Bio-Station

Bio-Stationは日々進歩する生命科学に関する知見を、整理、発信する生物系ポータルサイト、を目指します。

ニューロンを生むべきか、グリアを生むべきか

 
私たちの脳はニューロングリア細胞といった細胞から構成される。
このニューロングリア細胞は発生期において
共通の起源である神経幹細胞から生み出されることが知られている。
 
神経幹細胞は興味深い性質を持っていて、
発生の初めの方にはニューロンだけを生み(ニューロン分化期)、
そのあとにグリアだけを生む(グリア分化期)という性質を持っている。
 
つまり、神経幹細胞は発生時期依存的に性質を変え、生み出す細胞を変化させる。
 
この性質の転換がうまくいかないと、
ニューロングリア細胞の数が異常になってしまう可能性があるので、
ニューロン分化期からグリア分化期への転換は厳密に制御される必要がある。
 
では、神経幹細胞はどのようにして、
発生時間に伴ってニューロンからグリアへと生み出す細胞を変えるのだろうか?
 
今回の論文では、ニューロン分化期からグリア分化期にかけて、
ニューロン関連遺伝子の抑制様式が変化することを見出した。
 
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これまで、ニューロン分化期からグリア分化期の転換では、
ポリコーム群というエピジェネティクス因子が重要な役割を果たすことが報告されてきた。
 
ポリコーム群はヒストンH3K27にメチル化を入れることで遺伝子発現を抑制する酵素複合体である。
 
ニューロン分化期以降の神経幹細胞では
ポリコーム群がヒストンにメチル化を入れることで、
発現を抑制し、分化能も制限することが報告されてきた。
 
 
ここから少しディープなお話に。
 
では、ポリコーム群は実際どのように遺伝子発現を抑制するのだろうか?
 
これまでにポリコーム群(PRC2)の入れたH3K27のメチル化を認識して、
さらに別のポリコーム群(PRC1)が
コアヒストンにユビキチン化を入れることが知られている。
 
しかし、このユビキチン化が遺伝子発現の抑制に重要であるという報告と、
重要でないという報告があり、ユビキチン化の役割ははっきりとしていなかった。
*このユビキチン化はプロテアソームに行く系ではないので、
タンパク質の分解にはほとんど関与しない。
 
そこで、筆者らは世界に先駆けて、ユビキチン化を入れられない
PRC1変異体を作成し、標的遺伝子が抑制されるかを検証した。
 
その結果、驚くべきことに、
ニューロン分化期では遺伝子発現の抑制にユビキチン化が必要であった一方、
グリア分化期では遺伝子発現の抑制にユビキチン化は不要であった
 
つまり、これまで必要だとか不必要だとかはっきりしなかったユビキチン化は、
発生時期によって必要性が変化することが分かった。
 
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では、グリア分化期ではどのようにニューロン関連遺伝子の発現を抑制しているのだろうか?
 
ポリコーム群による遺伝子発現抑制のメカニズムとして、
ユビキチン化とは別にポリコームの凝集が知られていた。
 
そこで、ポリコーム群が凝集できない変異体で実験を行うと、
グリア分化期ではポリコーム群の凝集が遺伝子発現に必要であることが分かった。
 
すなわち、
ニューロン分化期では分化シグナルにいつでも応答できるように
ユビキチン化で軽く抑制しているのに対して、
グリア分化期ではもうニューロンを生むことはないので、
凝集によって固く抑制していることが明らかになった。
 
また、このポリコーム群による抑制モードの変化には
ヒストンのアセチル化が重要であることも示している。
 
下がまとめの図。
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ニューロン分化期からグリア分化期への転換において、
ニューロン関連遺伝子の抑制様式が変化するというモデルは
conceptually newでとても面白い。
 
ポリコーム群は他の細胞種でも細胞運命を制御していることが知られている。
そのような細胞種でも、今回のような抑制モードの変化があるのだろうか。
 
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参考
Ubiquitination-Independent Repression of PRC1 Targets during Neuronal Fate Restriction in the Developing Mouse Neocortex, Developmental Cell, 2018
 

