Bio-Station

Bio-Stationは日々進歩する生命科学に関する知見を、整理、発信する生物系ポータルサイト、を目指します。

エンハンサー大事

私たちの体がきちんとできあがるためには、
皮膚の細胞は皮膚の細胞へ、脳の細胞は脳の細胞へと
それぞれの細胞がそれぞれのなるべき細胞に分化する必要がある。
 
この細胞の運命がきちんと制御されることが、正しい発生に極めて重要である。
 
細胞の運命は転写因子などを含んだ遺伝子発現によって決定づけられると考えられる。
これまで数多くの論文がそれぞれの細胞種に重要な遺伝子を報告してきた。
 
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では、この遺伝子発現はどのように決定づけられるのだろうか?
 
近年の研究によって、細胞の中のクロマチン状態
遺伝子発現を制御することが分かってきた。
 
すなわち、プロモーターやエンハンサーといった
DNA領域の"緩さ"が遺伝子発現を制御することが分かってきている。
 
そこで、細胞運命の決定メカニズムに迫るためには、
クロマチン状態を検証することが重要であると考えられつつある。
 
しかし、クロマチンの開き具合を多くの細胞種で、分化段階を追って同定した報告はこれまでになかった。
 
そこで今回筆者らは、免疫細胞をモデルに、90種もの細胞で
シングルセルレベルでクロマチン状態を検証し、そのアトラスを作成した。
 
 
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クロマチン状態を検証するために、筆者たちはATACseqを行った。
 
ATACseqとは、下図のようにタグ付きのトランスポゼーズを反応させ、
トランスポゼーズの入り込みやすいオープンなゲノム領域を増幅し、シーケンシングするものだ。
 
 
筆者らは90種の免疫細胞でシングルセルATACseq(とRNAseq)を行った。
(と書いてしまえば1行だがwetの実験も、dryの解析も相当大変だろう。。。)
 
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得られた結果をもとに、遺伝子発現や、様々なゲノム領域のクロマチン状態でクラスタリングを行った。
 
すると、驚くべきことに、
遺伝子発現や、プロモーターのクロマチンの開き具合でクラスタリングよりも、
エンハンサーのクロマチンの開き具合でクラスタリングした方が細胞種がきれいに分かれていた。
 
すなわち、エンハンサーのクロマチン状態が細胞種によって異なることが明らかになった。
 
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ではクロマチン状態と遺伝子発現はどのような関係にあるのだろうか?
 
筆者らはプロモーター/エンハンサーの開き具合と、下流遺伝子の発現を検証した。
 
すると、(解析手法が難しくて今一つ理解できなかったが)
Housekeeping遺伝子やcell cycle関連遺伝子はプロモーターの開き具合で発現が制御されるのに対して、
細胞運命に関わるような遺伝子はエンハンサーの開き具合で発現が制御されていることが分かった。
 
さらに、細胞の分化にそって開き具合が変化するゲノム領域を調べてみると、
エンハンサー領域の開き具合が大きく変動していることが分かった。
 
すなわち、エンハンサーのクロマチン状態こそが、
細胞の運命を決定するのに重要である可能性が示唆された。
 
最後に筆者たちは、このエンハンサーに結合しうる転写因子を探索し、
これらの転写因子が運命決定に重要なのではないかと考察している。
 
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分化過程においてエンハンサーの開き具合が重要であろうとクリアに示されていて興味深い。
 
特に、転写開始点直上のプロモーターの開き具合よりもエンハンサーの開き具合というのが意外。
 
 
ただし、エンハンサーは、そのエンハンサーがどの遺伝子の発現を制御しているのか分かりにくいという問題がある。
 
Hi-CなどのDNA領域の結合をみる手法が開発されてきてはいるが解像度が荒く、
網羅的にエンハンサー-遺伝子発現の関係を明らかにするには至っていない。
 
今後これらの課題が解決すれば、細胞の運命決定のメカニズムに対する理解は
もう一段進むのではないかと期待される。
 
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The cis-Regulatory Atlas of the Mouse Immune System, Cell, 2019

