タンパク質を保護する天然変性タンパク質群"Hero"の発見とその機能+筆頭著者によるコメント
全長にわたって天然変性しているタンパク質群「HERO」を発見、その機能に迫った論文の解説記事です。
今回はなんと、筆頭著者の坪山さんからHEROの発見から論文になるまでの道のりについてご寄稿いただきましたので、ぜひ最後までご覧ください!
目次
管理人による論文解説
私たちの体の中ではたくさんのタンパク質が働いている。
タンパク質の多くは一定の構造を持っていて、「構造が機能を決める」とも言われるほどタンパク質の構造は重要であると考えられている。
しかしこれにも例外があり、一部のタンパク質は決まった構造を持たずフラフラした状態で存在することも知られている(天然変性タンパク質)。
このような天然変性タンパク質の中でも、特に全長に渡って天然変性しているようなタンパク質は熱や乾燥といったダメージに強く、クマムシのような極限環境に生息するような生き物でその機能が報告されてきた。
さらに哺乳類を含めたより高次の生き物にも、全長に渡って天然変性しており明瞭な二次構造を持たないようなタンパク質が存在することは自体は知られていたが、その機能はほとんど分かっていなかった。
今回は、ハエやヒトにもこれまで機能未知であった天然変性タンパク質群が存在し、タンパク質を保護する機能を持っている!ということを明らかにした論文を紹介する。
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①ボイルしたタンパク質抽出液にタンパク質を安定化させる"何か"がある
研究の発端は、少し不思議な現象から始まる。
今回の論文のグループ(東大/泊研)はマイクロRNA研究で素晴らしい発見をされている研究室であるためだろう、マイクロRNA関連因子AGOタンパク質を精製しようとした。
このために、よく行われるようにAGOにタンパク質タグをつけてビーズで精製を行うという実験を行った。
このとき、不思議なことに精製されたAGOは不安定で、ビーズに非特異的にくっついてしまうため精製がうまくいかなかったらしい。
(以下の図で行くところのOn beadsにAGOがたまってしまって、Elutedの方にでてこない)
このような非特異的結合はしばしばあることだし、普通の人なら「なんかうまくいかないから諦めるか」と思うかもしれない。(少なくとも管理人はそう思ってしまう)
が、ここで筆者らはこの精製系に細胞の粗抽出液を加えるということをしている。すると、AGOとビーズの非特異的結合は減少し、AGOが抽出されるようになる。
これは、細胞内にAGOを安定化させるような"何か"が存在することを示唆する。
これだけでもすごいけれど、筆者らはさらに細胞の粗抽出液をボイルして、精製の系に入れるということをしている。
ほとんどのタンパク質はボイルによって変性し機能を持たなくなると予想される。
しかし、驚くべきことに、AGOはボイルした細胞抽出液でも安定化され、ビーズとの非特異的結合が減少することが分かった。
また、この効果はタンパク質を分解する酵素を加えることで少なくとも一部抑制されるので、AGOは"ボイルされても機能が落ちないタンパク量X"によって保護される可能性を示唆する。
さらに、このタンパク質保護効果はAGOだけに留まらない。筆者らはLDHという酵素を乾燥させると酵素活性を失うが、ボイルした細胞抽出液を加えることで酵素活性は残るということを明らかにする。
すなわち、生体内において少なくともいくつかのタンパク質は熱変性に強いタンパク質Xによって保護されている可能性がある。
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②タンパク質Xの実体の一部として"Heroタンパク質群"を同定
では、おそらく生体内でAGOを安定化させていて熱変性にも強いタンパク量X、の実体は何だろうか?
この疑問に迫るため、筆者らは細胞粗抽出液、ボイルした細胞粗抽出液を質量分析にかけることで、これらにどのようなタンパク質が含まれるかを検証した。
すると、ボイルした細胞抽出液には何もしない細胞抽出液に比べて、親水性が高く、構造を持たない天然変性タンパク質が多く含まれることが分かった。(これは天然変性タンパク質は熱に強いので納得の結果である。)
このため、天然変性タンパク質がAGOやLDHといったタンパク質を保護するタンパク量Xの実体である可能性が考えられる。
そこで、タンパク質Xの候補として、筆者らはデータベースからタンパク質の天然変性スコアが高く、また培養細胞で高く発現している(さらに等電点が偏っている)タンパク質群を選びだした。
それが、C9orf16, C11orf58, BEX3, SERBP1, SERF2, C19orf53というこれまで機能があまり分かっていなかった6つの因子である。
これらは熱に強いことも示し、HEat-Resistant Obscureの略とその分子量からそれぞれ、Hero9, 20, 13, 45, 7, and 11と命名した。
ではHeroタンパク質はタンパク質を保護する機能があるのだろうか?