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紹介できなかった論文たち_2

2018年も最後になってきたので、
今年出た論文で紹介しきれなかったものを簡単に紹介する。
 
 
Self-organization of a human organizer by combined Wnt and Nodal signalling, Nature, 2018
1924年にシュペーマンとマンゴールドの実験によって、イモリの初期胚には
シグナリングセンターのような"オーガナイザー"があることが分かっていた。
オーガナイザーは誘導因子を分泌し、周りの組織の発生運命を決定する重要な領域である。
 
他にもカエルなどでオーガナイザーは発見され、誘導因子の分子実体など研究されてきた。
しかし、このオーガナイザーがヒトにも保存された発生メカニズムであるかは不明であった。
 
筆者らは、
ヒトES細胞を用いることで、ヒトにもオーガナイザーが存在することを見出した。
 
驚くのは最後のFigureで、ヒトESから取ってきた"オーガナイザー"を
ニワトリの初期胚に移植することで二次胚を誘導できることを示している。
 
まさに100年越し(96年だけど)の金字塔か。
 
 
 
Ribosome Incorporation into Somatic Cells Promotes Lineage Transdifferentiation towards Multipotency, Scientific reports, 2018
熊大の太田先生の論文。
これまで筆者らは、皮膚の細胞に乳酸菌をかけるだけでreprogrammingして多能性を獲得することを示していた(!?)
 
しかし、多能性を獲得させる因子の分子実体は分かっていなかった。
そこで分子量で分画して、それぞれ細胞にかけて運命をみるような実験を行った。
 
すると、
(まさかの)乳酸菌のリボソームが多能性を獲得するのに大事であることが分かった。
つまり、乳酸菌のリボソームかけるだけで皮膚細胞がリプログラミングする。
なお、これは市販されている精製リボソームでもこの現象がみられることを示している。
 
にわかには信じがたいが、本当だったらすごい。
次は何でリボソームでリプログラミングできるのかというところだろうか。
 
 
 
Asymmetric Expression of LincGET Biases Cell Fate in Two-Cell Mouse Embryos, Cell, 2018
初期発生で、これまで4細胞期から存在すると思われていた非対称性が、
実は2細胞期からあった、という報告。
 
さらに2細胞期で非対称に発現するnon-coding RNA
その後の運命に重要であることを
KDと過剰発現で確認している。
 
codingより先にnon-codingが見つかったというのもなかなか興味深い。
 
ちなみに、2細胞期の後期で細胞運命がなんとなく決まることは知られていたらしい。
つまりtotipotencyは2細胞期の"間"に(細胞分裂に依存せずに)失われるということか??
 
 
 
Mechanisms Underlying Microbial-Mediated Changes in Social Behavior in Mouse Models of Autism Spectrum Disorder, Neuron, 2018
ヨーグルトを食べると自閉症が治るかも、という論文。
 
筆者らはこれまでに、母親に高脂肪食を食べさせると子供が自閉症になりやすいこと、
またこのとき腸内細菌叢が乱れていて、ロイテリ菌(ヨーグルトに含まれる)を戻すと
症状が緩和すること、を報告していた。
 
前回の報告は環境要因による自閉症だったが、
今回の論文では、
なんと遺伝要因による自閉症(自閉症モデルマウス)でも腸内細菌叢が乱れていること、
さらにロイテリ菌を戻すことで症状が緩和することを示した。
 
使ったのはShank3Bノックアウトというよく使われる自閉症モデルマウス。
 
ロイテリ菌を摂取するだけで自閉症が治るのならば、
これまでの研究は何だったんだという衝撃。
 
ただ、他の自閉症モデルでも共通しているのか、
またそもそも他のラボで再現がとれるのかは検証が必要。
 
分子まで捕まえられれば、本当かもしれないと思えてくる。
 
 
とりあえずこんなもので。
来年もしばらくsingle cell RNAseqとphase separationの流れが続くのでしょうか。
よいお年を。
 

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二刀流 in Heart

今年2018年は大谷翔平メジャーリーグでも二刀流をこなし話題になりましたね。
年の瀬ですが、Scienceにタンパク質も二刀流していたというやつが出ていたので
紹介します。
 
