検討した。
 
その代表的な結果が以下のようなもので、興奮性/抑制性ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトに特徴的な遺伝子発現モジュールとノックアウトしようとした遺伝子がマトリックスのようになっている。

f:id:Jugem:20201221213153p:plain興味深いのが赤丸で囲ったAnk2, Chd8, Gatad2bの3遺伝子である。

 
これらの遺伝子は、これまで影響があるとは思われていなかったAnk2は抑制性ニューロン、Chd8とGatad2bはオリゴデンドロサイトの遺伝子発現プロファイルを変化させていることが分かる。
 
実際筆者らは、Chd8の(普通の)ノックアウトによってミエリンの形成が異常になる可能性を見出している。
 
(これはバイアスなしに変化を記述するPerturb-seqの強みがよく出ている結果のように思える)
 
最後はヒトの患者でみられた遺伝子発現変化が今回の系でも一部見られることを出している。(まあこれは解析の方法次第でどうにでも見せられそうだが)
 
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コメント
 
・誰にでもできる、というほど簡単な手法ではなさそうだが、今後こういった網羅解析はより一般的になってくるのだろう。細胞種も比較的多い脳で、これまたリスク遺伝子も多い自閉症をモデルにこんなこともできる、というのを示した点では重要だと思った。
 
・こういう網羅解析は何段階ものクオリティコントロール、正規化、統計処理を重ねるため、こねくり回せば"ポジっぽい"Figureにできてしまうのではないかという懸念はある。やはり最終的には普通のノックアウトマウスなどの機能解析が必要だろう。
 
・今回は変化が見られる可能性が大きそうな候補因子だけに絞っていたが、もっと多数の遺伝子を対象とすることでこれまで脳発生に関係するとは思われていなかった遺伝子の寄与などを調べられると面白いかもしれない。
 
In vivo Perturb-Seq reveals neuronal and glial abnormalities associated with autism risk genes, Science, 2020
Xin Jin, Sean K. Simmons, Amy Guo, ..., Aviv Regev, Feng Zhang, Paola Arlotta

相分離を駆動する"ヌクレオソームコア"の構造変化

私たちのゲノム情報をのせたDNAは、細胞核の中でヒストンやその他の非ヒストン性タンパク質群と共にクロマチンを構成する。
 
クロマチンは一般に緩い構造を取ると遺伝子発現が活性化しやすく、凝集した構造を取ると遺伝子発現が抑制されやすい。
 
このようにクロマチンの凝集度の制御は、遺伝子発現の制御にとても重要である。
 
これまで、クロマチンの凝集を制御する代表的な因子としてHP1(Heterochromatin protein 1)という因子が知られてきた。
 
HP1は、抑制性のヒストン修飾であるH3K9のメチル化に結合するクロモドメインと、ダイマー化に重要なクロモシャドウドメインという二つのドメインを持つ因子である。
 
古典的には、HP1は二つのH3K9me3を含むヌクレオソーム同士を架橋する構造を取ることで、クロマチンを凝集させると考えられてきた。
 
さらに近年、新たなメカニズムとして、HP1は相分離を引き起こすことでクロマチンの凝集を促進することが分かってきた。
 
しかしながら、HP1がどのような分子メカニズムで相分離を引き起こしているのかは不明である。
 
今回、HP1はなんと、ヌクレオソーム中のヒストンの構造を変化させることで、クロマチンの凝集、相分離を誘導している可能性を明らかにした論文を紹介する。

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今回紹介する論文
HP1がクロマチンを凝集させるメカニズムに迫るため、筆者らはまずHP1とヌクレオソームがどのように相互作用しているかより深く検証しようとした。
 
このために、精製したHP1とヌクレオソームを混ぜてクロスリンク質量分析を行った。
 
クロスリンク質量分析では、タンパク質を混合し、架橋剤で近接したアミノ酸を架橋したのちにタンパク質を切断し、質量分析を行う。
 
これによって、どのアミノ酸とどのアミノ酸が相互作用しているかを明らかにすることができる。
 
この結果、HP1のクロモドメインとH3が相互作用することや、HP1のクロモシャドウドメインH2Bと相互作用することが分かった。
 
このとき興味深いことに、HP1の存在下ではH3とH3、H4とH4のように、コアヒストンの相互作用にも変化が起きていることが分かった。

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クロスリンク質量分析の結果。丸が大きいほど相互作用が大きい。Swi6(HP1の酵母ホモログ)存在下では新たなH3-H3、H4-H4相互作用が生まれていることが分かる。
これは、HP1によってコアヌクレオソームの構造が変化している可能性を示唆する。
 
