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ニューロンを生むべきか、グリアを生むべきか

 
私たちの脳はニューロングリア細胞といった細胞から構成される。
このニューロングリア細胞は発生期において
共通の起源である神経幹細胞から生み出されることが知られている。
 
神経幹細胞は興味深い性質を持っていて、
発生の初めの方にはニューロンだけを生み(ニューロン分化期)、
そのあとにグリアだけを生む(グリア分化期)という性質を持っている。
 
つまり、神経幹細胞は発生時期依存的に性質を変え、生み出す細胞を変化させる。
 
この性質の転換がうまくいかないと、
ニューロングリア細胞の数が異常になってしまう可能性があるので、
ニューロン分化期からグリア分化期への転換は厳密に制御される必要がある。
 
では、神経幹細胞はどのようにして、
発生時間に伴ってニューロンからグリアへと生み出す細胞を変えるのだろうか?
 
今回の論文では、ニューロン分化期からグリア分化期にかけて、
ニューロン関連遺伝子の抑制様式が変化することを見出した。
 
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これまで、ニューロン分化期からグリア分化期の転換では、
ポリコーム群というエピジェネティクス因子が重要な役割を果たすことが報告されてきた。
 
ポリコーム群はヒストンH3K27にメチル化を入れることで遺伝子発現を抑制する酵素複合体である。
 
ニューロン分化期以降の神経幹細胞では
ポリコーム群がヒストンにメチル化を入れることで、
発現を抑制し、分化能も制限することが報告されてきた。
 
 
ここから少しディープなお話に。
 
では、ポリコーム群は実際どのように遺伝子発現を抑制するのだろうか?
 
これまでにポリコーム群(PRC2)の入れたH3K27のメチル化を認識して、
さらに別のポリコーム群(PRC1)が
コアヒストンにユビキチン化を入れることが知られている。
 
しかし、このユビキチン化が遺伝子発現の抑制に重要であるという報告と、
重要でないという報告があり、ユビキチン化の役割ははっきりとしていなかった。
*このユビキチン化はプロテアソームに行く系ではないので、
タンパク質の分解にはほとんど関与しない。
 
そこで、筆者らは世界に先駆けて、ユビキチン化を入れられない
PRC1変異体を作成し、標的遺伝子が抑制されるかを検証した。
 
その結果、驚くべきことに、
ニューロン分化期では遺伝子発現の抑制にユビキチン化が必要であった一方、
グリア分化期では遺伝子発現の抑制にユビキチン化は不要であった
 
つまり、これまで必要だとか不必要だとかはっきりしなかったユビキチン化は、
発生時期によって必要性が変化することが分かった。
 
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では、グリア分化期ではどのようにニューロン関連遺伝子の発現を抑制しているのだろうか?
 
ポリコーム群による遺伝子発現抑制のメカニズムとして、
ユビキチン化とは別にポリコームの凝集が知られていた。
 
そこで、ポリコーム群が凝集できない変異体で実験を行うと、
グリア分化期ではポリコーム群の凝集が遺伝子発現に必要であることが分かった。
 
すなわち、
ニューロン分化期では分化シグナルにいつでも応答できるように
ユビキチン化で軽く抑制しているのに対して、
グリア分化期ではもうニューロンを生むことはないので、
凝集によって固く抑制していることが明らかになった。
 
また、このポリコーム群による抑制モードの変化には
ヒストンのアセチル化が重要であることも示している。
 
下がまとめの図。
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ニューロン分化期からグリア分化期への転換において、
ニューロン関連遺伝子の抑制様式が変化するというモデルは
conceptually newでとても面白い。
 
ポリコーム群は他の細胞種でも細胞運命を制御していることが知られている。
そのような細胞種でも、今回のような抑制モードの変化があるのだろうか。
 
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参考
Ubiquitination-Independent Repression of PRC1 Targets during Neuronal Fate Restriction in the Developing Mouse Neocortex, Developmental Cell, 2018
 

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