Bio-Station

Bio-Stationは日々進歩する生命科学に関する知見を、整理、発信する生物系ポータルサイト、を目指します。

「筆頭著者による論文紹介」の募集

Bio-stationは、最新の生命科学情報を広くお伝えすることを目指しています。
 
現在は管理人が選んだ論文を紹介しています。ただし、現状の問題として、管理人の理解できる論文に限られてしまう、管理人が実験したわけではないので論文以上のことは分からない、ことが挙げられます。
 
この問題を解決する最も良い方法は、筆頭著者の方自身に論文を紹介して頂くことです。例えばこれまで、新着論文レビューというサイトにおいて筆頭著者による論文紹介が行われてきました。しかし現在は、ご担当者様のご栄転に伴い、更新が停止されています。
 
そこで、この度、Bio-stationにおいて「筆頭著者による論文紹介」記事を募集したいと思います。ぜひご寄稿ください!以下、詳細です。
 
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- 連絡先
bio.stations.ronbunアットマークgmail.com
記事ができてから送ってくださっても結構ですし、とりあえずご連絡いただいても結構です。
 
- 対象とする論文
査読付きの雑誌に掲載されたもので、最近出版された論文を対象とします。出版前でも出版日を教えていただければその日以降の公開にします。分野は生命科学系に限定させてください。
インパクトファクター等は考慮しません。新しさと面白さが分かるように書いていただけると幸いです。
 
- 分量等
全く自由で構いません。できれば、論文を読むだけでは分からないようなこと(着想に至った経緯や、大変だった実験など)を盛り込んでいただけると嬉しいです。
 
- 対象とする読者
広く生命科学全般にかかわる教員・研究者および大学院生・学生を対象とします。分野外の方にも理解できる範囲でお願いします。
 
- お金
投稿料は無料です!が、謝金をお出しすることもできません(Bio-stationからの収入0のため)...
 
- Bio-stationについて
 
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また、筆頭著者による論文紹介に限らず、普通の?論文紹介記事の寄稿もお待ちしております。
 
現在、生命科学研究を取り巻く環境はとても厳しいです。このような草の根運動が、少しでも生命科学の発展を支える力になればと考えています。
 
今後ともBio-stationをよろしくお願いいたします。

ChIA-PETの歴史

 
今回はタイトル通りChIA-PETという手法の解説。
 
私たちのゲノムには"エンハンサー"という大事な領域がある。
"エンハンサー"はその名の通り、遺伝子発現をエンハンスする領域である。
 
面白いことに、このエンハンサーは
- 転写を活性化する遺伝子の転写開始点付近だけでなく,かなり離れた領域にも存在する
- 活性化された場合には,しばしばループを形成してプロモーターと物理的に近接関係になる
ことが知られている。(実験医学Onlineより一部改変)
 
以下の図のような感じ。転写因子を含む複合体がプロモーターとエンハンサーを物理的に近づける。
 
 
遺伝子の発現がどのように制御されているか知るには、転写因子がどこのエンハンサーとプロモーターを近づけているのか知ることが重要
 
しかしながら、ゲノム領域の近接情報を保ったまま転写因子と結合しているゲノム領域を同定する手法はなかった。
これを解決したのがChIA-PETという手法。
 
ChIA-PETは簡単に言うとChIPとHiCを組み合わせた手法。
ChIPは転写因子がどこについているか知ることができるが、近接するゲノム情報が取れない。
Hi-Cは近接するゲノム情報をとることができるが、どんな転写因子がくっついていたか分からない。
 
そこで、HiCのように近接したゲノムをくっつけておいてChIPseqしたのがChIA-PET。chromatin interaction analysis by paired-end tag sequencingの略。
 
以下模式図

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初めてChIA-PETを使ったのはこの論文(Nature, 2009)
*ただこの論文以前にも総説とかで、ChIA-PETという言葉は使っている。
 
JAXのYijun Ruanさんのグループがずっとやっているらしい。このNatureの1stの人は既に独立されている。経歴をみるとまだ40歳になっていないくらいだろう....
 
この論文では、エストロゲン受容体の結合するプロモーター-エンハンサーループをとっている。
 
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最近もシングルセルでこのChIA-PETができるようになりましたよ、というのが出ていたりする(Nature, 2019)。
これはChIA-PETとドロップseqを組み合わせた手法で、シングルセルの解像度でChIP-PETできるもの。一応ChIA-Drop命名
 
どうでもいいが、共著者にはよくChia-Lin Weiさんが入っている。ChIA-PETのChIAはChiaさんの名前とかけてみたんだろうか?
 
