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哺乳類の繁栄を支える遺伝子

 
哺乳類が地球で繁栄したキーポイントの一つは、寒冷環境でも体温を維持できるようになったことである。
 
この驚異的な特性を得るために、哺乳類は褐色脂肪細胞という特殊な脂肪細胞を獲得してきた。
 
褐色脂肪細胞は「脂肪細胞」のイメージとは裏腹に、脂肪を分解して熱を産生させることが知られる。これは、いわゆる皮下脂肪や内臓脂肪などの白色脂肪細胞が脂肪を蓄えるのとは極めて対照的である。(以下の図も参考に)
 
 
褐色脂肪細胞は交感神経などからの投射を受け、寒い状態などを感知すると熱を産生して体温の維持に働く。
 
また、熱を産生するという特徴から、肥満に対する介入のターゲットしても注目されている。
 
しかし、これほどの重要性にもかかわらず、褐色脂肪細胞の形成を可能にする分子メカニズムは不明な点が多く残っている。
 
今回は、褐色脂肪細胞形成に重要な、哺乳類のみが持つ遺伝子を新しく同定した、という論文を紹介する。
 
 
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以下が今回の論文の内容!
 
- どのような遺伝子が褐色脂肪細胞の形成に重要か?
 
筆者らはこれまでに、脱メチル化酵素LSD1が褐色脂肪細胞の形成に重要であることを報告していた(Gene&dev., 2016)。
 
そこで、LSD1をノックアウトした際に発現の低下する遺伝子群を網羅的に探索
 
→LSD1でCLSTN3というシナプス関連因子の発現が劇的に低下。
 
このとき、驚くべきことに、CLSTN3の近傍で、これまで遺伝子があると思われていなかったゲノム領域からRNAが発現していることを発見!
 
この新規遺伝子は、CTSTN3と共通のエクソンも持つのでCLSTN3bと新しく命名
 
いくつかの解析により、CLSTN3bは実際にタンパク質になること(ノンコーディングRNAではないこと)、また小胞体に局在することを見出す。
 
 
興味深いことに、CLSTN3bのホモログ(ひた遺伝子)は、哺乳類は広く存在する一方で、カメには存在しない
 

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CLSTN3bは哺乳類が進化の過程で獲得した遺伝子であろう!
(ちなみに一番上の×はカモノハシ。ネット情報によるとカモノハシは体温制御が緩いらしいからClstn3b持っていないのかも)
 
 
- Clstn3bは褐色脂肪細胞の形成に重要か?
 
Clstn3bをノックアウト
 
→Clstn3bノックアウトで褐色脂肪細胞は機能不全。Clstn3bは褐色脂肪細胞に大事。
 
 
- Clstn3bは体温維持に重要か?
 
Clstn3bをノックアウトして低温環境下に置く
 
野生型では低温環境でもある程度体温維持できるが、Clstn3bをノックアウトすると低体温になる(低温環境に弱くなる)
 
さらに、Clstn3bを過剰発現するマウスを作成
 
→Clstn3b過剰発現マウスは、低温環境下でもより体温下がりにくい
 
また、驚くべきことに、Clstn3b過剰発現マウスは高カロリー食を与えても太りにくい!(おそらくは褐色脂肪酸による脂肪代謝が増加するため)
 
以上から、新しく同定された遺伝子、Clstn3bは哺乳類特有の遺伝子で、褐色脂肪細胞および体温維持に大事な遺伝子であることが分かった!
 
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- Clstn3bが褐色脂肪細胞の形成を誘導するメカニズムは?
 
Clstn3bをノックアウトしてMS
 
S100bのタンパク質量がClstn3bノックアウトで減少。S100bはアストロサイトのマーカーとしても知られ、細胞内のカルシウム濃度制御に重要ということが知られていた。
 
 
S100bはClstn3bの下流として大事か?
 
S100bをノックアウトしておくと、Clstn3bの過剰発現の効果は見られなくなる。Clstn3b→S100bの流れが大事
 
 
S100bはなぜ大事か?
筆者らは、Clstn3bのノックアウトで交感神経からの投射が減少することを見出す。S100bは投射に関わるかも?
 
→in vitroの系でS100bをかけると、S100bは神経投射を誘導することが分かった!*S100bに神経投射を制御する機能があるとは知られていなかったはずなので驚き!
 
 
以上から、Clstn3bはS100bを介して交感神経投射を誘導することで褐色脂肪細胞の形成維持に貢献する可能性を示唆!
 
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今回の結果から、哺乳類が進化の過程で新しく獲得した遺伝子Clstn3bが褐色脂肪細胞の形成維持に重要であることが初めてわかった。
 
この結果は、褐色脂肪細胞の形成維持を可能にする分子メカニズムを明らかにするにとどまらず、肥満などの治療にも役立つ可能性がある。
 
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新しい遺伝子の発見!、というのに惹かれて紹介しようと思った。
 
リボソームプロファイリングとかではなくて、直にRNAseqの可視化から新規遺伝子をとっていて面白い。
 
普通はそんなにまじまじと可視化の結果をみることはないですが、こういう一見無駄なことが重要な発見につながることもあるのですかね。
 
Clstn3bが褐色脂肪細胞の形成維持に大事なのは分かったが、Clstn3b自身が何をしているかもう少し突っ込んでくれると分かった感があってよかった。まあ、もうそのテーマは進めているのだろうけど。
 
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参考
- Innervation of thermogenic adipose tissue via a calsyntenin 3β–S100b axis, Nature, 2019
- 脂肪細胞の画像引用/ https://nijiiro-seikotuin.com/