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減数分裂のスイッチ因子「MEIOSIN」の発見

今回は筆頭/責任著者の石黒先生からコメントを頂きました!ぜひ最後までご覧ください!★

 

細胞の分裂は、同じDNA情報を複製した後に同じコピーを持つ娘細胞を作り出す体細胞分裂と、精子卵子を作り出す際に染色体数を半減させる減数分裂に大別される。

 

減数分裂は体細胞と同様の細胞周期の機構を転用しながらも、減数分裂仕様の染色体構造が再構成されるようにプログラムされている。すなわち減数分裂生殖細胞で行われ、二本の相同染色体において組み換えが行われたのち2回の分裂を経て染色体数が半分になる。(図1参照)

 

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図1

減数分裂ではゲノムの混ぜ合わせが起きるため、減数分裂は生物の多様性を生み出す原動力になっている。(さらに二本の相同染色体を物理的に繋ぎ留めるキアズマと呼ばれる構造は第一分裂で見られる染色体半数化の分配に必須の役割を果たすと考えられる。)

 

体細胞分裂と比較した場合、減数分裂ではゲノム半数化の染色体分配を実行する“第一分裂”が挿入されている点が両者の本質的な相違を与えていると解釈される(図1)。体細胞分裂から減数第一分裂への切替えが何によって制御されているのかという問題は、生物種を問わず長年の懸案とされていた。

この重要性にも関わらず、生殖細胞において分裂様式を体細胞分裂から減数分裂へと切り替えるスイッチ因子は分かっていなかった

 

今回は、これまで機能不明、遺伝子名すらもアノテーションされずにデータベース上で眠る因子が減数分裂を誘導するスイッチであることを発見し「MEIOSIN」と名付けた論文を紹介する。

 

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今回紹介する論文, Developmental Cell, 2020

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これまで、減数分裂にはSTRA8という遺伝子が重要な働きをすることが知られていた。STRA8は卵子精子で発現し、欠損させると減数分裂が異常になることが報告されていた。

 

しかしながら、STRA8は特徴的な機能ドメインやモチーフが見当たらないためその機能を予測できないこと、マウスの系統によってはSTRA8が欠損していても減数分裂じたいは開始すること、STRA8は減数分裂期以外のステージでも発現がみられること、などからSTRA8以外にも減数分裂の開始に重要な別の因子が存在する可能性が推定されてきた

 

そこで、筆者らはSTRA8に結合するタンパク質を網羅的に解析することで、減数分裂の開始に重要な因子を探索した。

 

減数分裂が開始するタイミングに相当する生殖細胞の数は精巣内でも少なく、またSTRA8の発現は一過的であるため、効率良くSTRA8を精製するストラテジーが必要であった。このために、STRA8にタグを付加して、GFPで光るようにデザインしたノックインマウスを作成し、質量分析によりSTRA8に結合するタンパク質を同定した。

 

この結果Gm4969という未解析遺伝子にコードされるタンパク質がSTRA8に結合する可能性があることが判明した。さらに後述するように、この遺伝子が減数分裂の開始(meiosis initiation)に重要であることが示されたのでこの遺伝子をMEIOSIN(マイオーシン)と名付けている。

 

マイオーシンはbHLHとHMGというドメインを持ち、DNAに結合して転写因子のように働くことが予想される因子である。(図2)

 

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図2 MEIOSINのドメイン構造

マイオーシンの発現を免疫染色で検討すると、マイオーシンのタンパク質はオスメス両方の生殖細胞において減数分裂が開始する時期に発現が一過的に上がっていることが分かった。

 

これらの結果から、これまで機能不明とされていた遺伝子、マイオーシンが減数分裂に関わっている可能性が示唆された。

 

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ではマイオーシンはどのような機能があるのだろうか?

 

筆者らはCRISPRによりマイオーシンを欠損させたマウスを作成し解析を行った。

 

この結果、驚くべきことに、マイオーシンがノックアウトされたマウスでは減数分裂がおこらなくなり、精子卵子が作られないことが分かった。

 

さらに解析を行うとマイオーシンが欠損した精巣では、細胞周期の維持に関与する体細胞型Cyclinの異所的発現やM期様染色体構造など体細胞様の特徴を示す細胞の蓄積を伴って、減数分裂に入ることができなくなっていることが分かった。

 

実際RNAseqを用いて遺伝子発現を網羅的に解析すると、マイオーシンの欠損により減数分裂に重要な遺伝子の発現が減少していることも示している。

 

すなわち、マイオーシンこそが生殖細胞において分裂様式を体細胞分裂から減数分裂へと切り替えるスイッチとなっている可能性が示唆された。

 

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では、マイオーシンはどのようにして機能を発揮するのだろうか?

 

マイオーシンはDNA結合ドメインをもつことが示唆されるため転写因子として働くと予想された。そこで筆者らはマイオーシンがゲノム上のどこに存在するかを検証した。

 

この結果、マイオーシンは遺伝子のプロモーター領域によく結合していること、さらにマイオーシンは多くの減数分裂に関わる遺伝子の近くに結合していることが明らかになった。

 

このことから、マイオーシンは減数分裂に関わる多数の遺伝子の発現を包括的に制御するマスターレギュレーター的な働きをしている可能性がある。

 

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今回の研究により、MEIOSINこそがこれまで探し求められてきた減数分裂を誘導するスイッチ因子である可能性が示された。

 

これは減数分裂という多くの種で広く保存されていて、非常に重要な生命現象のメカニズムの一端を明らかにした点で極めて重要な結果である。

 

より研究が発展すれば、不妊治療などの医療の応用につながる可能性もある。

 

以下Graphical Abstract。

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Graphical Abstract, 論文より引用

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管理人コメント

論文掲載おめでとうございます!

結合因子探索実験から名無しの遺伝子をとってきてばっちり表現型出ているのはめちゃすごいと思いました。

最近は何とかseqから始める論文も多いですが、免疫沈降のような生化学からでもまだまだ面白いことが分かるんだぞ、というのは印象的でした。

ちゃんとした名前がついていない遺伝子でも、減数分裂のような重要な生物学的に関わっているというのも驚きでした。まだまだこういった遺伝子は眠っているかもしれないと思うとわくわくします!

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筆頭/責任著者の石黒先生からのコメントです★

減数分裂がバッタの生殖細胞で始めて観察されて100年以上の時が経つ。減数分裂は中学、高校の理科教科書にも登場する今では古典とも言える生物学の基本現象なのだが、減数分裂の開始制御に関わる空前の事実を突き止めたことはお驚きでした。今回研究を進める中で、MEIOSINのターゲットのなかには多くの遺伝子が機能未解明のまま眠っていることが判明しました。現在当研究室では、少人数ながらこれら機能未解明の遺伝子の減数分裂における役割の解析を進めています。

 

また今回発見したMEIOSINは脊椎動物でのみ保存されていることがわかりました。体細胞分裂から減数分裂への切り替えをトリガーするする因子は他の生物ではまだ同定さていませんが、おそらく同等の役割を果たす因子があるだろうと思われます。このような研究に興味をもつ大学院生やポスドクの参加をお待ちしています。

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掲載論文

MEIOSIN Directs the Switch from Mitosis to Meiosis in Mammalian Germ Cells, Developmental Cell, 2020(リンク)

 

参考

https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/story/newsletter/keywords/19/03.html

図1;  https://www.brh.co.jp/publication/journal/060/research_21.html