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発生時計の同調メカニズム

 

★今回は筆頭著者の吉岡さんからコメントを頂きました。ぜひ最後までご覧下さい!★

 

何兆個もの細胞からなる私たちの体は、受精卵というたった一つの細胞から生まれる。この受精卵から体が出来上がる過程において、多くの現象があらかじめ決められたタイミングで自律的に進行していく。

 

この発生タイミングを決める発生時計が細胞内で正確に時を刻み、細胞間で厳密に同期することが、複雑で精密な個体の発生を可能にするために極めて重要である。

 

これまでに発生時計が個々の細胞内で時を刻むメカニズムについては数多くの研究からその一端が明らかになりつつある。しかしながら、発生過程において個々の細胞の発生時計がどのように他の細胞と同期し、適切なタイミングでの運命転換を細胞の集合体として可能にしているかはあまり明らかではなかった

 

そこで今回、体節形成をモデルにして細胞間で発生時計が同期するメカニズムに迫った論文を紹介する。

 

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今回紹介する論文

 

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発生時計の研究のモデルとしてよく使われるのが、背骨や筋肉の基となる体節が形成される前駆組織であるPSM (presomatic mesoderm, 未分節中胚葉)である。

 

興味深いことに、マウスPSMにおいては個々の細胞でHes7やLfngといった遺伝子の発現が約2時間という周期をもって振動(オシレーション)することが知られる。

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これまでに、これら遺伝子発現の振動にはDll1やNotchの糖鎖修飾の機能を持つLfngが重要であることが分かっていて、LfngをKOすると組織レベルのHes7のオシレーションの振幅が小さくなり、体節形成が異常になることが報告されてきた。

 

しかしLfng KOによるオシレーション振幅の減弱、あるいは体節形成の異常は

①PSMのそれぞれの細胞におけるHes7の振幅が小さくなったことが原因か、

②細胞間のシンクロができなくなったことが原因か、

③両方ともが原因なのか

は明らかではなかった。

 

なぜなら、従来の解析法(主にライブイメージング)では解像度が低く、1細胞レベルで何が起こっているかわからなかったからだ。

 

そこで筆者らは、Hes7-Achilesという蛍光レポーターを新たに作製し、PSMの組織カルチャーを行うことにより、1細胞レベルでオシレーションを解析した。

 

その結果、Lfng KOマウスでは、1細胞あたりのHes7発現の振幅、周期といったオシレーションの異常とともに、周囲の細胞とのシンクロの度合いの低下が観察された

 

Legend;Lfng KOではHes7の発現の振幅が小さく、細胞間のシンクロの度合いも低下していた。

 

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Lfng KOではHes7の発現の振幅が小さく、細胞間のシンクロの度合いも低下していた。

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では、Lfng KOの振幅の低下は個々の細胞における内在のオシレーションの振幅の低下に由来するのだろうか、それとも、細胞間のシンクロの異常に由来するのだろうか。

 

この疑問を解決するため、筆者らは、細胞をバラバラにまき隣接する細胞とは接触しない条件において、Hes7の発現を観察した。その結果、LfngをKOしてもHes7のオシレーションの振幅に大きな変化はなかった。このことから、PSMで観察されたLfng KOのHes7振幅の減少は、細胞間のシンクロの異常によって引き起こされた可能性が示唆された。

 

では、細胞間のシンクロを制御するにあたって、Lfngはシグナルを受け取る側の細胞で重要なのだろうか?それともシグナルを受け渡す側の細胞で重要なのだろうか?

 

この点に迫るため、次に筆者らは、コントロールとLfng KOの細胞を混ぜた

  1. 少数のWTの細胞をWTの細胞中に混ぜた時 (1:20)
  2. 少数の WTの細胞をLfng KO細胞中に混ぜた時 (1:20)
  3. 少数のLfng KO細胞をWTの細胞中に混ぜた時 (1:20)

の3条件において、Hes7のオシレーションの様子を観察し、少数の細胞と多数の細胞の間でのオシレーションのタイミングのズレを定量した。

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このとき驚くべきことに、bのWT細胞では、周囲のLfng KO細胞よりも1/8周期早くHes7の発現がオシレーションしていることが分かった。

 

このことから、シグナルの送り手の細胞でLfngがノックアウトされている場合には、Notchシグナルの伝達速度がWTよりも速くなる、すなわち送り手の細胞においてLfngがNotchシグナルの伝達を遅めている可能性が示唆された。