この論文では、心筋で筋小胞体とT tubeをつなぐ構造タンパク質として知られていたJunctophilin2が筋損傷時に核に入り転写因子として働く、ことを見出した。
 
構造タンパク質と転写因子としての二刀流ということですね。
 
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心筋は収縮と弛緩を繰り返すことで血液を全身に巡らせている。
この収縮と弛緩は細胞内においてはカルシウムの濃度によって制御されている。
 
心筋に活動電位が入ると
心筋細胞の凹んだ構造体であるT管のカルシウムチャネルが開き、
さらにそれに引き続いて筋小胞体のカルシウムチャネルが開くことで
細胞内のCa濃度が上昇する。
(最終的に、Ca濃度の上昇はトロポニンの構造変化を引き起こして筋収縮を促す。)
 
Junctophilin2(以下JP2)は以下の図のように、
心筋においてT管と筋小胞体をつなぐ構造体として同定されていた。
(最初の論文は日本人のグループらしい)
 
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筆者らのグループはこれまでに、
- このJP2が筋損傷時に活性化するCalpinという酵素によって切断されること
- この切断が筋損傷応答に重要であること
を示してきた。
 
では、切断されたJP2はどのようなメカニズムで筋損傷に応答するのだろうか?
 
筆者らは切断されたJP2の断片を認識するような抗体を作成し、染色を行った。
その結果JP2が切断されたタンパク質のうちN末端側であるJP2NTに局在していることを発見した。
 
また、この核局在は筋損傷ストレスで増加すること、
JP2切断酵素であるcalpainの活性に依存することを明らかにしている。
 
すなわち、筋損傷時にJP2は切断されることで、切断されたフラグメントが核に移行することが分かった。
なお、このJP2NTは核移行配列NLSを持ち、この配列がないと核移行できないことも示している。
 
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では、このJP2NT(JP2フラグメント)は核内で何をしているのだろうか?
 
筆者らは核分画を行った後にWestern Blotすることで、
JP2NTはクロマチン画分にあること、すわなちDNAと結合していることを突き止めた。
 
実際JP2NTがゲノム上にどこに結合しているか調べると、
転写が活性化しているプロモーターにJP2NTは結合していることが分かった。
 
少し端折るが、この後いくつかの実験を行うことで
JP2NTは、筋損傷の系では悪さをする転写因子であるMEF2と競合することで
MEF2標的遺伝子の発現を抑制している可能性が示唆された。
 
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では、このJP2NTは筋損傷応答に重要なのだろうか?
 
筆者らはJP2NT過剰発現マウスと、JP2NTの核移行ドメイン欠損マウスを作成し、
筋損傷時の応答を検証した。
 
その結果、驚くべきことに、
JP2NT過剰発現マウスでは筋損傷からの回復が早くなる一方、
JP2NT核移行ドメイン欠損マウスは筋損傷応答が不十分になることが分かった。
 
以上の結果から、普段は構造タンパク質として働いているJP2が、
筋損傷時には切断され転写因子として働くことで、損傷応答に働いていることが分かった。
 
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構造タンパク質として知られていた因子が、まさか転写因子としても働くことができるというのは面白い!
 
思い返せば?、b-cateninもWntのエフェクターとして働いているし、
アクチンも核内移行してリプログラミングがなんとか、など知られているので、
意外と生物はいろんなタンパク質に二刀流させているのかもしれない。
 
 
また、今回の論文の大きな教訓(だと思う)のは、
今回のJP2NTのような因子はトランスクリプトーム解析からは同定できない、ことだ。
 
最近はトランスクリプトーム解析で何でも分かった感じにしている論文も少なくないが(実際分かることも多いが)、
遺伝子発現だけでは理解できない生命現象も数多く残っている。
 
トレンドに乗らない地道な実験でしか分からないこともあるのだと実感。そして反省。
 
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参考
E-C coupling structural protein junctophilin-2 encodes a stress-adaptive transcription regulator, Science, 2018

