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ニューロンは特別ではない?_2

 
前回の記事で、ショウジョウバエの気嚢原基サイトニーム(下の図のもしゃもしゃしたやつ)という特殊な突起を持っていて、そこからシグナルを受け取ることを紹介してきた。

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このサイトニームはなんだか特別な構造体のように思えるが、まあそうでもない。
 
ニューロンも同じようにアクソンやデンドライトといった突起を伸ばしてシグナルのやり取りをしている。
 
形からは確かに、ニューロンとサイトニームは似ていそうな感じがする。
 
今回、そのほか多くの点でサイトニームシナプスと似ていることを明らかにした論文を紹介する。
 
これは、シナプスは特別な細胞ではないことを明らかにしたという点で面白く、また細胞間コミュニケーションの理解を深める点でも非常に勉強になる。
 
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そういうわけで、論文について紹介したい。
 
まず、ニューロンの大きな特徴として、細胞内へのカルシウムの流入が挙げられる。
 
ニューロンは刺激を受けると細胞内にカルシウムが流入し、この流入下流の様々なイベントに重要である。
 
そこで初めに、筆者らは気嚢原基でもカルシウム流入が存在するのか検証を行った
 
このため、CGAMPというカルシウムセンサーを導入し、イメージングを行った。
 
すると、驚くべきことに気嚢原基及び、サイトニームでカルシウムの流入がみられることが分かった。
 

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(緑がカルシウム検出のシグナル。左はシグナル分子の受容体に蛍光タンパク質を付けたもの)
 
これは、非神経の細胞においては、人類が初めて見た、細胞突起におけるカルシウム流入であろう。
 
さらに筆者らは、ERにカルシウムを貯蔵するためのタンパク質のノックダウン、EGTAによる細胞外カルシウムのキレートにより、カルシウム流入がシグナル分子をサイトニームで運ぶのに重要であることを示している。
 
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では、カルシウムの流入はどのようなタンパク質で担われるのだろうか?
 
筆者らは気嚢原基において、カルシウムチャネルを網羅的にノックダウンし、サイトニームが形成が異常になる変異体を探した。
 
その結果、グルタミン酸受容体であるGluR2の欠損でサイトニームの形成が異常になることが分かった。
 
実際GluR2の欠損でカルシウム流入がみられなかったことから、GluR2こそがサイトニームへのカルシウム流入を制御する因子であることが示唆された。
 
これは非常に興味深い。なぜなら、グルタミン酸作用性シナプスと同じように、サイトニームグルタミン酸をシグナル伝達因子(サイトニームトランスミッター)として使っている可能性を示唆するためである。
 
実際、GluRのブロック、グルタミン酸の添加実験により、グルタミン酸はサイトニームトランスミッターのように働くことが分かった。
 
すなわちサイトニームグルタミン酸作動性と言えるだろう。(神経以外の細胞でグルタミン酸作動性という言葉を使うことがあろうとは...!)
 
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次に筆者らは、サイトニームの機能がシナプスと同じような遺伝子で担われているのかについて検証を行った。
 
まず筆者らはニューロンのポストシナプス因子であるSyt4という因子と、Nlg2という因子がサイトニームの形成に重要であることを示した。

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(左がSyt4をシグナル産生細胞でノックダウンしたもの。右がSyt4を気嚢原基でノックダウンしたもの。Syt4を気嚢原基でノックダウンした右だけで気嚢原基の形成が異常になっている。)
 
重要なことに、これらの因子をシグナル産生細胞で欠損させても表現型はみられない。すなわち、サイトニームとシグナル産生細胞とのシグナル伝達には非対称性があることが示唆される。
 
(本当はこれらの因子についてもう少し突っ込んで実験しているが割愛...)
 
この結果は非常に驚きであるが、サイトニームニューロンぽい形をしていなくもないのでまだ理解できるかもしれない。
 
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そこで次に、筆者らはシグナル産生細胞(こちらはニューロンには見えない)がプレシナプスと同じ因子を必要としているか検証を行った。
 
これのため、ニューロンのプレシナプスで重要な因子であるCac, Stj, Syt1, Sybという4因子をノックダウンした。
 
その結果、これらの因子をシグナル産生細胞でノックダウンするとサイトニームの形成が異常になることが分かった。
 

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(左がSyt1を気嚢原基でノックダウンしたもの。右がSyt1をシグナル産生細胞でノックダウンしたもの。Syt1をシグナル産生細胞でノックダウンした右だけで気嚢原基の形成が異常になっている。さっきのSyt4とはノックダウンしている細胞が逆なことに注意。)
 
シグナリングセンターでシナプス関連遺伝子を欠損すると上皮細胞(気嚢原基)の形成が異常になるというはとても驚きである。
 
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最後に、筆者らはニューロンを同じように、膜電位の変化がサイトニームで伝播しうるのかを検証した。
 
このため、シグナル産生細胞にチャネルロドプシンを発現させ、光で刺激した。
 
このとき気嚢原基でイメージングを行うと、気嚢原基ではチャネルロドプシンは発現していないにもかかわらず、シグナル産生細胞の脱分極が伝播し、カルシウムが流入することが分かった。
 
当然、気嚢原基は非神経系の細胞であり、ニューロンではない。まさか非神経の細胞で脱分極が伝播するとはだれが思っただろうか。
 
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以上の結果から、形態的、機能的、遺伝学的観点から、サイトニームニューロンシナプスと非常によく似ていることが分かった。
 
これは、ニューロンのようなシグナル伝達形式は決して特別ではないことを意味する。
 
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この発見は、ニューロンの進化的な起源についても示唆する。
 
ニューロンのような突起を用いたシグナル伝達経路は神経の獲得と共に突然出てきたものではないだろう。
 
この点で、サイトニームのような構造はニューロンの起源となっている可能性もある。
 
実際、神経のない生き物でもグルタミン酸受容体があったりカルシウム流入があったりするらしい。こういった進化的な視点でもサイトニームは面白い。
 
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ちなみに、このサイトニームは今回のような気嚢原基の系だけに留まらず存在していることが報告されている。
 
これまでに、ハエの他の組織やマウスの初期胚でも同じような構造体がみられていることが知られている。
 
こういった点で、サイトニームは今考えられているよりも、もっと一般的である可能性もある。
 
よくよく生物を観察すると気づくことのできる未知の生命現象はまだまだたくさんあるのだろう。
 
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参考
・Glutamate signaling at cytoneme synapses, Biorvix, Science, 2019