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2021年 ノーベル医学生理学賞;温度と圧力のセンサー分子の発見

2021年のノーベル医学生理学賞は「温度や圧力を生物はどのように感知するか?」という謎に取り組んだデビッド・ジュリアス氏アーデム・パタプティアン氏に授与されます。

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David JuliusさんとArdem Patapoutianさん

Biostationでは、受賞対象となった研究についてまとめてみようと思います。内容はおおむねノーベル財団の公式発表に基づいております。
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暑さや寒さ、私たちを取り巻くものの形など、周りの物理的環境を私達がどのように感知しているかという疑問は、長い間人類を魅了してきました。

1900年代前半には温度や圧力が特定の神経を活性化することがすでに明らかになっていましたが、温度や圧力を直接感知し、神経活動に変換する分子の実態はデビッド・ジュリアス氏とアーデム・パタプティアン氏の研究までは不明でした。

デビッド・ジュリアス氏は辛味成分の受容体の同定をきっかけに熱を直接感知するTRP受容体を発見し、アーデム・パタプティアン氏は冷感受容体であるTRPM8とともに圧力センサーであるPIEZOという分子を同定しました。

この記事ではどのようにこの発見がもたらされたのかを簡単に説明していきたいと思います。

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温度感受性イオンチャネルとしてのTRPV1の発見

1990年代後半、デビッド・ジュリアス氏は唐辛子の辛味成分として知られる"カプサイシン"の作用メカニズムを理解することで痛みのシグナル伝達経路を解明しようと試みました。

当時、カプサイシンは辛味成分として灼熱感をもたらし神経活動を介して発汗を促進することなどが知られていましたが、カプサイシンがどの分子に作用しているのかが不明だったのです。

カプサイシン作用点を網羅的に探索するため、ジュリアス氏らは感覚ニューロンに発現している遺伝子群を発現させることで、普段カプサイシンに反応しない細胞(HEK293T)をカプサイシンに反応できるようにさせる遺伝子を同定しようと試みました。

この結果、最終的にカプサイシンに対する反応性をもたらす単一のcDNAクローンを単離することに成功しました(カギとなった論文1)

この遺伝子は,相同性検索の結果,一過性受容体電位(TRP)カチオンチャネルのスーパーファミリーに属することが判明し、のちにTRPV1チャネル(当時はVR1)と命名されました。

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論文1より。A; 感覚ニューロンに発現している遺伝子群を発現させた培養細胞はカプサイシンに反応するようになる。

さらに、ジュリアス氏らはTRPV1の温度上昇に対する影響を調べ、TRPV1は有害な熱(>40℃)を感知するのに重要であることを明らかにしました。

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有害な熱の感覚;第2、第3のTRPチャネルの発見

さらなる研究で、TRPV1が炎症時の熱に対する感受性の増加に重要な役割を果たしていることが分かりましたが、Trpv1を欠損させた動物では,急性の不快な熱感覚がわずかに失われるだけだったことから,他の熱感受性受容体が存在するはずであることが明らかになりました。

そこで2011年に第2のTRPチャネルとして、TRPM3が不快な熱に対するセンサーであることを報告しました。この論文はTRPに着目して特定の神経で高いTRPを探すことで特定に結び付けたようです。

ただ、Tpv1とTrpm3のダブルノックアウトでも不快な熱に対する反射反応が鈍化したものの,消失はしなかったらしいです。

そこで、デビッド・ジュリアス氏とアーデム・パタプティアン氏は独立して、第3のTRPチャネルとしてTRPA1を同定しました。TRPA1は,マスタードオイル,ワサビ,シナモン,ニンニク,クローブ,ショウガなどに含まれる活性化合物や,脂質化合物,環境刺激物質,その他の化学物質など,さまざまな有害な外部刺激の検出に関与していることが分かっています。

TRPA1は少し複雑な物性を示すことが知られていますが、少なくともマウスの有害な熱感覚には、TRPV1、TRPM3、TRPA1の3つのイオンチャネルが関与しているということが知られています。

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寒さの感覚

熱さとは反対に、私達は寒さも感じることができます。デビッド・ジュリアス氏とアーデム・パタプティアン氏は同時期に、この冷感センサーとしてTRPM8を同定しました。(カギとなった論文2, 3)

ジュリアス氏は冷感を感じさせる化合物のメントールが作用する分子をTRPと同様のスクリーニングの系で決めようと試み、TRPM8を同定しました。

さらなるTRPM8こそが冷感のセンサー因子であり、マウスのTrpm8を欠損させると冷感の感覚が損なわれることが報告されています。

これらの研究によって、現在のところTRPV1、TRPA1、TRPM3、TRPM2、TRPM8という因子たちが温度感覚に重要な役割を果たしていることが実験的に確認されています。

