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脊椎動物の「休眠状態」の分子メカニズム

いくつかの生物は過酷な環境を生き抜くために特殊な能力を身につけてきた。
 
例えばリスやクマは冬を越すために冬眠するし、マウスも絶食,寒冷,恒暗などの状況下では低体温,活動量の低下を伴う非活動状態(torpor)になる(1)。
 
このような特殊能力の一つとして、極限環境に置かれた際に発生を一時的に停止し、周りの環境が良くなるまで耐え忍ぶ「休眠が挙げられる。
 
休眠状態のように発生時間を一時停止することができれば老化を防ぐことができる可能性があるため、そのメカニズムの解明は極めて重要である。
 
これまで休眠のメカニズムは線虫などのモデル生物で研究がなされているものの、脊椎動物では良いモデル生物がないために全く解析されてこなかった
 
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今回紹介する論文のAnne Brunetらのグループはこれまでに、脊椎動物であるアフリカターコイズメダカ(African turquoise killifish)寿命の研究のために立ち上げてきた。
 
彼女たちはこれまでに、アフリカターコイズメダカをモデル動物として使うために遺伝子発現やエピゲノム情報を網羅的に解析したデータベースを整備し、ゲノム情報を書き換えるためのゲノム編集法を確立してきている。(Cell, 2015、この論文については西川伸一先生の記事が参考になります。)
 
アフリカターコイズメダカは雨季に一時的に現れ、乾季には干上がるような池に生息する。
 
雨季に産卵された卵は乾季の厳しい環境を生き抜くために発生を一時停止させることができる。すなわち乾季の間、休眠することができる。
 
このため、アフリカターコイズメダカは休眠研究にも非常に有用である。
 
また、この生き物をモデル生物として用いる利点は脊椎動物の中では極めて寿命が短く、長くても半年ほどで一生を終えることで、休眠の与える全ライフステージにおける影響を解析するのに優れている。
 
そこで筆者らはアフリカターコイズメダカをモデルに休眠がその後の成体に与える影響、そして休眠のメカニズムに迫った。
 

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今回紹介する論文
 
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そもそも休眠して発生を一時的に停止すると、その後の寿命が短くなったり、成長に悪影響が出たりするのだろうか?
 
筆者らは実験室で休眠状態を経験したアフリカターコイズメダカと休眠状態を経験していないアフリカターコイズメダカを比較した。
 
すると休眠状態の経験によらず、体の大きさ、生む卵の数、寿命に大きな変化はみられなかった。(以下の図。論文より引用)
 
*しれっと解析しているが例えばマウスでは2年、ゼブラフィッシュでは5年の寿命があるのでこのような解析ができるのはアフリカターコイズメダカの寿命が短いおかげである。

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休眠によって生後の体の大きさ(A)、生殖能力(B)、寿命(C)は大きな影響を受けない。オレンジが非休眠群、青が休眠群。
 
このため、休眠は生後の寿命や成長を犠牲にしているわけではなく、時間の経過によるダメージから守られた特殊な状態であることが示唆された。
 
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ではアフリカターコイズメダカが休眠状態に入るとき、遺伝子発現はどのように変化するだろうか?
 
筆者らは休眠前、休眠開始後1日、3日、6日、1か月の時点において遺伝子発現を網羅的に解析した。
 
その結果、休眠前後では遺伝子発現が全く異なり、遺伝子発現がダイナミックに変化していることが分かった。
 
多くの組織では休眠状態において、発生や細胞増殖に関わる遺伝子が発現抑制され、オートファジーなどの代謝関連因子が発現上昇していた。
 
また筋肉では休眠初期において、むしろ発生関連遺伝子や筋機能に関連する遺伝子発現が上がっていて、筋肉は他の組織とは異なる制御機構がある可能性が示唆されている。
 
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次に筆者らは休眠状態を制御する因子を探索した。
 
興味深いことに、筆者らは先ほどの網羅的遺伝子発現解析から主に遺伝子発現抑制を担うとされるエピジェネティック因子であるポリコーム複合体の発現が、休眠時と非休眠時で大きく変化していることを明らかにする。
 