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そこで、HP1がヌクレオソームの構造変化を起こしている可能性にさらに迫るために、筆者らは水素-重水素交換質量分析と、NMRを用いた解析を行った。
 
説明は大変なので実験手法の詳細は省くが、この結果、HP1によってヌクレオソームは通常では隠されたヒストンのアミノ酸残基が表面に露出するような構造になることが分かった。

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水素-重水素交換質量分析の結果のモデル。通常は表面に露出していない赤く塗られたアミノ酸がHP1存在下では表面に露出してくる。
これは意外にも、クロマチンを凝集させるHP1はヌクレオソームを不安定化させることを示唆する。
 
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では、このヌクレオソームの構造変化はHP1の機能に重要なのだろうか?
 
この問題にアドレスするため筆者らは、H3とH4にシステイン残基を入れる点変異を導入し、S-S結合で架橋することでヌクレオソームの構造変化が起きにくい変異体を作成した。
 
このヌクレオソームを用いてHP1のクロマチン凝集活性能を評価すると、ヌクレオソームの構造変化が起きにくい変異体ではHP1によるクロマチン凝集も起きにくいことが分かった。
 
すなわち、HP1によるヌクレオソームの構造変化がクロマチン凝集能に重要である可能性が示唆された。
 
また構造変化が起きにくいヌクレオソームを用いた場合、HP1による相分離能も低下していることが示された。
 
このことから筆者らは、HP1はコアヌクレオソームの構造を変えることで(おそらくはヌクレオソーム表面の電荷が変化することで)ヌクレオソームの相分離と凝集を制御している、というモデルを提唱している。
 
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これまで非ヒストン性タンパク質やヒストン修飾などによるクロマチン制御メカニズムが多数報告されてきたが、コアヌクレオソームの構造自体はほとんど変わらないと考えられてきた。
 
今回の研究は、コアヌクレオソームの構造自体もクロマチン構造を大きく変化させ得る制御メカニズムの一つであることを提唱している。
 
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コメント
 
・たしかにヌクレオソームの構造自体で凝集状態や相分離の状態が変わるというのは概念的に新しいかも。因果関係はヒストン変異体の実験しかないので、"ヌクレオソームの構造変化→凝集/相分離"がどれだけそれらしいかは疑問が残るが。
 
・細胞内でも同じようなことが起きているのか?というのはとても気になる。今回の場合、"ヌクレオソームの構造変化は起こさないHP1の変異体"が取れるとよいのだが、難しそう。
 
・このようなメカニズムはどれだけHP1特異的な現象なのだろうか?ほかの因子やヒストンバリアントでもヌクレオソームの安定性が変化したりするのだろうか?Generalなメカニズムだともっとすごい。
 
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今回の論文
HP1 reshapes nucleosome core to promote phase separation of heterochromatin, Nature, 2019
S. Sanulli, M. J. Trnka, V. Dharmarajan, R. W. Tibble, B. D. Pascal, A. L. Burlingame, P. R. Griffin, J. D. Gross & G. J. Narlikar

真のオス化遺伝子の発見!?

今回珍しく日本人の方の論文を紹介させていただきます。関係者の方(に限らず)間違いなどございましたらご指摘いただけると幸いです。

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 性別をきちんと決定することは種の生存及び進化に非常に重要である。

 

これまで哺乳類のオス化を決定する遺伝子としてY染色体上のSryという遺伝子が同定されてきた。

 

Sryはその発見以来、単一のエクソンからなる遺伝子だと考えられてきた。

 

今回、Sryにこれまで未知であった第2エクソンが存在し、オス化に重要であることを示した論文を紹介する。

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まず、筆者らはRNAシーケンスを行うことで、Sry遺伝子座近傍で発現しているRNAを解析した。

 

このとき、通常であれば解析の段階でゴミとして切り捨てる「複数のゲノム領域に貼り付きうるリード」を捨てずに解析することで、これまで報告されてこなかったSry近傍の転写物を発見した。

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 (Sry遺伝子座は回文配列に挟まれ、平たく言うと面倒くさいゲノム領域に存在することから、マルチマップを許さないと見えてこなかったのだろう。いやー、マルチマップを許してみようと思う発想がすごい。)

 

筆者らはさらに転写開始点を特定可能なRNAシーケンス(CAGE-seq)や、タグをノックインしたマウスの作成を行うことで、このSry近傍の転写物はこれまでないとされてきたSryの第2エクソンであることを明らかにする。

 

筆者らはこれまでの単一エクソンからSryをSry-S(Single)、新しく同定した第2エクソンを含むSryをSry-T(Two)を名付けている。

 

Sry-TはSry-SのC端18アミノ酸が欠損し、新しく15アミノ酸を獲得したアミノ酸配列になっている。(以下の図を参照)

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Sry-SとSry-T

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Sry-SとSry-Tのタンパク質

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では、この第2エクソンを含むSry-Tは性決定に重要なのだろうか?

