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「1細胞1受容体ルール」の分子メカニズム_1

動物はほぼ無限に存在する匂い物質をどのようにかぎ分けているだろうか?
 
匂いを感知するのは嗅覚系の嗅覚受容体であるが、マウスでも嗅覚受容体の遺伝子数は1000個程度であり、
1受容体が1つの物質を感知する仕組みだとそれほど多くの物質をかぎ分けることができない。
 
そこで、動物は嗅覚受容体の種類によって異なる場所に投射させ、
どのニューロンの組み合わせが発火するかというパターンで匂い物質をかぎ分けているらしい。
 
 
このように多様な物質を個々の細胞が認識するためには、1細胞ごとに発現する嗅覚受容体が異なっている必要がある。
実際古典的な研究によって、嗅覚系においては1細胞に1種類の受容体だけが発現する「1細胞1受容体ルール」があることが示されている。
 
この極めて魅力的な生命の仕組みを解明するために、多くの研究者が1細胞-1受容体ルールを実現する分子メカニズムを探索してきた。
その中で、DNA組み換えや、遺伝子変換(コピーの転座)、制御性エレメントによる制御、が提唱されてきた。
 
そこからの沢山の研究により、現在では
どうやら制御性エレメントによるOR遺伝子の発現制御が重要である可能性が高いことが明らかになりつつある。
 
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ことの発端は、坂野仁先生(利根川進ラボで免疫系でDNA組み換えがあることを1stで書いた)の研究室のScience, 2003のようだ。
 
この中で、坂野先生たちは嗅覚受容体MOR28の発現を制御する領域を探索し、
MOR28の75kb上流に存在する進化的に保存された領域であるHomology領域(H領域)があることを明らかにした。
 
さらに、このH領域をゲノムに挿入すると近傍のORの発現が上がること、
H領域がORの発現に必要であること、から、
H領域がOR遺伝子の発現を制御するシスエレメントであることを示している。
(主にSerizawa, Science, 2003、下は芹沢さんの総説より。)
 
 
しかし、H領域はゲノムに1箇所であるのに対して、OR遺伝子は多数の染色体上に散在していることから、
H領域が同じ染色体上のOR遺伝子の発現をシスに制御するモデルでは他の染色体のOR遺伝子がどのように制御されているかは不明である。
 
 
そこで、RichardAxel(OR遺伝子の発見でノーベル賞)らのグループが驚くべき報告を行う。
 
H領域に結合するゲノム領域を3Cによって検証すると、
H領域は他の染色体上のOR遺伝子とも結合しているのである。
 
また、H領域のコピー数を増やすと、1細胞が複数のOR遺伝子を発現することを示している。
 
すなわち、H領域はトランスに異なる染色体上のOR遺伝子の発現を制御することで、
1細胞-1受容体ルールの形成に貢献している可能性が示唆された。
(Lomvardas et al, Cell, 2006, このときの1st authorが今回のLast author。
今でこそトランスな制御はたまに報告されるが、当時は相当新しかったのでは?)
 
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ではH領域ですべてが説明できるかというと、そうでもないらしい。
 
MombaertsらのグループはH領域を欠失させても発現が変化するORは高々数個であること、
すなわちH領域以外にもOR遺伝子の発現を制御するゲノム領域がある可能性を報告した。
(Khan et al, Cell, 2011)
 
そこで、Lomvardasらは、ChIP-seqとDNase-seqによって
なんとOR遺伝子の発現を制御するエンハンサーを新たに35種類も明らかにする。
 
さらに驚くべきことに、
一つのOR遺伝子はこれらのエンハンサーのうち複数とトランスに相互作用している
ことも明らかにしている。
 
(Eirene et al., Cell, 2014, 下にGraphical abstract)
 
すなわち、あるOR遺伝子がその周りに複数のエンハンサーを集めることで
(今風に言えばphase separationして??)発現をONにしているらしい。
 
ちなみに、このOR遺伝子とエンハンサーの集合体は免染でみると点状で島に見えるためか、
Greek Islandと名付けている。
 
 
一つの遺伝子が複数のエンハンサーを集めてドット上になるというのは、
今でもあまり知られていないだろうし、
当時なら言うまでもなく概念的に新しい発見であったと思われる。
 
しかし、
このような染色体上の相互作用がゲノムワイドにどこで起きるのか?
またこの相互作用をどのような因子が担うのか?その意義は?
という点は不明である。
 
そこで次回は、この問題に取り組んだLomvardasらの続報を紹介する。