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代謝とエピジェネをつなぐ新しいヒストン修飾「ラクチル化」の発見!

遺伝子の発現がどのように制御されているか知ることは、現在の生命科学の一つのゴールである。
 
遺伝子発現には遺伝子自身のDNAは配列も重要だが、DNAをパッキングするヒストンの状態も重要であることが知られている。
 
古典的にはヒストンのアセチル化が活性化した遺伝子のマークになっていることから始まり、メチル化やユビキチン化など多様なヒストン修飾が見つかってきている。
 
一方、最近でもヒストンのセロトニン化やグルタリル化など新しい修飾も発見されるなど、すべてのヒストン修飾が同定されているわけではなく、生物学的に重要なヒストン修飾はまだ残っている可能性がある。
 
今回は、乳酸を基質とする新しいヒストン修飾「ラクチル化」を発見し、その生物学的な意義に迫った論文を紹介する。
 
 
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新しいヒストン修飾を同定する手法の定番となっているのはマススペクトル解析で、筆者らもまずマススペクトルによって新規ヒストン修飾を探索する。
 
その結果、新しい修飾の候補として出てきたのが、乳酸を基質とするヒストン修飾「ラクチル化」である。
 
ラクチル化」は乳酸の部分構造がリジンに結合する修飾で、以下のような構造になる。
 
 
*筆者らはマススペクトル以外にもラクチル化ヒストンの抗体を使った実験や、乳酸を放射線ラベルする実験を行い、ヒストンラクチル化が実在することを入念に確かめている。
 
また、マススペクトルの解析から、ラクチル化はコアヒストンの複数のリジン残基に導入される可能性があることも見ている。
(HeLa細胞では下の青い△のところ、BMDM細胞では下の黄色い△のところに入る可能性があるらしい。)
 
 
さらに筆者らは、このヒストンラクチル化が遺伝子発現を活性化するのか、それとも抑制するのかに迫った。
 
このために、筆者らは再構成クロマチンを用いた無細胞系の実験を行った。
 
詳細は省くが結果、ヒストンラクチル化は遺伝子発現を活性化する修飾であることが示唆された。
 
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このラクチル化の非常に興味深い点は、ラクチル化は「乳酸」という解糖系の代謝物を基質とすることである。
 
このことから、ラクチル化は解糖系などの代謝状態と関係があることが予想される。
 
そこで、筆者らはさらに「細胞内代謝」とラクチル化の関係に迫った。
 
このために、解糖系を抑える試薬やミトコンドリア呼吸を活性化する/抑制する試薬を加えることで細胞内代謝状態を変化させ、ラクチル化の量を観察した。
 
その結果、解糖系が優位になった状態では、乳酸の量が多くなり、(おそらく基質が多くなったために)ヒストンラクチル化も増加することを見出す。
 
この結果は、ヒストンラクチル化が細胞内代謝状態とエピジェネ状態を結ぶ可能性があることを示した点で非常に面白い。
 
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では、このヒストンラクチル化はどのような生物学的な機能を持つのだろうか?
 
筆者らはラクチル化の意義に迫るため、マクロファージの系を用いた。
 
なぜならマクロファージは、以下の図のように、細胞内代謝状態とその性質を変化させることが知られているためである。
 
具体的には、マクロファージは病原菌の刺激に応答して炎症を促進するM1マクロファージに変化し、さらに時間が経つと炎症を抑えるようなM2マクロファージに変化する。
 
 
 
筆者らはまず、マクロファージを刺激すると、解糖系優位のM1マクロファージに変化することで、細胞内で乳酸の濃度が上昇しヒストンのラクチル化も上昇することを明らかにする。
 
では、このときヒストンラクチル化はどのよう遺伝子座に導入されるのだろうか?
 
これを明らかにするために、H3K18のラクトリル化免疫クロマチン法により、ラクチル化が導入されたゲノム領域を探索した。
 
その結果興味深いことに、ラクチル化は(M1マクロファージで重要な遺伝子座ではなく)M2マクロファージで重要な遺伝子座に多く導入されていることを発見する。
 
このことから、ラクチル化はM1マクロファージがM2マクロファージに変化するのに重要な遺伝子を制御する可能性を示唆する。
 
 
この可能性を検証するため、筆者らは乳酸合成酵素をノックアウトして乳酸が作られないようにすることでララクチル化を減少させる実験と、乳酸を過剰投与することでラクチル化を上昇させる実験を行った。
 
この結果、ラクチル化を減少させるとM2マクロファージのマーカー遺伝子の発現が減少する一方、ラクチル化を上昇させるとM2マクロファージのマーカー遺伝子の発現が上昇することを明らかにする。
 
すなわち、ラクチル化はM2マクロファージに重要な遺伝子を制御し、M1マクロファージからM2マクロファージへの転換を制御している可能性が示唆された。
 
まとめると以下のような感じ。(News&Viewsより転載)
 
 
*これは、乳酸の量がM1マクロファージからM2マクロファージへの転換タイミングを決めるタイマーとなっている可能性があるという点でとても面白い。
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以上、今回の論文では、乳酸を基質とする新しいヒストン修飾として「ヒストンラクチル化」を同定し、ラクトリル化が代謝状態の影響を受けること、マクロファージの性質に重要な働きがある可能性が明らかになった。
 
これは、新しいヒストン修飾が見つかったというだけでなく、「細胞外環境から細胞内代謝を介してクロマチンの状態変化を導く」というスキームが明らかになったという点で非常に興味深い。
 
また、今回の論文では明らかではないが、ラクチル化を認識するリーダータンパク質や、運動などの乳酸が重要な系での機能が分かると面白いなぁと思いました。
 
いずれにせよ、まだまだヒストン修飾の世界も分かっていないことだらけなのですね。今後の研究も楽しみです。
 
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今回紹介した論文
Metabolic regulation of gene expression by histone lactylation, Nature, 2019
Di Zhang, Zhanyun Tang, ..., Bing Ren, Robert G. Roeder, Lev Becker & Yingming Zhao
 
画像の引用