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今回は技術紹介で終わり。ともかく、ChIA-PETで転写因子のついているエンハンサー-プロモーターがとれる。
これを使った論文を近々紹介予定。
 
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参考
- 脳科学辞典
 

論文の探し方!

 
たまに論文の探し方を聞かれるので、まとめておきます。生命科学系の新しい論文を探す方法です。(*本当は自分用のメモです)
 
自分は英語が読むのがつらいので、できるだけ日本語で情報が得られるようにしています。一応ラボに配属された学部生~大学院生向けです。
 
早速紹介していきます。
 
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日本語
 
日本語で情報の得られる嬉しいサイト。
 
西川伸一先生(Wikipedia)による論文紹介サイト。1日1報紹介されている。古代人の話から遺伝子発現制御まで幅広いトピックが扱われる。解説もとても分かりやすく、Biostation管理人は毎日チェックしている。
 
 
Nature誌にでた論文をアブストラクトまで和訳しているサイト。毎週更新。やや翻訳に難があるが、日本語で情報収集できるのはありがたい。また、News&Viewsなどもタイトルは日本語なので、元のNatureサイトで見落としていた記事に気づけることも。
 
 
Science誌にでた論文を日本語にしているサイト。毎週更新。いくつか関連誌のものも紹介されている。特に専門外の分野で、こんな論文あるんだ、と気づけることが多い。
 
 
- その他
新着論文レビュー;著者の日本人が自分の論文を紹介するサイト。更新を終了している。
プレスリリース;大学、研究機関からのプレスリリース。プレスリリースからは論文を探すのには向かない気がするが、みつけた論文が日本発なら便利。
 
 
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英語だけどチェックしといたほうがいいもの
 
生命科学のラボの人はチェックしたほうがいいもの。
 
- とりあえず3大誌
Nature, Science, Cellですね。Natureは木曜、Science, Cellは金曜に更新(日本時間)。
たぶん生命科学の人はチェックしといたほうがいい。(たぶんじゃない)
 
蛇足
*Scienceは会員からの寄付でなりたつ。NatureとCellは商業誌。
*Wikipediaによると、セルに掲載された論文は出版後12ヶ月経過するとすべてネット上で無料公開される、らしい。知らなかった。
 
 
- 姉妹紙
Nature, Science, Cellの関連誌を姉妹紙という。
Nature Cell Biologyとか、Cancer Cellとか。本家(Nature, Science, Cell)のサイトにリンクがあるのでどういうのがあるかはそこでチェック。最近もNature Metabolismとか新しい雑誌がどんどんできている。
 
自分の分野の姉妹紙は要チェック。大体月に1回でる。(Webでは順々に公開される。Cell系は大体金曜日更新。Mol CellとNeuronは火曜にも更新。)ちなみにCell系は幹細胞関連を二つ(Cell stem cellとStem cell reports)持っているが、Natureには幹細胞系の姉妹紙がない。
 
 
- 有力専門誌
発生の人ならGenes&Developmentとか。免疫の人ならJournal of immunologyとか。更新頻度は雑誌による。自分の分野にあったものを。
 
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余裕があれば
 
- その他の雑誌
eLifeとかEMBO journal, Plos biologyとか。いい論文多いので余裕のある時にまとめてチェック。また、Nature communicationsとか、Cell reportsとか、特に分野を絞っていない姉妹紙も?
 
- 英語の論文紹介サイト
適当にGoogle検索してよさそうなのをブックマークしてます。幹細胞の人は、Stem Cell Newsがおすすめ。
 
 - Biorxiv(バイオアーカイブ、と読むはず)
受理前の論文が投稿されているサイト。本当に最先端を知るならBiorxivがいい。ちなみにpreLightsというサイトでいい感じのBiorxiv論文が解説されている。
 
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意外とTwitterが便利
 
大体どの雑誌もTwitterアカウント持っているのでフォローしておくと更新情報が得られる。Biorxivとかは数が多いのでTwitterでささっと確認できるのが良い。
また、知っているラボのPIもフォローしてーおくといいかも。海外だと結構大御所でもアカウント持っていたりする。
 
 
Bio-stationも忘れずに!?
今後ともよろしくお願いいたします。
 

"エリート細胞"は存在するか?