温度に合わせて性別が決まるメカニズム

それなりの種類の爬虫類は、卵の時の温度に合わせて性別を決定するという仕組みを持っている。
 
例えばアカミミガメでは26℃ではほとんどオスになるが、
32℃ではほとんどがメスになることが知られている。
 
温度で性別をさせる利点ははっきりとは分かっていないが、
「チャーノフ・ブルモデル」
(発生環境が雌雄の適応度に異なる影響を与える場合には、
遺伝子型性決定よりも温度依存型性選択の方が選択上有利になる???)
というので説明されるらしい。(よくわかりません...)(D. A. Warner et al, Nature, 2008)
 
 
この温度依存的な性選択は非常に面白い性質だけれども、
温度依存的に性を決定する分子メカニズムはこれまで分かっていなかった
 
今回筆者らは、JMJD3というエピジェネティクス因子が、
温度によって発現を変化させ、性を決定するマスター因子であることを見出した。
 
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筆者らはこれまでに、アカミミガメ(下図)をモデルに
オスが生まれるような温度(26℃)とメスが生まれるような温度(32℃)で、
網羅的遺伝子発現解析を行っていた。

f:id:Jugem:20190122210405p:plain

この中で、温度によって発現が変わる遺伝子として、
JMJD3というエピジェネティクス因子に着目した。
 
なぜなら、温度依存的に性が決まるということは、
遺伝子自体(例えば哺乳類のSry遺伝子みたいなもの)で性別が決まるわけではなく、
遺伝子の発現を調節する後天的なエピジェネティクスが重要だろうと考えられるためである。
 
JMJD3はヒストンのH3K27me3のメチル化を外すことで
遺伝子発現をONにして、転写を促進する因子である。
 
JMJD3の発現はオスが生まれるような低温(26℃)で発現が高く、
メスが生まれるような高温(32℃)で発現が低い。
 
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筆者らは、JMJD3が性決定に重要であるか検討するために、
オスになる温度(26℃)でJMJD3をノックダウンした。
 
すると驚くべきことに、
コントロールではほとんどがオスに生まれるのに対して、
JMJD3がノックアウトされたカメではメスが多く生まれていた。
 
すなわち、低温(26℃)でJMJD3の発現が高いことが、
カメをオスにするのに必要であることが分かった。
 
 
ハイライトは上の実験だが、
筆者らはさらにJMJD3がオス化に大事なマスター因子の
上流の脱メチル化を行っていることなどを明らかにしている。
 
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まとめると
低い温度→JMJD3の発現高い→Dmrt1の発現あがる→オス化する
というストーリーらしい。
 
これまでエピジェネティクス状態と温度依存的な性決定の相関報告されてきた。
この研究は初めて因果関係をみることができた点で非常に新しい。
 
また、一般に使われるモデル生物ではないカメで、
ここまでの遺伝学手法を導入し、分子メカニズムを明らかにしている点も素晴らしい。
 
一方、なぜ温度依存的にJMJD3の発現が変化するかという核心部は不明。
これからの研究も期待される。
 
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他の爬虫類や魚類でも温度で性が決まったり、
途中で性が変わったりする種は結構いるらしいですね。
 
2回続けて非モデル生物での研究を紹介しましたが、
まだまだ面白い生き物は残っているだろう。
 
最近非モデル生物でも全ゲノムが読まれるようになっているので、
非モデル生物の特殊能力の分子メカニズムも解明されていくかもしれない。面白い。
 
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参考
- The histone demethylase KDM6B regulates temperature-dependent sex determination in a turtle species, Science, 2018
- 画像はこちらから転載

なぜ毒ガエルは自分の毒で死なないのか?

多くの生物学研究は、マウスやハエ、線虫やゼブラフィッシュなどの
モデル生物を用いて行われている。
 
モデル生物はこれまで数多くの知見が蓄積しているので、
研究を進めるには非常に便利である。
 
その一方で、地球上にはモデル生物以外の種も数多く存在していて、
その一部はモデル生物にはない特殊能力を持っていることが知られている。
 
この非モデル生物を使って研究することで、
初めてわかる知見も数多くあり、非モデル生物の研究は重要である。
 
例えば、GFPももともとオワンクラゲの発光から取られたものだし、
CRISPRも菌(化膿レンサ球菌とか)の自己防御機構から取られたものである。
 
そこで今回(ともう1回?)は、非モデル生物を使った論文を紹介したい。
 
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今回の論文↓
 
ご存知のように、カエルには毒を持つ種がいて、
外的への防御機構として利用している。
 
この中でも、今回の論文の筆者らは
南アメリカに生息するヤドクガエルに注目した。
 
ヤドクガエルはエピバチジンという強い毒を持っていて、
カエル1匹分の毒でバッファロー一頭を死に至らせることができる。
 
では、こんなにも強い毒を体の中に蓄えこんでいるにも関わらず、
なぜ毒ガエル自身は自身の毒でダメージを受けないのだろうか??
 