 

筆者らはSryの第2エクソンを削るようなマウスを作成し、解析を行った。

 

すると驚くべきことに、Sryの第2エクソンを削ったマウスでは染色体がXYであってもメスのようになることが分かった。

 

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このことから、Sry-Tはオス化に必須の働きをすることが分かった。

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さらに筆者らはSry-Tを発現するだけでオス化を誘導できるのか検証するため、XX染色体をもつマウスで生殖細胞特異的にSry-SおよびSry-Tを強制発現させ、解析を行った。

 

その結果、Sry-Sをヘテロで発現するマウスはメスのままであるのに対し、Sry-Tを発現するマウスはオス化することが分かった。

 

すなわち、Sry-Tの発現はマウスのオス化に十分であることが分かった。

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では、Sry-TはSry-Sと何が違うのだろうか?

 

興味深いことにSry-Sだけが持っているC末端のアミノ酸配列は、タンパク質分解メカニズムによって分解を受けやすい配列であることを見出した。

 

実際、蛍光タンパク質にSry-SのC末端の配列を付加すると安定性が(Sry-Tの末端配列を付加した場合に比べて)減少することを示している。

 

このことから、Sry-Tはタンパク質として安定であるためにオス化を誘導できる可能性が考えられる。

 

この可能性を検証するため、筆者らはSryの第2エクソンを削ったうえで、Sry-Sのタンパク質分解誘導配列に変異を加えたマウスを作成した。

 

Sryの第2エクソンを削ると染色体がXYでもメスになるが、さらにSry-Sのタンパク質分解誘導配列に変異を加えるとオス化することが分かった。

 

すなわち、Sry-TはSry-Sに比べタンパク質が安定である可能性が高く、その特性こそがオス化に重要である可能性が示唆された。

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結果は大体以上で、今回筆者らによりこれまで見つかっていなかったSryの第2エクソンが見つかり、この第2エクソンを保持するタイプのSry-Tこそがオス化に重要であることがわかった。

 

どうやらこの第2エクソンはトランスポゾン由来の配列らしく、一度挿入が起こったのち、進化に有利な配列として残ったのだろう。

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管理人コメント

 

・本当にとってもすごい!!RNA-seqのマッピングで重複を許して第2エクソンを発見し、マウスの劇的な表現型の発見にとどまらず、そのメカニズムにまで迫っていて震える。

 

マッピングで重複を許したら見えてくるタンパク質とかまだまだあるのだろうか。本当にゴミだと思って捨てていたリードからすごいものが見つかったりして、、

 

今回紹介した論文

The mouse Sry locus harbors a cryptic exon that is essential for male sex determination

タンパク質ノックダウンで見えてきた新しい転写制御機構

遺伝子の発現がいかに制御されるか、という疑問は生物学において最も根源的な問題の一つである。
 
多くの遺伝子はRNAポリメラーゼII(以下PolII)によって転写されるため、PolIIの制御機構を知ることが遺伝子発現制御メカニズムを知るうえで大きなカギとなる。
 
この重要性から、これまでにPolIIの活性を制御する因子が数多く報告されてきた。
 
この中でもNELF(negative elongation factor)という因子は1999年、東工大の山口先生、半田先生らによって、in vitroにおいてPolIIの転写を抑制する因子として細胞抽出液から同定された。
 
NELFは構造解析などからin vitroではPolIIの活性を抑えるとことが確からしいと思われてきたが、細胞内でNELFを欠損させるとむしろ遺伝子発現が下がるという報告もあり、統一的な見解が得られてこなかった。
 
このことから、その重要性にも関わらず、細胞内におけるNELFの一次的な機能は不明であった。
 
そこで今回、タンパク質ノックダウンによってNELFの一次的な機能について迫った論文を紹介する。

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今回紹介する論文
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一般的なRNAのノックダウンやDNAを改変するノックアウトでは、多くの場合ノックダウン/アウトから解析するまでの時間が長い(>24時間)ためタンパク質の持つ一時的なな機能を解析することが難しかった。
 
そこで筆者らは薬剤依存的に目的のタンパク質を分解するAIDというシステムを導入した。
 
AID法は遺伝研の鐘巻先生らによって開発された手法であり、植物ホルモンのオーキシンを培地中に添加することでタグをつけたタンパク質を分解することができる。
 
筆者らはNELFにタグをつけることでオーキシン依存的にNELFを分解する系を立ち上げた。
 
以下の図のように、実際オーキシン添加30分でNELF-Cの量が大きく減少していることが分かる。すごい!!