 
iPS細胞は多くの細胞に分化できる能力を持つすごい細胞である。
 
ご存知のように、iPS細胞を作成する方法は山中先生らによって報告された(Takahashi & Yamanaka, 2006)。
この方法では、山中4因子といわれる転写因子(Oct3/4, Sox2. Klf4, c-Myc)を細胞に過剰発現することで、分化細胞をiPS細胞にリプログラミングさせることができる。
 
この方法はもちろん非常に画期的であるが、山中4因子を導入してもすべての細胞がiPS細胞になるわけではない
 
この現象を説明するために、大きく二つのモデルが考えられてきた。
 
つまり、
1. iPS細胞になる細胞は集団の中から確率論的に選ばれる、確率論的モデル
2. iPS細胞になる細胞はリプログラミングの前から既に決まっている、エリート細胞モデル
の二つである。(以下の図)

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いずれのモデルにせよ、一部の細胞だけがiPS細胞になりやすいメカニズムを知ることは、iPS細胞を用いた研究や臨床応用においては非常に重要な問題である。
 
しかしながらこれまで、このどちらのモデルが正しいのかは分かっていなかった。(少し確率論的モデルが優勢だった??)
 
今回紹介する論文では、細胞集団の中にiPS細胞になりやすい"エリート細胞"が存在すること、すなわち、iPS細胞リプログラミングにおいてエリート細胞モデルが少なくとも一部当てはまることを示した。
 
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コアとなる実験は、DNAバーコードによる系譜追跡、である。
この手法では、リプログラミング後の細胞がリプログラミング前のどの細胞から由来していたかを知ることができる。
 
この手法の流れは以下のような感じ。
1, リプログラミング前の細胞にそれぞれ異なるDNAバーコードを付ける
2, iPS細胞へリプログラミングさせる
3, リプログラミング後の細胞のバーコードを検証する
 
もし、確率論的モデルが適用されれば、最終的なバーコードの比は一定になるはずである。
 
しかし、この実験の結果、リプログラミング後のバーコードの比は一定でないこと、が分かった。
すなわち、リプログラミング前の細胞に、iPS細胞になりやすい"エリート細胞"が存在することが示唆された。
 
他にも、細胞ごとにクローン化した細胞でもiPS誘導効率が一定でないこと、などを示している。
 
これらの結果から、彼らはiPS細胞になる細胞はリプログラミングの前から既に決まっている、エリート細胞モデルが適用されると結論づけている。
(数理モデルなどを使ってさらなる検証を行っているが、よくわからないので割愛。)
 
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では、どのような細胞が"エリート細胞"たりえるのだろうか?
 
筆者らは筆者らは神経堤細胞(Neural crest cell)に着目した。
神経堤細胞は"神経堤から脱上皮化し、上皮から間葉への転換(EMT)を行った後に胚体内の様々な部位に遊走する細胞群『脳科学辞典』"として知られる。
 
神経堤細胞ではin vivoでは発生において長い期間多能性を維持し続けるため、筆者らは"エリート細胞"候補を神経堤細胞に決め打ちして解析を行ってる。
 
 
実際神経堤細胞のマーカーであるWnt1で細胞をラベルすると、Wnt1陽性細胞はiPS細胞になりやすいことが分かった。
 
すなわち、神経堤由来の細胞こそが"エリート細胞"としてiPS細胞になりやすい性質を持つことが分かった。
 
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結果は以上で、この論文で、細胞集団のなかにリプログラミングを受けやすいエリート細胞が存在すること、さらにエリート細胞は神経堤細胞由来である可能性を示した。
 
しかし、結局、神経堤細胞がもともと未分化性が高くて、リプログラミングしやすかっただけではないかという気もする。神経堤細胞はやはりというか、少し普通の細胞ではない細胞なのかもしれない。
もう少し、神経堤細胞がなぜリプログラミングしやすいのか、という問題に迫っていると嬉しかった(筆者らもうこのテーマを進めているだろうが...)。
 
より"エリートさ"を規定するメカニズムが分かれば、さらなるiPS細胞樹立効率の改善、さらにはiPSをもちいた臨床応用にも期待が持てる。
 
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シングルセル解析、はサイエンス誌が選ぶ2018年のブレイクスルーの一つであった。
これまで細胞集団として扱われてきた生命現象がより細かいレベルで、解像度よく解明されていくのだろう。
 
シングルセル解析といえばRNAseqかATACseqと思っていたが、今回の論文のような"シングルセル解析"も面白い。
 
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参考
Cell competition during reprogramming gives rise to dominant clones, Science, 2019
 

麻酔薬の作用する細胞は?