*ヤドクガエル
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この問題に取り組むため、筆者らは
ヤドクガエルのゲノムを解読した。
*南米まで行ってカエルとってきてゲノム読むのは大変だっただろう...
 
エピバチジンの作用点アセチルコリン受容体とされている。
つまり、エピバチジンはアセチルコリン受容体に結合することで、
神経伝達をブロックすることで毒として働く。
 
そこで、ヤドクガエルのアセチルコリン受容体の配列をみると、
驚くべきことに、ヤドクガエルのアセチルコリン受容体は、
エピバチジンと結合しないようなアミノ酸変異が入っていることが分かった。
 
すなわち、ヤドクガエルは自身の受容体には
エピバチジンが結合しないために効果を発揮しないことが分かった。
 
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しかし、アセチルコリン受容体の変異は、
アセチルコリン自身への感受性も減らしてしまう可能性がある
 
実際、エピバチジンと結合が弱くなるような変異を入れると、
アセチルコリンへの絵都合も弱くなることが示されている。
 
しかし、さらに驚くべきことに、
ヤドクガエルはアセチルコリン受容体にさらなる変異を持つことで、
アセチルコリン自身への結合を弱めないようにしていることが分かった。
 
以上の結果から、ヤドクガエルは
アセチルコリン受容体に2種類の変異を持つことで、
アセチルコリン受容体としての機能を保ったまま、
自身の毒、エピバチジンへの感受性を弱めていることが分かった
 
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毒ガエルはなぜ自分の毒で死なないのか、
というシンプルな疑問に分子レベルで答えを示したすごい論文だと思う。
 
ヤドクガエルにとどまらず、
面白い特徴を持っていながら研究が進んでいない生き物は数多く存在する。
 
そのような生き物の研究から面白い生物の仕組みももっと明らかになるのではないだろうか。
 
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参考
- 原著
Interacting amino acid replacements allow poison frogs to evolve epibatidine resistance, Science, 2017
*結構古いです。すいません。
- 画像はこちらから拝借しました

アストロサイトがリズムを作る

昨年は本庶佑先生がノーベル賞を受賞されて盛り上がりましたが、
おととしのノーベル医学生理学賞は何だったか憶えているでしょうか。
 
"概日リズムをコントロールする分子メカニズム"の発見に対して、
ジェフリー・ホール、マイケル・ロスバシュ、マイケル・ヤング
に授与されましたね。
 
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多くの生物は地球の自転に合わせて
体内時計を持っていて、睡眠や体温、行動などを変化させる。
 
この体内時計の破綻はうつ症状や、睡眠不足などの種々の問題を引き起こし、
生活の質を低下させてしまう。
 
このため、概日リズムを制御するメカニズムを明らかにすることは、
これらの症状を改善する方法の確立につながる可能性があり、極めて重要である。
 
今回は、アストロサイトと呼ばれる細胞が概日リズムに重要だ、という論文を紹介する。
 
 
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体内時計を司る重要な器官として、
視交叉上核(SCN)が知られている。
 
このSCNを欠損した動物は概日リズムを持たないことが、
古典的な実験によって示されている。
 
しかし、実はこれまで、
SCNの中で、どの細胞が概日リズムに重要か
ということは分かっていなかった。
 
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SCNは主に、ニューロンとアストロサイトからなる。
 
アストロサイトはいわゆるグリア細胞の一種で、
ニューロンを助けるような細胞であると認識されている。
 
そのため、おそらくはニューロンが概日リズムに重要で
アストロサイトはただの補助だろうと考えられてきた。
 
しかし、これまでアストロサイトの研究を進めてきた今回のグループは、
SCNに存在するからにはアストロサイトも何か機能があるのだろうと研究を始めたと思われる。
 
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初めに筆者たちは、時計遺伝子の発現リズムをそれぞれの細胞で観察した。
 
すると、驚くべきことに、ニューロンだけでなく、
アストロサイトも時計遺伝子の発現にリズムがあることが分かった。
 
 
では、アストロサイトも概日リズムに重要なのだろうか?
 