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というわけで、この素晴らしい系を用い、筆者らはNELFがなくなったときの転写の状態を新生RNAseq(PRO-seq)によって解析した。
 
すると、興味深いことに、NELFを分解するとTSS直下の+1ヌクレオソーム上でPolIIが停止する位置が少し後ろにずれることが分かった。
(メモ;おそらくSHL-6での停止からSHL-5/-2/-1への変化と思われるとのこと)
 
このことから、NELFは単にPol2を止めるのではなく、+1ヌクレオソーム上でPolIIが停止する位置を制御していることが明らかになった。

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イメージとしてはこんな感じ。NELFがなくなるとPolIIがヌクレオソーム上でちょっとだけ進む。論文より引用。

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さらに、筆者らはNELFがもつPol2の位置の制御以外の細胞内機能に迫った。
 
筆者らは、
・熱ストレスに対する素早いレスポンス
RNAへのキャッピング反応
の2点について検討を行った
 
熱ストレス時には、停止していたPolIIがリリースすることで素早い転写を可能にしている可能性が報告されている。
 
そこで筆者らはNELFを分解させる条件で熱ストレスをかける実験を行った。
 
このとき意外なことに、転写量及びPolIIの停止位置はNELFがなくなっても大きな変化はなかった。このことから、NELFは熱ストレスに対するレスポンスには大きな寄与をしていないことが示唆された。
 
というわけで、つぎに筆者らはRNAへのキャッピング反応について検討した。
 
NELFはこれまでRNAキャッピング酵素CBCというのと相互作用することが知られていたらしい。
 
そこで、NELFを分解させてCBCの局在見ると確かに減っていることを発見。さらに脱キャッピング酵素が局在する量は増えているのを見ている。
 
ただしキャッピングされたRNAを見てみると必ずしも脱キャッピングされているものばかりではないので、他の制御メカニズムもありそうだ。
 
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結果は以上。全体として、タンパク質を分解する系を用いることで、NELFのAcuteな機能に近づいた。
 
NELFは+1ヌクレオソーム上でPolIIが停止する位置を制御し、NELFがなくなるとRNAキャッピングに関する因子の局在量も変化するらしい。
 
以下、Graphical abstract

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Graphical Abstract, 論文より引用

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コメント
RNAのノックダウンやノックアウトでは見えないこともあるというのは大事。こういうタンパク質分解の系はこれからも増えてくるのだろうか。
 
・今回はキャッピングとの関係を見ていたが、一般的にヌクレオソーム上で止まる位置による生物学的意義ってなんなんだろう。より奥で止まるようになっても発現量的にはそんなに変わらないんだろうか?
 
・ところでなんでNELFがないとpausingの場所が変わるのだろう?NELFがヌクレオソーム自体と相互作用していたりするのかな?
 
今回の論文
NELF Regulates a Promoter-Proximal Step Distinct from RNA Pol II Pause-Release, Molecular Cell, 2020

2020年ノーベル医学生理学賞;C型肝炎ウイルスの発見

2020年のノーベル医学生理学賞は「C型肝炎ウイルスの発見」でHarvey J. Alter, Michael Houghton, Charles M. Riceの3氏に授与されます。

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今回受賞する3氏
Biostationでは、受賞対象となった研究についてまとめてみようと思います。内容は概ねノーベル財団の公式発表に基づいております。科学未来館のページも参考にしました。管理人はウイルスの研究者ではないので念のため。
 
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肝炎は主にウイルス感染によって引き起こされます(アルコール摂取や環境要因、自己免疫疾患によっても引き起こされます)。
 
1940年代には既に感染性の肝炎には2つのタイプがあることが分かっていました。
 
一つは急性の肝炎であり、汚染された水や食べ物で感染し、一般的に長期的な影響は小さいとされます(今でいうところのA型肝炎)。
 
もう一つが、肝硬変や肝臓がんなどの慢性疾患の原因となりえるタイプの肝炎です(今でいうところのB型/C型肝炎)
 

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では、これらの慢性肝炎の原因は何でしょうか?
 
