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ニューロンの多様性を作るメカニズム

 
私たちは常に外界からの情報を受け取り、処理し、行動に結びつけている。
ご存知のように、これらの情報処理を行うのに重要な器官は"脳"である。
 
脳の中でも神経細胞ニューロンがとても重要であることが知られている。
 
人間には非常に多くのニューロンが存在するとされているが、
とても面白いことに、それぞれのニューロンはそれぞれ異なる特性を持ち、多様性があることが知られている。
 
多様なニューロンがぞれぞれのあるべき特性を獲得することは正常な脳機能に必須である。
 
このため、このニューロンの多様性が生み出されるメカニズムを知ること、は脳の機能に迫るうえで重要な問題であり、多くの研究者がこの問題に取り組んできた。
 
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この中でこれまでに、ニューロンの多様性を生み出すのにプロトカドヘリン、という遺伝子が重要なことが報告されてきた。
プロトカドヘリンは細胞間接着で有名な因子、カドヘリンのスーパーファミリーに属し、細胞間の接着を制御する、細胞表面タンパク質である。
 
とてもとても興味深いことに、このプロトカドヘリンは多数のエクソンを持ち、その一つだけが1細胞(の1アレル)から選ばれて発現するということが知られている(Esumi et al., 2005など)。
 
下の図も参考に。
つまり、プロトカドヘリン(Pcdh-α)のV領域に存在する12個のエクソンα1~12のうち、一つだけが選ばれて発現する。
(ちゃんと言うならばプロトカドヘリンの一種、αとγがこのような制御を受ける。)
 
 
このように、プロトカドヘリンは1細胞ごとに発現するサブセットが異なる状態になる。
 
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この細胞ごとにプロトカドヘリンのサブセットが異なる性質は、脳発生にもとても重要であることが知られている。
 
一つ例をあげる。
ニューロン樹状突起という突起を伸ばすことで、ニューロン同士のコネクションを形成する。
 
このとき、一つのニューロンから生じた樹状突起は互いに反発しあう"自己忌避"という性質がある。
自己忌避がうまくいかないと、一つのニューロンから生じた樹状突起が結合してしまい、適切な回路形成ができなくなる。
 
この自己忌避の分子メカニズムは長い間不明であった。
ところが2012年、面白いことに、同じプロトカドヘリンのサブセットを発現している突起は互いに反発することが報告された。
この論文ではプロトカドヘリンの種類が一つになると(多様性がなくなると)自己忌避が抑制され、回路形成に異常がみられることを報告している。
 
すなわち、プロトカドヘリンサブセットがランダムに発現することがニューロンの多様性を生むのに重要である。
 
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では、発現するプロトカドヘリンのエクソンはどのようにして選ばれるのだろうか??
 
今回紹介する論文では、複数存在するプロトカドヘリンエクソンのうち、発現するエクソンが選ばれるメカニズムを探索した。
 
 
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まず、筆者らはRNAシーケンスによってプロトカドヘリン遺伝子座のRNA発現を検証した。
(細かいが、プロトカドヘリンの発現量は低いのでcapture RNA seqというのを使っている。Cieslik, 2015)
 
すると、驚くべきことに、いくつかのプロトカドヘリンのエクソンからの転写がみられるとともに、プロトカドヘリンエクソンのアンチセンス(DNAの逆側、本来遺伝子をコードしない遺伝子)からRNAが発現していることが分かった。
 
このRNAはタンパク質となる読み枠を持たないため、おそらく翻訳されずにRNAとして働くノンコーディングRNAであると筆者らは考えた。
 
これだけでも面白いがさらに、このノンコーディングRNAの転写がどこから開始されるのかを検証すると、このノンコーディングRNA発現しているロトカドヘリンエクソンセンス鎖RNAと同じプロモーターから転写が始まっていることが分かった。
 
*このように同じプロモーターから複数の転写物を出すようなプロモーターをconvergent promoterというらしい。珍しいし興味深い。
 
これらの結果から、選ばれて発現するプロトカドヘリンのエクソンはアンチセンス鎖の同じプロモーターからノンコーディングRNAが発現しているという特徴があることが初めて明らかになった。
 
*これは、おそらく筆者らも想像していなかった結果だろう。とても驚き。
 
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では、このノンコーディングRNAの発現は、
- 単にプロトカドヘリンのエクソンが選ばれた結果発現しているものなのだろうか?
- それともノンコーディングRNAが発現することでプロトカドヘリンのエクソン選択に積極的に貢献しているのだろうか?
 
