タンパク質ノックダウンで見えてきた新しい転写制御機構
遺伝子の発現がいかに制御されるか、という疑問は生物学において最も根源的な問題の一つである。
この重要性から、これまでにPolIIの活性を制御する因子が数多く報告されてきた。
この中でもNELF(negative elongation factor)という因子は1999年、東工大の山口先生、半田先生らによって、in vitroにおいてPolIIの転写を抑制する因子として細胞抽出液から同定された。
NELFは構造解析などからin vitroではPolIIの活性を抑えるとことが確からしいと思われてきたが、細胞内でNELFを欠損させるとむしろ遺伝子発現が下がるという報告もあり、統一的な見解が得られてこなかった。
このことから、その重要性にも関わらず、細胞内におけるNELFの一次的な機能は不明であった。
そこで今回、タンパク質ノックダウンによってNELFの一次的な機能について迫った論文を紹介する。
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一般的なRNAのノックダウンやDNAを改変するノックアウトでは、多くの場合ノックダウン/アウトから解析するまでの時間が長い(>24時間)ためタンパク質の持つ一時的なな機能を解析することが難しかった。
そこで筆者らは薬剤依存的に目的のタンパク質を分解するAIDというシステムを導入した。
AID法は遺伝研の鐘巻先生らによって開発された手法であり、植物ホルモンのオーキシンを培地中に添加することでタグをつけたタンパク質を分解することができる。
筆者らはNELFにタグをつけることでオーキシン依存的にNELFを分解する系を立ち上げた。
以下の図のように、実際オーキシン添加30分でNELF-Cの量が大きく減少していることが分かる。すごい!!
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というわけで、この素晴らしい系を用い、筆者らはNELFがなくなったときの転写の状態を新生RNAseq(PRO-seq)によって解析した。
すると、興味深いことに、NELFを分解するとTSS直下の+1ヌクレオソーム上でPolIIが停止する位置が少し後ろにずれることが分かった。
(メモ;おそらくSHL-6での停止からSHL-5/-2/-1への変化と思われるとのこと)
このことから、NELFは単にPol2を止めるのではなく、+1ヌクレオソーム上でPolIIが停止する位置を制御していることが明らかになった。
イメージとしてはこんな感じ。NELFがなくなるとPolIIがヌクレオソーム上でちょっとだけ進む。論文より引用。
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さらに、筆者らはNELFがもつPol2の位置の制御以外の細胞内機能に迫った。
筆者らは、
・熱ストレスに対する素早いレスポンス
・RNAへのキャッピング反応
の2点について検討を行った
熱ストレス時には、停止していたPolIIがリリースすることで素早い転写を可能にしている可能性が報告されている。
そこで筆者らはNELFを分解させる条件で熱ストレスをかける実験を行った。
このとき意外なことに、転写量及びPolIIの停止位置はNELFがなくなっても大きな変化はなかった。このことから、NELFは熱ストレスに対するレスポンスには大きな寄与をしていないことが示唆された。
というわけで、つぎに筆者らはRNAへのキャッピング反応について検討した。
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結果は以上。全体として、タンパク質を分解する系を用いることで、NELFのAcuteな機能に近づいた。
以下、Graphical abstract
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コメント
・RNAのノックダウンやノックアウトでは見えないこともあるというのは大事。こういうタンパク質分解の系はこれからも増えてくるのだろうか。
・今回はキャッピングとの関係を見ていたが、一般的にヌクレオソーム上で止まる位置による生物学的意義ってなんなんだろう。より奥で止まるようになっても発現量的にはそんなに変わらないんだろうか?
・ところでなんでNELFがないとpausingの場所が変わるのだろう?NELFがヌクレオソーム自体と相互作用していたりするのかな?
今回の論文
NELF Regulates a Promoter-Proximal Step Distinct from RNA Pol II Pause-Release, Molecular Cell, 2020