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病原を「寛容」する分子メカニズム

「腸チフスのマリー」として知られるメアリー・マローンをご存知だろうか。
 
メアリー・マローンは1869年~1938年に実在した人物で、アメリカにおいて住み込み料理人として働いていた。
 
彼女が有名になってしまった発端は、メアリーの勤め先の近辺で腸チフス患者が相次いだことである。
 
実際、彼女の周りで47名の感染者と3名の死者が出たことが知られている。
 
これだけだと、彼女が料理人の立場を悪用して、チフス菌を混入させた大悪人のようにも思える。
 
しかしながら、実際はそうではなかったようだ。
 
彼女は腸チフスを患いながらその症状が出ていない状態であった。
 
つまり自分が腸チフスと自覚しないまま料理を作り、チフスを広めていたということらしい。(以下ニューヨークアメリカン誌の記事)
 
 
(以上、Wikipediaを参考)
 
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この例で重要なことは、病原体に感染した際に恒常性を維持する仕組みには、病原の「排除」だけではなく、病原に対する「寛容」があるということである。
 
多くの免疫研究は病原の「排除」を目指しているが、健康的な生活を送るためには積極的に「寛容」を選ぶような治療も重要である。
 
このため、「寛容」の分子メカニズムを明らかにすることは非常に重要である。
 
しかし、その重要性にもかかわらず「寛容」の分子メカニズムはほとんど明らかではなかった。
 
今回は、GDF15という因子が「寛容」を実現するための重要な因子である、という論文を紹介する。
 
 
(Ruslan Medzhitovさんは(免疫畑ではない)管理人も知っているくらい著名な免疫学者。ウズベキスタン出身。奥さんは日本人で免疫学者。)
 
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まず、筆者らは炎症が引き起こされた時に血中に増える因子を探し、GDF15という因子が炎症の後に増加することを見出す。
 
GDF15というのはTGFβの仲間で、炎症や代謝に何か関係はありそうということは報告されていたらしい。
 
そういうわけで、何かしらGDF15は大事なのだろうということで、筆者らはGDF15を中和抗体で阻害した。
 
このとき、GDF15が阻害されると、敗血症が誘導された時の生存率が有意に減少することが分かった。
 
すなわち、GDF15は何かしら炎症時の恒常性維持に重要な働きをすることが示唆された
 
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普通なら、GDF15は免疫機能に重要で、GDF15の阻害で病原体の排除がうまく行かなったのだろう、と考えるかもしれない。
 
ところが興味深いことに、GDF15を阻害しても病原体の量は変わらないことが分かった(少なくとも彼らの系では)。
 
これは、GDF15は免疫機能ではないところで、生体の恒常性維持に貢献していることを示唆する。
 
ちょっと端折るが、筆者らはGDF15は心臓保護機能に重要であることなどを見出している。
 
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では、GDF15はどのように炎症時に恒常性の維持に働くのであろうか?
 
筆者らは、GDF15が細胞の代謝状態を変化させること、具体的にはトリグリセリドの量を変化させていること発見する。
(これまで「寛容」について迫った論文で代謝状態の変化というのは言われていたのでそれっぽくてよい。)
 
実際、GDF15を阻害した時でもトリグリセリドの量を増やすと炎症時の生存率が改善することをみている。
 
すなわち、GDF15は代謝状態を変化させることで(病原体の量は変化させずに)、生体の恒常性維持に貢献することが示唆された。
 
まさにこれは「寛容」と同じような状態であり、GDF15は「寛容」を制御する重要な因子であることが分かった。
 
以下Graphical Abstrac

 

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繰り返しにはなるが今回の論文では、GDF15という因子がキーファクターとなって、細胞の代謝状態を変化させ、病原体に対する「寛容」を誘導することが分かった。
 
次は「排除」と「寛容」を分けるトリガーは何なのかとか、トリグリセリドの量が寛容につながる分子メカニズムは何なのかとかが知りたいところ。
 
いずれにしても、病原体に対する応答は排除だけではない、共生するという道もある、というのは重要な概念。だと思う。
 
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参考
GDF15 Is an Inflammation-Induced Central Mediator of Tissue Tolerance, Cell, 2019

発生イベント制御に関与するLin28a遺伝子の時期特異的な発現操作による表現型解析(筆頭著者による論文紹介)

今回、筆頭著者による論文紹介第3弾(第1弾ペルオキシソーム第2弾場所細胞)ということで、(元)東大薬、遺伝学教室の村松さんにご寄稿いただきました!

管理人は研究内容はもちろん、大変だったことに書かれているゼロイチ実験(ネガデータの場合得られる情報が0になってしまう実験)の考え方も勉強になりました。ぜひ最後までご覧ください!

