Bio-Station

Bio-Stationは日々進歩する生命科学に関する知見を、整理、発信する生物系ポータルサイト、を目指します。

tRNA断片が核の構造を変える!?

RNAといえば、多くの方は翻訳されてタンパク質を生み出すメッセンジャーRNA(mRNA)を思いつくかもしれない。
 
しかし、細胞内に含まれるRNAのうちmRNAが占める割合はほんの数パーセントであり、大部分のRNAはタンパク質をコードしないノンコーディングRNAである。
 
ノンコーディングRNAの中でもトランスファーRNA(tRNA)は、古典的には、mRNAの配列に対応したアミノ酸を転移させてタンパク質を作り出すのに重要なRNAであることが知られる。
 
近年驚いたことに、tRNAは切断を受け、古典的なアミノ酸転移という機能とは全く別の機能を果たすことが報告されてきている
 
以下の図のように、切断の受け方にもいくつかのパターンがあって、サブクラスとしてそれぞれ特徴を持つことが知られている。

f:id:Jugem:20191226180935j:plain

---
 
特にtRNA断片が注目されている生命現象の一つとして"tRNA断片を介した、後天的に獲得された形質の遺伝"が挙げられる。
 
つまり、親の代の環境要因によって生殖細胞中のtRNA断片の組成が変わることで、その影響が子孫に影響を与える可能性が示唆されている。
*いわゆる"エピジェネティクスによる遺伝"であるが、tRNAは多くの人が着目しているヒストンやDNAの修飾とは全く異なるので特に熱い分野かもしれない。
 
有名な例で、2016年の論文(Chen et al., Science, 2016)で、高脂肪食を与えたオスマウスの精子に含まれるtRNA断片を正常な受精卵に打ち込むと、その子供は代謝異常を示すことなどが報告されている。
 
ではこのとき、tRNA断片はどのような働きをしているのだろうか?
 
興味深いことに、初期発生過程においてtRNA断片を相補的な核酸によって不活性化すると、MERVLと呼ばれる内在性レトロトランスポゾン配列を近くに持つ遺伝子群の発現が上昇することが示されている(Sharma et al., Sciecnce 2016)。つまり、tRNA断片はMERVL関連遺伝子の発現を抑制している。
 
MERVLというのはちょっとマイナーかもしれないが、初期発生においてかなり重要な配列として知られている。
 
というのは、MERVLは2細胞期に発現が高いこと、また2細胞期特異性遺伝子の多くにはMERVL配列が近くにあることが知られているためだ。
 
2細胞期(まで)というのは、すべての細胞に分化することのできる「全能性」を持っているという点で特別である。(iPS細胞などは胎盤などの胚体外組織に分化できないので全能性はなくて、多能性。STAP細胞は全能性を謳っていたが。。。)
 
このため、tRNA断片がどのようにMERVLの発現を抑制しているのか、そのメカニズムを明らかにすることは結構重要である
 
そういうわけで、今回はtRNA断片がMERVLの発現を抑制するメカニズムに迫った論文を紹介する。(直接言えたわけではないのでタイトルにMERVLは入っていないのだが)
 
(Genes and Development, 2019)
(今回筆者らは特にtRNA-Gly-GCCというtRNA5末端断片の一つに着目しているのだが、以下簡単のためtRNA断片と省略。)
 
-----
 
tRNA断片による遺伝子発現抑制のメカニズムとして、tRNA断片がmiRNAと同じ経路に乗って相補的なmRNAに結合して"翻訳"を抑制することがあることが知られてきた。
 
しかしながら、MERVLの配列にはtRNA断片と相補的な配列は存在しないことなどから、tRNAによるMERVL関連遺伝子の発現抑制メカニズムはmRNAに結合することによる翻訳阻害はでない可能性が示唆された。
 
一方、筆者らはいくつかの実験を行うことで、むしろtRNA断片はMERVLの"転写"を制御している可能性を明らかにする。
 
では、どのようにtRNA断片によってMERVLの"転写"が制御されるのだろうか?
 
筆者らはMERVLが通常核が凝集して転写が抑制された、ヘテロクロマチンに存在することに着目し、tRNA断片を抑制した時のクロマチン状態をATACseqによって解析した(ATACseqについては以前の記事を参考に。ATAC-seqの歴史)
 
その結果、tRNA断片を阻害すると、MERVLの遺伝子座のクロマチンが開いていることが明らかになる。
 
すなわち意外にも、tRNA断片はクロマチン状態の制御を介してMERVLの発現を変化させている可能性が示唆された。
 
---
 
では、どのようにtRNA断片はクロマチン構造を変化させるのだろうか?

筆者らはtRNA断片の下流で他の遺伝子の発現を変えている可能性を考え、tRNA断片を不活性化した条件でRNAseqを行い、tRNA断片の不活性化による遺伝子発現の変化を網羅的に解析した。
 
この結果、興味深いことにtRNA断片の不活性化により、snoRNAやscaRNAなどのsmall RNAヒストンmRNAの発現が減少していることを見出す。
 
このtRNA断片阻害で発現が変化するsmall RNA中でも特に、U7 RNAというRNAの発現がよく下がることを見出す。
 
U7 RNAというのはヒストンのpre-mRNAの3末端のループ構造のプロセシングを担うことが知られる因子である。
 
そこで、tRNA断片阻害でU7 RNAを戻すと、ヒストンmRNAの量は戻ったことから、tRNA断片⇒U7発現量⇒ヒストン量という流れがあるらしい。
 
また、U7 RNAの発現を戻すとtRNA断片阻害によるMERVL関連遺伝子の発現上昇も一部キャンセルらしいので、U7 RNAの制御は結構大事であることが示唆される。
 
(*ちなみにこの論文の結構微妙なポイントだと思うのだが、ヒストンの発現を戻す実験を行っていないので、ヒストンの発現がMERVLの制御に大事だったのかはよくわからない。)
 
この流れをモデルにすると以下のようになる。
---
 
最後に、どのようにtRNA断片がsmall RNAの発現を制御しているのかという点に迫るため、筆者らはtRNA断片に結合するタンパク質を網羅的に探索した。
 
結果的にhnRNP-FとhnRNP-Hというタンパク質がtRNA断片に結合するということを発見している。
 
で、hnRNP-FとhnRNP-Hをノックダウンすると核構造が大きく変わりMERVLの発現も変化するので、hnRNP-FとhnRNP-Hが大事だろうとディスカッションをしている。
 
(けれども、どれだけtRNA断片とhnRNP-FとhnRNP-Hの"結合"が大事だったのかはよく分からない。。)
 
---
 
というわけで、モデルとしては「tRNA断片とhnRNPF/Nの結合⇒small RNA発現⇒ヒストン発現⇒クロマチン構造変化⇒MERVL関連遺伝子発現」ということらしい。
 
正直、一つ一つのステップが矢印でつなげるかどうかは結構怪しい部分も多い。
 
とはいえ、tRNA断片がクロマチン構造の変化を引き起こしうる、というのは新しいし、とても興味深い。
 
今後解析が進めばtRNA断片を介した後天的獲得形質の遺伝メカニズムだけでなく、tRNA断片を介した多様な細胞運命制御機構が明らかになるかもしれない。
 
-----
今回の論文
Control of noncoding RNA production and histone levels by a 5′ tRNA fragment, Genes and Development, 2019 (リンク)
 
図の引用
Biogenesis and Function of Transfer RNA-Related Fragments (tRFs), Trends in Biochemical Sciences, 2016