(以下まどろっこしいので、発現するプロトカドヘリンのエクソンからのRNAをコーディングRNA、アンチセンス鎖からのRNAノンコーディングRNAとする。)
 
筆者らはノンコーディングRNAがコーディングRNAより時間的に先に発現していることに着目し、後者のノンコーディングRNAがコーディングRNAの発現を制御している可能性を考えた。
 
では、どのようにしてこの可能性を検証すればよいだろうか?
筆者らはCRIPSRaを用いたノンコーディングRNAの強制発現系を用いた。
 
*CRIPSRa…CRISPR-cas9システムで用いるDNA切断酵素cas9のDNA切断活性をなくす。さらにcas9に転写を活性化させるタンパク質を結合させておく。これにより、ガイドRNAの配列依存的に転写を活性化させることができる。という系。
 
この系でノンコーディングRNAの発現を上昇させると、驚くべきことに、コーディングRNAの発現も上昇することが分かった。
この結果は、ノンコーディングRNAの発現がコーディングRNAの発現を制御する可能性(途中であげた2つの可能性の後者)を示唆する。
 
*ノンコーディングRNAが同じプロモーターから発現するコーディングRNAの発現を制御するというのは他にあまり例がなく面白い発見だと思う。
 
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これだけでも十分もおしろいが、筆者らはさらにノンコーディングRNAがコーディングRNAの発現を制御する分子メカニズムに迫る。
 
詳細は省くが、彼らのモデルでは、
ノンコーディングRNAの発現→DNAの脱メチル化→CTCFによるプロモーター-エンハンサーループの形成→コーディングRNAの発現
という流れをとるようだ。
 
さらに筆者らはin vivoにおいて、このスキームが重要であるかを検証した。
具体的にはDNAの脱メチル化を強制的に活性化させるため、DNA脱メチル化酵素Tet3の過剰発現マウスを作成し、解析した。
 
すると、Tet3を過剰発現すると、DNAの脱メチル化が亢進し、エンハンサーに最も近いプロモーターをもつプロトカドヘリンのエクソンが選択される傾向になることが分かった。
 
これは、Tet3の過剰発現によってランダムなプロトカドヘリンのエクソン選択がなくなってしまうことを意味する。
この結果によりDNAの脱メチル化がin vivoでも確かに重要であることが示唆された。
 
 
同様に、プロモーター-エンハンサーのループ形成で重要な役割をもつRad21を欠損させると、ループがなくなりプロトカドヘリンの発現も減少することを明らかにしている。
 
これらの結果から、ノンコーディングRNAの発現→DNAの脱メチル化→CTCFによるプロモーター-エンハンサーループの形成→コーディングRNAの発現、という流れがin vivoでも働いている可能性が示唆された。
 
*ノンコーディングRNAの発現を発見してからきちんとメカニズムを詰めて、さらにvivoでも検証しているのはすごい!
 
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以下モデル図をお示しする(参考論文から引用)。
 
繰り返しにはなるが、
初めはセンス鎖からもアンチセンス鎖からも発現がない。
→発現するアンチセンス鎖からノンコーディングRNAが発現
→DNAの脱メチル化(vivoでもtet3を介しているかは?)
→プロモーター-エンハンサーのループ形成
→選ばれたプロトカドヘリンエクソンの発現
という流れになる。

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素晴らしい研究ではあるが、気になる点もいくつかある。2つを紹介。
 
- この研究では、なぜ選ばれるエクソンのアンチセンス鎖からノンコーディングRNAが発現するのかは不明である。
現在のところの最も上流はノンコーディングRNAの発現なので、ノンコーディングRNAの発現を制御するさらに上流が分かると面白い。(筆者らはもうこのプロジェクトには取り組み始めているあろうが...)
 
- 本当にノンコーディングRNAといっているRNAは、RNAとして機能するのか(タンパク質に翻訳されないのか)、はもう少し真面目にやってもいいかなとは思った。
このブログでも2回(受精卵の系免疫の系)紹介しているように、これまでノンコーディングと思われていたRNAでもタンパク質として機能するものも見つかってきているので。
 
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上のような疑問も残るものの、今回の研究はプロトカドヘリンの多数のエクソンのうち、一つが選びだされるメカニズムの解明に向けた大きな前進だろう。
これをとっかかりにして、ニューロンの多様性を生み出す分子メカニズム、ひいては脳という精密な臓器がどのように形成されるかという大きな疑問に迫ることが期待される
 
 
さらに、最近シングルセル解析の発展により、ニューロンに限らず多様な細胞種でその多様性が報告されるようになっている。
一方、なぜ多様性が生まれるのか?という点についてはあまり研究が進んでいないように思われる
 
他の細胞種でも、今回のようなノンコーディングRNAやプロモーター-エンハンサーループによる多様性の形成がおこっているかもしれない。
これからの研究がとても楽しみ。
 
 
 
- 関連記事紹介
嗅覚受容体も細胞ごとに発現する遺伝子が異なることが知られている。
そのメカニズムに迫った論文を紹介しています。
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参考
- Antisense lncRNA Transcription Mediates DNA Demethylation to Drive Stochastic Protocadherin α Promoter Choice, Cell, 2019
http://first.lifesciencedb.jp/archives/8634 (プロトカドヘリンの図の引用)