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細胞核構造のダイナミックな変化が学習に大事!

 
神経細胞は、神経活動に合わせて遺伝子発現を変化させる必要がある、という点で少し特殊な細胞である。
 
この神経活動依存的な遺伝子発現の制御は学習や記憶といった高次機能にとても重要なので、これまで多くの研究者たちの興味を引いてきた。
 
これまで研究の結果、神経活動依存的な遺伝子発現制御のメカニズムとして、クロマチン状態の変化が大事であることが分かりつつある。
 
しかしながら、神経活動依存的なクロマチン状態の変化が、そもそも本当に生体で起きているのか?本当に遺伝子発現や脳の高次機能に大事なのか?ということは意外にもこれまで分かっていなかった。
 
今回、生体において起きるエピジェネティクス状態の変化を記述し、その生理学的意義に迫った論文を紹介する。
 
*責任著者のアザッド・ボニーは、神経活動依存的な遺伝子発現をずっとやっているマイケル・グリーンバーグの弟子。一度お話したことがあるが、ダンディーなおじさんだった。
ちなみに2016年には、神経活動依存的な遺伝子発現を終止するのにヒストン脱アセチル化が重要、というのをScienceにだしている。
 
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繰り返しになるが、学習の時に生体で神経活動依存的なエピジェネ変化が起きるか?というのは超重要な問題である。
 
この重要性にもかかわらず、これまでこの疑問に迫ることができなかった原因として、学習時にどの神経細胞が活動するのが重要なのか分かっていなかった、ことが挙げられる(おそらく...)。
 
 
そこでまず、筆者らは、驚愕反射の学習に小脳の前葉背側虫部の顆粒細胞の活動が重要(以下ADCVニューロン)であることを示す。
 
*驚愕反射とは、マウスの前にネコのおもちゃを置くと、びっくりして後ずさりする、というやつ。毎回おもちゃを置く前にライトを当てるようにすると、マウスは学習してライトだけで後ずさりするようになる。これが驚愕反射に対する学習。
 
一応ADCVニューロンの場所を下の図にお示しする(小脳のモデル図)。ただし領域がどこであるかということはそれほど重要ではない。
 
具体的な実験としては、このADCVニューロンの活動をオプトジェネティクスや薬理学的手法で抑制しておくと学習効率が悪くなることなどをみている。
 
以上の結果から、学習時にADCVニューロンが活動するのが大事であることが分かった。
 
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では、この神経細胞が活動する際に、クロマチン状態にどのような変化があるのだろうか?
 
筆者らはADCVニューロンをオプトジェネティクスで活性化したのち、クロマチン状態を検証した。
 
具体的にはH3K27me3, H3K27AcやH3K4meなどのヒストン修飾の修飾量を検証している。
 
この結果、遺伝子発現が上昇する遺伝子でH3K27Acの修飾量が増加していることを見出した。(一方、H3K27me3やH3K4me3の修飾量は変化しないらしい。それはそれで面白い。)さらにこのとき、どのようなエピジェネ状態が変化したかを網羅的に検証している。
 
これにより(たぶん世界で初めて)、in vivoにおいても神経活動依存的にクロマチン状態が変化していることが示唆された
 
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この結果からさらに筆者らは神経活動に伴って、ヒストン修飾量だけではなく、核構造自体がダイナミックに変化している可能性を考えた。
 
この可能性に迫るため、筆者らはHiCを行った。*HiCとは、物理的に近接したゲノム領域を結合させてシーケンスすることで、どのゲノム領域が核の中で近接してるのか調べる方法。
 
この結果、神経活動によって、発現が上昇する遺伝子で長い距離のプロモーター-エンハンサーの相互作用が増加していることが分かった。
 
結果をいくつか割愛するが、これらの実験によって、神経活動によってある遺伝子座のクロマチン状態が少し変わる、のではなく、細胞核のゲノム状態がダイナミックに変化している可能性が示唆された。*面白い!!
 
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では、このクロマチン状態の変化は本当に学習といった脳の高次機能に重要なのだろうか?
 
この疑問に迫るため、筆者らはコヒーシン複合体のひとつRad21をノックアウトした。
 
下の図のように、コヒーシンはゲノム同士の結合を司ることで、高次構造の形成に大きく貢献することが知られている。

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このとき、このRad21ノックアウトマウスでは、活動依存的なクロマチン構造の変化が一部見られなくなるとともに、活動で発現が変動する遺伝子の発現変化も一部キャンセルされていた。
つまり、遺伝子発現の変化にクロマチン状態の変化は重要であることが示唆された。
 
さらに、筆者らは驚くべきことに、Rad21ノックアウトマウスでは、驚愕反射の学習効率も減少していることを明らかにする
 
すなわち、神経活動依存的なクロマチン状態の変化は、学習といった脳の高次機能にも重要であることが示唆された
 
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in vivoで刺激依存的にクロマチン状態が変化すること、そしてそれが脳の高次機能に重要であることを明らかにしたのは素晴らしい。(まだこういう報告はなかったのか、という気もしたが。)
 
もしこれでin vivoではクロマチン状態変化みれませんとか、高次機能にはそんな大事じゃありません、とかだったら結構この分野が揺らいでいた気がするので、今回の報告は良かった。
 
 
これまでのように、どのような遺伝子が発現変動するのか、という疑問に迫るのはちろん大事である。
しかし、なぜそれらの遺伝子の発現が変動するようになるのか、という一段違う階層の疑問に迫るためにも、エピジェネはじめクロマチンの研究は重要だと思った。
 
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参考
Sensory experience remodels genome architecture in neural circuit to drive motor learning, Nature, 2019