筆者らは
- LDH(酵素)の乾燥変性による失活
- GFPの有機溶媒による失活
- ルシフェラーゼの熱変性による失活
がHeroによってタンパク質によって保護されるか検討した。
ここはデータをお示しするが、以下のようにHeroはこれらのタンパク質を失活から保護する機能を持つことを明らかにしている。
(バーが高いほど活性がある、GSTやBSAはコントロール。)
(また興味深いことにすべてのHeroが等しくすべてのタンパク質を保護するのではなく、Heroの種類ごとに保護するタンパク質も異なる)
このことから、Heroタンパク質こそが、熱変性に強くタンパク質を保護する機能を持つタンパク質Xの実体の一部であることが示唆された。すごい。
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③Heroタンパク質は神経変性疾患関連因子の凝集を防ぐ
以上の結果から、天然変性タンパク質Heroはタンパク質を安定化させる因子であることが分かってきた。
これまでの研究で、タンパク質の不安定化はいくつかの疾患、特に神経変性疾患と関係があることが知られてきた。
たとえばALSではTDP43やGA50という因子が凝集してしまうことが知られているし、ハンチントン病ではHTTQ103が凝集してしまい病気の原因になると考えられている
そこで、筆者らはHeroタンパク質が、これら神経変性疾患関連因子の凝集を防ぐかどうか検討した。
結果は以下のようになり、TDP43やGA50、HTTQ103を過剰に発現すると凝集体ができるが、Heroを共発現させると凝集は少なくなることが分かった。
また凝集をみるような生化学的な解析からも、Heroは 神経変性疾患関連因子の凝集を防ぐことが明らかになった。
また重要なことにタンパク質を使った生化学的な解析だけでなく、iPS細胞を用いた実験や、ハエの実験からもHeroが神経変性疾患関連因子の凝集を防ぐことを明らかにしている。
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④Heroタンパク質が機能を発揮するには電荷が大事かも
これまでHeroがタンパク質の安定化に重要そうなことが分かってきた。では、Heroはどのようにしてタンパク質を安定化させるのだろうか?
Heroタンパク質が天然変性タンパク質なので構造的なドメインはないし、共通したモチーフなども見られない。
一方で筆者らはTDP43の凝集を防ぐことができるHero45, 7, 11はアルギニンやリジンの割合が高く、電荷が正に偏っていることに着目した。
そこで、この電荷の偏りが機能に重要なのではないかと考え、Hero7,11のアルギニン/リジンを電荷の偏りのないグリシンに置換して実験を行った。
このなかで、アルギニン/リジンを失ったHero7,11はTDP43の凝集を防ぐことができないことが分かった。
すなわち、TDP43の凝集を防ぐ点に関してはHeroの"正電荷"が重要でありそうである。
これは興味深い結果だがこれだけでは、Heroのアルギニン/リジンを含んだ"アミノ酸配列"が重要だった可能性がある。そこで筆者らは"電荷"の重要性に迫るため、さらにすごい実験を行っている。
どうするかというと、Heroのアミノ酸組成を保ちつつもアミノ酸配列をごちゃ混ぜにした100アミノ酸からなるペプチドを作成し、その機能を解析した。(そんなこと自分なら思いつかないな。。)
この結果、なんとこのHeroとアミノ酸組成が同じペプチドもTDP43の凝集を防ぐ機能があることが分かった。一方、同様のアミノ酸組成を保ちつつ、比較的短い42アミノ酸長さのタンパク質ではその凝集防止効果がほとんどなくなった。
これは、Heroのタンパク質保護効果は"アミノ酸配列"それ自体ではなく、"電荷"や"アミノ酸組成"、そしてアミノ酸の長さそのものといった物理的な性質が重要であることを示唆する。
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⑤Heroタンパク質は生体でも必須で、過剰発現ではハエの寿命を延ばす
このように、Heroタンパク質はとても重要そうなのだが、ここまでの実験の多くは過剰発現の系である。
そこで筆者らは生理的条件でのHeroタンパク質の重要性に迫るため、培養細胞やハエにおいてHeroをノックアウト/ノックダウンする実験を行った。
この結果、Hero13,7のノックアウトでは培養細胞の増殖率が減少すること、またいくつかのHeroホモログをハエで全身ノックダウンすると致死であることを見出している。
すなわち、Heroは生理的条件でも重要な役割を果たす可能性が示唆された。
また、タンパク質の安定性は老化とも密接に関わるため、筆者らはHeroホモログをハエにおいて過剰発現させて寿命を観察した。
するとHeroホモログを過剰発現させたハエは長生きになることが分かった。
この結果は、Heroが抗加齢効果を持つタンパク質であるという点でとてもすごいように思われる。
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⑥まとめ?