シングルセルChIP-seq

今回は日本初のテクニックについて紹介しようと思う。
 
ChIP(クロマチン免疫沈降法)は、
あるタンパク質がゲノム上のどこに張り付いているか調べる方法で、
転写因子の解析やエピジェネティクスの研究でよく使用されている。
 
具体的な実験としては、以下の図のように
 
*
 
タンパク質とDNAを結合させる
DNAを切断する
タンパク質を抗体で免疫沈降する
 
という流れで行われる。
 
実際は、最後にシーケンスすることでゲノムワイドに解析することが多い。
(定量PCRで特定のゲノム領域のみをみることもあるが)
 
このChIP(-seq)、とてもパワフルな技術ではあるが、
少数細胞では解析できない、という問題があった。
 
(免疫沈降が少数細胞ではできないためで、
ヒストン修飾でも最低10万細胞くらい必要。)
 
そこで、今回の論文では
少数細胞でもChIP-seqできるようにしたぜ!というのを報告している。
 
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具体的には以下のようなスキームを用いている。
 
ざっくりいうと、
二次抗体にプライマーとトランスポゾン配列をくっつけておけば
目的の配列付近にDNAが挿入されるだろう
というもの。
 
プロトコル的には、
抗体入れて、トランスポゼース入れて、
DNAリガーゼ入れて、増幅する、という流れ。
 
書いてしまえばこれだけだが、
条件を検討するのは相当大変だっただろう。
 
なお、シングルセルChIPとは書いているが
IP(免疫沈降)はしないのでChIL(L=Labelling)という名前になっている。
**
 
実際この手法によって、
少数細胞(100細胞とか)においても多くの細胞を用いた場合と同様のシグナルが得られることを確かめている。
 
そういうのをFigureに入れているだけかもしれないが、
本当にきれいにシグナルが得られている。
 
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最後に1細胞にも適用できるかを検討し、
いくつかのヒストン修飾に対してはシングルセルでもChIP(正確にはChIL)できることを示している。
 
ただし、筆者らは最後に
However, the current ChIL–seq protocol is not cost-effective for high-throughput assays
(=めっちゃ高い)といっている。
 
シングルセルRNAseqのようにシングルセルChILseqするのはしばらく先になるだろうか。
 
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これまで、シングルセルRNAseq、ATACseqは存在していたが、
シングルセルChIPの開発は長年待ち望まれていた。
 
今回の結果でついにシングルセルレベルでクロマチン状態が記述できるようになった。
これから、続々とこの手法を用いた研究がでてくる可能性を感じる。
 
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筆者は九大/大川先生、東工大/木村先生、東大/胡桃坂先生、白髭先生と豪華な顔ぶれ。
新学術領域研究(科研費)「クロマチンポテンシャル」の総力(ではないが)をあげた力作ですね。
 
ちなみに、このクロマチン系の新学術は平成16年から、
細胞核ダイナミクス→遺伝情報場→動的クロマチンクロマチンポテンシャル
と、長くにわたって活動している。
 
同じような顔ぶれでずっと続いているのはこの領域くらいではないか?
それだけきちんと成果が出ているということだろう。すごいですね。
 
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参考
☆A chromatin integration labelling method enables epigenomic profiling with lower input, Nature Cell Biology, 2018, **

翻訳されるnon-coding RNA??

近年non-codingと思われていたRNAから翻訳されていた!
という報告がいくつかなされてきた。
 
今回紹介する論文も感染時に発現する翻訳される"non-coding"RNAを見つけた!、
という話(☆)。
さらにそいつは一般的な開始コドン(AUG)から始まっていなかったという驚きもある内容。
 
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おそらく、初めは感染時に翻訳がどう変化するというモチベーションだったのだろう。
 
筆者らは始めに、培養しているマクロファージにLPS(感染刺激)を加え、
一定時間後にリボソームプロファイリングを行った。
 
先日紹介したように、リボソームプロファイリングでは、
リボソームの乗っている、翻訳されていそうなRNAを同定することができる。
 
この結果、驚くべきことに、リボソームの乗っているRNAのうち、
実に10%がこれまでnon-codingと思われていたRNAであることが分かった
 
*これまでの翻訳される"non-coding"RNAの研究は、
いくつかの遺伝子に絞った解析が多く、
このようにゲノムワイドにみられたのも新しい。
 
また、解析の結果、このnon-coding RNAの一部は
開始コドンであるAUG以外から翻訳されていそうなことが示唆された。
*パソコンで解析しているだけなので、本当にこの翻訳が起きているかは不明。
 
