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ノックアウトとノックダウンの表現型が違うのは?_1


生物はある遺伝子が欠失した時でも、同じような機能を持つ遺伝子を発現させるメカニズム(Genetic compensation、以下"コンペンセーション")を持っている。
 
よくあるのは、ある遺伝子をノックアウトした際に、ファミリー遺伝子の発現が増加するもの。
(例えば、β-actionをノックアウトしたら似た機能を持つγ-actinの発現があがりますよ、みたいなやつ。例えばですよ。)
 
これはある遺伝子の機能を調べようと思っても、似た遺伝子がその遺伝子の機能を補完してしまうため、非常に厄介である。
一方で、生体では一個の遺伝子が壊れても生きられるようにする優れたメカニズムとして使われている。
 
コンペンセーションのメカニズムを解明することは、
遺伝学研究を効率的に進めるヒントになるだけではなく、
生体が恒常性を維持する精緻な仕組みの解明につながる。
 
しかしながら、
コンペンセーションを可能にする分子メカニズムはほとんど明らかではない。
 
今回の論文ではGenetic compensationを引き起こすメカニズムに迫り、
ノックアウトによって生じるナンセンス変異型RNAが、ヒストン修飾を介して類似した遺伝子の発現をONにすることを示した。
 
 
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まず、 何がコンペンセーションを引き起こすのだろうか?、という問題にアドレスした。
 
このため、筆者らはコンペンセーションを引き起こすようなモデル動物を作成した。
ゼブラフィッシュにおいて、6つの遺伝子に対して、途中で終止コドンが入るようなナンセンス変異を入れることでノックアウトを行った。
このとき、このKOゼブラでコンペンセーションが起き、KOした遺伝子に似た遺伝子の発現が上昇することがみられた。
 
(KOした遺伝子は、hbegfa, vcla, hif1ab, vegfaa, egfl7, alcama。
補償するのはそれぞれ対応してhbegfb, vclb, epas1a and epas1b, vegfab, emilin3, alcamb)
 
 
Genetic compensationの原因として、まず思いつくのはタンパク質の欠損だろう。
すなわち、あるタンパク質がないことでフィードバックが働きコンペンセーションがおこる可能性だ。
 
この可能性を検証するため、筆者らはそれぞれのKOゼブラに対して、正常タンパク質をコードするRNAを打ち込んだ。
このゼブラでは正常なタンパク質が発現するため、KOによるタンパク質の欠損は解消される。
 
このとき、驚くべきことに、正常タンパク質をコードするRNAを打ち込んだ場合でも、
KOゼブラではKOした遺伝子に似た遺伝子の発現が上昇していた(コンペンセーションが起きていた)。
 
この結果は、今回の実験に用いた遺伝子群に関しては、
Genetic compensationはKOされた遺伝子のタンパク質が欠損していたためにおこる現象ではない、ことを示唆する。
 
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これは筆者らにとっても少々意外だったと思うが、
筆者らは実験を続けるうちにある種の規則性を見出す。
 
すなわち、何ラインも用意したKOゼブラのうち、
変異型RNAが分解されずに残っているラインではコンペンセーションが起きにくい、傾向である。
 
この傾向から、筆者らはKOされた遺伝子のRNAが分解されることがコンペンセーションを惹起する可能性を考えた。
これを検証するため、(ナンセンス変異)RNA分解経路を、これを担う因子(Upf1)のノックダウン、および試薬、によって阻害した。
 
すると驚くべきことに、(ナンセンス変異)RNA分解経路を阻害するとコンペンセーションは起きないことが分かった
さらに、筆者らは、5capがついていない分解されやすいRNAを注入するとコンペンセーションを起こすことができることも示している。
 
これらの結果は、(ナンセンス変異)RNA分解がコンペンセーションに必要である可能性を示唆する
 
*RNA分解がコンペンセーションに重要というのは結構意外だし面白い発見
 
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では、そもそもRNAを転写しないような変異型ではコンペンセーションは起きないのだろうか?
 
筆者らは、プロモーターや遺伝子全体を欠失させ、RNAが発現しないKOラインを作成して解析した。
すると、このKOラインではコンペンセーションは起きないことが分かった。
 
すわなち、RNAが発現しない状態であればコンペンセーションは起きないことが示唆された。
 
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これまでの結果で変異型RNAの分解がコンペンセーションに大事だということが分かった。
しかしなぜ、都合よく似た機能を持つ遺伝子の発現を上げることができるのだろうか?
 
筆者らは3つのKOラインでRNAseqを行うことで、KOで発現があがる遺伝子の特徴を解析した。
すると、KOで発現の上がる遺伝子は、ノックアウトした遺伝子と配列が似ていることが分かった。
 
すなわち、ノックアウトによって生じた変異型RNAがガイドとなることで
似た配列を持つ遺伝子の発現を上げる、というモデルを提唱している。
 
まとめ図(論文から拝借)
f:id:Jugem:20190406171218j:plain
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生命科学研究において、ある遺伝子をノックダウンすると表現型がみられるが、
ノックアウトすると表現型がみられないということはしばしばある。
 
今回の論文ではノックアウトによってナンセンス変異が生じることが、
コンペンセーションを引き起こしてノックアウトした遺伝子の機能を補完する可能性を示した。
 
ノックアウト動物を使用されている方はナンセンス変異で終わっているか、変異RNAが分解されているかにご注意を。
 
 
次回続編として、より詳細な分子メカニズムと生物学的意義について紹介したい。
 
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参考
Genetic compensation triggered by mutant mRNA degradation, Nature, 2019
Mohamed A. El-Brolosy, Zacharias Kontarakis, ... , Antonio J. Giraldez & Didier Y. R. Stainier