ポリコーム複合体はPRC1(Polycomb Reressive Complex1)とPRC2からなる。一般的にPRC2はヒストンH3K27をメチル化し、PRC1はH3K27のメチル化を認識してヒストンをユビキチン化し遺伝子発現を抑制する。
そこでまず、筆者らは休眠前後においてH3K27のメチル化(H3K27me3)が導入されているゲノム領域を網羅的に解析した。
 
すると、H3K27me3のゲノム上の位置は休眠時と非休眠時で、遺伝子発現ほど大きくは変化していなかった。
 
このことから筆者らは(H3K27meの修飾を行うPRC2よりも)H3K27me3を認識して遺伝子発現を制御するPRC1に着目した
 
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そこでPRC1の構成因子の一つであり、休眠状態に入ると遺伝子発現が上昇する遺伝子、CBX7を欠損させたアフリカターコイズメダカを作成し、休眠に与える影響を解析した。
 
すると驚くべきことに、CBX7が欠損したアフリカターコイズメダカは野生型に比べて休眠する時間が短いことが分かった
 
すなわち、CBX7こそが休眠状態の維持に重要な働きをする分子の一つであることが分かった。
 
(このとき非休眠時には明らかな影響はなさそうなことをみている)
 

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CBX7変異体アフリカターコイズメダカは野生型に比べて休眠する時間が短い。横軸が休眠時間(日)。縦軸が数の割合。青が野生型、緑がCBX7変異体
ではCBX7変異体では野生型に比べてどのような変化が起きているのだろうか。
 
休眠時の組織の状態を免疫染色で観察すると、CBX7の変異体では休眠時に筋肉が損傷していることが分かった。またこのときニューロンや神経筋接合部には大きな影響はみられず、CBX7変異体の表現型は主に筋でみられることも明らかにしている。
 
このことから、CBX7は休眠時に筋肉を損傷から守ることで休眠の維持を可能にしている可能性が示唆された。(因果は不明、かつCBX7がなぜ主に筋に効くのかもよく分からない。)
 
このCBX変異体アフリカターコイズメダカで遺伝子発現を網羅的に解析すると、筋関連遺伝子の発現が変化していることもみている。
 
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結果は以上のような感じ。
 
今回の研究では、初めて脊椎動物を用いて休眠の謎に迫り、休眠によって寿命や成長は影響を受けないこと、エピジェネティック因子の一つであるCBX7が休眠状態の維持に重要であることが示された。
 
より研究が進めば、人体でも若々しい状態で保つようなアンチエイジングが可能になったりするかもしれない。
 
筆者らによるモデル図は以下。

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筆者らによるモデル図。論文より引用
 
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管理人コメント
 
一般的なモデル生物でもなかったアフリカターコイズメダカをモデル生物として確立させ、網羅解析まで普通のモデル生物と遜色ない解析を一通りできるようにしているのがすごいです!!
 
しかもAnne Brunetのグループ、昨年はマウスの老化においてT細胞が浸潤するという論文出したり、リソソームが大人の神経幹細胞に大事とか出したり、ちょっと前は線虫の脂質代謝が寿命に関わるとか、線維芽細胞のリプログラミングが老化でどうなるとか出したり、本当に一つのラボなのが信じられないです。。。
 
今回の系についていえば、CBX7の組織特異性のメカニズムはどうなっているのか?という点や、休眠状態において実際クロマチン状態(特にヒストンのユビキチン化!)がどのように変化しているのか?という点が次の疑問だと感じます。
 
いずれにせよ、今後の研究もとても楽しみです。
 
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今回の論文
Vertebrate diapause preserves organisms long term through Polycomb complex members, Science, 2020 (リンク)
 
参考