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こんにちは。今回は、発生イベントのタイミング制御に関わると考えられている、Lin28aという遺伝子の機能解析に関する論文を報告しましたので、その内容をご紹介します。

 

Lin28はRNA結合タンパク質であり、標的mRNAに結合して翻訳を調節する作用を持っています。線虫からヒトに至るまで高度に保存されており、多くの生物種で発生初期に発現が高く、中期にかけて全身性に発現が減少するという挙動を示します。哺乳類ではLin28aとLin28bの二つのホモログが存在し、Lin28aは未分化性の維持に関わる等、発生過程において重要な役割を持つことが知られています。

しかしながら、発生初期にのみ発現が高いというLin28aの発現「パターン」が発生イベントにどのように影響するのかに関しては、ほとんどわかっていませんでした。そこで私たちは、Lin28a発現パターンを操作し、発生に与える影響を調べることで、Lin28aの機能を探ることを試みました。

 

 

私たちは、Lin28aの発現が劇的に減少する神経管閉鎖期(胎生8日~10日)においてLin28aを一過的に過剰発現させることで、Lin28aの発現減少のタイミングの遅延を模倣し、その表現型を調べました。具体的には、Tet-ONシステムというシステムを用い、Doxycycline(Dox)を投与することで一過的にLin28aを過剰発現させました(図)。

 

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図:tetO-Lin28aとROSA-rtTAのダブルトランスジェニックマウスにおいて、Doxを投与すると一過的にFlag-Lin28aを過剰発現することができる。

 

発生の最終的な影響を観察するために、出生時の表現型を観察したところ、神経管閉鎖の直前である胎生8.5日にDoxを投与した群では、Doxを投与していない群に比べて、新生児において高い致死率を示すと同時に、体重増加がみられることが分かりました。

更に胎生4.5日のみ、又は胎生16.5日のみでDoxを投与した群では新生児の致死率は高かった一方、体重増加がみられませんでした。つまりLin28aの機能には時期特異性があることが示唆されました。すなわち、神経管閉鎖期におけるLin28aの発現パターンが胎児の体のサイズ制御に関わることが示唆されます。

 

また、面白いことに、胎生8.5日と9.5日の両日にDoxを投与した群では、新生児の致死率の上昇・体重増加がみられるだけではなく、尾椎数が増加することが骨染色の結果から明らかになりました。尾椎数の表現型は胎生8.5日のみでDoxを投与した群ではみられなかったことから、尾椎数が伸びるという表現型は神経管閉鎖期よりも後期のLin28aの発現パターンの変化によるものである可能性が考えられます。
体節は後に脊椎となる組織で、胎生8日以降、1-2時間に一つの割合で一つ一つ形成されていきます。発生が進むにつれ形成速度は落ちていき、胎生14日ごろ終了します。Lin28aは尾における体節形成の終了タイミングに関わる可能性が考えられます。

 

先程の結果では、神経管閉鎖期におけるLin28aの発現減少が胎児のサイズ制御に関与することが示唆されました。そこで、胎生8.5日Dox群における胎生18.5日での臓器重量を調べたところ、実験を行った6臓器のうち脳の重量が最も(Lin28aの一過的過剰発現の影響を受けて)増加しているという結果を得ました。先行研究でLin28aは神経幹細胞の増殖や未分化性維持に関わることが示されており、今回の結果と合わせると、Lin28aは神経管閉鎖期での神経幹細胞の運命転換のタイミングに関与して幹細胞のプールサイズを制御する可能性が示唆されます。

 

今回の研究では、神経管閉鎖期におけるLin28aの役割の一端を、一過的過剰発現の系を用いて明らかにしました。今後、より高い解像度でLin28aの機能が解明されるのを待ちたいと思います。

 

苦労したこと、大変だったこと

初歩的な点で恐縮ですが、一番大変だったのはマウスの数が慢性的に不足していたことです。

メイトをかけてから、長いときは3週間近く待たなければならないので、ハエや細胞に比べて結果が出るまでにかなり時間を要する点が悩ましい点でした。また、実験で用いたLin28aマウス(B6J系統)は普通のB6Jよりも短命で老化が早いこと、若くして突然死する個体も一定の頻度で現れることなどから、サンプル集めにも苦労していました。

このような背景から、行いたい実験を漫然とすべて行うのではなく、優先度を決めることが重要なのですが、そこの判断が難しかったです。学んだこととしては、ゼロイチ実験(ネガデータの場合得られる情報が0になってしまう実験)をはじめから行うのではなく、まずは、結果がどうであれ役立つような観察系の実験を優先的に組み、仮説の傍証を集めた上でゼロイチ実験を行うことが(場合にもよると思いますが)重要だと思いました。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

論文

Temporal Regulation of Lin28a during Mammalian Neurulation Contributes to Neonatal Body Size Control, Developmental Dynamics, 2019 (リンク)

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バイオステーションでは、筆頭著者の方による論文紹介を募集しています。どのような分量でも構いませんので、ぜひご寄稿いただけると幸いです。

詳細につきましては、以下のリンクもご覧ください

jugem.hatenadiary.jp

 

これまでの筆頭著者による論文紹介も合わせてご覧ください

jugem.hatenadiary.jp

 

jugem.hatenadiary.jp

 

 

ニューロンは特別ではない?_2

 
前回の記事で、ショウジョウバエの気嚢原基サイトニーム(下の図のもしゃもしゃしたやつ)という特殊な突起を持っていて、そこからシグナルを受け取ることを紹介してきた。

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このサイトニームはなんだか特別な構造体のように思えるが、まあそうでもない。
 
ニューロンも同じようにアクソンやデンドライトといった突起を伸ばしてシグナルのやり取りをしている。
 
形からは確かに、ニューロンとサイトニームは似ていそうな感じがする。
 
今回、そのほか多くの点でサイトニームシナプスと似ていることを明らかにした論文を紹介する。
 
これは、シナプスは特別な細胞ではないことを明らかにしたという点で面白く、また細胞間コミュニケーションの理解を深める点でも非常に勉強になる。
 
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そういうわけで、論文について紹介したい。
 
まず、ニューロンの大きな特徴として、細胞内へのカルシウムの流入が挙げられる。
 
ニューロンは刺激を受けると細胞内にカルシウムが流入し、この流入下流の様々なイベントに重要である。
 
そこで初めに、筆者らは気嚢原基でもカルシウム流入が存在するのか検証を行った
 
このため、CGAMPというカルシウムセンサーを導入し、イメージングを行った。
 
すると、驚くべきことに気嚢原基及び、サイトニームでカルシウムの流入がみられることが分かった。
 

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(緑がカルシウム検出のシグナル。左はシグナル分子の受容体に蛍光タンパク質を付けたもの)
 
