Bio-Station

Bio-Stationは日々進歩する生命科学に関する知見を、整理、発信する生物系ポータルサイト、を目指します。

RNAスプライシングが遺伝子発現を制御する?

正確な遺伝子発現がどのように実現されているか知ることは、生物学の一つのゴールである。
 
ご存知のように遺伝子はDNAから転写されてRNAスプライシングなどの制御を受けて成熟したRNAになる。
 
これまでに、転写がRNAスプライシングに影響を与えることはしばしば報告されてきた。
(例えば、転写のスピードによってスプライシングの位置が変わってきたりするらしい)
 
一方逆に、スプライシングが転写にどのような影響を与えるかという点はほとんど分かっていなかった(以下の図)。
 
 
今回は、スプライシングにより近くの通常不活性状態の転写開始点からの遺伝子発現が上昇する、という新しい遺伝子発現制御メカニズムを明らかにした論文を紹介する。
 
-----
 
この研究のきっかけは、筆者らのグループが数年前に報告した不思議な現象にある(Merkin et al., 2015)。
 
2015年の論文で彼らは種ごとに遺伝子の配列を比較し、進化的に新しくエクソン(タンパク質をコードした配列)を獲得した遺伝子に着目した。
 
その結果、これら新しいエクソンを持つ遺伝子は遺伝子発現自体が上昇することを明らかにしていた。
 
 
このことから筆者らは、エクソンの獲得によって遺伝子発現が直接活性化されている可能性を考えた。
 
-----
 
そこでエクソンの獲得が遺伝子発現に影響を与えるか検証するために、筆者らは2つの遺伝子をモデルにマウスだけが持つエクソンをラットの配列に挿入する実験を行った。
 
その結果、エクソンが新しく挿入された遺伝子の発現が増加することを発見する。
 
また、このとき興味深いことに、エクソンが挿入された遺伝子は通常の転写開始点ではなくて、新しく挿入されたエクソンに近い場所における通常は活性が弱いような転写開始点(cryptic promoter)からの発現を上昇させていることが分かった。
 
図にすると以下のような感じで、真ん中の赤っぽく示されたエクソンの挿入により、緑色の活性が弱いような転写開始点からの転写が増加する。
(RNAPⅡ; RNAポリメラーゼ2、灰色の線; スプライシングされる場所)

f:id:Jugem:20191219174243j:plain

(ちなみにマウスだけが持つエクソンスプライシングを抑制することで、遺伝子発現が減少するという結果も出している。)
 
また、網羅的な解析により、モデルにした遺伝子以外でも新しくエクソンを獲得すると遺伝子発現が上昇する遺伝子はたくさんあり、このモデルは一般的である可能性を示している。
 
この結果から、エクソンは近くの通常不活性状態の転写開始点からの遺伝子発現が上昇させる可能性が分かってきた。
 
-----
 
ではこのとき、エクソンの何がこの通常不活性状態の転写開始点からの遺伝子発現上昇に大事なのだろうか?(配列なのか、転写されることなのか、スプライシングなのか)
 
この疑問に答えるため、筆者らはノックダウンすると転写開始点が変わる因子をデータベースを用いて網羅的に探索した。
 
その結果、10個のスプライシング因子が転写開始点の決定に大きな影響を与えていることが明らかにする。
 
実際、PTBP1というスプライシング因子を神経系の細胞でノックダウンすると転写開始点と遺伝子発現に変化があることをみている。
 
この結果は、新しいエクソンが挿入されスプライシングが誘導されることが、近くの転写開始点からの転写に重要である可能性を示唆する。
 
モデルは以下のような感じ。転写が起きてスプライシング因子がくると、近くの転写開始点からの遺伝子発現が上昇する。
 
 
(緑色が元々のエクソン、赤色の新しいエクソンが挿入されると紫色の別のプロモーターからの転写が活性化する。このときオレンジで示されたスプライシング因子が転写の活性化に重要)
 
-----
 
データの骨子は以上のような感じ。
 
今回の論文で、これまでよく研究されてきた「転写⇒スプライシング制御」という流れとは逆に、「スプライシング⇒転写」という制御メカニズムがあることが明らかになった。
 
筆者らはこれをEMATS(Exon-Mediated Activation of Transcription Starts)と名付けている。
 
これは、エクソンが単にタンパク質配列をコードするだけではなく、エンハンサーのように遺伝子発現の制御も行っている可能性を明らかにした点で生物学的に重要である気がする。
 
また、スプライシングや転写開始点決定の異常は疾患に結びつく可能性が知られている。このためこの発見は疾患発症メカニズムの解明や治療法の開発にも重要である。
 
----
 
この発見は非常に興味深いが、さらに以下のような点が解明されるともっと面白い。
 
1) なぜスプライシングにより転写が活性化するのか?スプライシング因子がクロマチンモデリング因子をさらに連れてきたりしているのだろうか?
 
2) エクソンをエンハンサーのように働かせることに進化的なメリットがあるのか?それとも結果的にこのようなメカニズムを使うに至っているのか?
 
ともかく、遺伝子発現がどのように制御されているか、という根本的な問題にもまだまだ未解明なことは多いのだなと感じました。
 
-----
論文
Exon-Mediated Activation of Transcription Starts, Cell, 2019 (リンク)
 
参考にしたReviewなど
Exons as enhancers, Nat. Rev. Gen., 2019
Splicing Calls Back, Cell, 2019