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Ikzf2 (Helios) という因子

Ikzf1(Helios)という聞きなれない遺伝子に関する論文が、
今日のNature*とCell Stem Cell**に報告された。
 
Natureの方は耳の外有毛細胞の発生に関して、
Cell Stem Cellの方は白血病のがん幹細胞に関してである。
 
Pubmedで"IKZF1"を検索すると、110件しかヒットしないし、
多くの論文はTreg細胞関係らしい。
 
そういった因子が別の系で同日に(しかもトップジャーナルに)、
掲載されるというのは結構珍しい気がする。
 
 
今回はひとまずNature論文の方について紹介する。
(Cell Stem Cellの方は紹介しないかも)
 
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聴覚器(耳)の重要な構成要素として、内有毛細胞外有毛細胞があげられる。
 
内有毛細胞は音という物理刺激を神経刺激に変換する器官であり、
外有毛細胞は微弱な音刺激の場合にはそれを増幅し、
逆に過大に強い音の場合にはこれを抑制するように働く器官である。
 
内有毛細胞と外有毛細胞の数はある程度決まっており、
正しい数の内/外有毛細胞が生み出されて配置されることが
耳の正常な働きに必須である
 
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発生過程において、内有毛細胞と外有毛細胞は共通の起源である前駆細胞から生み出される。
 
そのため、前駆細胞からどのように内有毛細胞と外有毛細胞が生み出されるか
知ることが、正しい数の内/外有毛細胞を生み出すために非常に重要である。
 
長い間、それぞれの分化細胞への系譜転換を運命づける因子の探索が行われてきたが、
外有毛細胞への分化を決定するマスターレギュレーターともいうべき因子の存在は未だ不明であった
 
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そこで筆者らはまず初めに外有毛細胞で多く発現している因子を探索した。
 
ここで少しトリッキーな方法を用いている。(読みとばしてもらっても大丈夫)
 
すなわち、
外有毛細胞で発現していることが知られているprestinプロモーターの下流
creERT2(タモキシフェン依存的cre)が発現するprestin-creERTマウスと、
Cre依存的にタグ付きRibosomeが発現するRiboTagHAマウスを交配した。
 
このマウスを使えばタモキシフェンを打った時点で外有毛細胞で転写されている遺伝子を同定することができる。
 
(なぜこの方法を使ったのかは不明。prestin-GFPでFACSしてもよさそうだが。
外有毛細胞はdissociationに耐えられないとかいう理由があるのだろうか。)
 
 
ともかく、この方法で、生後8,14,28日目および6,10週の外有毛細胞で転写されている遺伝子を同定した。
 
この外有毛細胞で高く発現している遺伝子のTSSから上流20kb(結構長いな...)に
濃縮しているモチーフ配列を同定すると、5つの因子が挙がってきた。
 
さらに、その中で外有毛細胞で高く発現している遺伝子はわずか一つ、
  Ikzf2
のみであった。
 
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ではIkzf2は外有毛細胞の分化に十分なのだろうか?
 
この疑問に迫るため筆者らはウイルスを用いて前駆細胞や内外有毛細胞にIkzf2を過剰発現した。
 
すると、Ikzf2を過剰発現したサンプルでは、
いくつかの前駆細胞マーカー遺伝子のの発現が減少するとともに、
外有毛細胞マーカー遺伝子の発現が増加していた
(いくつかの、というのが一つ注意すべき点で遺伝子発現全体が外有毛細胞の方にプッシュされたわけではない)
 
すなわちIkzf2は外有毛細胞の分化に十分であることが示唆された。
 
(最終的な運命;形態,投射とかも変わっていることが示されれば文句なしだろうが、
今回のデータでだけは"十分"というには少し浅い気もするが?有識者がみれば違うのかもしれない)
 
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最後にIkzf2の機能が異常になるマウスで聴覚が異常をきたすか確かめた。
 
詳細は不明であるが、auditory brainstem responseというのを測定することで、
期待通り、Ikzf2変異体マウスでは聴覚異常がおこっていることが示された。
 
すなわち、Ikzf2が正常に機能することが正常な聴覚機能に必要であることが分かった。
 
(このとき外有毛細胞の数などはみていない気がする...
遺伝子発現はみていて外有毛細胞マーカー遺伝子の発現落ちているといっているが...)
 
 
これらの結果から
Ikzf2こそが前駆細胞から外有毛細胞への運命を決定するマスター因子である
ことが示唆された。
 
この研究により、幹細胞運命制御に関して新しい知見が増えるとともに、
難聴などを含む聴覚障害への治療につながる可能性がある。
 
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ブログ編集者とやや分野が近いので突っ込みどころが目についてしまったが、
トランスクリプトームからバイアスなしに重要な因子をとった(と少なくとも見せている)点ではいい論文だった。
 
ただやはり、全体的にトランスクリプトームのデータだけではなく、形態や免染で細胞の運命をきちんと見てほしい気がした。
トランスクリプトームはどうにでも見せられるという怖さもあるので(自戒を込めて)...
 
とりあえずはIkzf2の機能するメカニズムが知りたいところだろうか。
 
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参考
* Helios is a key transcriptional regulator of outer hair cell maturation, Nature ,2018
** IKZF2 Drives Leukemia Stem Cell Self-Renewal and Inhibits Myeloid Differentiation, Cell Stem Cell, 2018
*** http://www.kahoku-jibika.jp/mimi/mimi03.html 河北診療所耳鼻科