これは、非神経の細胞においては、人類が初めて見た、細胞突起におけるカルシウム流入であろう。
 
さらに筆者らは、ERにカルシウムを貯蔵するためのタンパク質のノックダウン、EGTAによる細胞外カルシウムのキレートにより、カルシウム流入がシグナル分子をサイトニームで運ぶのに重要であることを示している。
 
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では、カルシウムの流入はどのようなタンパク質で担われるのだろうか?
 
筆者らは気嚢原基において、カルシウムチャネルを網羅的にノックダウンし、サイトニームが形成が異常になる変異体を探した。
 
その結果、グルタミン酸受容体であるGluR2の欠損でサイトニームの形成が異常になることが分かった。
 
実際GluR2の欠損でカルシウム流入がみられなかったことから、GluR2こそがサイトニームへのカルシウム流入を制御する因子であることが示唆された。
 
これは非常に興味深い。なぜなら、グルタミン酸作用性シナプスと同じように、サイトニームグルタミン酸をシグナル伝達因子(サイトニームトランスミッター)として使っている可能性を示唆するためである。
 
実際、GluRのブロック、グルタミン酸の添加実験により、グルタミン酸はサイトニームトランスミッターのように働くことが分かった。
 
すなわちサイトニームグルタミン酸作動性と言えるだろう。(神経以外の細胞でグルタミン酸作動性という言葉を使うことがあろうとは...!)
 
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次に筆者らは、サイトニームの機能がシナプスと同じような遺伝子で担われているのかについて検証を行った。
 
まず筆者らはニューロンのポストシナプス因子であるSyt4という因子と、Nlg2という因子がサイトニームの形成に重要であることを示した。

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(左がSyt4をシグナル産生細胞でノックダウンしたもの。右がSyt4を気嚢原基でノックダウンしたもの。Syt4を気嚢原基でノックダウンした右だけで気嚢原基の形成が異常になっている。)
 
重要なことに、これらの因子をシグナル産生細胞で欠損させても表現型はみられない。すなわち、サイトニームとシグナル産生細胞とのシグナル伝達には非対称性があることが示唆される。
 
(本当はこれらの因子についてもう少し突っ込んで実験しているが割愛...)
 
この結果は非常に驚きであるが、サイトニームニューロンぽい形をしていなくもないのでまだ理解できるかもしれない。
 
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そこで次に、筆者らはシグナル産生細胞(こちらはニューロンには見えない)がプレシナプスと同じ因子を必要としているか検証を行った。
 
これのため、ニューロンのプレシナプスで重要な因子であるCac, Stj, Syt1, Sybという4因子をノックダウンした。
 
その結果、これらの因子をシグナル産生細胞でノックダウンするとサイトニームの形成が異常になることが分かった。
 

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(左がSyt1を気嚢原基でノックダウンしたもの。右がSyt1をシグナル産生細胞でノックダウンしたもの。Syt1をシグナル産生細胞でノックダウンした右だけで気嚢原基の形成が異常になっている。さっきのSyt4とはノックダウンしている細胞が逆なことに注意。)
 
シグナリングセンターでシナプス関連遺伝子を欠損すると上皮細胞(気嚢原基)の形成が異常になるというはとても驚きである。
 
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最後に、筆者らはニューロンを同じように、膜電位の変化がサイトニームで伝播しうるのかを検証した。
 
このため、シグナル産生細胞にチャネルロドプシンを発現させ、光で刺激した。
 
このとき気嚢原基でイメージングを行うと、気嚢原基ではチャネルロドプシンは発現していないにもかかわらず、シグナル産生細胞の脱分極が伝播し、カルシウムが流入することが分かった。
 
当然、気嚢原基は非神経系の細胞であり、ニューロンではない。まさか非神経の細胞で脱分極が伝播するとはだれが思っただろうか。
 
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以上の結果から、形態的、機能的、遺伝学的観点から、サイトニームニューロンシナプスと非常によく似ていることが分かった。
 
これは、ニューロンのようなシグナル伝達形式は決して特別ではないことを意味する。
 
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この発見は、ニューロンの進化的な起源についても示唆する。
 
ニューロンのような突起を用いたシグナル伝達経路は神経の獲得と共に突然出てきたものではないだろう。
 
この点で、サイトニームのような構造はニューロンの起源となっている可能性もある。
 
実際、神経のない生き物でもグルタミン酸受容体があったりカルシウム流入があったりするらしい。こういった進化的な視点でもサイトニームは面白い。
 
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ちなみに、このサイトニームは今回のような気嚢原基の系だけに留まらず存在していることが報告されている。
 
これまでに、ハエの他の組織やマウスの初期胚でも同じような構造体がみられていることが知られている。
 
こういった点で、サイトニームは今考えられているよりも、もっと一般的である可能性もある。
 
よくよく生物を観察すると気づくことのできる未知の生命現象はまだまだたくさんあるのだろう。
 
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参考
・Glutamate signaling at cytoneme synapses, Biorvix, Science, 2019 

