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精子と卵子が出会うとき_2

精子卵子がお互いを認識しあうタンパク質は受精卵の形成に極めて重要である。
これまで哺乳類で精子-卵子間相互作用をIzumoとJunoという因子が担うこと報告されてきた。
(Izumo; Inoue et al., Nature, 2005、Juno; Bianchi et al., Nature, 2014)
 
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では他の種でどのように精子-卵子間相互作用を行うのだろうか?
研究者たちはまず、IzumoやJunoが他の生物種にも保存されているか検討した。
 
すると驚くべきことに、Junoは魚類には保存されていないこと、
すなわち、魚類には精子-卵子間相互作用を担う未知の分子があることが示唆された。
 
 
特に魚類は、メスが水中に卵子を放出し、オスが精子を振りかけるという生殖様式なので、
精子-卵子間の相互作用が正常な受精に非常に重要である。
 
また、他の種の精子も水中に存在するため、
精子-卵子間相互作用を担うタンパク質は同じ生物種の精子卵子だけを結合させる
種特異性を生みだしている可能性もあり、多くの研究者の興味を引いてきた。
 
この分子の実体を求めて多くの研究者が研究を行っていたが、2018年まで
魚類において精子卵子がお互いを認識しあうタンパク質の実体は不明であった
 
今回紹介する論文(☆)では、ついにこの分子の実体を突き止め、
さらにこの因子が種間の交雑を防いでいる可能性を明らかにしている。
 
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なぜこれまで長年の研究にも関わらず、この魚類の精子-卵子認識タンパク質が不明であったのだろう?
 
原因の一つは、今回筆者らが精子-卵子認識タンパク質として発見した因子は、
これまでそのタンパク質自体が存在すると考えられていなかったからである。
 
筆者らは、これまでにゼブラの初期胚(1細胞から桑実胚くらいまで)で、リボソームプロファイリングを行うことで、
- これまでnon-coding RNAと思われていた遺伝子領域にリボソームが乗っていること、
- そのうちいくつかは実際に転写されていること、
を明らかにしていた。
(Pauli et al., Science, 2013、今回のラストauthorがポスドクの時にやった仕事)
 
*"non-coding" RNAから翻訳されるという報告はDrosophilaでなされていたが、
このScience2013がゼブラでは初めて(おそらく)。
哺乳類で同様なものはAnderson et al., Cell, 2015が初めて(おそらく)。
中山敬一Labの松本さんのSPARもこういうやつですね(Matsumoto et al., Nature, 2016大体留学先での仕事と思われる)。
 
そこで今回、このリボソームの乗っている"non-coding"RNAの中から、
卵でのみ高く発現している遺伝子を探索した。
 
*おそらくこのときは特に精子-卵子認識タンパク質をとりたいと思ったわけではなく、
卵で何かしら重要そうな、翻訳される"non-coding"RNAがとりたかったのだと思われる。
 
その結果、
一つのエクソンからなり、これまでgene annotationされていなかった因子が、
卵でのみ非常に高く発現していることが分かった
(後に示す表現型からBouncerと名付けられた)。
 
また、CAGE-seqやRNA-FISH、Western Blotから、
確かにBouncerは転写され、タンパク質まで翻訳されていることが明らかになった。
 
Bouncerは80アミノ酸からなり(意外に大きい)、配列情報から
- 膜に突き刺さるようなGPIアンカードメインを持つこと、
- Ly6/uPARというウロキナーゼ(細胞外タンパク切るやつ、プラスミノーゲンとか)の
  スーパーファミリーに含まれること、
が予想されたが、当然その機能は未知であった。
 
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ではBouncerの機能は何だろうか?
 
筆者らはCRISPR-Cas9システムを用いて、Bouncerのノックアウトゼブラを作成した。
ヘテロ同士の交配でホモノックアウトが25%程度生まれ、通常通り生育したため、
Bouncerは発生には必須ではない可能性が示唆された。
 
しかし、Bouncerの交配を続けると、
驚くべきことに、Bouncer -/- のメスからはほとんど子供が生まれない、ことが分かった。
このとき野生型のメスとBouncer -/- のオスからは子供ができたため、
Bouncerは卵子の発生、あるいは受精にdefectがでることが示唆された。
 
そこで、Bouncer -/- の卵子は見た目上正常に見えるため、後者の可能性を考えて、
Bouncer -/- の卵に精子をmicro injectionする実験を行った。
すると、再び驚くべきことに、
Bouncer -/- であっても、精子をmicro injectionされると正常に発生が進む、ことが分かった。
 
