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ニューロンは特別ではない?_1

ニューロンは長い突起を持ち、その先でシグナル分子をやり取りする。
 
ニューロンは意識など脳の主要な働きを担うとされることから、ニューロンは特別ですごい細胞だと思っている人もいるかもしれない。
 
今回は、全然そんなことない、ニューロンは特別ではないよ、という論文を2回にわたって紹介したい。
 
管理人がラボのジャーナルクラブで紹介した論文です。
 
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まずは現代発生学の基盤となった研究を紹介したい。
 
教科書でもおなじみのマンゴールドとシュペーマンの実験である。
 
この実験では、以下に示すように、イモリの胚の原口背唇部を移植すると二次胚を誘導することが示された。
 
この実験はまさに金字塔である。この実験の重要な点は、移植された原口背唇部は何らかの因子を出して周りの細胞に二次胚を誘導するように働きかけていることを示した点である。
 
すなわち、ある組織は"インデューサー(モルフォゲン)"を出して、周りの細胞に働きかけるということが分かった。
 
ここで大きな問題は、インデューサー(モルフォゲン)は生み出された細胞からどのように広がっていくのだろうか?という点である。
 
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最もシンプルなモデルは、受動的な拡散である。
 
このモデルでは以下のように真ん中のシグナル産生細胞から、シグナル分子(赤点)が放出され、受容体などによって受容される。
 
このモデルは非常に考えやすく、実際1970年ごろ、アラン・チューリングフランシス・クリックなどの大御所たちがこのモデルを打ち立ててきた。
 
ただし、この1970年ごろというのはインデューサー(モルフォゲン)の実体は未だ分かっていなかった。
 
このため彼らはインデューサー(モルフォゲン)はATPのような低分子であるとしてモデルを立ててきた。
 
しかし、1990年ごろからインデューサー(モルフォゲン)の実体はタンパク質であり、低分子ではないことが明らかになってきた。
 
(今ではみんなモルフォゲンの実体はFGFとかBMPとかだと思っていると思います。)
 
タンパク質はサイズ的に大きく、さらに多様な修飾を受けるため、混みこみの細胞外環境を自由に拡散できるとは考えづらい。
 
さらに、受動的な拡散では空間的な解像度が悪く、またシグナル伝達にかかる時間も短くない
 
このため、受動的な拡散以外にもシグナル分子をやり取りする仕組みがあるのではないかと考えられてきた。
 
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実際今回の論文の筆者らはこれまでに、受動拡散モデルに変わるモデルを提唱してきた。
 
それが以下のダイレクトトランスポートモデルである。

f:id:Jugem:20190724211516p:plain

 

このモデルでは、産生されたシグナル分子は細胞外にでることはない。
 
細胞から延びる細い突起を伸ばしてシグナル分子は移動し、突起とのコンタクトによって受け渡される。
 
このモデルは拡散モデルの弱点を克服する可能性があるので画期的である。
 
そんなことあり得るのか?と思うかもしれない。
 
そこでここからしばらく、かれらの発見してきたことを紹介したい
(画像はBioRxiv、下のSience, 2014から引用。)
 
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彼らはモデル生物としてショウジョウバエを用いている。
 
今回の主役は気嚢(Air sac)である。
 
気嚢は肺と同じように働き、全身に酸素を送るための器官である。
 
発生の過程において気嚢は気嚢原基(Air sac primordium)から生み出される。
 
下は発生期におけるImaginal Diskと気嚢原基(ASP)の配置を表したもの。

f:id:Jugem:20190724211642p:plain

Imarginal Diskには2つのシグナリングセンターがある。図のDppとFGFと書いてあるところで、これらの細胞からDpp(BMP)やFGFといったシグナル分子が放出される。
 
気嚢原基はこれらのシグナルを受け取ることで正常な発生を行う。
 
重要なことに、シグナリングセンターと気嚢原基には5~40μmの距離がある。
 
では、気嚢原基はどのようにこれらのシグナルを受け取るのだろうか?
言い換えると、DppやFGFは産生された細胞からどのように気嚢原基へ移動するのだろうか?
 
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以下の図はGFPタグをつけることでASPを構成する細胞の形を可視化した図である。

f:id:Jugem:20190724211732p:plain

気嚢原基は上のようにまるっぽい形をしていて表面はなめらかである。
 
しかし、露光を増やすと、気嚢原基は全く異なった形を示す。
 
以下が露光を増やした気嚢原基である。
 
もはや気嚢原基は丸っこい形をしておらず、表面から多数の突起が延びているのが分かる。

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これを彼らはサイトニームと呼んでいて、気嚢原基から延びるサイトニームによってシグナル分子を受け取っていることを明らかにしてきた。
 
一つだけデータをお示しする。

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この実験では筆者らはシグナル産生細胞においてシグナル分子にくっつけたGFPを発現させた。
一方、気嚢原基にはシグナル分子の受容体くっつけたmCherry(赤色の蛍光分子)を発現させて観察を行った。
 
その結果、受容体と一緒にシグナル分子がサイトニームを伝ってシグナル産生細胞から気嚢原基に移っていく様子が観察された。
 
つまり本当に、サイトニームはシグナル分子を受け渡す構造体であることが示唆された。
 
あとは端折ってしまうが、
- サイトニームとシグナル産生細胞はかなり近い距離にいること(コンタクトしていること)
- DppとFGFを受け取るサイトニームは役割分担されていること
- いくつかのサイトニームができない変異体ではシグナル伝達もうまくいかないこと
などがこれまでに示されてきた。
 
すわなち、少なくともシグナル分子の一部はこのサイトニームのような突起を用いてやり取りされている。
 
つまり、モルフォゲンは必ずしもすべてが受動拡散で広がっているわけではない
 
これはなんとなくみんなが仮定している受動拡散というドグマを覆しうるインパクトのある仮説であると思われる。
 
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で、サイトニームはなんだか特別な構造体のように思えるが、まあそうでもない。
 
ニューロンも同じようにアクソンやデンドライトといった突起を伸ばしてシグナルのやり取りをしている。
 
こういった点で、ニューロンとサイトニームは非常に似ている。
 
実際、これまでシナプス関連因子の変異でサイトニームの形成が異常になることも報告されている。
 
本当はもう少し踏み込んでサイトニームシナプスの近さを議論した論文を紹介するはずだったが、意外と長くなったのでそれは次回!(書きました!)
 
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参考
 
Specificity of Drosophila Cytonemes for Distinct Signaling Pathways, Science, 2011 (サイトニームは2種類あることを発見)
 
 
・Glutamate signaling at cytoneme synapses, BioRxiv, Sience, 2019 (次回紹介予定)