ニューロンは特別ではない?_1

ニューロンは長い突起を持ち、その先でシグナル分子をやり取りする。
 
ニューロンは意識など脳の主要な働きを担うとされることから、ニューロンは特別ですごい細胞だと思っている人もいるかもしれない。
 
今回は、全然そんなことない、ニューロンは特別ではないよ、という論文を2回にわたって紹介したい。
 
管理人がラボのジャーナルクラブで紹介した論文です。
 
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まずは現代発生学の基盤となった研究を紹介したい。
 
教科書でもおなじみのマンゴールドとシュペーマンの実験である。
 
この実験では、以下に示すように、イモリの胚の原口背唇部を移植すると二次胚を誘導することが示された。
 
この実験はまさに金字塔である。この実験の重要な点は、移植された原口背唇部は何らかの因子を出して周りの細胞に二次胚を誘導するように働きかけていることを示した点である。
 
すなわち、ある組織は"インデューサー(モルフォゲン)"を出して、周りの細胞に働きかけるということが分かった。
 
ここで大きな問題は、インデューサー(モルフォゲン)は生み出された細胞からどのように広がっていくのだろうか?という点である。
 
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最もシンプルなモデルは、受動的な拡散である。
 
このモデルでは以下のように真ん中のシグナル産生細胞から、シグナル分子(赤点)が放出され、受容体などによって受容される。
 
このモデルは非常に考えやすく、実際1970年ごろ、アラン・チューリングフランシス・クリックなどの大御所たちがこのモデルを打ち立ててきた。
 
ただし、この1970年ごろというのはインデューサー(モルフォゲン)の実体は未だ分かっていなかった。
 
このため彼らはインデューサー(モルフォゲン)はATPのような低分子であるとしてモデルを立ててきた。
 
しかし、1990年ごろからインデューサー(モルフォゲン)の実体はタンパク質であり、低分子ではないことが明らかになってきた。
 
(今ではみんなモルフォゲンの実体はFGFとかBMPとかだと思っていると思います。)
 
タンパク質はサイズ的に大きく、さらに多様な修飾を受けるため、混みこみの細胞外環境を自由に拡散できるとは考えづらい。
 
さらに、受動的な拡散では空間的な解像度が悪く、またシグナル伝達にかかる時間も短くない
 
このため、受動的な拡散以外にもシグナル分子をやり取りする仕組みがあるのではないかと考えられてきた。
 
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実際今回の論文の筆者らはこれまでに、受動拡散モデルに変わるモデルを提唱してきた。
 
それが以下のダイレクトトランスポートモデルである。

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このモデルでは、産生されたシグナル分子は細胞外にでることはない。
 
細胞から延びる細い突起を伸ばしてシグナル分子は移動し、突起とのコンタクトによって受け渡される。
 
このモデルは拡散モデルの弱点を克服する可能性があるので画期的である。
 
そんなことあり得るのか?と思うかもしれない。
 
そこでここからしばらく、かれらの発見してきたことを紹介したい
(画像はBioRxiv、下のSience, 2014から引用。)
 
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彼らはモデル生物としてショウジョウバエを用いている。
 
今回の主役は気嚢(Air sac)である。
 
気嚢は肺と同じように働き、全身に酸素を送るための器官である。
 
発生の過程において気嚢は気嚢原基(Air sac primordium)から生み出される。
 
下は発生期におけるImaginal Diskと気嚢原基(ASP)の配置を表したもの。

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Imarginal Diskには2つのシグナリングセンターがある。図のDppとFGFと書いてあるところで、これらの細胞からDpp(BMP)やFGFといったシグナル分子が放出される。
 
気嚢原基はこれらのシグナルを受け取ることで正常な発生を行う。
 
重要なことに、シグナリングセンターと気嚢原基には5~40μmの距離がある。
 
では、気嚢原基はどのようにこれらのシグナルを受け取るのだろうか?
言い換えると、DppやFGFは産生された細胞からどのように気嚢原基へ移動するのだろうか?
 
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以下の図はGFPタグをつけることでASPを構成する細胞の形を可視化した図である。

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気嚢原基は上のようにまるっぽい形をしていて表面はなめらかである。
 
しかし、露光を増やすと、気嚢原基は全く異なった形を示す。
 
以下が露光を増やした気嚢原基である。
 
もはや気嚢原基は丸っこい形をしておらず、表面から多数の突起が延びているのが分かる。

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これを彼らはサイトニームと呼んでいて、気嚢原基から延びるサイトニームによってシグナル分子を受け取っていることを明らかにしてきた。
 
一つだけデータをお示しする。

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この実験では筆者らはシグナル産生細胞においてシグナル分子にくっつけたGFPを発現させた。
一方、気嚢原基にはシグナル分子の受容体くっつけたmCherry(赤色の蛍光分子)を発現させて観察を行った。
 
その結果、受容体と一緒にシグナル分子がサイトニームを伝ってシグナル産生細胞から気嚢原基に移っていく様子が観察された。
 
つまり本当に、サイトニームはシグナル分子を受け渡す構造体であることが示唆された。
 
あとは端折ってしまうが、
- サイトニームとシグナル産生細胞はかなり近い距離にいること(コンタクトしていること)
- DppとFGFを受け取るサイトニームは役割分担されていること
- いくつかのサイトニームができない変異体ではシグナル伝達もうまくいかないこと
などがこれまでに示されてきた。
 
