Bio-Station

Bio-Stationは日々進歩する生命科学に関する知見を、整理、発信する生物系ポータルサイト、を目指します。

脳転移がんはエクソソームによって転移を容易にしている!?

今回の論文紹介はなんと共筆頭著者の星野先生からのコメントを頂いております。最後までご覧いただければ幸いです★

現代において、日本人の2人に1人はがんにかかり、3人に1人はがんで亡くなるといわれる。

がんの治療が難しい原因の一つとして、がんが「転移」することが挙げられる。

転移があると、初めにがんができた場所で手術を行っても、転移した先のがんが大きくなることで治療は失敗してしまう。

このため、「がんがどこに転移するのか予測すること」、「がんの転移を止めること」は、がん治療における大きなゴールの一つである

 

---

 では、がんはどのように転移するのだろうか?

これまでに、がんが転移するためには転移先の環境を転移に適したものにする必要があると考えられてきた。

しかしながら、このがん転移先の環境を変化させ臓器特異性を決める実体は長らく不明であった。

驚くべきことに2015年、「エクソソーム」こそが、エクソソーム中に含まれるインテグリン組成に応じて特定の臓器に取り込まれ、そこで環境を変化させることでがん細胞の臓器特異的な転移を誘導すること、が報告された(Hoshino et al., Nature, 2015新着論文レビュー)。

*エクソソームはがん細胞を含む多くの細胞が分泌する直径30~150 nmほどの小胞であり,タンパク質,RNA,DNAなどが含まれる。ただのゴミだと思われていたころもあったが、近年エクソソームには多様な機能があることが分かってきている。

この報告から、特に肺転移や肝臓転移に関してはエクソソーム(とそこに含まれるインテグリン)が重要であることが分かってきた。

また、致死率も高いことで知られる脳転移についても、脳転移性がんのエクソソームは脳に取り込まれやすいことは分かっていた。

しかし、脳転移性がんのエクソソームを転移先の環境を変化させることにエクソソームが寄与するのか、もし寄与するのであれば、どの分子が重要で、それが脳内環境にどう関わるのか、という点は不明であった。

そこで今回、がんの脳転移においてもエクソソームが転移先の環境に変えるのに重要であること、そして予測や治療にも応用できる可能性を示した論文を紹介する。

f:id:Jugem:20200102152926p:plain

-----

 先に述べたように、肺に転移しやすいがんはエクソソームによって肺の環境を変えて肺に転移しやすい環境をつくること、同様に肝臓に転移しやすいがんはエクソソームによって肝臓の環境を変えて肝臓に転移しやすい環境をつくること、が示されてきた。

では、脳に転移しやすいがんのエクソソームは、がんが脳に生着しやすい環境を作るのだろうか?

これを調べるために、筆者らは脳、肺、骨にそれぞれ転移しやすい乳がん細胞からエクソソームを単離し、それらエクソソームを切片培養した脳にかけることでがんの生着が増加するか検討した。

その結果、期待通り脳に転移しやすいがんのエクソソームをかけておくと、脳切片上でがんが生着しやすいことが分かった。

これは、脳転移がんはエクソソームによって脳の環境を変化させ、がんが生着しやすいようにしているというモデルを支持する。

f:id:Jugem:20200102153001p:plain
---

このとき、脳に転移しやすいエクソソームに含まれるどのようなタンパク質が重要なのだろうか?

この点を明らかにするために、筆者らはプロテオミクス解析によって、脳、肺、骨にそれぞれ転移しやすいがん細胞のエクソソームに含まれるタンパク質を網羅的に解析した。

この結果、CEMIP(シーミップ)というタンパク質が、脳に転移しやすいがんのエクソソームに多く含まれることが分かった。(一方、興味深いことに肺や骨に転移しやすいがんと対照的にインテグリンはそれほど含まれなかったらしい)

CEMIPは、Wnt経路の制御、ヒアルロン酸代謝、細胞内カルシウム濃度制御などに関わることが知られてきた因子で、がんや脳での機能も少し報告されてきた。

しかしながらもちろん、エクソソーム中のCEMIPにがん転移を容易にするような効果があるかは不明であった。

---

では、CEMIPは脳に転移しやすいがんが脳の環境を変化させ、がんが生着しやすいようにするのに重要なのだろうか?

筆者らは、脳転移しやすいがん細胞でCEMIPをノックアウトしエクソソーム中にCEMIPが含まれないようにした条件すると、脳の環境変化ひいてはがんの脳転移が抑制されるか検討した。

この結果、CEMIPをノックアウトした細胞からのエクソソームで処理すると通常の脳転移しやすいがんに比べ、培養系にいてがんの生着が弱まるとともに、個体において脳に転移する腫瘍の大きさが30%程度になることが分かった。

すなわち、脳に転移しやすいがんのエクソソームに含まれるCEMIPこそが脳内をがんが生着しやすいような環境に変化させ、がんの脳転移を容易にしていることが分かった。

f:id:Jugem:20200102153026p:plain

---

それでは、がんのエクソソームは脳のどの細胞に取り込まれているのだろうか?そして具体的にどのような状態変化をもたらすのだろうか?