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筆者らは、これらの解析の結果から変動幅の大きかった因子、
Aw112010に着目した。
 
これは感染時に発現の上がる翻訳されそうな"non-coding"RNAで、
AUG以外から翻訳されていそうな因子である。
 
実際に、Aw112010にタグをノックインした細胞や、MSを使った検証を行い、
Aw112010は確かにタンパク質になり非AUGから始まっていることを確認している。
 
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では、このAw112010は機能があるのだろうか?
 
筆者らはAw112010にSTOP配列を挿入したマウスを作成し、
Aw112010の機能にアドレスした。
*作るのも結構大変だっただろう....
 
Aw112010は感染時に発現が上昇するので感染防御に大事だろうということで、
サルモネラ菌を感染した時のOutputを検証した。
 
その結果、驚くべきことに、Aw112010欠損マウスは
サルモネラ菌感染時の生存率が低下することが分かった。
 
すなわち、Aw112010はサルモネラ菌に対する防御に必要であることが示唆された。
 
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一応、筆者らはメカニズムも少しやっていて、
Aw112010はインターロイキン12の産生に必要なことをみている。
 
ここで、ちょいと知っている人なら気になるだろう。
これまでの実験ではAw112010の
RNAとしての機能が大事なのか
本当にタンパク質としての機能が重要なのか、
は分けることができなかった。
 
そこで筆者らはAw112010と同じアミノ酸配列になるがRNAの二次構造は全く異なる
RNAをレスキューする実験を行っている。*おしゃれ。
 
この結果、このRNAでもIL12の発現低下はレスキューできるので、
Aw112010 RNA自体ではなくそこから翻訳されるタンパク質が重要だったのだろうと示唆される。
 
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そういうわけで、感染防御に重要な翻訳される"non-coding"RNAが初めて同定された。
 
正直最初見たときは流行に乗っただけの論文に見えてしまったが、
ゲノムワイドに見たり、二次構造の異なるRNAでのレスキューなど良い論文だった気がする。
 
 
最近この翻訳される"non-coding"RNAが流行っているが、
少なくとも哺乳類でみつかった例はすべて病理的な条件である。
 
生理的な条件ー例えば発生とかーでこのような新規ペプチドも存在することが予想されるが、
その実体をとらえた報告は未だ存在しない。
*あったらコメントで教えてください、ぜひ。
 
いくつかの系ではいくつものnon-coding RNAの発現が変動することが知られている。
(心臓発生とか神経発生とか)
これらのいくつかは翻訳されている可能性も大いにあるのではないだろうか。
今後の研究が期待される分野だと思う。
 
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参考
☆The translation of non-canonical open reading frames controls mucosal immunity, Nature, 2018

精子と卵子が出会うとき_2

精子卵子がお互いを認識しあうタンパク質は受精卵の形成に極めて重要である。
これまで哺乳類で精子-卵子間相互作用をIzumoとJunoという因子が担うこと報告されてきた。
(Izumo; Inoue et al., Nature, 2005、Juno; Bianchi et al., Nature, 2014)
 
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では他の種でどのように精子-卵子間相互作用を行うのだろうか?
研究者たちはまず、IzumoやJunoが他の生物種にも保存されているか検討した。
 
すると驚くべきことに、Junoは魚類には保存されていないこと、
すなわち、魚類には精子-卵子間相互作用を担う未知の分子があることが示唆された。
 
 
特に魚類は、メスが水中に卵子を放出し、オスが精子を振りかけるという生殖様式なので、
精子-卵子間の相互作用が正常な受精に非常に重要である。
 
また、他の種の精子も水中に存在するため、
精子-卵子間相互作用を担うタンパク質は同じ生物種の精子卵子だけを結合させる
種特異性を生みだしている可能性もあり、多くの研究者の興味を引いてきた。
 
この分子の実体を求めて多くの研究者が研究を行っていたが、2018年まで
魚類において精子卵子がお互いを認識しあうタンパク質の実体は不明であった
 
今回紹介する論文(☆)では、ついにこの分子の実体を突き止め、
さらにこの因子が種間の交雑を防いでいる可能性を明らかにしている。
 
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なぜこれまで長年の研究にも関わらず、この魚類の精子-卵子認識タンパク質が不明であったのだろう?
 