すわなち、少なくともシグナル分子の一部はこのサイトニームのような突起を用いてやり取りされている。
 
つまり、モルフォゲンは必ずしもすべてが受動拡散で広がっているわけではない
 
これはなんとなくみんなが仮定している受動拡散というドグマを覆しうるインパクトのある仮説であると思われる。
 
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で、サイトニームはなんだか特別な構造体のように思えるが、まあそうでもない。
 
ニューロンも同じようにアクソンやデンドライトといった突起を伸ばしてシグナルのやり取りをしている。
 
こういった点で、ニューロンとサイトニームは非常に似ている。
 
実際、これまでシナプス関連因子の変異でサイトニームの形成が異常になることも報告されている。
 
本当はもう少し踏み込んでサイトニームシナプスの近さを議論した論文を紹介するはずだったが、意外と長くなったのでそれは次回!(書きました!)
 
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参考
 
Specificity of Drosophila Cytonemes for Distinct Signaling Pathways, Science, 2011 (サイトニームは2種類あることを発見)
 
 
・Glutamate signaling at cytoneme synapses, BioRxiv, Sience, 2019 (次回紹介予定)
 

肥満が摂食のブレーキを外す!?

肥満は全世界で5億人の人が困っているとされる。ただ太っているだけならまあ良いが、肥満は種々の疾患を引き起こすため、その原因の解明は重要である。
 
では、肥満はどうして起きてしまうのだろうか?
 
原因の一つは必要なエネルギーに対して過剰に食物を食べてしまう、摂食行動の破綻である。
 
これまで、摂食行動に重要である脳領域として、外側視床下野が知られてきた。
 
例えば、外側視床下野が破壊された動物は餌も水もとらなくなり,放置するとやがて死亡することが知られている。
また、この領域を電気的に刺激すると、満腹の動物でも摂食行動が開始されることが知られている。(参考)
 
このことから、肥満になると外側視床下野に何らかの変化が起きて、摂食が異常になっている可能性が考えられてきた。
 
しかしながら、肥満が外側視床下野の神経細胞にどのような影響を与えるかは不明であった。
 
今回紹介する論文では、肥満による外側視床下野の遺伝子発現変化をシングルセルレベルで解析し、摂食のブレーキとなる細胞群の活動が肥満によって抑制されることを見出した。
 
 
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これまで外側視床下野が摂食に大事であることは知られていた。では肥満になると、外側視床下野の細胞群の中で、どの細胞群がどのように遺伝子発現状態を変化させるのだろうか?
 
この問題に迫るため、筆者らは高脂肪食を与えて肥満を誘導したマウスとコントロールマウスにおいて、外側視床下野の遺伝子発現をシングルセルRNAseqを用いて網羅的に解析した。
 
この結果、
- 外側視床下野はいくつもの細胞群からなる不均一な細胞集団であること、
- Vglut2という遺伝子を発現するニューロンが特に高脂肪食で遺伝子発現を変化させていること
が分かった。
 
(このようなシングルセルレベルで遺伝子発現をみて、これまで知られていなかったサブポピュレーションを見つけるのはちょっと前からのはやりですね。ただはやりとは言えちゃんとサブポピュレーションみつけられているのはすごい。)
 
また、これまで肥満と相関があるとされていた遺伝子群とVglut2陽性細胞群での遺伝子発現に相関が高いことも明らかにしている。
 
これらの結果から、外側視床下野のなかでもVglut2陽性の特別な細胞が肥満で遺伝子発現を変化させること、そしてそれが肥満に重要な可能性が示唆された
 
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ではこの特別そうなVglut2陽性細胞はどのような細胞なのだろうか?
 
これに迫るため、筆者らはVglut2陽性細胞の活動状態をin vivoでモニターする系を立ち上げ、砂糖水を与えて摂食前後での活動をモニターした。
 
この結果、面白いことに、Vglut2陽性細胞は砂糖水を摂取した直後に活動が上昇することが分かった
 
またオプトジェネティクスでこの細胞を活性化させると、摂食が抑制されることも示している。
 
これらのことから、Vglut2陽性細胞は満腹になると発火する細胞であり、過剰な摂食を抑制するブレーキとなっていることが示唆された
 
(オプトジェネティクスでこの細胞の活動を抑制する実験もあるとよかったが見当たらなかった。結果が微妙だったのではないかと邪推。)
 
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では、高脂肪食でVglut2陽性細胞の活動はどのように変化するのだろうか?
 
端折ってしまうが、筆者らは高脂肪食によりVglut2陽性細胞の活動が減少することを見出している。
 
すなわち、高脂肪食の投与により、摂食のブレーキとなるVglu2陽性細胞の活動が下がり、過度に食物をとってしまうことでさらに肥満になってしまうというストーリーが考えられる。
 
Perspectiveから図を引用。

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明快なストーリーで面白かった。高脂肪食でどうしてVglut2陽性細胞の活動が低下してしまうのかが疑問だが、次のプロジェクトでやってくれるだろうと期待。
 
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参考
Obesity remodels activity and transcriptional state of a lateral hypothalamic brake on feeding, Science, 2019
 

記憶が遺伝する!?

