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「1細胞1受容体ルール」の分子メカニズム_2

 
前回の記事で紹介したように、
嗅覚神経には「1細胞1受容体ルール」という面白い特徴がある。
 
これまで、「1細胞1受容体ルール」を可能にするメカニズムを探索する中で
- OR遺伝子(嗅覚受容体遺伝子)は数多くのエンハンサーによって制御されること
- OR遺伝子のプロモーターとエンハンサーは核内で凝集すること
が分かっていた。
 
(前回の記事を参考ください↓)
 
しかし、
- このような染色体上の相互作用がゲノムワイドにどこで起きるのか?
- またこの相互作用をどのような因子が担うのか?その意義は?
という点は不明であった。
 
今回再びLomvardasらは
分化段階ごとにHiCを行うことでゲノムの相互作用を網羅的に記述するとともに、この相互作用をLHX2とLDB1が担うこと、
さらにこれらの因子が嗅覚受容体の発現に重要であることを示した。
 
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初めに筆者らは、幹細胞、未成熟ニューロン、成熟ニューロン(olfactory sensory)を分取し、HiCを行った。
 
すると、幹細胞では染色体の相互作用はあまり見られないが、
分化に従ってOR遺伝子を含んだ染色体相互作用(Greek Island)がみられるようになることが分かった。
 
また、コンタクトが強い遺伝子領域はOR遺伝子のエンハンサーに濃縮していた。
 
この結果は、
分化に従ってエンハンサー-OR相互作用ができていく様子をゲノムワイドにとらえた点で結構すごい(と思う)。
(どうせならsingle cell HiCを、と思わなくもないが。もうやっているかもしれないが)
 
 
では、どのような因子がこの染色体相互作用(Greek Island)に重要なのであろうか?
 
筆者らは以前の報告で、Greek IslandにはLhx2という転写因子が結合する可能性を見出していた(eLife, 2017)
 
実際、
今回のHiCでみられたトランスあるいはlongシスに相互作用するコンタクトサイトでは
Lhx2が多く結合していることが明らかになっている。
 
そこで、Lhx2をノックアウトすることで
Lhx2の染色体相互作用に対する影響を検証した。
 
すると驚くべきことに、
Lhx2のノックアウトではトランスおよびlongシスの相互作用が減少し、
さらにOR遺伝子の発現も減少していた。
 
上がWT、下がLhx2ノックアウト。本当にGreek islandのコンタクトが消えている。
 
 
以上から、Lhx2こそがGreek Islandの形成、およびOR遺伝子の発現に必要であることが示唆された。
 
 
ではLhx2はどのようにGreek Islandの形成に貢献しているのだろうか?
 
Lhx2はLIMドメインを持ち、LIMドメイン結合タンパク質をリクルートすることが知られている。
そこで筆者らは鼻のニューロンに発現しているLIMドメイン結合タンパク質、LDB1に着目する。
 
ちょっと端折ってしまうが、筆者らはLDB1もコンタクトに重要であり、
LDB1 KOではOR遺伝子群の発現が低下していることを明らかにしている。
 
すなわち、Lhx2とLDB1が複合体を形成することが染色体相互作用、
ひいてはOR遺伝子発現に重要であることが示された。
 
一つの論文で2つも重要な因子を取ってしまうのはなかなかすごい。
(どうせならLhx2とLDB1が結合できない変異体も、と思ってしまうが...)
 
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これだけでも十分すごいが、ここで終わらないのがLomvardas。(?)
 
最後に、1細胞レベルで、発現しているOR遺伝子だけが
Greek islandと相互作用していることを示している。
 
例えばOlfr16を発現する細胞でin situ HiC(具体的にどういうやつかは不勉強のためスキップ)をすると、
Olfr16のプロモーターだけがlongな染色体相互作用をしていることが示されている。
 
結果は以上で、まとめると以下の図のようになる。
 
鼻のニューロン分化にともなって染色体間を含むlongな染色体相互作用が現れ(Greek Island)、
Greek Islandと相互作用できたOR遺伝子が発現する
というモデルらしい。
 
 
染色体間を含むLongな相互作用は、巨視的にみればOR遺伝子のクラスタは小さいので
発現するOR遺伝子の選択が確率論的になるので多様性を生みやすい。
(シスでどのゲノム領域がどの遺伝子座を制御するかがっちり決めるよりも)
 
実際、long range染色体相互作用は確率論的な転写に重要であるという報告もいくつかあるらしい。
 
ランダムさを生み出すためにlong rangeで相互作用で相互作用するメカニズムが進化の過程で選ばれてきたということだろうか。
 
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あとはおまけも入るが、
これだけでは、1細胞に多数の受容体が発現してもいいではないか、と思うかもしれない。
 
しかし、坂野先生たちは、1種類のOR遺伝子が発現すると、
他のOR遺伝子の発現を抑えるメカニズムがあることを示している。
(ちなみにこの詳細な分子メカニズムはそんなには分かっていない??)
 
そういうわけで、
1細胞-1受容体ルールの分子メカニズム(2019年2月自分の理解の範囲版)は、
OR遺伝子プロモーターとエンハンサーによるGreek Islandの形成
→Greek island hubにおける1つのOR遺伝子の発現(ここは確率論的?)
→ネガティブフィードバックによる他の遺伝子の発現抑制
のように思われる。
 
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正直には、1細胞-1受容体ルールとクロマチン構造の論文は全くチェックしていなかったので、
1細胞-1受容体ルールがクロマチン状態による制御を受けるだけでも驚きだった。
 
鼻に限らず、多くの組織が多様な細胞集団から構成される。
 
long rangeな相互作用による確率論的な発現制御はもっと一般的に、細胞の多様性の形成に重要なのであろうか。
 
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参考
LHX2- and LDB1-mediated trans interactions regulate olfactory receptor choice, Nature, 2019
 
坂野研の日本語総説