輸血による肝炎が問題になったのちの1960年代に、Baruch Samuel Blumbergらが、B型肝炎ウイルスを特定し診断検査と効果的なワクチンを開発しました(彼はこれらの業績により1976年にノーベル賞を受賞しています)。
 
この研究により輸血によるB型肝炎の症例は減少しましたが、それでもなおA型肝炎でもB型肝炎でもない原因で肝炎を発症する場合があることが分かってきました。
 
今回ノーベル賞を受賞するHarvey J. Alterらは、この謎の肝炎を発症した患者の血液をチンパンジーに注射するとチンパンジーが肝炎を発症することから、この謎の肝炎は血液由来の物質によって感染することを突き止めました。
 
この肝炎は「非A非B肝炎」と名付けられ、さらなる研究によりこの感染の原因となる物質の実態はウイルスであろうこともわかってきました。このウイルスを以下しばらく、非A非B肝炎ウイルスとします。
 
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今回ノーベル賞を受賞するMichael Houghtonらは、この非A非B肝炎ウイルスの単離に大きく貢献をしました。
 
彼らは感染したチンパンジー血液中のDNA断片からタンパク質のライブラリを作成し、非A非B肝炎患者の抗体を用いて非A非B肝炎ウイルスに由来するタンパク質の同定を試みました。
 
網羅的な探索の結果、1つの陽性クローンが発見され、非A非B肝炎ウイルスはフラビウイルスファミリーに属するRNAウイルスであることが分かりました。
 
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ここで残る重要な問題は、この非A非B肝炎ウイルスと思われるウイルスは本当に肝炎を引き起こすのか?という点です。
 
残る受賞者のCharles M. Riceらは、非A非B肝炎ウイルスのゲノムの特徴を解析するとともに、非A非B肝炎ウイルスに由来するRNAチンパンジーの肝臓に注入すると、非A非B肝炎ウイルス肝炎の患者さんに類似した病理学的変化が見られることを見出しました。
 
すなわち、この非A非B肝炎ウイルスこそが、非A非B肝炎の原因であることが分かりました。
 
この非A非B肝炎ウイルスが、現在のC型肝炎ウイルスということになります。
 
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3氏らの貢献をまとめると以下の図のようになります。
 
Harvey J. Alterらは非A非B肝炎は血中に含まれるウイルスによることを見出し、Michael HoughtonとCharles M. RiceらによりC型肝炎ウイルスの実体が明らかにされました。
 
これらの結果は、現在のC型肝炎の診断や治療薬の開発に繋がっており、非常に重要な発見であったと思われます。

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新型コロナウイルスが流行している状況でのウイルス関連の受賞ということで、改めてウイルス研究の大事さを感じますね。
 
いつパンデミックが起きるか分かりませんし、地道に基礎研究を行うのも大事ですよね。頑張りましょう!!
 
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受賞理由となった論文リスト(ノーベル財団ホームページより引用)
 
Alter HJ, Holland PV, Purcell RH, Lander JJ, Feinstone SM, Morrow AG, Schmidt PJ. Posttransfusion hepatitis after exclusion of commercial and hepatitis-B antigen-positive donors. Ann Intern Med. 1972; 77:691-699. 
 
Feinstone SM, Kapikian AZ, Purcell RH, Alter HJ, Holland PV. Transfusion-associated hepatitis not due to viral hepatitis type A or B. N Engl J Med. 1975; 292:767-770. 
 
Alter HJ, Holland PV, Morrow AG, Purcell RH, Feinstone SM, Moritsugu Y. Clinical and serological analysis of transfusion-associated hepatitis. Lancet. 1975; 2:838-841. 
 
Alter HJ, Purcell RH, Holland PV, Popper H. Transmissible agent in non-A, non-B hepatitis. Lancet. 1978; 1:459-463. 
 
Choo QL, Kuo G, Weiner AJ, Overby LR, Bradley DW, Houghton M. Isolation of a cDNA clone derived from a blood-borne non-A, non-B viral hepatitis genome. Science. 1989; 244:359-362. 
 
Kuo G., Choo QL, Alter HJ, Gitnick GL, Redeker AG, Purcell RH, Miyamura T, Dienstag JL, Alter CE, Stevens CE, Tegtmeier GE, Bonino F, Colombo M, Lee WS, Kuo C., Berger K, Shuster JR, Overby LR, Bradley DW, Houghton M. An assay for circulating antibodies to a major etiologic virus of human non-A, non-B hepatitis. Science. 1989; 244:362-364. 
 
Kolykhalov AA, Agapov EV, Blight KJ, Mihalik K, Feinstone SM, Rice CM. Transmission of hepatitis C by intrahepatic inoculation with transcribed RNA. Science. 1997; 277:570-574.