生物学では、長い間、後天的に獲得した形質は次の世代には遺伝しないと考えられてきた。
 
ところが近年、この通説を覆すような事例が報告されつつある。
 
最も有名な例が、第二次世界大戦中のオランダ飢饉の例である。
第二次世界大戦中にナチスドイツの出入港禁止措置のため、オランダは飢饉に見舞われた。後に、このとき飢餓を経験した妊婦から生まれた子供の疫学調査が行われ、驚くべき結果が報告されている。
この結果では、飢餓の中で生まれた子供は生まれた時には低体重であったにもかかわらず、成人後は肥満となる率が高く、また糖尿病などの発症率も高いことが明らかになった。さらにこのときこの特性は孫の代にまで影響することもわかっている(参考)。
 
すなわち、母親の栄養状態は子供の健康状態に影響しこの特性は遺伝する、ということを示唆する。これらの報告から現在では「獲得形質は遺伝しない」という従来のドグマは覆されつつある。
 
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実際この発見の後も、特にモデル生物を使って、獲得形質の遺伝が起きる状況や、そのメカニズムについて研究が進められてきた。
 
例えば、線虫においては親世代の適度なストレスは子孫の生存力を高めること、またこの継承はエピジェネティクスを介していることなどが報告されている(Kishimoto et al, Nat. Comm., 2017)。
このほかにも線虫においてウイルス感染記憶が遺伝されるという報告もなされている(Rechavi et al., Cell, 2011)。
 
しかしながら、記憶や学習などの神経活動までも遺伝されうるのか?という点はほとんど分かっていなかった。
 
今回は、外敵への忌避性をモデルとした記憶が次世代にも引き継がれることを明らかにし、その分子メカニズムに迫った論文を紹介する。
 
 
筆者らは記憶が遺伝するのかを調べるために、線虫の病原性細菌に対する忌避性をモデルにした系を立ち上げた。
 
このため、筆者らは線虫と病原性緑膿菌、病原性のない大腸菌を同じプレートに置いた。
 
線虫は細菌を食べ物にするため初めは病原性緑膿菌に向かっていくが、24時間ほどたつと線虫は学習して病原性緑膿菌には向かわなくなる。
 
では、この記憶は次世代にまで引き継がれるのだろうか?
 
この系において、病原性緑膿菌への忌避性を獲得した線虫の子供を解析すると驚く結果が得られた。すなわち、病原性緑膿菌への忌避性を獲得した線虫の子供は、それまで病原性緑膿菌に出会ったことすらないにもかかわらず、病原性緑膿菌に対する忌避性を持っていることが分かった。
 
この結果は、記憶や学習といった神経活動までも次世代に引き継がれうることを示唆する。(驚き!!)
 
筆者らはこのほかにも
- この忌避性は4世代にわたって遺伝すること
- 病原性緑膿菌だけでなく、他の細菌でも忌避性の遺伝がみられること
- オスの記憶でもメスの記憶でも子孫に遺伝されうること
などを検証している。どれも興味深い。
 
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では、外敵への忌避性が遺伝することは、個体にとって有利なのだろうか?
 
この疑問に迫るため、筆者らはプレートの一部に病原性緑膿菌の存在するスポットが存在するような系を立ち上げた。この系では、一定の線虫は病原性緑膿菌に触れてしまい、死んでしまう。このとき、なんと、親が病原性緑膿菌に対する忌避性を学習していた線虫は生存率が上昇することが分かった。
 
すなわち、病原性緑膿菌への忌避性の遺伝は子孫の生存に有利に働いていることが示唆された!
 
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では、この学習の遺伝はどのようなメカニズムによって実現されるのだろうか?
 
筆者らはASIニューロン(におけるTGFシグナル経路)と、piRNAの経路の寄与を明らかにしている。
 
ASIニューロンは感覚ニューロンの一つとして知られる。先行研究により、ASIニューロンは病原性緑膿菌に応答して遺伝子発現を変化させることが分かっていた。このため筆者らはこのニューロンが学習の遺伝に重要かもしれないと考え、ASIニューロンを細胞死させるような線虫を作成し、実験を行った。
 
すると驚くべきことに、ASIニューロンが無いような線虫では病原性緑膿菌に対する忌避性が遺伝しないことが分かった!(ASIニューロンがなくても第一世代では病原性緑膿菌に対する忌避性は獲得する)
 
これが面白いのは、病原性緑膿菌に対する忌避性の遺伝には、母親の代謝状態などの変化も重要かもしれないけれども、少なくともニューロンも必要であることとが分かった点である。すなわち神経の活動に依存した形質が遺伝していることを示唆する。
 
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また筆者らはpiRNAという小分子RNAが重要であることも検証している。
 
実際、
- 病原性緑膿菌の条件とコントロールでは、piRNAの発現量に差があること
- piRNA関連遺伝子の発現を変えると、病原性緑膿菌に対する忌避性の遺伝がみられなくなること
をみている。
 
一方(興味深いことに)、これまで獲得形質の遺伝に関わる可能性が示唆されていたエピジェネティクス因子(COMPASS複合体(H3K4メチル化酵素))の欠損では、そもそも第一世代の学習がうまくいかなくなるらしい。
 
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以上の結果から、外敵への忌避性をモデルとした記憶が次世代にも引き継がれる可能性があること、そしてそのメカニズムの一端が明らかになった。以下Graphical Abstract

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今回は線虫の系だが、これが哺乳類にまで保存されていたらすごい。保存されていないにしても、哺乳類において学習の記憶の遺伝を失うことの進化的なメリットが分かると面白い。
 
いずれにしてもこれまでの常識を覆すような面白い論文だった。
 
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参考
Piwi/PRG-1 Argonaute and TGF-β Mediate Transgenerational Learned Pathogenic Avoidance, Cell, 2019

「現在地」と「目的地」の情報は脳内でどのように処理されているか(筆頭著者による論文紹介)

筆頭著者による論文紹介第2弾、東大薬の青木さんにご寄稿いただきました!