 

一方、cのようにシグナルの受け手の細胞でLfngがノックアウトされた場合には、Hes7のオシレーションの振幅が小さくなっており、周囲のWTの細胞と位相が同期していなかった。

 

このことから、受け手の細胞でLfng がノックアウトされると、周囲のWTからのDll1シグナルに正常に応答できていない、すなわち受け手の細胞におけるLfngは特にNotchを受け取る過程において、Hes7オシレーションを増幅している可能性があると考えられた。

 

これらのデータから、送り手の細胞においてLfngはNotchシグナル伝達を遅める役割と、受け手の細胞においてシグナルを受け取った時のHesの振幅を大きくする役割がある可能性が示された。

 

さらに数理モデルにおいても、LfngによるNotchシグナル伝達の時間遅れの調節は同位相のオシレーションに重要であることが示唆された。

 

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では、Lfngノックアウトで早くなってしまっているシグナル伝達を人工的に遅くすることで、Lfngノックアウトの表現型を回復させることができるだろうか?

 

そこで筆者らは、ES細胞から誘導したPSM様細胞に431分子をかけ、シグナル伝達の遅れを引き起こす分子があるかをスクリーニングした。その結果、26 分子がHes7の振動周期を10min以上長くすることを発見する。

 

最終的に、KYO211という分子がLfng をノックアウトした PSM細胞でHes7のオシレーションと振幅の大きさと同期率をある程度レスキューした。

 

このことから、シグナル伝達の遅れがLfngのノックアウトによる表現型をレスキューできることが分かった。

 

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結果は以上のような感じで、この研究から、新しいツールにより単一細胞解像度でオシレーションの様子を観察できるようになり、Lfngにより生み出される細胞間のシグナル伝達の時間遅れが細胞集団としてオシレーションを同調させるのに重要であることが分かった。

 

この結果は体節形成の異常を治療する方法の確立につながるだけでなく、生物がどのように時を刻んで正常な発生を可能にしているかという生物学の根源的な疑問に近づくヒントになる可能性がある。

 

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筆頭著者の吉岡さんからコメントです!

私たちの研究結果をご紹介頂き、ありがとうございます!

今回の論文の出発点は、マウスにおいて未だ実現していなかった、PSMのライブイメージングによる「体節時計遺伝子のオシレーションの一細胞レベルの可視化」です。この解析システムの構築は、理化学研究所 脳神経科学センターの宮脇敦史先生、新野祐介先生が開発された新規の蛍光タンパク質Achillesを用いることで劇的に進みました。

次にこのシステムを最大限に使って、今まで解っていなかった何を明らかにできるか?ここは本当に手探りでしたが、幾つかの変異体を観察する中で、手がかりをつかみ、あの手この手(分散培養、共培養、数理シミュレーション、オプトジェネティクス)でLfngを介した同期機構の解明にアプローチしました。自然界に広く見られる様々な振動現象にも共通する可能性のある新規の知見を、マウスを使った実験で示せたことは、意義がある仕事ができたのではないかと思います。

 

吉岡はレポーター開発、ライブイメージング、画像解析、数理シミュレーション、オプトジェネティクスに関しては完全に初心者でしたので、たくさんの方々にお助けいただきました。特に数理シミュレーションは東大の郡宏先生との共同研究で行いましたが、このような複雑でダイナミックな現象を理解する上では必須のツールであると感じました。

 

実は7年かかったプロジェクトでして、途中大変な局面は色々ありましたが、試行錯誤しながら、色々な発見と学びがあり概ねずっと楽しかったです。

個人的には1回目のリバイスを返す少し前に出産を致しまして、産後一ヶ月はゆっくり休みましたが、その以降はずっと怒涛の日々を駆け抜けました。寝不足のあまり記憶がうっすらとしかありません。(緊急の出産だったのでこのような成り行きとなりましたが、かなり身体は負担を感じましたので、人にお勧めするものではないです。)

ライフプランと研究生活とのすり合わせはなかなか難しいですが、まあ何とかなるさ〜と思いながらやっています。これからも価値ある面白い仕事を続けたいです。

 

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掲載論文

Coupling delay controls synchronized oscillation in the segmentation clock, Nature, 2020

(リンク)