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発生イベント制御に関与するLin28a遺伝子の時期特異的な発現操作による表現型解析(筆頭著者による論文紹介)

今回、筆頭著者による論文紹介第3弾(第1弾ペルオキシソーム第2弾場所細胞)ということで、(元)東大薬、遺伝学教室の村松さんにご寄稿いただきました!

管理人は研究内容はもちろん、大変だったことに書かれているゼロイチ実験(ネガデータの場合得られる情報が0になってしまう実験)の考え方も勉強になりました。ぜひ最後までご覧ください!

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こんにちは。今回は、発生イベントのタイミング制御に関わると考えられている、Lin28aという遺伝子の機能解析に関する論文を報告しましたので、その内容をご紹介します。

 

Lin28はRNA結合タンパク質であり、標的mRNAに結合して翻訳を調節する作用を持っています。線虫からヒトに至るまで高度に保存されており、多くの生物種で発生初期に発現が高く、中期にかけて全身性に発現が減少するという挙動を示します。哺乳類ではLin28aとLin28bの二つのホモログが存在し、Lin28aは未分化性の維持に関わる等、発生過程において重要な役割を持つことが知られています。

しかしながら、発生初期にのみ発現が高いというLin28aの発現「パターン」が発生イベントにどのように影響するのかに関しては、ほとんどわかっていませんでした。そこで私たちは、Lin28a発現パターンを操作し、発生に与える影響を調べることで、Lin28aの機能を探ることを試みました。

 

 

私たちは、Lin28aの発現が劇的に減少する神経管閉鎖期(胎生8日~10日)においてLin28aを一過的に過剰発現させることで、Lin28aの発現減少のタイミングの遅延を模倣し、その表現型を調べました。具体的には、Tet-ONシステムというシステムを用い、Doxycycline(Dox)を投与することで一過的にLin28aを過剰発現させました(図)。

 

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図:tetO-Lin28aとROSA-rtTAのダブルトランスジェニックマウスにおいて、Doxを投与すると一過的にFlag-Lin28aを過剰発現することができる。

 

発生の最終的な影響を観察するために、出生時の表現型を観察したところ、神経管閉鎖の直前である胎生8.5日にDoxを投与した群では、Doxを投与していない群に比べて、新生児において高い致死率を示すと同時に、体重増加がみられることが分かりました。

更に胎生4.5日のみ、又は胎生16.5日のみでDoxを投与した群では新生児の致死率は高かった一方、体重増加がみられませんでした。つまりLin28aの機能には時期特異性があることが示唆されました。すなわち、神経管閉鎖期におけるLin28aの発現パターンが胎児の体のサイズ制御に関わることが示唆されます。

 

また、面白いことに、胎生8.5日と9.5日の両日にDoxを投与した群では、新生児の致死率の上昇・体重増加がみられるだけではなく、尾椎数が増加することが骨染色の結果から明らかになりました。尾椎数の表現型は胎生8.5日のみでDoxを投与した群ではみられなかったことから、尾椎数が伸びるという表現型は神経管閉鎖期よりも後期のLin28aの発現パターンの変化によるものである可能性が考えられます。
体節は後に脊椎となる組織で、胎生8日以降、1-2時間に一つの割合で一つ一つ形成されていきます。発生が進むにつれ形成速度は落ちていき、胎生14日ごろ終了します。Lin28aは尾における体節形成の終了タイミングに関わる可能性が考えられます。

 

先程の結果では、神経管閉鎖期におけるLin28aの発現減少が胎児のサイズ制御に関与することが示唆されました。そこで、胎生8.5日Dox群における胎生18.5日での臓器重量を調べたところ、実験を行った6臓器のうち脳の重量が最も(Lin28aの一過的過剰発現の影響を受けて)増加しているという結果を得ました。先行研究でLin28aは神経幹細胞の増殖や未分化性維持に関わることが示されており、今回の結果と合わせると、Lin28aは神経管閉鎖期での神経幹細胞の運命転換のタイミングに関与して幹細胞のプールサイズを制御する可能性が示唆されます。

 

今回の研究では、神経管閉鎖期におけるLin28aの役割の一端を、一過的過剰発現の系を用いて明らかにしました。今後、より高い解像度でLin28aの機能が解明されるのを待ちたいと思います。

 

苦労したこと、大変だったこと

初歩的な点で恐縮ですが、一番大変だったのはマウスの数が慢性的に不足していたことです。

メイトをかけてから、長いときは3週間近く待たなければならないので、ハエや細胞に比べて結果が出るまでにかなり時間を要する点が悩ましい点でした。また、実験で用いたLin28aマウス(B6J系統)は普通のB6Jよりも短命で老化が早いこと、若くして突然死する個体も一定の頻度で現れることなどから、サンプル集めにも苦労していました。

このような背景から、行いたい実験を漫然とすべて行うのではなく、優先度を決めることが重要なのですが、そこの判断が難しかったです。学んだこととしては、ゼロイチ実験(ネガデータの場合得られる情報が0になってしまう実験)をはじめから行うのではなく、まずは、結果がどうであれ役立つような観察系の実験を優先的に組み、仮説の傍証を集めた上でゼロイチ実験を行うことが(場合にもよると思いますが)重要だと思いました。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

論文

Temporal Regulation of Lin28a during Mammalian Neurulation Contributes to Neonatal Body Size Control, Developmental Dynamics, 2019 (リンク)

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