メディア出演などでもおなじみの池谷裕二研究室に所属されています。

とても丁寧にご解説頂きましたので是非最後までご覧ください!

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初めまして。東大薬の青木と申します。私は現在、海馬に存在する場所細胞と呼ばれる神経細胞について研究を行っています。

このサイトでこれまで紹介されている分野からは少し離れる話題になってしまいますので、簡単に研究の背景を含めつつ、論文紹介をさせていただこうと思います。このような機会は初めてですので至らない点も多いかと思いますが、よろしくお願いいたします。

 

2014年のノーベル生理学・医学賞は海馬の場所細胞(place cell)を発見したJohn O'Keefと、嗅内皮質の格子細胞(grid cell)を発見したMoserらに授与されました。

 

O’Keefeらが場所細胞について初めて報告したのは1971年のことです。彼らは、ラットの海馬に記録電極を埋め込み、自由行動下にて、海馬の興奮性錐体細胞の発火活動を記録する実験を行いました。その結果、海馬の興奮性神経細胞の一部が、ラットが特定の位置(place field)にいる時にのみ発火頻度を上昇させることが発見され、場所細胞(place cell)と命名されました(図1)(場所細胞という名前の細胞種があるわけではないことに注意してください。

ある環境内において、動物の場所に依存して発火を示す興奮性神経細胞が場所細胞と呼ばれます。異なる環境に動物を提示するとさっきまで場所細胞として活動していた細胞が場所依存的な発火を示さなくなることや、その逆に新たに場所細胞として活動し始める細胞も存在することが知られています(リマッピング(Leutgeb et al., 2005))。場所細胞というよりは“場所依存的な活動を示す興奮性神経細胞”の方が正しい気もしますが場所細胞と呼ばれています)。

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当時は海馬の破壊実験などによって、海馬が空間学習や空間認知に重要な役割を果たすことは示唆されていました。その中で、海馬場所細胞の発見は、脳内の空間表象を担う細胞単位を発見したという点で非常にインパクトのあるものでした。O’Keefeらは1978年には「認知地図としての海馬」という題名の本を出版し、場所細胞が、動物の空間認知地図(cognitive map)の要素であるとの理論を提唱しました。

現在でも、この認知地図の理論は支持され続けています(上で述べたリマッピングは、異なる環境に動物を提示することで、異なる認知地図がリクルートされているためだと考えられます。ある細胞集団によってある環境に関する地図が作られているイメージです。)。動物の行動と神経活動の相関が非常にきれいに見られるため、脳の情報処理機構を捉えるための研究が場所細胞を用いて行われています。

 

さて、このように脳内の空間表象を担う基盤として考えられてきた場所細胞ですが、実は純粋に動物の場所の情報のみに依存して発火を示すわけではないことが知られています。最も単純な研究例としては、一本道の上を行動するリニアトラック課題があります。ここではラットが道の両端に交互に置かれた報酬を得るために繰り返し行き来します。こうした条件で海馬の神経細胞の発火パターンを記録すると、当然、場所選択的な活動が記録されますが、同じ場所を通過しているときでも、走る方向によって各細胞の発火頻度が大きく異なることが報告されています(Aghajan et al., 2015)(図2)。では、このような場所選択的な活動はどのようにして生じているのでしょうか

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単純に考えられることとしては、海馬場所細胞が場所(現在地)の情報だけでなく、これから向かう場所がどこかという目的地の情報にも依存して発火している可能性があります。また、場所とラットの頭部方向の両方に依存して発火しているのかもしれません。(実際に海馬の上流である嗅内皮質には、動物の頭部方向に依存して発火を示す頭方向細胞(Head direction cell)が存在することが知られています。) しかし、一本道の上を歩くリニアトラック課題では、ラットの行動(頭部方向)と目的地が1対1で結び付けられてしまっているため、これら2つの条件を区別することが出来ません。

 

これを解決する単純な方法は、ある1つの目的地に対して複数の方向から動物を走らせてみることです。そうすればこの場所細胞が、目的地に依存して発火する(図3上)のか、それとも頭部方向に依存して発火する(図3下)のかを区別することが出来そうです。

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実際にそのような行動を動物に行わせるために、新たに行動試験系を設計しました。それが図4のようなものです。1メートル四方のフィールド内に報酬ポートが4箇所存在しており、それぞれのポートから報酬(餌)が提示されると、ポートの上部に設置した白色LED光が点灯します(光-報酬連合課題: Cued task)。(Arduinoなどを用いて報酬ポートなども全て自作しました)。

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2週間ほどこの行動試験を行わせると、ラットは光と報酬の関係を学習し、LEDの光を目的位置として、各報酬ポートへ一直線に走る目的地指向型の行動(Goal-directed behavior)を示すようなりました。この行動試験中に海馬の神経細胞の発火パターンを記録すると図5のようになっており、頭部方向ではなく、目的地に依存して発火する場所細胞が存在することを確認しました。これは海馬場所細胞が自分の現在地の情報に加えて、自分がどこに向かっているのかという目的地の情報にも依存して発火することを示しています。