 
麻酔薬は、生存状態を保ちながら知覚と随意運動能力を抑制する。
まさに魔法のような薬であり、外科手術には必須のものである。
 
人類史上、初めての全身麻酔による外科手術は1804年、日本人の医家、華岡青洲によって実現された。(以下肖像)

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華岡青洲朝鮮朝顔トリカブトなどの薬草から全身麻酔薬「通仙散」を完成させる。
 
この過程においては、華岡青洲実の妻と母が実験台になり、妻は視覚を、そして母は命を失った。
 
今から見れば狂気ともとれるこの19世紀初めの発見は、それまで極めて小さなものでしかなかった外治医術に一大飛躍を遂げさせた。いわゆる「大手術」と称する外科の新領域を開拓したのである。
 
200年以上が経過した今では、毎年何百万人もの患者が全身麻酔による手術を受けている。
 
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この圧倒的な医学への貢献をみれば、麻酔薬の効くメカニズムはよくわかっていそうに思われる。
 
しかしながら、実のところ麻酔薬が効く分子メカニズムはこれまでほとんど明らかではなかった。
 
そこで今回、麻酔薬が作用する責任細胞をついに同定したかも、という論文を紹介する。
 
 
 
これまで麻酔薬は神経の活動を抑制すると考えられてきた。
一方、近年になって、麻酔薬は実は一部の神経を活性化させるのではないかという可能性が報告されていた。
 
そこで筆者らは、麻酔薬を投与した際に神経活動が活性化する脳領域を網羅的に探索した。(このスクリーニングで使用したのはイソフルランという麻酔薬)
 
その結果、麻酔投与時にのみ、視床下部視索上核(英語でSONというらしいので、以下SON)のニューロンが発火することが分かった。(視床下部は睡眠を制御することでも有名)
 
また、SONは全く別の麻酔薬によっても活性化されること、すなわち麻酔薬は一般的にこのSONニューロンを活性化させることが示唆された。
 
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麻酔がある部位のニューロン活性化させるというのは驚きの結果である。
では、この神経が活性化することは麻酔がかかるのに重要なのだろうか?
 
この問題に取り組むためには、このSONのニューロンを強制的に活動させる必要がある。
 
しかし、このニューロンを特異的にラベルするマーカー遺伝子を見つけることはできず、従来の方法でSONのニューロンを活性化させることは難しかった。
 
ここで、筆者らは活動したニューロンだけに感染するような特殊なウイルスを用いた。
このウイルスにオプトジェネティクスを仕込んでおけば、光依存的にウイルスの感染したニューロンを発火させることができる。(CANE法というらしい。すごい!)
 
この手法により、SONニューロンだけをラベルし、活性化させることに成功した。
 
そこで次に、この手法を用いて、SONニューロンを強制的に活性化させ、このときの麻酔の効きを測定した。
 
その結果、SONのニューロンの活性化により、麻酔の効いている時間が長くなっていることが分かった。
これは、麻酔によってSONニューロンの発火することが、麻酔が効くのに重要であった可能性を示唆する。
 
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これだけでも大変興味深い結果である。ところがさらに面白いことに、筆者らはSONニューロンが活性化されたマウスでは、睡眠状態のような状態になる傾向があることを発見する。
 
すなわち、麻酔状態と睡眠には密接な関係があることが示唆された。
(筆者たちは始めから麻酔と睡眠の関係を調べようと思っていたわけではないだろう。直感的にも分かりやすく、面白い発見。)
 
また、筆者らは麻酔と睡眠についてさらに実験を行っている。
 
端折ってしまうがまとめると、
- 眠気を感じた時にもSONのニューロンは活性化する(麻酔時と同じ)
- SONニューロンが活性化しないと正常な眠りが妨げられる
ことを発見している。
 
つまり、麻酔で活性化される脳領域(SONニューロンは)、正常な睡眠にも重要らしい、ことが分かった。
この結果は麻酔と睡眠が同じ脳領域で制御される可能性を提示した点でとても興味深い。
 
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以上が今回の大筋である。
 
この研究のハイライトは
- 麻酔によって視床下部のSONのニューロンが活性化すること
- SONのニューロンの活性化は睡眠様の状態と麻酔の効果の持続をもたらすこと
- SONのニューロンは睡眠と麻酔を共通に制御する脳領域であること
であろう。
 
