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幹細胞のグランドキャニオン?

DNAは折りたたまれて細胞核の中に収納されている。
 
DNAの折りたたまれ方にはいくつか種類があって、近いDNA同士がループ構造を作ったり、エンハンサー同士がぎゅっと集まったりする様式が知られている。
 
この折りたたまれ方の違いは遺伝子発現を制御するするのに重要である。
 
今回は、幹細胞においてDNAの折りたたまれ方を検証していると、不思議な折りたたみ様式を発見したよ、という論文を紹介する。
 
 
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筆者らは造血幹細胞及びその分化細胞でのDNAの折りたたまれ方を検証するため、Hi-Cを行った。
 
Hi-CというのはDNAをクロスリンクしたのちにシーケンスすることでゲノムの近接した場所を知る手法であり、近接したゲノム領域が赤いシグナルとなって見える。
 
この結果が以下の図で、右上半分に幹細胞、左下半分にT細胞のゲノム状態がマップされるが、右上だけで遠く離れた領域での赤いシグナルがあることが分かる。
 
このことから、興味深いことに、造血幹細胞だけで見られT細胞には見られない、長いDNA間の相互作用があることが分かった

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CD34+の造血幹細胞およびT細胞(左下)のコンタクトマップ(右上)、論文より一部改変。
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では、この長い相互作用の特徴は何だろうか?
 
これまでゲノム相互作用とDNA/ヒストン修飾などのエピジェネティック修飾との関連が知られていたため、筆者らはエピジェネ状態に着目した。
 
その結果、この長い相互作用をしているゲノム領域が低メチル化CGであること、H3K27me3というヒストン修飾が多く入っていることを発見する。
 
下の図のようにDNAの近接状態とDNAメチル化状態を可視化すると、長い相互作用を行う部位はDNAメチル化が谷のようになっているので、筆者らはグランドキャニオンと名付けている(!)。(以下グランドキャニオン、グランドキャニオン間の相互作用をグランドキャニオンループ)
 
ちなみによくDNAの相互作用を制御するCTCFはこの領域に多く結合しているわけではないので、これまでよく知られてきたようなループ構造と性質が異なる。また、H3K27me3という抑制性の修飾が入っているので、促進性の修飾が入っているエンハンサーのループとも異なる。
 
すなわち、このグランドキャニオンループはこれまで知られてきたループ構造とは一線を画する新しいタイプのループであることが示唆された。

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造血幹細胞のコンタクトマップ、およびDNAメチル化状態。

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グランドキャニオンのH3K27me3状態
 
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では、このグランドキャニオンは細胞運命制御に重要なのだろうか?
 
筆者らはグランドキャニオンとされるゲノム領域のうち、遺伝子発現のプロモーターやエクソンとなっていない領域をCRISPRによって削り、細胞運命を検証した。
 
その結果、グランドキャニオンを削ると幹細胞の割合が減少したことから、グランドキャニオンは幹細胞性の維持/増殖に重要である可能性が示唆された。
 
(ちなみに1ローカスしか削っていなかったり、遺伝子発現を検証していなかったりと、機能解析にはやや突っ込みどころが多い。)
 
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このグランドキャニオンループ、どのような細胞種でも見られるのだろうか?
 
筆者らはオープンデータを解析し、多くの細胞種でグランドキャニオンが見られるか検証した。
 
この結果、グランドキャニオンループは培養細胞ではほとんど見られず(ES細胞ではみられる)、神経幹細胞などの幹細胞で多く見られることが分かった。
 
すなわち、グランドキャニオンループは幹細胞に特徴的にみられるゲノム構造である可能性が示唆された
 
 
結果は以上で、本研究で(造血)幹細胞には低DNAメチル化/高H3K27me3を有し、長い相互作用を行うゲノム構造があることが明らかとなった。
 
また、このゲノム構造は何らかの幹細胞の特徴の維持に重要である可能性も示唆された。
 
これは、これまで知られていなかった新しいゲノム構造の形を見出した点ですごい。
 
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管理人コメント
 
幹細胞に特に多くみられる特殊なゲノム構造がある!というのはめちゃ面白いです。
 
これまでDNAメチル化/ヒストンメチル化が幹細胞で重要という論文はそれなりに出ていますが、一部はゲノム構造の変化を介していたりするんでしょうね。
 
このゲノム構造の形成メカニズム、分化に伴う崩壊メカニズムなど変わるともっと面白いです。
 
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今回の論文
Large DNA Methylation Nadirs Anchor Chromatin Loops Maintaining Hematopoietic Stem Cell Identity, Molecular Cell, 2020 (リンク)