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次に、この目的地指向型の発火を示した場所細胞が、目的地の存在しない場合にどのような発火を示すかについて調べました。報酬ポートやLEDを取り除いたフィールドにラットを再提示し、海馬の神経細胞の発火を記録してみました(擬似探索課題)。この条件では、フィールド上のランダムな場所で報酬を提示したため、ラットはもはや報酬ポートに対する目的地指向型の行動を示さず、フィールドをうろうろ探索するような行動を示すと想定していました。基本的には想定通りにラットは探索行動を示しました。しかし、時々、前回の課題の条件を思い出したかのように、かつて報酬ポートが置いてあった場所に向かって真っ直ぐ走るような行動を示しました(図6中央)。

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この行動は非常に面白いものと感じました。なぜなら、先ほどまでの目的地の存在するフィールドで記録した条件も含めると、ラットの行動を3種類に分類できるためです。つまり、①目的地が存在し、ラットも目的地に向かおうとしている、②目的地は存在しないが、ラットは目的地に向かおうとしている、③目的地が存在せず、ラットにも特に目的地はない の3つです(図7)。これまで行われてきた場所細胞の研究では①と③の比較を行っているものは多いですが、②のような条件で記録が行われたものはほとんどありません。動物の動機、モチベーションと神経活動の相関についての記述を目指し、②の行動について詳しく調べることにしました。

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②のような行動(pseudo-Goal-directed behavior)は、人の目で見ればある程度判定することはできますが、特定の条件(速度が~cm/sec以上で、頭の方向が報酬ポートが置いてあった方向を向いてて、~sec以上その方向に走り続けてて…みたいな)を用いて分類しようとするとかなり難しかったです。初投稿時には上記のような条件を設定して無理やり分類していましたが、Reviewerや先輩からの助言により、tsneと呼ばれる次元削減アルゴリズムを用いて分類を行いました。これにより、各パラメータをかなり適切に決定することが可能になり、納得のいく結果を得ることが出来ました。さて、②の行動時の神経活動を調べてみると、目的地が存在していないにも関わらず、①の行動時に見られていた、目的地指向型の発火と非常に類似した発火が生じていました(図8)。つまり、目的地指向型の発火は目的地の有無にかかわらず、ラットの動機、モチベーションによって生じることを示唆する結果を得ることが出来ました。

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さらに、探索行動時の場所細胞の発火率と、目的地指向型の発火率を比較してみると、目的地指向型の発火率の方が高いことがわかりました。つまり、探索行動時には、場所の情報を処理するような入力を受け取っていた場所細胞が、目的地に向かおうとしている際には、場所の情報を処理するような入力と目的地に関する情報の入力を受け取り、発火率を増加させていると考えられます。

では、この目的地に関する情報はどのようにして海馬に入力されているのでしょうか。ラットが走っている際、海馬ではシータ波と呼ばれる特徴的な脳波が生じることが知られています。このシータ波は内側中隔と呼ばれる脳領域からの入力により生じることが明らかにされています。そこで、内側中隔にムシモールという試薬を投与し、内側中隔の活動を抑制した状態で、行動試験を行わせ、海馬の神経活動を記録してみました。すると、目的指向型の発火が低下するという結果が得られました。この結果は、内側中隔の活動が、海馬へ目的地に関する情報が入力されるために重要であることを示唆しています。

 

以上の結果、

  1. 海馬で目的地指向型の発火が生じること(海馬場所細胞は、動物が目的地に向かう際に発火率を上昇させること)(論文Fig. 2, 3, 5)
  2. 動物の内的なモチベーションによって発火率の上昇が生じること(論文Fig. 4, 5)
  3. 内側中隔の抑制によって目的地に向かう際の発火率の上昇が抑制されること(論文Fig. 6)

をまとめて論文として投稿いたしました。

 

なるべく簡潔に説明しようと努力したつもりですが予想以上に長くなってしまいました。おそらくこの記事は分野外の方から読まれる機会が多いと思いますので、少しでも場所細胞に関する研究の理解の助けとなれれば幸いです。

近年、場所細胞の研究に強化学習の目線を取り入れることで、動物の行動戦略の理解を目指しているような研究も行われています(Stachenfeld et al., 2017)。今後の研究によって、動物の行動や学習、記憶の基盤となるメカニズムの解明が進むことを期待しています。

 

Reference

Aoki Y, Igata H, Ikegaya Y, Sasaki T. (2019). The Integration of Goal-Directed Signals onto Spatial Maps of Hippocampal Place Cells. Cell Rep. 5, 1516-1527.

Leutgeb S, Leutgeb JK, Barnes CA, Moser EI, McNaughton BL, Moser MB. (2005). Independent codes for spatial and episodic memory in hippocampal neuronal ensembles. Science. 309, 619-23.

Aghajan ZM, Acharya L, Moore JJ, Cushman JD, Vuong C, Mehta MR. (2015). Impaired spatial selectivity and intact phase precession in two-dimensional virtual reality. Nat. Neurosci. 1, 121-8.

Stachenfeld KL, Botvinick MM, Gershman SJ. (2017). The hippocampus as a predictive map. Nat. Neurosci. 11, 1643-1653.

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バイオステーションでは、筆頭著者の方による論文紹介を募集しています。どのような分量でも構いませんので、ぜひご寄稿いただけると幸いです。

詳細につきましては、以下のリンクもご覧ください

jugem.hatenadiary.jp

筆頭著者による論文紹介第一弾はこちら

jugem.hatenadiary.jp