原因の一つは、今回筆者らが精子-卵子認識タンパク質として発見した因子は、
これまでそのタンパク質自体が存在すると考えられていなかったからである。
 
筆者らは、これまでにゼブラの初期胚(1細胞から桑実胚くらいまで)で、リボソームプロファイリングを行うことで、
- これまでnon-coding RNAと思われていた遺伝子領域にリボソームが乗っていること、
- そのうちいくつかは実際に転写されていること、
を明らかにしていた。
(Pauli et al., Science, 2013、今回のラストauthorがポスドクの時にやった仕事)
 
*"non-coding" RNAから翻訳されるという報告はDrosophilaでなされていたが、
このScience2013がゼブラでは初めて(おそらく)。
哺乳類で同様なものはAnderson et al., Cell, 2015が初めて(おそらく)。
中山敬一Labの松本さんのSPARもこういうやつですね(Matsumoto et al., Nature, 2016大体留学先での仕事と思われる)。
 
そこで今回、このリボソームの乗っている"non-coding"RNAの中から、
卵でのみ高く発現している遺伝子を探索した。
 
*おそらくこのときは特に精子-卵子認識タンパク質をとりたいと思ったわけではなく、
卵で何かしら重要そうな、翻訳される"non-coding"RNAがとりたかったのだと思われる。
 
その結果、
一つのエクソンからなり、これまでgene annotationされていなかった因子が、
卵でのみ非常に高く発現していることが分かった
(後に示す表現型からBouncerと名付けられた)。
 
また、CAGE-seqやRNA-FISH、Western Blotから、
確かにBouncerは転写され、タンパク質まで翻訳されていることが明らかになった。
 
Bouncerは80アミノ酸からなり(意外に大きい)、配列情報から
- 膜に突き刺さるようなGPIアンカードメインを持つこと、
- Ly6/uPARというウロキナーゼ(細胞外タンパク切るやつ、プラスミノーゲンとか)の
  スーパーファミリーに含まれること、
が予想されたが、当然その機能は未知であった。
 
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ではBouncerの機能は何だろうか?
 
筆者らはCRISPR-Cas9システムを用いて、Bouncerのノックアウトゼブラを作成した。
ヘテロ同士の交配でホモノックアウトが25%程度生まれ、通常通り生育したため、
Bouncerは発生には必須ではない可能性が示唆された。
 
しかし、Bouncerの交配を続けると、
驚くべきことに、Bouncer -/- のメスからはほとんど子供が生まれない、ことが分かった。
このとき野生型のメスとBouncer -/- のオスからは子供ができたため、
Bouncerは卵子の発生、あるいは受精にdefectがでることが示唆された。
 
そこで、Bouncer -/- の卵子は見た目上正常に見えるため、後者の可能性を考えて、
Bouncer -/- の卵に精子をmicro injectionする実験を行った。
すると、再び驚くべきことに、
Bouncer -/- であっても、精子をmicro injectionされると正常に発生が進む、ことが分かった。
 
すなわち、Bouncerは受精のステップに必要である可能性が示唆された。
 
研究のハイライトは上の実験で、あとは
- BouncerはGPIアンカードメインで膜局在することが受精に必要なこと
- Bouncerは精子の呼び寄せにはかかわらないこと
- 卵から絨毛膜をはがすと精子がたくさん卵に入るが、Bouncer -/- では精子はほとんど入らないこと
などを示し、おそらくBouncerは卵上で精子との結合を仲介する分子であることが示唆された。
 
---
 
これだけでも十分面白いが、この論文には続きがある。
 
Bouncerの配列を種ごとに調べてみると、種ごとでそれなりに配列にばらつきがあることが分かった。
そこで、筆者らは、Bouncerが受精の種特異を制御しているのではないかと考えた。
 
