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スーパーエンハンサー小話_1

生物学には"スーパーエンハンサー"という用語がある。
歴史はそれほど長くはない。
 
初めに"スーパーエンハンサー"と言い出したのはRichard Youngという大物である。
 
2013年に彼がのグループがCellにBack-to-backで出した2報の論文が
"スーパーエンハンサー"のおこりである。
 
 
 
* 2報ともlast authorはRichard Young。これは結構すごい。
普通はBack-to-backで出すといえば、
1報ではインパクトに欠ける場合に異なるグループが協力して出すというのが多い。
1グループでBack-to-backするというのは本当にCell2報分ということ。
まあ、某STAP細胞も同じような感じなのでそれくらいのインパクトってことか。(?)
 
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ともかく、スーパーエンハンサーはどのように見つかったのだろうか。
 
Richard YoungはES細胞の未分化性の分子基盤とかを研究していた。
特にスマッシュヒットとして、
2005年にESの未分化性にSox2,Oct4, Nanogがキーであるということを報告している。
(Boyer et al., Cell, 2005、被引用件数>4000)
 
*2006年にiPSが報告されるわけだけれど、山中先生の次くらいにiPSに近かった存在かも。
(ただしNanogは必要ではなく、意外にもKlf4が必要なのでそう簡単ではなかったか?)
 
 
ということで、Richard Youngらは、
Sox2, Oct4, Nanogの3因子がESの未分化性に重要であることを報告していた。
 
しかし、この2013年までは
これらの因子がどのように働くかイマイチ分かっていなかった。
 
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そこで、彼らのグループはSox2、Oct4, Nanogが
ゲノム上のどこに結合しているか検証した。
(ChIP-seqというやつで)
 
すると、驚くべきことに、
これらの因子が時に50kbpにもわたって結合しているゲノム領域があることが明らかになった。
 
Sox2、Oct4, Nanogはエンハンサーに結合していることは知られていた。
しかし、普通のエンハンサーは高々数百bpなので、
これほどのこの長いゲノム領域は特殊である。
 
また、このゲノム領域にはメディエーターの結合が強くみられる
メディエーターはエンハンサー、プロモーターに普遍的に結合するとはずなのに。
いよいよ謎が深いゲノム領域である。
 
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この巨大エンハンサー領域の特徴は何だろうか?
 
このエンハンサーが制御する遺伝子をみると、
Oct4, Sox2など未分化性の維持に重要な遺伝子が上がってきた。
 
つまり、この巨大エンハンサーはES細胞の未分化性に重要なキー遺伝子の
発現を制御するゲノム領域であることが示唆された。
 
 
では、巨大エンハンサーは通常のエンハンサーに比べて何が違うのだろうか?
 
さらに、この巨大エンハンサーと普通のエンハンサーをプラスミドにいれて
転写活性化のレベルを検証した。
 
すると、この巨大エンハンサーを挿入した方が転写が強く活性化することが分かった。
 
 
以上をまとめると、
ES細胞のキー遺伝子とメディエーターが強く結合する巨大エンハンサーは
未分化性に重要な遺伝子の発現を強くドライブするゲノム領域であることが分かった。
 
この領域はES細胞ES細胞たらしめるスーパーなエンハンサーなので
"スーパーエンハンサー"と名付けた。
 
これがスーパーエンハンサーのおこり。
 
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さらに興味深いのが、このスーパーエンハンサーは細胞種に特異的で、
それぞれの細胞種の遺伝子発現状態を決めるのに非常に重要である点だ。
 
例えば、免疫細胞のB細胞では
スーパーエンハンサーはB細胞のキーとなる遺伝子を制御していることが分かっている。
(免疫細胞に限らないことが報告されてきている。)
 
 
いまでは一応スーパーエンハンサーを定義する基準というものができている。
細かいので省略するがメディエーターとか、転写因子の結合をみることで探索することができる。
 
ただし真面目にやるにはちょっと技術的にハードルが高い。
(複数のChIPseq。それなりの解析スキル。)
 
 
こういわけで、"スーパーエンハンサー"という新しい概念がもたらされた。
 
やや参入へのハードルが高いためか、そんなに論文の数は多くはないが、
今後スーパーエンハンサーに着目した論文も増えてくるのではないだろうか?
 
また、スーパーエンハンサーは創薬ターゲットにもなりそうであることが分かっていて、
実際いくつかは製薬会社が既に開発をはじめている。
 
次回はそこら辺のことを紹介しようと思う。
 
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あとは完全に蛇足。
 
- スーパーエンハンサーはphase separationしている。
これもRichard YoungがScienceに出している。
Coactivator condensation at super-enhancers links phase separation and gene control, Science, 2018
 
- 細胞種特異的、といえばmiRNAもある。
スーパーエンハンサーとmiRNAも関係しているらしい。
これもRichard Young(とPhillip A. Sharp)がCellに出している。
1stが日本人の方で新着論文レビューに解説が出ている。