すなわち、Bouncerは受精のステップに必要である可能性が示唆された。
 
研究のハイライトは上の実験で、あとは
- BouncerはGPIアンカードメインで膜局在することが受精に必要なこと
- Bouncerは精子の呼び寄せにはかかわらないこと
- 卵から絨毛膜をはがすと精子がたくさん卵に入るが、Bouncer -/- では精子はほとんど入らないこと
などを示し、おそらくBouncerは卵上で精子との結合を仲介する分子であることが示唆された。
 
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これだけでも十分面白いが、この論文には続きがある。
 
Bouncerの配列を種ごとに調べてみると、種ごとでそれなりに配列にばらつきがあることが分かった。
そこで、筆者らは、Bouncerが受精の種特異を制御しているのではないかと考えた。
 
というわけで、筆者らはメダカ型のBouncerを持つゼブラを作成した。
これをゼブラ型Bouncerを持つゼブラ(つまり野生型)と交配すると、
メス;メダカBouncerゼブラ × オス;ゼブラBouncerゼブラ
は受精できないことが分かった。
(Bouncerは卵で大事なのでオスメス逆は受精できる)
 
これはまあ、さもありなん。
しかし、驚くべきことに、メダカBouncerゼブラにメダカ精子を振りかけると、
いくつかの卵は受精し、24時間は正常に発生する(ゼブラ-メダカハイブリッドができる!)ことが分かった。
 
すなわち、ゼブラとメダカにおいては、
Bouncerの種がそろっていることが受精に十分であることが示された。
 
*ちなみにゼブラとメダカは2億年前に分岐し、進化的には"遠い"とされるらしいです。
ヒトとゾウの分岐が1億年前(ネット情報)とのことですから、確かに結構遠いですね。
一つの遺伝子の配列を変えるだけで、これらのハイブリッド祖先が生まれるのは衝撃...
(たぶんIzumo-Junoを変えるだけではヒト-ゾウハイブリッドはできない気がするが...)
 
*Bouncerというのは英語の単語として"用心棒"、"警備員"という意味らしいです。
他の種の精子が入らないようにする"用心棒"ということですかね。
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ちなみに、このBouncer、哺乳類にもホモログがある。
 
筆者らはゼブラBouncerの配列をBLASTにかけて、
SPACA4(Sperm acrosomal membrane-associated protein14)
が、Bouncerと近似している遺伝子だということを明らかにしている。
 
SPACA4は精子先端のプロテオームから取られた遺伝子
(Jagathpala et al., JBC, 2003)だが、
in vitroで受精に関わるかも、というデータが一つあるのみで、
基本的にはin vivoでの機能は未知である。(おもしろい!)
 
あれ、ゼブラBouncerは卵なのに、ホモログは精子?という気がしてしまう。
 
実は、筆者らはいくつもの種のBouncerホモログとその発現を検証した結果、
Bouncerホモログは、大変興味深いことに、
魚類など体外で受精する生物では卵に発現しているのに対して、
哺乳類を含めた体内で受精する生物では精子側に発現している
ことを明らかにしている。
 
もちろん、どうして哺乳類では精子側に発現しているのか、機能は何なのか、
は不明である。
*筆者らは数行discussionしているが、いまいち理解できないというのがほんとのところ。
 
いずれにしても、Bouncerの哺乳類ホモログのさらなる研究が、
哺乳類における受精メカニズムを解明する手掛かりになる可能性がある。
 
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コメント
 
そういうわけで、ゼブラで初めて、
これまでnon-codingと思われていたゲノム領域から、精子卵子の認識タンパク質がとられた。
 
今回の論文はさらなるInteresting & Big Questionsを残している。思いつくだけでも
- Bouncerの精子側の受容体はなにか??その認識機構は??
- Bouncerの哺乳類ホモログの機能は??なぜ精子側に発現しているの??
などは今後同じグループがやるだろう。(もうやってるだろう)
 
ついでに、かれらはリボソームプロファイリングから得られた
翻訳されそうな"non-coding" RNAの情報をまだまだ持っているので、
初期発生に重要な役割を果たす新規タンパク質も明らかにするのではないか。
 
 
最近も感染で出てくる翻訳される"non-coding" RNAとりましたよ論文(Jackson et al.,Nature, 2018)が、でていたりして
(ついでにこいつは非AUG開始コドンを持つらしい。
ただし、pathologicalなconditionで、かつ分子として何をやっているかなどが結構雑...)
リボソームプロファイリングのパワーを感じている。
 
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☆The Ly6/uPAR protein Bouncer is necessary and sufficient for species-specific fertilization, Science, 2018
Sarah Herberg, Krista R. Gert, Alexander Schleiffer, Andrea Pauli