というわけで、筆者らはメダカ型のBouncerを持つゼブラを作成した。
これをゼブラ型Bouncerを持つゼブラ(つまり野生型)と交配すると、
メス;メダカBouncerゼブラ × オス;ゼブラBouncerゼブラ
は受精できないことが分かった。
(Bouncerは卵で大事なのでオスメス逆は受精できる)
 
これはまあ、さもありなん。
しかし、驚くべきことに、メダカBouncerゼブラにメダカ精子を振りかけると、
いくつかの卵は受精し、24時間は正常に発生する(ゼブラ-メダカハイブリッドができる!)ことが分かった。
 
すなわち、ゼブラとメダカにおいては、
Bouncerの種がそろっていることが受精に十分であることが示された。
 
*ちなみにゼブラとメダカは2億年前に分岐し、進化的には"遠い"とされるらしいです。
ヒトとゾウの分岐が1億年前(ネット情報)とのことですから、確かに結構遠いですね。
一つの遺伝子の配列を変えるだけで、これらのハイブリッド祖先が生まれるのは衝撃...
(たぶんIzumo-Junoを変えるだけではヒト-ゾウハイブリッドはできない気がするが...)
 
*Bouncerというのは英語の単語として"用心棒"、"警備員"という意味らしいです。
他の種の精子が入らないようにする"用心棒"ということですかね。
-----
 
ちなみに、このBouncer、哺乳類にもホモログがある。
 
筆者らはゼブラBouncerの配列をBLASTにかけて、
SPACA4(Sperm acrosomal membrane-associated protein14)
が、Bouncerと近似している遺伝子だということを明らかにしている。
 
SPACA4は精子先端のプロテオームから取られた遺伝子
(Jagathpala et al., JBC, 2003)だが、
in vitroで受精に関わるかも、というデータが一つあるのみで、
基本的にはin vivoでの機能は未知である。(おもしろい!)
 
あれ、ゼブラBouncerは卵なのに、ホモログは精子?という気がしてしまう。
 
実は、筆者らはいくつもの種のBouncerホモログとその発現を検証した結果、
Bouncerホモログは、大変興味深いことに、
魚類など体外で受精する生物では卵に発現しているのに対して、
哺乳類を含めた体内で受精する生物では精子側に発現している
ことを明らかにしている。
 
もちろん、どうして哺乳類では精子側に発現しているのか、機能は何なのか、
は不明である。
*筆者らは数行discussionしているが、いまいち理解できないというのがほんとのところ。
 
いずれにしても、Bouncerの哺乳類ホモログのさらなる研究が、
哺乳類における受精メカニズムを解明する手掛かりになる可能性がある。
 
-----
コメント
 
そういうわけで、ゼブラで初めて、
これまでnon-codingと思われていたゲノム領域から、精子卵子の認識タンパク質がとられた。
 
今回の論文はさらなるInteresting & Big Questionsを残している。思いつくだけでも
- Bouncerの精子側の受容体はなにか??その認識機構は??
- Bouncerの哺乳類ホモログの機能は??なぜ精子側に発現しているの??
などは今後同じグループがやるだろう。(もうやってるだろう)
 
ついでに、かれらはリボソームプロファイリングから得られた
翻訳されそうな"non-coding" RNAの情報をまだまだ持っているので、
初期発生に重要な役割を果たす新規タンパク質も明らかにするのではないか。
 
 
最近も感染で出てくる翻訳される"non-coding" RNAとりましたよ論文(Jackson et al.,Nature, 2018)が、でていたりして
(ついでにこいつは非AUG開始コドンを持つらしい。
ただし、pathologicalなconditionで、かつ分子として何をやっているかなどが結構雑...)
リボソームプロファイリングのパワーを感じている。
 
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☆The Ly6/uPAR protein Bouncer is necessary and sufficient for species-specific fertilization, Science, 2018
Sarah Herberg, Krista R. Gert, Alexander Schleiffer, Andrea Pauli

端のメチルが役に立つ?

