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エンハンサー大事_2

先日もエンハンサーについて紹介したが、
今回も違った角度からエンハンサーについて扱った論文を紹介する。
 
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今の生命科学研究では、ある細胞のみを標識すること、が結構重要である。
 
例えば、血管だけを標識したり、ニューロンだけを標識したりすることで、
その細胞集団の形態や位置を知ることができるだけではなく、
その細胞でだけある遺伝子をノックアウトや過剰発現したりすることができる。
 
これまでの多くの研究では、
目的とする細胞集団に高く発現する遺伝子のプロモーターを利用することで細胞を標識してきた。
 
(例えば、神経幹細胞ではNestinという遺伝子の発現が高いので
Nestinプロモーター下流GFPを入れると神経幹細胞のみがGFPラベルされる)
 
しかし、このプロモーターを用いた手法では、目的とする細胞集団以外も標識してしまったり、
細胞の遺伝子発現が似ている場合、よいプロモーターがないことがある、という問題があった。
 
そこで、筆者らはプロモーターの代わりに
エンハンサー配列を用いることで、細胞種特異的な標識を目指した
 
(筆者らはAllen Instituteという脳の遺伝子発現を網羅的に調べたデータベースなどを作っているグループ。
最近亡くなられたマイクロソフト共同設立者、ポールアレンの寄付で設立された研究所)
 
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彼らはモデルとして大脳を扱っている。
 
大脳は様々な細胞種が存在し、その機能は大きく異なるために、
大脳における細胞種特異的なラベルは非常に重要である。
 
特に哺乳類の大脳新皮質は6層構造になっていることが知られているので、
筆者らは層特異的に標識する手法を目指した。
 
 
筆者らは初めに大脳においてシングルセルRNAseqとシングルセルATACseqを行い
1細胞レベルで遺伝子発現とクロマチン状態を検証した。
(と簡単に書いても実際は超大変だろう)
 
さらにバイオインフォマティクス解析を行うことで、
層特異的なオープンエンハンサーを同定した。
 
そこで、この層特異なエンハンサーを用いれば
層特異的に細胞をラベルできる可能性が考えられた。
 
 
ただし、エンハンサーにはPolⅡが結合せず、従ってエンハンサー配列だけでは転写が起きないので、
このエンハンサーの下流にminimum promoterを組み込んだウイルスを作成した。
 
筆者らは第5層を狙ってウイルスを作成し、
実際このエンハンサーdrivenなウイルスで5層の細胞群をきれいにラベルできている。
(ただし5種類作ってワークしたのは2らしいので必ずしもうまくいくわけではなさそう)
 
また、層構造に限らず、いくつかの脳領域もそれぞれの脳領域ごとに
エンハンサーdrivenなウイルスでラベルできることを示している。
 
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先日も紹介したように、
細胞種は遺伝子発現もだが、エンハンサーのオープンさでも分類されることが分かりつつある。
 
これまで、遺伝子発現が似ている細胞集団があるために、
プロモーターdrivenな方法では遺伝学的に特異的にラベルできなかった集団も
エンハンサーdrivenな手法であれば標識できるかもしれない。
 
これまで多くの細胞種では遺伝子発現の解析は行われてきたが、
エンハンサーの解析はそれに比べて遅れている。
 
今後、エンハンサーのオープンさが網羅的に記述されれば、
これまで分けることのできなかった細かい細胞集団を同定したり、
今回の手法による遺伝学的操作が可能になるかもしれない。
 
今後このような手法は神経系にとどまらず、多くの細胞種で用いられていくのではないだろうか。
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参考
Prospective, brain-wide labeling of neuronal subclasses with enhancer-driven AAVs, BioRxiv, 2019