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アストロサイトがリズムを作る

昨年は本庶佑先生がノーベル賞を受賞されて盛り上がりましたが、
おととしのノーベル医学生理学賞は何だったか憶えているでしょうか。
 
"概日リズムをコントロールする分子メカニズム"の発見に対して、
ジェフリー・ホール、マイケル・ロスバシュ、マイケル・ヤング
に授与されましたね。
 
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多くの生物は地球の自転に合わせて
体内時計を持っていて、睡眠や体温、行動などを変化させる。
 
この体内時計の破綻はうつ症状や、睡眠不足などの種々の問題を引き起こし、
生活の質を低下させてしまう。
 
このため、概日リズムを制御するメカニズムを明らかにすることは、
これらの症状を改善する方法の確立につながる可能性があり、極めて重要である。
 
今回は、アストロサイトと呼ばれる細胞が概日リズムに重要だ、という論文を紹介する。
 
 
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体内時計を司る重要な器官として、
視交叉上核(SCN)が知られている。
 
このSCNを欠損した動物は概日リズムを持たないことが、
古典的な実験によって示されている。
 
しかし、実はこれまで、
SCNの中で、どの細胞が概日リズムに重要か
ということは分かっていなかった。
 
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SCNは主に、ニューロンとアストロサイトからなる。
 
アストロサイトはいわゆるグリア細胞の一種で、
ニューロンを助けるような細胞であると認識されている。
 
そのため、おそらくはニューロンが概日リズムに重要で
アストロサイトはただの補助だろうと考えられてきた。
 
しかし、これまでアストロサイトの研究を進めてきた今回のグループは、
SCNに存在するからにはアストロサイトも何か機能があるのだろうと研究を始めたと思われる。
 
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初めに筆者たちは、時計遺伝子の発現リズムをそれぞれの細胞で観察した。
 
すると、驚くべきことに、ニューロンだけでなく、
アストロサイトも時計遺伝子の発現にリズムがあることが分かった。
 
 
では、アストロサイトも概日リズムに重要なのだろうか?
 
筆者らは、全身で時計遺伝子をなくしたマウスに
ニューロン/アストロサイト特異的に時計遺伝子を発現させる実験を行った。
 
普通のマウスは真っ暗な中でも、一定の周期でリズムを持った行動を示すが、
全身で時計遺伝子をなくすと、行動にリズムがなくなる。
 
この実験の結果、驚くべきことに、全身で時計遺伝子をなくしたマウスに
アストロサイト特異的に時計遺伝子を発現させたマウスでは、
行動のリズムが回復することが分かった。
 
*ちなみにニューロンだけ時計遺伝子を発現させてもリズムは回復する
 
すわなち、
SCNのアストロサイトは概日リズムを生み出すのに十分である
ことが示唆された。
(本当はもっと実験しているけど省略...)
 
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これまで、アストロサイトはどちらかといえば、
ニューロンを補助する細胞と考えられてきた。
 
今回の結果はアストロサイトが、
概日リズムを生むマスター細胞であることを明らかにした点で新しい。
 
 
これ以外にもアストロサイトの重要性を示唆するような論文がいくつか出ている。
例えばWindrem, JN, 2014はヒトアストロサイトをマウスに移植すると賢くなるとか。
Lanjakornsiripan et al, Nature comm, 2018*は
これまでニューロンばかりの多様性が着目されてきたが、
アストロサイトも多様であることを示している。
 
 
今の時点では脇役と思われている細胞でも、
実はそちらがメインキャラという例はこれだけではないだろう。
 
脇役と考えず、きちんと機能をみることの重要性を改めて感じた。
 
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参考
Cell-autonomous clock of astrocytes drives circadian behavior in mammals, Science, 2019
*Layer-specific morphological and molecular differences in neocortical astrocytes and their dependence on neuronal layers, Nature Communications, 2018