今回は日本人研究者の論文を紹介しようと思います*。
タイトルは完全にプレスリリースのタイトルに引っ張られてます...
(プレスリリースのタイトルは"メチルは端だが役に立つ")
 
少し前の投稿でも解説した通り、
最近新しいRNA修飾としてm6Aが再発見され、その生物学的意義が明らかにされつつある。
 
多くの人はmRNAの内部に存在するm6Aに着目し、その機能を研究しているが、
脊椎動物ではmRNAの5末端にも、m7Gに続く構造としてm6Amが存在している
ことが知られている。(端のメチル基ってことですね)
 
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このキャップのm6AmはRNAの安定性に関わるかもとか、がんでなんとかといわれていたが、
あまりその機能は分かっていなかった。(出典はNature 2017なはずです)
 
なぜなら、キャップのm6Amを入れるメチル化酵素の実体が不明であったためである。
 
今回穐近さんらは、このm6Amメチル化酵素を同定し、
端のメチル基は実はRNAの安定化にはほとんど寄与しない一方、翻訳効率に影響を与えることを明らかにした。
 
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はじめにこのメチル化酵素を同定するために、m6Amは脊椎動物のみ持つことに着目して、
脊椎動物にのみ保存されている、機能未知のメチル基転移酵素と思われるものをKOした
(15種類に対してひたすらノックアウト細胞を作ったらしい)
 
それらのノックアウト細胞でRNA-MSを行うことで、
PCIF1という因子のノックアウト細胞で、m6Amが消失していることを見出した。
 
さらに、このときキャップ以外のm6Aはいれないことも分かったので、
PCIF1を CAPAM  cap-specific adenosine-N6-methyltransferase
と名付けた。
 
この後いくつかの生化学実験と、(濡木研による)構造解析を行って、
CAPAMが本当にキャップのm6Amメチル化酵素であることを確かめている。
 
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では、m6Amの機能は何であろうか?
Mauer et al, Nature, 2017はm6AmがRNAの安定性に関わるといっていたため
mRNAの安定性を検討した。
 
すると驚くべきことに、CAPAM KOでもRNAの安定性はほとんど変化しないことが分かった。
 
Nature2017ではm6Am脱メチル化酵素としてFTOをとったといって解析しているのだが、
FTOはmRNA内部のm6Aも脱メチル化しているらしい。
 
そいうわけでnature2017はmRNA内部のm6Aの効果をみていたのではないかという考察。
実際Wei et al, Mol.Cell, 2018でも同じようなことが言われているので、
やはりどうもキャップのm6AmはmRNAの安定化には寄与しないらしい。
 
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そこで、m6Amの他の機能として翻訳効率を考えた。
 
(そもそもmRNAのキャップのm7Gが見つかった背景は
ウイルス再構成にSAM入れとくと翻訳あがるという実験(Furuichi,1975とか)なはずなので
キャップのメチル化なら翻訳効率というのは理にかなっている。)
 
そういうわけで、翻訳効率(Ribosomal profiling)をみてみると
CAPAM KOでmRNAの翻訳効率が落ちていることが分かった。
 
一応、酵素自体はポリメラーゼとくっつくことみているのでそれが効くのかな?
 
また、最終的なアウトプットとして細胞生存も見ている。
普通の状態ではKOしても増殖率変わらないが、H2O2(細胞へのストレス)への感受性が高くなるらしい。
 
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そういうわけで、長年実体不明であったm6Amのメチル化酵素の実体が明かされ、
controversialであったその機能の一端も明らかになった。
 
これから、conditional KOで生理的な機能が明らかになっていくのだろうか。
これからの研究が期待されますね。
 
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参考に、RNAに関しては以下のRNA学会のコラムが非常に面白かったです。
 
RNAのキャップがどのように見つかったかなど、RNA研究の歴史が詳しく書かれています。
 
これを書かれている古市先生がRNAキャップみつけられた先生なので、
競合の様子から、同僚の人となりまで非常に詳しく書かれています。
 
 
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参考
* Cap-specific terminal N6-methylation of RNA by an RNA polymerase II–associated methyltransferase, Science, 2018