ヒトにはいくつかの遺伝的な「TRPチャネル異常症」が知られています。常染色体優性のTRPA1チャネル症(Familial Episodic Pain Syndrome type 1)は,温度感知TRPチャネルのうち,TRPA1の点変異によって引き起こされ,寒さ,絶食,身体的ストレスが引き金となって,衰弱した上半身の痛みが現れます。

今後の研究によりこれらの疾患の治療にもつながる可能性があります。

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脊椎動物の機械感受性イオンチャネルの発見

アーデム・パタプティアン氏はさらに"機械的な刺激"を受容する分子の同定を試みました。

このような因子を同定する系として、培養細胞であるNeuro2a細胞を用い、細胞膜を凹ませてパッチクランプ記録を行うことで、機械的な力によって引き起こされる可能性のある電流を検出する系を用いました。

そこでこのNeuro2a細胞に発現する2回以上細胞膜を貫通するタンパク質72種類を候補因子とし、これらの遺伝子をそれぞれノックダウンすることで機械刺激に対する応答が弱くなる遺伝子を探索しました。

その結果、Fam38aをノックダウンすると機械的に活性化される電流がなくなり、対応するタンパク質はギリシャ語で圧力を意味する「piesi」にちなんでPIEZO1と名付けられました。

このPIEZOこそが、探し求められていた"機械的な刺激"を受容する分子の実態です。

PIEZO1をヒト胚性腎細胞(HEK-293)に強制発現させると機械的感受性を持つようになり、細胞膜に圧力をかけると大きな電流が流れることがわかりました。また、配列の相同性から、PIEZO2と名付けられた第2の機械感受性チャネルが発見されました。

PIEZOタンパク質はまったく新しいクラスの脊椎動物の機械刺激性チャネルであり、ユニークな38回膜貫通型のヘリックストポロジーを示していて、以下のような面白い構造を持つ分子であることもその後の発見で分かってきています。

 

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Piezo1構造のイメージ

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PIEZOの生理機能

PIEZOは手足のいわゆる触覚刺激だけではなく、胚の圧力や血圧、消化管や膀胱の圧も感知している可能性が明らかにされています。

例えば、気管支や細気管支の壁にある肺ストレッチ受容体上に存在するPIEZO2チャネルは,大きな吸気によって活性化され,肺を過剰な膨張から守る反射を開始することを示されており、発生段階でPiezo2を欠失させると,呼吸困難に陥り出生時に死亡することが知られています。(カギとなった論文5;管理人所属ラボの隣のラボから留学された野々村さんのお仕事です、おめでとうございます!)

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PIEZO2遺伝子の機能低下変異は、手指、足、足指の複数の関節に先天的な収縮があり、プロプリオセプションや触覚に障害がある遠位性関節グリポーシス(DAIPT)と呼ばれる疾患を引き起こします。このほかにもPIEZOはいくつもの疾患への関与が知られており、これらの発症メカニズムの解明にも近づくことが期待されます。

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まとめ(プレスリリースまとめよりほぼ引用)

今年のノーベル賞受賞者によるTRPV1、TRPM8、PIEZOチャネルの画期的な発見により、私たちは、熱、冷たさ、機械的な力がどのように感知され、私たちが周囲の世界を知覚しているのかを理解することができました。TRPチャネルは、私たちが温度を感知する際の中心的な役割を果たしており、一方でPIEZO2チャネルは、私たちに触覚と固有感覚をもたらします。今年のノーベル賞受賞者の発見をもとに、これらの受容体のさまざまな生理機能を解明し、慢性的な痛みをはじめとするさまざまな疾患の治療法を開発するための集中的な研究が進められているそうです。

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かんりにんのかんそう
・TRPもPIEZOもみんな普段使っているような培養細胞から同定されていたと知ってびっくり。本当に研究は発想しだいなんだなぁ。
RNAワクチンがとるかと思って予習してました、予想は外れてしまったけどTRPもPIEZOも納得ですね。

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カギとなった論文
(1) The capsaicin receptor: a heat-activated ion channel in the pain pathway, Nature, 1997 
(2) Identification of a cold receptor reveals a general role for TRP channels in thermosensation, Nature, 2002 
(3) A TRP channel that senses cold stimuli and menthol, Cell, 2002 
(4) Piezo1 and Piezo2 Are Essential Components of Distinct Mechanically Activated Cation Channels, Science, 2010
(5) Piezo2 senses airway stretch and mediates lung inflationinduced apnoea, Nature, 2017