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ニューロンへのリプログラミングの道_3 (Brn2, Ascl1, Myt1l)

 
これまで2回にわたって、Brn2,Ascl1,Myt1l (BAM因子)の過剰発現で線維芽細胞をニューロンに系譜転換できること、
 
そして、Ascl1とBrn2の働くメカニズムを紹介してきた。
 
今回はこのBAM因子の中で最も謎に包まれたMyt1lについて紹介する。
 
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Myt1lはmyelin transcription factor 1 likeという正式名称であるが、
 
特にミエリンと関係するという報告は少なく、
 
神経系で広く発現がみられること
カエルの適切な神経分化に必要なこと
 
が報告されていただけだった。
 
(今Pubmedで検索しても83件しかヒットしない...)
 
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Myt1lの働くメカニズムに迫るきっかけとするため、
 
はじめに筆者らはMyt1lがゲノム上のどこに結合しているか調べた。
 
すると、Myt1lはニューロン分化とは関係のなさそうな遺伝子に多く結合していることが分かった。
 
さらに、Myt1lの結合がみられるそれらの遺伝子の発現は、リプログラミングの過程で発現減少する、ことを明らかにする。
 
 
すなわち、Myt1lはニューロン分化に関係のない遺伝子の近くに結合し、
 
ニューロン分化関連遺伝子以外の遺伝子(他の系譜の遺伝子)の発現を抑制する因子である、ことが分かった。
 
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ある分化系譜への分化を促進するような因子はこれまで星の数ほど報告されているが、
 
他の分化系譜への分化を抑制する因子の報告は非常に少ないので非常に興味深い。
 
また、一つの細胞系譜を抑えるのではなく、ニューロン分化以外の細胞系譜の遺伝子群を
 
グローバルに抑えることができるのはこの因子が初めてなのではないだろうか。
 
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ただ、転写因子だと考えられていたMyt1lはどのようにして遺伝子発現を抑制しているのだろうか?
 
筆者らは、Myt1lの遺伝子を少しずつ削ったmutant Myt1lを普通のMyt1lに変えることで、
 
系譜転換がうまくいかなくなるmutantを探した。(かなり大変だっただろう...)
 
その結果、Myt1lのN末端が系譜転換に必須であることが分かり、
 
さらに、Myt1lのN末端にはSin3bという脱アセチル化酵素が結合することを明らかにする。
 
 
すなわち、Myt1lはニューロン分化以外の系譜の遺伝子を脱アセチル化することで転写抑制していることが明らかになった。
 
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in vivoの実験もしているが、データとしてはこれで大体わかった気になれると思う。
 
それにしてもクロマチン因子がグローバルにクロマチン状態を変化させ、大規模な遺伝子発現変化を許容する
 
というクロマチンの面白さが分かるような論文だった気がする。
 
 
当然、なぜMyt1lがニューロン分化関連以外の遺伝子を見分けることができるのか(遺伝子座特異性)、
 
は非常に気になる部分である。
 
これは筆者たちを含め、未だ誰も明らかにしていない。
 
 
Myt1lはべたべた非特異的に張り付いクロマチンを閉じようとするが、
 
イオニアファクターであるAscl1がニューロン関連因子のクロマチンだけこじ開ける、
 
というような感じなのではないか自分は感じるが.....
 
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今回まで3回にわたって3つの遺伝子の過剰発現によるニューロンへのリプログラミングを紹介してきた。
次回は、遺伝子の過剰発現ではなく、低分子化合物で神経にリプログラミングする話を紹介する(予定)。
 
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参考
Myt1l safeguards neuronal identity by actively repressing many non-neuronal fates, Nature, 2017