筆者らはこの点に取り組み、(少し端折ってしまうが)結果的に脳に転移しやすいがんのエクソソームは脳の内皮細胞とマイクログリアに取り込まれやすいこと、そして内皮細胞はがん細胞が抱きつく(vascular co-option)ことができる形質へと形質変化していることを明らかにしている。これががん細胞の足場となり増殖しやすい環境になっていると考えられる。

さらに、CEMIPのノックアウトすると内皮細胞の形態変化はみられなくなることから、この変化の一部はCEMIPに依存していたことが分かった。

また、エクソソームの取り込みよって、炎症関連因子や細胞接着因子などの発現が変化していることをRNAseqを用いて網羅的に解析している。

---

ここまでで、脳に転移しやすいがんのエクソソームに含まれるCEMIPが脳をがん転移しやすい環境にするのに重要であることが、主にモデルマウスによって示されてきた。

そこで最後に、ヒトの患者さんでもCEMIPの発現と脳転移には相関があるか検証した

このためにがんをCEMIPの発現の高さによってクラス分けし、その転移状態をヒトのサンプルと用いて調べた。

その結果、CEMIPを高く発現していると脳転移が増加することが明らかになり、ヒトの患者においてもCEMIPによって脳転移が容易になっている可能性が示唆された。

---

結果はおおよそ以上で、今回の報告により

- 脳転移しやすいがんはエクソソームにより脳をがん転移しやすい状態に変化させていること

- とくに脳に転移しやすいがんのエクソソームに含まれるCEMIPというタンパク質が重要なこと

- 脳に転移しやすいがんのエクソソームは内皮細胞やマイクログリアに取り込まれ、内皮細胞の性質を変化させること

- ヒトにおいてもCEMIPの発現と脳転移には相関があること

が明らかになった。

 

この結果はエクソソームを介した脳転移における脳内環境変化の分子メカニズムを明らかにした点で非常に大きな発見である。

 

また生物学的な面白さに留まらず、エクソソームやCEMIPによる脳転移の予測と治療につながる可能性示した点で臨床応用にも重要である。

 

より研究が進めば、「がんがどこに転移するのか予測すること」、「がんの転移を止めること」が可能になる日も近いかもしれない。

-----

★共筆頭著者の星野先生からのコメントです!

 

取り上げていただき大変光栄です!

2015年に報告した、がん転移の臓器特異性にがん由来エクソソームが寄与する、という論文で行なった実験と同時期にこの研究も始めていました。当初は、肺、肝臓、脳転移を全てみていく、という流れだったので。しかし、結果的に、脳転移は肺や肝臓などの臓器と異なる点が多くより時間がかかりました。

 

脳転移の実験を行う難しさとしては、同所移植モデルが非常に少ない点だと思います。また、エクソソームが脳関門を通過してどれほど脳内へ入り込めているのか(エクソソームは非常に小さいため1エクソソームの取り込み、は観察できません)、さらに、脳関門を通過した様に見えるエクソソームの量で(とても少なく見えました!)前転移ニッチが形成できるのか、など不安要素が多く先ずはex vivoの実験からスタートすることとなりました。さらに、肺や肝臓とは異なりエクソソームによるインテグリンの含有量が少なく、これについても新たな検討が必要となりました。途中で投稿先論文を変更する、という流れもあり、先に出ていた論文から4年後にこうして発表できる状態となりました。

 

今後の展望としては、エクソソームに含まれるタンパク質のプロテオミクス解析を用いた機械学習を行い”がんvs.非がん”、“がんの種類”、“未来転移先予測”、など網羅的な解析から導き出されるエクソソームを用いたバイオマーカーキットの開発を行なっていきたいと思います。

また、エクソソーム生物学としては、細胞へ取り込まれた後のエクソソームはどうなっているのか(トラフィッキングされてる?)、などイメージング解析も興味あります。さらに、1細胞から産生されるエクソソームがどれほどヘテロなのか、1微粒子レベルでの解析も行なっていきます。

最も重要な今後の研究テーマとしては、エクソソームによるがん進展機構をターゲットとした治療ができるのかどうか。エクソソームがトリガーとなる変化を未然に防ぐことができるか、取り込まれた後の変化を抑制することができるか、その辺りにも迫っていきたいと思います。

そして、エクソソームの臓器特異的取り込みはがん以外の疾病でも確認できています。このあたりについても近い将来ご報告できたらと思っております。

一緒に研究していいただける方を募集しております!ご興味あるかたは是非ご連絡いただきたいです!

-----

今回の論文

- Tumour exosomal CEMIP protein promotes cancer cell colonization in brain metastasis, Nature Cell Biology, 2019 (リンク)