脊髄の再生を促進するグリア細胞の性質変化
今回紹介する論文では、ゼブラフィッシュの系を用いてグリア細胞の上皮間葉転換(Epithelial-to-Mesenchymal Transition, EMT)が脊髄損傷後の再生に重要であることを見出した。
我々哺乳類とは異なりゼブラフィッシュは高い再生能を有し、脊髄が損傷しても6-8週で元通りにすることができる。
これまでに今回の筆者らのグループなどは、ゼブラフィッシュの脊髄再生には特殊なグリア細胞集団が損傷部位を架橋することが重要であることを報告してきた。
(哺乳類では中枢神経においてはアストロサイトが損傷に反応し再生ではなく傷口をふさぐような機能を果たすため再生ができないと考えられている。また、哺乳類の末梢神経系ではシュワン細胞が損傷部位を架橋することで再生を促進することが知られている。)
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筆者らはこれまでに損傷部位の架橋を行う特殊なグリア細胞集団に発現するマーカー遺伝子としてctgfaを見出してきた。
そこではじめに損傷時においてctgfa陽性細胞集団を分取しRNAseqを行うことで、この細胞集団がどのような遺伝子発現プロファイルをしているのかを網羅的に解析した。
すると興味深いことにこのctgfa陽性細胞集団では上皮系の遺伝子発現が減少し、間葉系の遺伝子発現が上昇していることが分かった。
このような遺伝子発現変化は上皮間葉転換と言われ、"上皮細胞がその細胞極性や周囲細胞との細胞接着機能を失い、遊走、浸潤能を得ることで間葉系様の細胞へと変化するプロセス(Wikipedia)"として有名である。
さらに組織染色からもEカドヘリンの減少とNカドヘリンの増加という上皮間葉転換にみられる代表的な変化が起きていることからも、グリア細胞集団による損傷部位の架橋では上皮間葉転換様の変化が起きていることが明らかになった。
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そこで気になるのが、この上皮間葉転換様の運命転換はグリア細胞による架橋、そして脊髄再生に重要なのか、という点である。
この問いに迫るため筆者らはCRISPR/cas9システムを用いたノックアウトスクリーニングを行った。
このスクリーニングでは受精卵においてCRISPR/cas9を用いて遺伝子をノックアウトし、大人になって損傷を加えることでグリア細胞による架橋と脊髄再生による遊泳能力の改善を評価した。
その結果、上皮間葉転換を制御するいくつかの遺伝子の欠損でグリア細胞による架橋と脊髄再生による遊泳能力の改善が弱くなることを見出した。
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ただ再生できなくなる変異体なら取れなくもなさそうだが、上皮間葉転換を促進するだけで再生も促進することができるのだろうか。
このために、Twistという上皮間葉転換を促進する遺伝子を再生時に発現させるゼブラフィッシュを作成し、再生能を評価した。
すると興味深いことに、Twistを再生時に強制発現させると、グリア細胞による架橋が促進され、再生能も向上することが明らかになった。
ということで、上皮間葉転換を促進するだけでも脊髄再生が促進される可能性が示唆された。
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まとめると、今回の論文でゼブラフィッシュの脊髄再生ではグリア細胞が上皮間葉転換様の性質変化を起こし、損傷部位を架橋することが正常な再生に重要であることが分かった。
哺乳類では脊髄に同様の機能を持つ細胞はいないため、このような細胞集団を生みだすことが脊髄の修復には重要なのかもしれない。
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コメント
・上皮間葉転換と言えばガンとかで有名な気がするが再生にも関わっているのか。哺乳類で再生能が落ちているのはガン化のリスク下げるためなのかなぁ。
・上流がYAPらしいが再生時に物理的な圧力を感知したりできるのか?物理ストレスを感知して再生するとかなら結構面白い。
・応用的には哺乳類で再生ができると嬉しい。部分的に上皮間葉転換をおこせれば、って感じかな。
今回の論文
Localized EMT reprograms glial progenitors to promote spinal cord repair, 2021