Bio-Station

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マクロファージの前座を務めますのは??

 
生物はわずか一つの受精卵から細胞の分裂と分化を繰り返し、多数の細胞からなる個体を形成する。
 
この細胞をどんどん増やしていくという発生の過程において、一方でいくつかの細胞は細胞死していくということが知られている。
 
発生において、細胞が正しく死んでいくことは、個体全体の発生をうまく進めるために極めて重要である。
 
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この「プログラム細胞死」の中でも特に重要なものとして、神経管が閉鎖する時期における細胞死がある。
 
例えばアポトーシスができないマウス胎児は、不要になったモルフォゲン産生細胞を除去できず脳形成が異常になることが知られている(Nonomura et al., 2013)。
 
このとき重要なことに、アポトーシスした細胞は貪食細胞によって貪食され、速やかにクリアランスされる。
 
ところが、この神経管閉鎖が起きるような極めて早い発生ステージにおいては貪食細胞であるマクロファージなどはまだ胎児で機能していない。
 
そこで、この発生ステージの早い段階において、死んだ細胞をクリアランスする細胞の実体は不明であった。
 
今回この大きな課題に取り組んだ論文を紹介する。
 
 
(ちなみに、この論文にはシングルセルなんとかseqも、フェーズセパレーションも、CRISPRも流行の手法は全く出てこない。それでも面白い問いを立てれば面白い研究はできるんだなあ、というのを実感した。)
 
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彼らはゼブラフィッシュをモデルとして用いている。(タイムラプスイメージングとかしやすいから)
 
まず、筆者らは20hpfという早い発生ステージでDorsal trunkという領域で細胞死がおこっていることを発見する。これは、発生の過程で細胞死が起きているという報告と一致する。一方このとき代表的な貪食細胞であるマクロファージは細胞死している細胞の近くにいないことをみている。
 
では、死んだ細胞たちはどの細胞によって貪食されるのだろうか?
 
これまでの報告で、細胞死する細胞の近くに神経堤細胞が存在する可能性が示唆されていた。
 
そこで筆者らは神経堤細胞をラベルする新しいゼブラフィッシュラインを作成し観察を行った。この結果、細胞死している細胞の近くには神経堤細胞が存在することが分かった。
 
このとき、神経堤細胞が細胞死した細胞を包み込み、まるで貪食しているような様子が観察された。この結果は、意外にも”神経堤細胞"が、死細胞を貪食している可能性を示唆する
 
 
(緑が神経堤細胞で、丸で囲われた細胞が死にゆく細胞。三角で示された神経堤細胞が移動して、死にゆく細胞を貪食する様子が分かる。)
 
さらにこのとき、神経堤細胞ではLamp1やPI(3)Pが陽性であり、いわゆる貪食細胞と同じようにファゴソームを形成していることが分かった。
 
すなわち、神経堤細胞は実際に死細胞を分解する貪食細胞として働いている可能性が示唆された。
 
これらの結果がハイライトで、あとは割愛してしまうが、他にも
- 人工的に細胞を殺すと神経堤細胞はその細胞に向かって移動すること
- 死細胞への移動はインターロイキンシグナリングに依存すること
などを示している。
 
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なお、今回の論文では示されていないが、以下のような点は追求してもよいかなと思った。
 
1. 本当に神経堤細胞による貪食は発生に不可欠か?神経堤細胞による貪食の阻害が必要だが難しい、というディスカッションはされていたが、このデータは欲しい。
 
2. 貪食を行う神経堤細胞は特殊なサブタイプから構成されるのか?シングルセルRNAseqなどによるサブタイプ解析はもう始めているかもしれない。
 
いずれにせよ、今後も沢山の新しい疑問を生む良い研究だと思った。
 
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これまで発生過程において細胞死が起きること、その細胞死が正常な個体発生に重要であること、はよく知られてきた。
 
しかしながら、マクロファージなどがあまり機能しない発生の早いステージにおいて、細胞死した細胞をどの細胞が貪食するのかは不明であった
 
今回、神経堤細胞というやや意外な細胞が死んだ細胞を貪食する可能性が明らかになった。
 
これはどのように細胞運命が制御され、精密な個体発生が実現するか解明する大きな一歩である。
 
以下グラフィカルアブストラク

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Migratory Neural Crest Cells Phagocytose Dead Cells in the Developing Nervous System, Cell, 2019