自閉症リスク因子が脳発生に与える影響を一網打尽に!
私達の遺伝情報をコードするゲノムの変異は疾患に結び付くことが知られている。
しかし、ノックアウトマウスの作成および解析は大変な労力が必要であり、多数の細胞種からなるヒトやマウスの体において、遺伝子の欠損がどの細胞に影響を与えるのかを調べるのは未だ簡単ではない。
そこで今回、シングルセルRNAseqとCRISPRを組み合わせた手法により、複数の自閉症リスク因子遺伝子が脳発生に与える影響を細胞種ごとに解析した論文を紹介する。
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自閉症は、対人関係の特異性やコミュニケーションの質的な障害などが見られる疾患(?)であり、これまでヒトを用いた研究により多数のリスク遺伝子が同定されている。
これらの遺伝子が、異なる特性を持つニューロンや、アストロサイト、オリゴデンドロサイトといった多数の細胞種からなる脳のどの細胞に影響を与えるのかを網羅的に調べるのは難しかった。
そこで筆者らはシングルセルRNAseqとCRISPRを組み合わせたPerturb-Seqを用いることで複数の遺伝子が神経発生に与える影響を解析することを試みた。
実験の流れは上の図のような感じ
ざっくりとは、
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Cas9を発現するマウスの胎児の脳にインジェクション(ウイルスが導入された細胞では標的遺伝子がノックアウトされることが期待される)
↓
ウイルスが導入された細胞をソートし、シングルセルRNAseq
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ウイルスにつけていたバーコードの情報から、それぞれの遺伝子を標的としたウイルスが導入された細胞を同定
↓
ノックアウトによって変動した遺伝子発現プロファイルの解析
という流れ。
(ちなみにメインFigureのデータだけで18セットのシングルセルRNAseqしているようだ。お金持ち!)
そういうわけで、35種類の遺伝子のノックアウトウイルスを導入した際にどの細胞種の遺伝子発現プロファイルが変動するかを検討した。
興味深いのが赤丸で囲ったAnk2, Chd8, Gatad2bの3遺伝子である。
これらの遺伝子は、これまで影響があるとは思われていなかったAnk2は抑制性ニューロン、Chd8とGatad2bはオリゴデンドロサイトの遺伝子発現プロファイルを変化させていることが分かる。
実際筆者らは、Chd8の(普通の)ノックアウトによってミエリンの形成が異常になる可能性を見出している。
(これはバイアスなしに変化を記述するPerturb-seqの強みがよく出ている結果のように思える)
最後はヒトの患者でみられた遺伝子発現変化が今回の系でも一部見られることを出している。(まあこれは解析の方法次第でどうにでも見せられそうだが)
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コメント
・誰にでもできる、というほど簡単な手法ではなさそうだが、今後こういった網羅解析はより一般的になってくるのだろう。細胞種も比較的多い脳で、これまたリスク遺伝子も多い自閉症をモデルにこんなこともできる、というのを示した点では重要だと思った。
・こういう網羅解析は何段階ものクオリティコントロール、正規化、統計処理を重ねるため、こねくり回せば"ポジっぽい"Figureにできてしまうのではないかという懸念はある。やはり最終的には普通のノックアウトマウスなどの機能解析が必要だろう。
・今回は変化が見られる可能性が大きそうな候補因子だけに絞っていたが、もっと多数の遺伝子を対象とすることでこれまで脳発生に関係するとは思われていなかった遺伝子の寄与などを調べられると面白いかもしれない。
In vivo Perturb-Seq reveals neuronal and glial abnormalities associated with autism risk genes, Science, 2020
Xin Jin, Sean K. Simmons, Amy Guo, ..., Aviv Regev, Feng Zhang, Paola Arlotta