以上から、天然変性タンパク質Heroが多様なタンパク質を不活性化から保護していることが明らかになった。
この効果はシャペロンにも似ているが、HeroはおそらくATPを必要としないこと、シャペロンが不活性化タンパク質を活性状態に戻すのに対しHeroはそもそも不活性化を抑える、という点でシャペロンとは全く異なるタイプのタンパク質群である。
これまで生化学研究では精製すると活性が落ちてしまうという現象がしばしば報告されてきた。これはHeroのように生体内でタンパク質を安定化させる因子の存在が仮定されていなかったからである可能性もある。このため、Heroの発見は生化学研究のこれまでの謎を解決する手掛かりになる可能性がある。
また、Heroは神経変性疾患関連因子の凝集を抑える、ハエでは過剰発現すると寿命が延びるといった効果を持つことも示されている。このことから、Heroは神経変性疾患や老化関連疾患の治療などの応用的にも非常に重要な発見だろう。
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管理人コメント
バイオステーションはあまり日本人の研究は扱わないようにしているのですが、今回は泊研の論文を紹介させて頂きました。というのは、今回の論文の筆頭著者、坪山さんのトークをお聞きする機会があり、非常に感銘を受けたためです。
まず、タンパク量精製で非特異的結合してしまう現象から、じゃあそこに細胞抽出液を入れよう、さらに細胞抽出液をボイルしよう、というのはなんというか、天才かと思いました。
またLDHの乾燥による変性、GFPの有機溶媒による変性のHeroによるレスキューも、そんなことできるんかいな、と驚愕でした。さらに、生化学な解析に留まらず、iPS細胞やハエの個体の解析まで行う幅広さもすごいところだと思います。
今回特に解析が行われたHeroは6種類ですが、Heroの候補因子はもっともっと同定されているようです。これらHeroタンパク質群がどのような機能を持ち、どのような現象に効いているのか明らかになるかもしれないというのは非常にわくわくします。
他にも、Heroが具体的にどのようにしてタンパク質を保護するか、保護するタンパク質の選択性はどのように決まるか、など興味深い謎はたくさんあるのでこれからの研究も楽しみです!
最後になりますが、論文に関係された皆様、おめでとうございます!
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筆頭著者、坪山さんのコメント!
東京大学 定量生命科学研究所 泊研究室でポスドクをしております、坪山と申します。本論文については、私が筆頭著者となっておりますが、実際には様々な方のアイディアをもとにした論文になります。論文の内容自体については、管理人さんが綺麗にまとめてくださっているので、私はその経緯(裏事情?)について記載させていただきます。
泊研では、RNAサイレンシング(いわゆるノックダウン)において中心的な役割を担うArgonauteタンパク質(AGO)をメインテーマとして研究を行っています。本論文のきっかけは、このAGOが扱いにくく、不安定なタンパク質であることでした。著者として加わっていただいている岩崎さん(理研で現在PIされていらっしゃいます)がAGOを精製しようとされた際に、通常のどおりタンパク質をビーズ上に固定、ビーズを洗浄、その後AGOをバッファー中へと溶出しようとした際に全く溶出されないという問題に直面されました。しかし、様々な条件を検討することで、細胞からの抽出液を加えた際には溶出が促進することを発見されたそうです。さて、この後どのようにして、抽出液中に含まれている促進因子を絞り込もうかと思案された際に、岩川さん(現在、泊研講師)の方が、「とりあえずタンパク質なのかどうかを絞り込むのに煮沸したら?」と助言され、岩崎さんが試したところ、煮沸しても溶出活性が残る!、ということを発見されました(Fig1のデータ)。
その後、AGOタンパク質の溶出活性を持つタンパク質の同定のため、岩崎さんがカラムクロマトグラフィーによるタンパク質分離を繰り返し、煮沸上清中に多く含まれるハエの熱耐性タンパク質の一つを同定され、実際にAGOの溶出を促進させることを発見されました。このタンパク質は不思議なことに、全く二次構造をもたないという不思議なタンパク質でした。熱耐性でかつ二次構造を持たないということをもとに、岩崎さんは「へろへろくん」とこのタンパク質を命名されました。これが、いわゆる「元祖」Heroタンパク質になります(2011年頃)。しかし、元祖Heroタンパク質は、保存性に乏しく機能を推測するのが困難であり、またAGOの溶出を増加させるというIn vitroでの活性からどのようにして生物学的な意義に結びつけるのかを悩まれた結果、とりあえず棚上げすることにされたそうです。このような経緯で、へろへろくんは、しばらくの間、日の目を見ないことになります。
