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肥満が摂食のブレーキを外す!?

肥満は全世界で5億人の人が困っているとされる。ただ太っているだけならまあ良いが、肥満は種々の疾患を引き起こすため、その原因の解明は重要である。
 
では、肥満はどうして起きてしまうのだろうか?
 
原因の一つは必要なエネルギーに対して過剰に食物を食べてしまう、摂食行動の破綻である。
 
これまで、摂食行動に重要である脳領域として、外側視床下野が知られてきた。
 
例えば、外側視床下野が破壊された動物は餌も水もとらなくなり,放置するとやがて死亡することが知られている。
また、この領域を電気的に刺激すると、満腹の動物でも摂食行動が開始されることが知られている。(参考)
 
このことから、肥満になると外側視床下野に何らかの変化が起きて、摂食が異常になっている可能性が考えられてきた。
 
しかしながら、肥満が外側視床下野の神経細胞にどのような影響を与えるかは不明であった。
 
今回紹介する論文では、肥満による外側視床下野の遺伝子発現変化をシングルセルレベルで解析し、摂食のブレーキとなる細胞群の活動が肥満によって抑制されることを見出した。
 
 
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これまで外側視床下野が摂食に大事であることは知られていた。では肥満になると、外側視床下野の細胞群の中で、どの細胞群がどのように遺伝子発現状態を変化させるのだろうか?
 
この問題に迫るため、筆者らは高脂肪食を与えて肥満を誘導したマウスとコントロールマウスにおいて、外側視床下野の遺伝子発現をシングルセルRNAseqを用いて網羅的に解析した。
 
この結果、
- 外側視床下野はいくつもの細胞群からなる不均一な細胞集団であること、
- Vglut2という遺伝子を発現するニューロンが特に高脂肪食で遺伝子発現を変化させていること
が分かった。
 
(このようなシングルセルレベルで遺伝子発現をみて、これまで知られていなかったサブポピュレーションを見つけるのはちょっと前からのはやりですね。ただはやりとは言えちゃんとサブポピュレーションみつけられているのはすごい。)
 
また、これまで肥満と相関があるとされていた遺伝子群とVglut2陽性細胞群での遺伝子発現に相関が高いことも明らかにしている。
 
これらの結果から、外側視床下野のなかでもVglut2陽性の特別な細胞が肥満で遺伝子発現を変化させること、そしてそれが肥満に重要な可能性が示唆された
 
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ではこの特別そうなVglut2陽性細胞はどのような細胞なのだろうか?
 
これに迫るため、筆者らはVglut2陽性細胞の活動状態をin vivoでモニターする系を立ち上げ、砂糖水を与えて摂食前後での活動をモニターした。
 
この結果、面白いことに、Vglut2陽性細胞は砂糖水を摂取した直後に活動が上昇することが分かった
 
またオプトジェネティクスでこの細胞を活性化させると、摂食が抑制されることも示している。
 
これらのことから、Vglut2陽性細胞は満腹になると発火する細胞であり、過剰な摂食を抑制するブレーキとなっていることが示唆された
 
(オプトジェネティクスでこの細胞の活動を抑制する実験もあるとよかったが見当たらなかった。結果が微妙だったのではないかと邪推。)
 
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では、高脂肪食でVglut2陽性細胞の活動はどのように変化するのだろうか?
 
端折ってしまうが、筆者らは高脂肪食によりVglut2陽性細胞の活動が減少することを見出している。
 
すなわち、高脂肪食の投与により、摂食のブレーキとなるVglu2陽性細胞の活動が下がり、過度に食物をとってしまうことでさらに肥満になってしまうというストーリーが考えられる。
 
Perspectiveから図を引用。

f:id:Jugem:20190630154428p:plain

 
明快なストーリーで面白かった。高脂肪食でどうしてVglut2陽性細胞の活動が低下してしまうのかが疑問だが、次のプロジェクトでやってくれるだろうと期待。
 
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参考
Obesity remodels activity and transcriptional state of a lateral hypothalamic brake on feeding, Science, 2019