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エピジェネ因子の"じゃない方"の機能_DNAメチル化編

 
エピジェネティクスとは「DNAの配列変化によらない遺伝子発現を制御・伝達するシステム(脳科学辞典)」として知られる。
 
よく知られたエピジェネ修飾は、DNAを巻き付けているヒストンのメチル化やアセチル化などの修飾だろう。このほかにもDNAのメチル化、RNAの修飾もよく研究されている。
 
今回から2回にわたって(予定)、これらエピジェネ因子が、これまで考えられた以外の方法で機能しているかも、というのを紹介する。
 
今回は特にDNA修飾酵素について。
 
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DNAは特にシトシンがメチル化されることが知られている。(以下の図参照)

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このようにDNAにメチル化を入れる因子としてDNMT、DNAからメチル化を外す因子としてTETが知られてきた(Ito et al., Nature, 2010, Tahiliani et al., Science, 2009)。
 
今回の主役として扱うのはTET。繰り返すがTETはDNA脱メチル化酵素として知られてきた。
 
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さて、これまでDNAのメチル化はどのような機能があると考えられてきただろうか?
 
これらの修飾がついている生物学的な意味を検証するため、修飾を担う酵素の量を制御する方法がとられてきた。
例えば、DNAの脱メチル化の機能をみたい時には、TET(DNA脱メチル化酵素)のノックダウンを行うことで、DNAメチル化の意義を検証していた。
 
もちろんこのような条件では、みたいエピジェネ修飾量は変化するので、エピジェネ修飾の意義に迫れるかに思える。
 
ところが近年、これらエピジェネ修飾を行う酵素は、いわゆる"エピジェネ修飾"以外にも機能を持つことが分かりつつある。
つまり、これまでDNAの脱メチル化酵素だと思っていたものが、他の機能を持っていることが分かりつつある。
 
これは、結構まずい。なぜなら、たとえばこれまでは、DNA脱メチル化酵素をノックダウンしたサンプルをみて、DNA(脱)メチル化の意味だと考えてきた。しかし、DNA脱メチル化酵素に他の機能があると、ノックダウンした時の効果は"他の機能"の効果をみている可能性があるためだ。
 
というわけで、今回は、TET(DNA脱メチル化酵素)の"DNA脱メチル化以外"の機能に迫った論文を2報紹介する。
 
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まず、初めてTETにDNA脱メチル化以外の機能があるのではないかと報告したのが、2012年のNatureでこの論文
 
彼らは始めにTET2に結合するタンパク質を探索するところから始めている。
 
この結果、興味深いことに、TET2はヒストンの糖鎖修飾酵素と結合することが分かった。さらに、この結合の意義として、TET2はヒストン糖鎖修飾酵素との結合を介して、ヒストンの糖鎖修飾を補助していることを示した。
 
ヒストンの糖鎖修飾はクロマチンの構造を変化させ、遺伝子発現を制御するらしい。
 
この報告で初めて、それまでDNAの脱メチル化酵素だと考えられてきたTET2には、DNAの脱メチル化とは全く別の機能があることが明らかになった。
 
下がまとめ図。
TET2はヒストン糖鎖修飾酵素(OGT)と結合し、遺伝子発現を制御する。
 
ちなみに、直後の2013年にもMolecular cellに似たような内容で報告されている。(この論文)
 
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2報目は最近出たこの論文(Nature comm.)。
この論文ではTET3がDNA脱メチル化活性とは別にインプリント遺伝子を制御することを示唆した。
 
まず、筆者らはTET3が成体の神経幹細胞に与える影響を検証しようとした。そこで、TET3をノックアウトすると、神経幹細胞の総数が減少することが分かった。
 
この結果はTET3が神経幹細胞の運命を制御する可能性を示唆する。ただ、TETが神経幹細胞での報告はこれまでにもなくはないので、筆者らもまあそうか、と思っただろう。
 
では、このときTET3がどのような遺伝子の発現を制御するのだろうか?この問題に迫るため、筆者らはTET3をノックアウトした状態でRNAseqにより遺伝子発現を網羅的に解析した。
 
この結果、TET3をノックアウトすると、Snrpnという遺伝子の発現が上昇することが分かった。
 
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Snrpnは普通の遺伝子ではない。Snrpnはインプリント遺伝子と呼ばれ、一般に父方鎖からのみ発現することが知られる。
 
*インプリント遺伝子とは、父親鎖と母親鎖の2つ存在する染色体のうち、片方からだけ発現する遺伝子。普通の遺伝子は父親鎖と母親鎖、どちらからも発現する。インプリント遺伝子は多くの場合、発現が抑制されている方の鎖ではDNAメチル化が入っている。
 
そこで、筆者らはTET3のノックアウトでSnrpnの発現が上がるのは、TET3のノックアウトでインプリントがおかしくなっているからだろうと考えた。しかし、TET3のノックアウトでDNAのメチル化状態は変化せず、インプリントはおかしくなっていないことが示唆された。
 
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一方、TET3が結合するゲノム領域を(ChIPにより)調べると、なんと、TET3は発現している&すでに脱メチル化している、Snrpnの父方鎖に結合していることが分かった。
 
この結果と、TET3のノックアウトでSnrpnの発現が減少することを合わせると、生体においてTET3は(すでに脱メチル化されている)Snrpn遺伝子座に結合し発現を抑制していることが示唆された。
 
これはTETはDNA脱メチル化を行うことで遺伝子発現を促進する、という従来の概念とは正反対であり、結構衝撃的な気がする
 
また、少し端折るが、TET3の脱メチル化活性のない変異体を作成して実験行うことで、TET3の脱メチル化活性はSnrpnの発現および神経幹細胞の運命制御の一部には寄与しない可能性も提示している。
 
以下がまとめ図。
繰り返しになるが、TET3は(すでに脱メチル化されている)Snrpn遺伝子座に結合し発現を抑制することで神経幹細胞の運命を制御する、というモデル。
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そういうわけで、DNA脱メチル化酵素として発見され、DNA脱メチル化酵素として機能が解析されていたTETは、DNA脱メチル化以外の機能があることが分かってきた。
 
これまでTETをノックアウトしたうえで解析してDNAメチル化の機能だ、と思っていたものも、実はTETのDNA脱メチル化以外の機能の影響をみている可能性もある。
 
これまでの常識を信じすぎると、真実からは遠ざかってしまうかもしれませんね。(自戒を込めて...)
 
 
次回は、ヒストン修飾酵素編を書くかもしれません。
 
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参考
- リンク先の論文たち
- http://first.lifesciencedb.jp/archives/609(伊藤さんによる新着論文レビュー)
*管理人はTETの専門家ではありません。間違い等ございましたら教えてください。