筆者らは、全身で時計遺伝子をなくしたマウスに
ニューロン/アストロサイト特異的に時計遺伝子を発現させる実験を行った。
 
普通のマウスは真っ暗な中でも、一定の周期でリズムを持った行動を示すが、
全身で時計遺伝子をなくすと、行動にリズムがなくなる。
 
この実験の結果、驚くべきことに、全身で時計遺伝子をなくしたマウスに
アストロサイト特異的に時計遺伝子を発現させたマウスでは、
行動のリズムが回復することが分かった。
 
*ちなみにニューロンだけ時計遺伝子を発現させてもリズムは回復する
 
すわなち、
SCNのアストロサイトは概日リズムを生み出すのに十分である
ことが示唆された。
(本当はもっと実験しているけど省略...)
 
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これまで、アストロサイトはどちらかといえば、
ニューロンを補助する細胞と考えられてきた。
 
今回の結果はアストロサイトが、
概日リズムを生むマスター細胞であることを明らかにした点で新しい。
 
 
これ以外にもアストロサイトの重要性を示唆するような論文がいくつか出ている。
例えばWindrem, JN, 2014はヒトアストロサイトをマウスに移植すると賢くなるとか。
Lanjakornsiripan et al, Nature comm, 2018*は
これまでニューロンばかりの多様性が着目されてきたが、
アストロサイトも多様であることを示している。
 
 
今の時点では脇役と思われている細胞でも、
実はそちらがメインキャラという例はこれだけではないだろう。
 
脇役と考えず、きちんと機能をみることの重要性を改めて感じた。
 
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参考
Cell-autonomous clock of astrocytes drives circadian behavior in mammals, Science, 2019
*Layer-specific morphological and molecular differences in neocortical astrocytes and their dependence on neuronal layers, Nature Communications, 2018

long non-coding RNAは意外と、、、??

生き物のゲノムにはlong non-coding RNA(lncRNA)
(タンパク質をコードしていない長いRNA)
が数多く存在していることが分かっている。
 
これまで数多くの因子のlncRNAの機能が報告されてきたが、
意外と発生に不可欠であるという報告は少なく、
lncRNAが"死ぬほど"重要なのかどうかは不明であった
 
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lncRNAが"死ぬほど"重要なのかを調べるために、
筆者らはゼブラフィッシュにおいて、CRISPR-cas9を用いて、
32種類のlncRNAのノックアウトゼブラを作成した。
 
(32種類は、RNAseqで発現していて、
リボソームはプロファイリングでリードがない=翻訳されない、
かつ進化的によく保存されているものを選んだらしい)
 
その結果、驚くべきことに、
31種類のlncRNAのノックアウトゼブラは
正常に発生し、次世代を残すことができた
 
つまり、今回選ばれたlncRNAのほとんどは
"死ぬほど"重要ではないことが示唆された。
 
唯一表現型が現れたのは
lnc-phox2bbというlncRNAのノックアウトである。
このlncRNAの遺伝子座を完全になくしたゼブラはホモでは胎生致死で、
ヘテロでも顎の形成が異常になる。
 
しかし、驚くべきことに、
lnc-phox2bbの転写開始点のみをノックアウトしたゼブラでは
この表現型は現れなかった。
 
これはとても不思議な現象だが、筆者らは
lnc-phox2bbの遺伝子座にエンハンサーマークであるH3K4me1があること、
lnc-phox2bb全体ノックアウトでは近傍の遺伝子の発現が変化していること、
を突き止めている。
 
すわなち、lnc-phox2bb全体ノックアウトの表現型は、
lnc-phox2bb遺伝子座がもつエンハンサーとしての機能の欠損であろうと考察している。
 
つまり、今回ノックアウトした32種類で
唯一表現型のあったlnc-phox2bbは、
lncRNAとしての機能が重要であったわけではなく、
その遺伝子座がエンハンサーとして働くことが重要であった可能性が示唆された
 
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では、これまで"死ぬほど"重要といわれていたlncRNAはどうなったのだろう?
 
