Bio-Station

Bio-Stationは日々進歩する生命科学に関する知見を、整理、発信する生物系ポータルサイト、を目指します。

"エリート細胞"は存在するか?

 
iPS細胞は多くの細胞に分化できる能力を持つすごい細胞である。
 
ご存知のように、iPS細胞を作成する方法は山中先生らによって報告された(Takahashi & Yamanaka, 2006)。
この方法では、山中4因子といわれる転写因子(Oct3/4, Sox2. Klf4, c-Myc)を細胞に過剰発現することで、分化細胞をiPS細胞にリプログラミングさせることができる。
 
この方法はもちろん非常に画期的であるが、山中4因子を導入してもすべての細胞がiPS細胞になるわけではない
 
この現象を説明するために、大きく二つのモデルが考えられてきた。
 
つまり、
1. iPS細胞になる細胞は集団の中から確率論的に選ばれる、確率論的モデル
2. iPS細胞になる細胞はリプログラミングの前から既に決まっている、エリート細胞モデル
の二つである。(以下の図)

f:id:Jugem:20190427200133j:plain

 
いずれのモデルにせよ、一部の細胞だけがiPS細胞になりやすいメカニズムを知ることは、iPS細胞を用いた研究や臨床応用においては非常に重要な問題である。
 
しかしながらこれまで、このどちらのモデルが正しいのかは分かっていなかった。(少し確率論的モデルが優勢だった??)
 
今回紹介する論文では、細胞集団の中にiPS細胞になりやすい"エリート細胞"が存在すること、すなわち、iPS細胞リプログラミングにおいてエリート細胞モデルが少なくとも一部当てはまることを示した。
 
-----
 
コアとなる実験は、DNAバーコードによる系譜追跡、である。
この手法では、リプログラミング後の細胞がリプログラミング前のどの細胞から由来していたかを知ることができる。
 
この手法の流れは以下のような感じ。
1, リプログラミング前の細胞にそれぞれ異なるDNAバーコードを付ける
2, iPS細胞へリプログラミングさせる
3, リプログラミング後の細胞のバーコードを検証する
 
もし、確率論的モデルが適用されれば、最終的なバーコードの比は一定になるはずである。
 
しかし、この実験の結果、リプログラミング後のバーコードの比は一定でないこと、が分かった。
すなわち、リプログラミング前の細胞に、iPS細胞になりやすい"エリート細胞"が存在することが示唆された。
 
他にも、細胞ごとにクローン化した細胞でもiPS誘導効率が一定でないこと、などを示している。
 
これらの結果から、彼らはiPS細胞になる細胞はリプログラミングの前から既に決まっている、エリート細胞モデルが適用されると結論づけている。
(数理モデルなどを使ってさらなる検証を行っているが、よくわからないので割愛。)
 
-----
 
では、どのような細胞が"エリート細胞"たりえるのだろうか?
 
筆者らは筆者らは神経堤細胞(Neural crest cell)に着目した。
神経堤細胞は"神経堤から脱上皮化し、上皮から間葉への転換(EMT)を行った後に胚体内の様々な部位に遊走する細胞群『脳科学辞典』"として知られる。
 
神経堤細胞ではin vivoでは発生において長い期間多能性を維持し続けるため、筆者らは"エリート細胞"候補を神経堤細胞に決め打ちして解析を行ってる。
 
 
実際神経堤細胞のマーカーであるWnt1で細胞をラベルすると、Wnt1陽性細胞はiPS細胞になりやすいことが分かった。
 
すなわち、神経堤由来の細胞こそが"エリート細胞"としてiPS細胞になりやすい性質を持つことが分かった。
 
-----
 
結果は以上で、この論文で、細胞集団のなかにリプログラミングを受けやすいエリート細胞が存在すること、さらにエリート細胞は神経堤細胞由来である可能性を示した。
 
しかし、結局、神経堤細胞がもともと未分化性が高くて、リプログラミングしやすかっただけではないかという気もする。神経堤細胞はやはりというか、少し普通の細胞ではない細胞なのかもしれない。
もう少し、神経堤細胞がなぜリプログラミングしやすいのか、という問題に迫っていると嬉しかった(筆者らもうこのテーマを進めているだろうが...)。
 
より"エリートさ"を規定するメカニズムが分かれば、さらなるiPS細胞樹立効率の改善、さらにはiPSをもちいた臨床応用にも期待が持てる。
 
-----
 
シングルセル解析、はサイエンス誌が選ぶ2018年のブレイクスルーの一つであった。
これまで細胞集団として扱われてきた生命現象がより細かいレベルで、解像度よく解明されていくのだろう。
 
シングルセル解析といえばRNAseqかATACseqと思っていたが、今回の論文のような"シングルセル解析"も面白い。
 
----
参考
Cell competition during reprogramming gives rise to dominant clones, Science, 2019