その後、私、坪山がAGOタンパク質についての1分子解析(Tsuboyama et al. 2018)を行うこととなり、再度このAGOタンパク質の不安定性に直面しました。その際に泊さんより、「昔へろへろくんという不思議なタンパク質があってね、・・・」という一連の話を伺っていましたが、その当時の実験においてはリコンビナントタンパク質や煮沸上清を用いる必要はなく、粗抽出液を適宜用いることによって、不安定性に起因する問題を解決できたので、へろへろくんの出番は1分子解析の実験でもありませんでした(おそらく2017年頃)。しかし、この時のAGOタンパク質の不安定性を、「1分子レベル」で実感したことが、当時はあまりにも漠然としていたへろへろくんを次のテーマとするきっかけとなったことは間違いありません。
1分子解析のテーマが一段落した後、何気なく、私が論文サーフィンを行っていた際に、煮沸上清中に残るクマムシの熱耐性タンパク質が、その乾燥耐性に重要だということが示された論文(Boothly et al. 2017)、さらに天然変性タンパク質を真似して化学合成したポリマーがタンパク質の保護活性を持つことを示した論文(Panganiban et al. 2018)を目にしました。その際に、へろへろくんにも似たような機能があるのではないかと考え、本格的にこのテーマについて実験を行うことを決意しました。ある程度、タンパク質安定性についてのデータ (現論文のFig3)が出た頃に、以前タンパク質凝集に関する研究をされていた松浦さん (現在、理研岩崎研研究員)から、「へろへろくんが凝集を防いでいたら面白いね」と言われて、何気なく行った実験がFig4、Fig6のデータになります。そのほか、Fig2の質量分析についてのデータは、尾山先生との共同研究、Fig5のiPS細胞由来の神経細胞によるデータは池内先生・大崎さんとの共同研究、Fig6のハエの切片データは岡田先生との共同研究になります。アイディアをくださったり、実際に実験を行ってくださったりした、共同研究者の方々に感謝申し上げます。
よくお聞きいただく質問としては、
Q ヘロヘロくん (Heroタンパク質)の定義は?
A 論文中では、熱耐性でかつ構造を持たないとされるタンパク質と定義していますが、まだまだ曖昧なので、きちんとした定義が今後必要かと思っています。
Q どのようにHeroタンパク質が、構造を持つタンパク質の安定化に貢献するのか?
A 現在、Fig4で示したように、電荷が重要そうであることまではわかっていますが、その他に重要な特徴、またどのようにして安定性に貢献しているのか、その機序については不明です。
Q Heroタンパク質を組み合わせたらどうなるか?
A 組み合わせの実験は行っていません。もちろん、相乗効果を示す可能性は十分にあるかと思います。
Q タンパク質安定化以外のHeroタンパク質の生理的な機能は?
A 鋭意解析中です。
とこのように、ほとんど不明なことばかりなので、今後の研究が待たれます。
最後になりますが、改めまして、RNA機能研究分野というRNAを中心とする研究分野であるにも関わらずこのようなHeroタンパク質の研究をさせてくださった泊さん、また共同研究者の方々、また研究について理解してくださっている私の家族に深く感謝申し上げます。
引用
Boothby TC et al.
Tardigrades Use Intrinsically Disordered Proteins to Survive Desiccation.
Mol Cell. 2017 Mar 16;65(6):975-984.e5. doi: 10.1016/j.molcel.2017.02.018.
Tsuboyama K et al.
Conformational Activation of Argonaute by Distinct yet Coordinated Actions of the Hsp70 and Hsp90 Chaperone Systems.
Mol Cell. 2018 May 17;70(4):722-729.e4. doi: 10.1016/j.molcel.2018.04.010.
Tsuboyama K et al.
A widespread family of heat-resistant obscure (Hero) proteins protect against protein instability and aggregation
bioRxiv 2019 doi: 10.1101/816124 /PLOS Biology 2020 doi: 10.1371/journal.pbio.3000632
Panganiban B et al.
Random heteropolymers preserve protein function in foreign environments.
Science. 2018 Mar 16;359(6381):1239-1243. doi: 10.1126/science.aao0335.