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病原を「寛容」する分子メカニズム

「腸チフスのマリー」として知られるメアリー・マローンをご存知だろうか。
 
メアリー・マローンは1869年~1938年に実在した人物で、アメリカにおいて住み込み料理人として働いていた。
 
彼女が有名になってしまった発端は、メアリーの勤め先の近辺で腸チフス患者が相次いだことである。
 
実際、彼女の周りで47名の感染者と3名の死者が出たことが知られている。
 
これだけだと、彼女が料理人の立場を悪用して、チフス菌を混入させた大悪人のようにも思える。
 
しかしながら、実際はそうではなかったようだ。
 
彼女は腸チフスを患いながらその症状が出ていない状態であった。
 
つまり自分が腸チフスと自覚しないまま料理を作り、チフスを広めていたということらしい。(以下ニューヨークアメリカン誌の記事)
 
 
(以上、Wikipediaを参考)
 
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この例で重要なことは、病原体に感染した際に恒常性を維持する仕組みには、病原の「排除」だけではなく、病原に対する「寛容」があるということである。
 
多くの免疫研究は病原の「排除」を目指しているが、健康的な生活を送るためには積極的に「寛容」を選ぶような治療も重要である。
 
このため、「寛容」の分子メカニズムを明らかにすることは非常に重要である。
 
しかし、その重要性にもかかわらず「寛容」の分子メカニズムはほとんど明らかではなかった。
 
今回は、GDF15という因子が「寛容」を実現するための重要な因子である、という論文を紹介する。
 
 
(Ruslan Medzhitovさんは(免疫畑ではない)管理人も知っているくらい著名な免疫学者。ウズベキスタン出身。奥さんは日本人で免疫学者。)
 
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まず、筆者らは炎症が引き起こされた時に血中に増える因子を探し、GDF15という因子が炎症の後に増加することを見出す。
 
GDF15というのはTGFβの仲間で、炎症や代謝に何か関係はありそうということは報告されていたらしい。
 
そういうわけで、何かしらGDF15は大事なのだろうということで、筆者らはGDF15を中和抗体で阻害した。
 
このとき、GDF15が阻害されると、敗血症が誘導された時の生存率が有意に減少することが分かった。
 
すなわち、GDF15は何かしら炎症時の恒常性維持に重要な働きをすることが示唆された
 
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普通なら、GDF15は免疫機能に重要で、GDF15の阻害で病原体の排除がうまく行かなったのだろう、と考えるかもしれない。
 
ところが興味深いことに、GDF15を阻害しても病原体の量は変わらないことが分かった(少なくとも彼らの系では)。
 
これは、GDF15は免疫機能ではないところで、生体の恒常性維持に貢献していることを示唆する。
 
ちょっと端折るが、筆者らはGDF15は心臓保護機能に重要であることなどを見出している。
 
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では、GDF15はどのように炎症時に恒常性の維持に働くのであろうか?
 
筆者らは、GDF15が細胞の代謝状態を変化させること、具体的にはトリグリセリドの量を変化させていること発見する。
(これまで「寛容」について迫った論文で代謝状態の変化というのは言われていたのでそれっぽくてよい。)
 
実際、GDF15を阻害した時でもトリグリセリドの量を増やすと炎症時の生存率が改善することをみている。
 
すなわち、GDF15は代謝状態を変化させることで(病原体の量は変化させずに)、生体の恒常性維持に貢献することが示唆された。
 
まさにこれは「寛容」と同じような状態であり、GDF15は「寛容」を制御する重要な因子であることが分かった。
 
以下Graphical Abstrac

 

f:id:Jugem:20190811184307j:plain

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繰り返しにはなるが今回の論文では、GDF15という因子がキーファクターとなって、細胞の代謝状態を変化させ、病原体に対する「寛容」を誘導することが分かった。
 
次は「排除」と「寛容」を分けるトリガーは何なのかとか、トリグリセリドの量が寛容につながる分子メカニズムは何なのかとかが知りたいところ。
 
いずれにしても、病原体に対する応答は排除だけではない、共生するという道もある、というのは重要な概念。だと思う。
 
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参考
GDF15 Is an Inflammation-Induced Central Mediator of Tissue Tolerance, Cell, 2019