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インプリント鎖が脳発生に重要!?(筆頭著者による論文紹介)

★今回は筆頭著者による論文紹介ということで、東京大学大学院薬学系研究科分子生物学教室(後藤由季子研究室)の今泉さんに解説記事を書いていただきました。コメントも書いて頂いたのでぜひ最後までご覧ください!★

 

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私たち哺乳動物の体細胞は父親と母親由来の染色体を持つ二倍体であり、ほとんどの遺伝子は父方鎖と母方鎖のどちらの染色体からも同程度に発現し同様の機能を果たします。

 

一方、およそ150の遺伝子においては、片方の染色体が抑制され発現しなくなる現象、ゲノムインプリンティングが知られており、一般的に、片親由来のアレルのDNAがメチル化されることによって発現が抑制され、もう片親由来の遺伝子のみが機能を担うと考えられています。

 

これまで、ゲノムインプリンティングは、いったん形成されると抑制されたアレル、インプリント鎖からは発現が見られない、と考えられてきましたが、近年の研究により、特に脳においてはいくつかのインプリント鎖からも発現が検出されることが明らかとなりました

 

興味深いことに、一部の遺伝子については、これらインプリント制御が異常になると精神疾患が引き起こされるという報告もあります。

 

私は、新たに父性インプリント遺伝子であるCdkn1cのインプリントされた父方鎖が脳発生において重要な働きをしていることを報告しました。

 

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Cdkn1c は、サイクリン依存的リン酸化酵素阻害タンパク質ファミリーに属するp57Kip2 をコードし、通常父方鎖が発現抑制されています。

 

これまで母方鎖は神経系前駆細胞において発現し脳発生に寄与することが知られていましたが、父方鎖は機能を持たないと考えられていました。

 

そこでまず、脳においてCdkn1c父方鎖の発現が検出されるかどうかを、父方鎖と母方鎖を区別することができる定量PCRを用いて調べました。

 

その結果、神経系前駆細胞およびニューロンにおいてCdkn1c父方鎖の発現が母方鎖の約1%程度ながらも検出されることがわかりました。

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次に、神経系においてCdkn1c父方鎖には機能はあるかを調べるため、神経系特異的にCdkn1c父方鎖のノックアウトをおこないました。

 

まず始めに、生後60日目においてコントロールと父方鎖ノックアウトマウスの脳を取り出してみたところ、驚いたことに全体的な脳の縮小が観察されました

 

特に大脳新皮質に着目すると、Cdkn1c父方鎖をノックアウトした脳では、下層ニューロンの数に大きな変化は見られない一方で、上層ニューロンの数が顕著に減少していることがわかりました。

 

大脳新皮質においては、異なる種類のニューロンが6層の層構造を形成しています。

各層のニューロンは、胎生期の神経系前駆細胞から順々に産生され、特に胎生初期には下層ニューロンを、胎生後期には上層ニューロンを生み出すことが知られています。

 

Cdkn1c父方鎖がノックアウトされた脳では特に上層ニューロンが減少していたことから、上層ニューロンを産み出す時期において前駆細胞の数が減ったのではないかと考えました。

 

この可能性を免疫染色によって検証すると、実際、上層ニューロンを産み出す発生後期において神経系前駆細胞の数の減少していることが分かりました。

 

(一方、下層ニューロンを産生する発生後期においては神経系前駆細胞の数におおきな変化は見られませんでした。)

 

 

最後に、神経系前駆細胞の減少の原因を検証しました。

 

Cdkn1c父方鎖をノックアウトした脳において、細胞死マーカー陽性細胞が顕著に増加することが観察されたことから、Cdkn1c父方鎖ノックアウトによってアポトーシスが亢進していることがわかりました。

 

このことから、アポトーシスの蓄積によって胎生後期の神経系前駆細胞が減少し、それが原因となって生後の上層ニューロン減少が引き起こされた可能性が考えられます

 

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全体の結果をまとめると、これまで機能がないと思われていたCdkn1cのインプリント鎖(父方鎖)からわずかながらもRNAが発現していること、そしてインプリント鎖が脳発生に非常に重要な役割を果たし、特定のサブタイプのニューロンを生み出すのに貢献していることを見出しました。

 

近年の研究により、脳においては複数のインプリント遺伝子について、インプリント鎖からの転写が検出されることが明らかとなりました。本研究はCdkn1cをモデル遺伝子として、なぜインプリント鎖が脳において活性化されるか、という意義に迫ることができる可能性を示しており、非常に興味深いと考えています。

 

★コメント★

取り上げていただき大変光栄です。

ゲノムインプリンティング脊椎動物の中で哺乳類にのみ見られ、比較的限定された遺伝子において見られる特殊なメカニズムです。

なぜ哺乳類は「片方の染色体がバックアップとして働く」という2倍体のメリットを犠牲にしてまで、ゲノムインプリンティングの機構を持つのでしょうか。私はその疑問に惹かれて研究を続けています。

 

これまで、インプリンティング制御と脳機能が関わっているのでは?と考えられてきましたが、検証する手法がまだまだ開発されていないこともあり、未解明な点が多く残されています。

 

この論文は、Cdkn1cインプリント鎖の存在が脳発生に重要だったという内容ですが、機能面の解析だけではなく、父方鎖と母方鎖を区別することができる定量PCRといった手法の開発も推しポイントだと思っています。

 

今後も、手法開発を含めて様々な角度から、インプリンティングの謎、特に「脳発生や精神疾患とどのように関わるか」について迫っていきたいと考えています。

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発表論文

Role of the imprinted allele of the Cdkn1c gene in mouse neocortical development, Scientific Reports, 2020 (リンク)

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