このような"死ぬほど"大事なlncRNAにcyranoというものがある。
 
cyranoをノックダウンしたゼブラは
頭が小さい、尾が短いなどの外見上の表現型があることが
報告されていた。(Ulitsky et al., Cell, 2011)
 
しかし、今回の報告ではCyranoのノックアウトゼブラは
このような表現型を示さなかった
 
そこで、Cyranoノックアウトゼブラに対して、
Cyranoのノックダウンするベクターを導入した。
 
すると、恐るべきことに、
CyranoがないCyranoノックアウトゼブラでも
Cyranoノックダウンと同じ表現型がみられた。
 
すなわち、Cyranoノックダウンでの表現型は、
ノックダウンベクターによるオフターゲット
(予期しない遺伝子の発現を抑えてしまうこと)
であった可能性が示唆された。
 
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この研究から、少なくとも今回ノックアウトした32種類のlncRNAは
ゼブラの発生には"死ぬほど"重要ではないことが示唆された。
 
すなわち、lncRNAは意外と、"死ぬほど"重要ではない可能性がある。
 
ただし、これまでlncRNAの欠損は行動異常などにつながるという報告がなされつつある。
lncRNAはこのような、より高次の生命現象をfineに制御するために使われている可能性がある。
 
また、lncRNAの機能を本当にみるのはたいへんだな、と思った。
lncRNAの論文を見かけても気を付けてデータと主張をみたいですね。
 
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参考
Individual long non-coding RNAs have no overt functions in zebrafish 2 embryogenesis, viability and fertility, eLife, 2019
著者らはきっと"死ぬほど"重要なlncRNAをとりたかったのだろう。
32種類も試して、ひたすらネガティブ(にみえる)データをとり続けた筆者らに敬服。
ハイインパクトジャーナルには載りづらいかもしれないけれど、
こういう研究こそ生命科学を進めている感じがした。
 

ゾフルーザの作用機序 -Snatching the cap-

今年もインフルエンザが広まる季節になってきましたね。
当ラボでもボスを始めとして発症者が出てしまいました....
 
ただ、去年までと様相が異なるのは、
"ゾフルーザ"という新しい薬が出ていることだろう
 
この"ゾフルーザ"の作用機序は結構興味深いので、
このブログで紹介しようと思う。
 
一言でまとめると、ゾフルーザは
キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害剤なのだが、
それではなんのこっちゃ分からないので説明したい。
 
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インフルエンザウイルスはRNAウイルスで、
細胞中でRNAからRNAを転写することで自己増幅する
 
 
1970年代、このインフルには面白い性質があることが分かっていた。
 
まず、インフルはRNAウイルスのため、
細胞質で転写、増幅すればよいが、
インフルはなぜか核に移行する、こと。
 
さらに、細胞中のインフルRNAは5末端にキャップをもつが(Krug RM, 1976)、
無細胞系ではインフルRNAはキャップを持てないこと。
 
 
なぜ、インフルはこのような挙動をするのだろうか?
(下にちょっと考えるスペース入れました)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
当時の研究者たちは、数多くの試行錯誤の結果、
インフルは核内で宿主の5キャップを外し、自分に付け替えることで、
ウイルスRNAの転写効率を上げていることを明らかにした。
 
実際の実験は、
試験管内でウイルスを培養して転写効率を測る系で、
ここにmRNAを入れるだけで、(mRNAのキャップがウイルスにつけ変わり)
ウイルスRNAの転写効率が劇的に向上している。
 
試薬ならともかく、転写の系にRNAを入れるという発想もさることながら、
キャップを拉致するというウイルスの生存戦略も驚きである。
 
ちなみに、インフル以外にも
アレナウイルスやブニャウイルスが
このキャップ拉致を行うらしい。
 
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さて、このキャップ拉致反応はウイルスしか行わないので、
この反応を止めてやればウイルスは増殖することができない。
 
そう、ゾフルーザはこのキャップ拉致反応の阻害薬である。
 
 
キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害剤
=キャップを認識してキャップを切り出すヌクレアーゼの阻害剤
ということですね。
 
