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赤外線が見える薬!?

私たち人間は、多くの情報を視覚から得ている。
 
人間が感知することのできる光は
波長がおよそ400nm~700nmの間にある可視光のみである。
 
一方で、世界には可視光以外の波長の光にもあふれており、
もし「可視光」(波長400nm~700nm)以外の光を「みる」ことができれば、人間の認識能力を拡張することができる
 
 
しかしながら、700nm以上の波長の光(赤外線)は光受容体を活性化できるだけのエネルギーをもたず、
赤外線は当然人間には「みる」ことのできないものとされてきた。
 
今回紹介する論文では驚くべきことに、
赤外線を感知することを可能にする特殊な微粒子を作成した。
さらにこれをマウスの目に打ちこむと、
マウスは赤外線を感知することができるようになることを示した。

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この赤外線感知薬のミソとなるのは、
赤外線をあてると可視光領域の光を放出する微粒子の作成だ。
 
例えば、2017年のNatureに報告されているように(参考1)、
ランタノイドの一つ、イッテルビウムを用いた微粒子が知られている。
 
これは波長980nmあたりの赤外線をあてると、535nmの波長の光が返ってくるようなものである。
これを使えば、赤外線を可視光の波長に変換することができる。
 
ただし、この微粒子は水に溶けず、生体に適応することができなかった。
そこで筆者らはレクチンの一つであるコンカナバリンAをこの微粒子に結合した。
 
この新しい微粒子は水に溶け、生体で使用することが可能になった。
 
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そこで筆者らは、この赤外線感知薬をマウスの目に打ち込んだ。
 
このとき、細胞が死んだりしないこと、つまり激烈な毒性はないことを確かめている。
 
さらにマウスの目に980nmの光を当てると光受容体が活性化すること、
すなわち赤外線に光受容体が反応することをみている。
 
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では、赤外線感知薬を打ち込むと本当に赤外線が見えているのだろうか?
 
筆者らはマウスの行動実験で検証を行っている。
 
いくつかの実験を行っているが、そのうち一つを紹介する。
 
マウスは水を嫌うことが知られている。
下の図のように2つの場所を用意し、片方だけに水から逃げられるような台を用意しておく。
(下の図では左側)
 
 
マウスはこの台のある方に移動しようとする。
このとき、赤外線で縦線と横線を用意しておき、縦線の方に台があるようにする。
 
もし赤外線をみることができれば、マウスは縦線の方にいくようになる。
 
実際、赤外線感知薬を打ったマウスは赤外線を感知して台のある方にすぐに行くようになることを示している。
 
 
ちなみにこのとき、普通の視覚には影響はないとは言っている。
(がどれくらいの程度で"影響がない"のかは不明)
 
以上から、筆者らが開発した赤外線感知薬によって、赤外線で光受容体が活性化すること、この試薬を打つことで赤外線を感知した行動を行うようになること、が示された。
 
これは生物の限界を突破し、認識の範囲を拡張するという点で非常に大きな一歩である。
 
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では、この赤外線感知薬で人間も赤外線が見えるようになるのだろうか?
 
NatureのNews記事によると、現在のところ、この試薬をすぐに人間に適用するのは厳しいようだ。
 
まず、この試薬には重金属が使用されているので、長期的には毒性があると考えられる。
この問題を解決するために、現在重金属を使わない試薬の開発が試みられているらしい。
 
また、これまで人類は赤外線を非可視光とするように進化してきた。
このため、突然赤外線をみることができるようになると人間の脳が適切に解釈できない可能性がある。
 
そういうわけで、すぐに人間が赤外線をみれるわけではないらしい。
ただし、疾患の治療などへの応用は期待される。
 
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なかなかキャッチーで面白い論文だった。
自分では全く思いもよらないようなことが可能になるのはすごい。
 
ただ、赤外線が波長535nmあたりの光に見えてしまうのは色々まずそう......
一回くらいはどんな感じに見えるのか試してみたい
 
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参考
- Mammalian Near-Infrared Image Vision through Injectable and Self-Powered Retinal Nanoantennae, Cell, 2019
- Amplified stimulated emission in upconversion nanoparticles for super-resolution nanoscopy, Nature, 2017(1)