これまでのタミフルなどはウイルスが細胞外にでていくのを止める薬。
それらとは全く別の機序なのでとても新しい。
 
薬としても1回投与でよい飲み薬ということで飲みやすいらしいです。
 
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普段はあまり気にしない(かもしれない)が、
RNAのキャップは死ぬほど大事なのだな、と痛感。
 
そして本当に基礎の基礎研究から
新薬の開発まで結び付けた多くの人の力に感動。
 
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参考
- Cap and Internal Nucleotides of Reovirus mRNA Primers Are Incorporated into Influenza Viral Complementary RNA During Transcription In Vitro, 1979, JV 
- 塩野義製薬のページ
(*ゾフルーザはシオノギから発売されてますが、特にシオノギ関係者ではないです。)
- RNA学会のブログ。大変参考にさせていただきました。
- Figureはここから改変

Act locally !

最近の神経科学のトレンドの一つとして、
"軸索でのローカルなもろもろの制御"というのが挙げられる。
 
例えばこれまで、mRNAはaxonでローカルに必要な場所で合成されるだとか、
m6a修飾がaxonで特異的におこるとかが報告されてきた。
 
さらに、最近オルガネラまでもがAxonやDendriteにローカルに存在することが
CellにBack-to-backで報告される*など、
ローカルな制御がグローバルに熱くなっている。
 
ちなみにそのCellによると、
ミトコンドリアもdendritesでコンパートメントを作っていて、
エネルギーをローカルに供給しているらしい(Rangaraju, Cell, 2019)。
また、後期エンドソームもaxonにローカルに存在し、
RNA翻訳の場になっているらしい(Cioni, Cell, 2019)。
 
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今回、さらに驚くべきことに
リボソーム自体がaxonでローカルに翻訳されているぜ!
という報告がBioRxiv**にpostされていたので紹介する。
 
 
近年、axonでのmRNAを検出する手法が開発されてきて、世の中の人々は
axonにリボソーム関係のmRNAがあるのではないかということに
薄々気づき始めていた。
 
そこでまず、筆者らは時期を振って
カエルの視神経のaxonのmRNAを検出する実験を行った。
 
すると、
リボソーム関係mRNAはaxonが枝分かれするタイミングでaxonに多く集まる
ことが分かった。
 
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そこで筆者らはaxonのリボソームRNAは、ローカルに翻訳され、
axonの枝分かれに重要なのではないかと仮説を立てた。
 
ここがおしゃれな実験だが、
筆者らは、axonでのみノックダウンを行う手法を用いて
axonでリボソーム関係RNAをノックダウンした。
 
すると、驚くべきことに、axonでリボソーム関係因子をKDすると、
axonの枝分かれが異常になることが分かった。
 
すなわち、axon中のリボソームRNAはaxon中で翻訳されることが
axonの枝分かれに重要であることが分かった。
 
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さらに筆者らは、アクソンガイダンスに重要な因子であるNetrin1が
リボソームRNAの翻訳を亢進させていることも明らかにしている。
 
つまり、枝分かれさせたい時にNetrinからのシグナルがくると、
その場で、リボソームが合成されて他の因子の翻訳を亢進させるということだろうか。
 
以下がまとめの図。
 
 
これまで誰もが、リボソームは核小体で組み立てられて、運ばれていくと考えてきた。
 
今回の論文では、リボソーム自身がaxonでローカルに翻訳されることを
初めて明らかにした点で非常に衝撃的である。
 
さらに、axonの枝分かれに効くなど、生物学的にもfunctionalなのも面白い。
 
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では、ローカルに制御することにはどういう生物学的メリットがあるのだろうか?
やはり、ローカルにしておいた方がロスが少ないということだろうか?
それともaxon特異的な翻訳機構があったりするのだろうか?
 
今回の論文からさらにいくつかの発見が生まれるのではないだろうか。
 
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ちなみに最初に紹介したCellと同じグループの論文。
PublishされるのはCellかNeuronと予想。外すことが多いけど。
 
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** 生物系のプレプリントサーバー。review前の(後のもあるけど)論文が出ている。
参考
On-site ribosome remodeling by locally synthesized ribosomal proteins in axons, BioRxiv, 2018