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この研究は素晴らしい研究ではあるが、SONニューロンは麻酔が効くのに必要であるかという点は十分には言い切れない。
 
筆者らはSONのニューロンが活性化しない状態で麻酔を行っている。もし、SONのニューロンが麻酔が効くのに必要であれば、このとき麻酔は効かないはずである。
 
しかし、この実験の結果、麻酔が持続する時間は少し短くなるものの、麻酔が効かないというわけではない、ことを見出している。
 
すなわち、このSONニューロンを抑制しておくだけでは麻酔が効かなくなるわけではないらしい。おそらくは、麻酔が効くのには他の脳領域のニューロンが活性化あるいは抑制されることも重要なのであろう。
 
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歴史上初めての全身麻酔下手術から200年以上が経った現在においても、麻酔の効く分子メカニズムは明らかではない。
 
今回の結果は麻酔が効く分子メカニズムの解明につながる大きな一歩であると期待される。それだけにとどまらず、麻酔と密接に関係していることが分かった睡眠や、意識の謎にも迫れる可能性を持つ大きな一歩である。
 
 
華岡青洲は麻酔を外科術に持ち込むことで、医学の新領域を開いた。
私たちは麻酔を分子生物学に持ち込むことで、生物学の新領域を切り開くことができるだろうか。
 
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参考
- A Common Neuroendocrine Substrate for Diverse General Anesthetics and Sleep, Neuron, 2019
- 『華岡青洲の妻』,1966 
 

生きる長さを決めるもの

 
哺乳類の寿命は種によって200倍も異なっていることが知られている。
 
同じ地球に生きるものなのに、どうして寿命がこれほどまでに異なるのだろうか?
 
とても魅力的な疑問であるにもかかわらず、種間で寿命の差を生み出す分子メカニズムはほとんど分かっていない
 
そこで、今回の論文では、寿命とDNA修復応答の関係を探索した。
 
その結果、
- 二重鎖切断修復の能力と寿命に相関があること
- 寿命の長い動物ではSirt6という因子に、二本鎖切断修復活性が高くなる変異が入っていること
を見出した。
 
寿命が決まるメカニズムに迫った面白い論文です。
 
↓今回の論文
 
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これまで寿命を決める要因として、DNA損傷応答が大事だろうと考えられてきた。
 
なぜなら、DNA損傷応答因子が欠損していると寿命が短くなることが知られてきたからである。
 
しかし、寿命の異なる動物種の間でDNA損傷応答に差があるのかは明らかではなかった。
 
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そこで筆者らは寿命の異なる18種類ものげっ歯類からサンプルを採取し、DNA損傷修復能力を測定した。
(マウス、ラット、ハダカデバネズミ、ビーバー、リス、チンチラ、など)
 
このとき計測するDNA損傷応答として、
- DNAのミスマッチをヌクレオチド除去で修復する、ヌクレオチド除去修復
- DNAの2本鎖が両方切れた時にDNAを修復する、二重鎖切断修復
について検証を行った。
 
その結果、驚くべきことに、ヌクレオチド除去修復の活性は寿命と相関しない一方、二重鎖切断修復の活性が寿命と相関していること、が分かった。
 
一応、参考までに二重鎖切断修復の図を以下に掲載。
 
 
やや細かいが、二重鎖切断修復に含まれる非相同末端結合(NHEJ)と、相同組み換え(HR)、両方の活性が寿命と相関していることも示している。また、肺の細胞でも皮膚の細胞でも同じことがみられることをみている。
 
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このことから、二重鎖切断修復活性と寿命に関係がありそうだ、ということが分かった。
 
では、どうして動物種ごとに二重鎖切断修復活性に差があるのだろうか?
 
筆者らは二重鎖切断修復に関わる因子のうち、非相同末端結合と相同組み換えの両方に関わる上流因子が重要なのではないかと考えた。
 
そこで、これまで二重鎖切断修復の上流として知られていたSirt6に着目した。
 
Sirt6は脱アセチル化酵素として知られるが、過剰発現すると二重鎖切断修復を活性化できることが知られている。
(*実際はこれを報告したのは今回の筆者の論文なので、初めからSirt6に目をつけていたのだろう)
 
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そこで、筆者らはSirt6の二重鎖切断修復活性を種間で異なる可能性を考えた。
 
そこで、多くの種でSirt6の二重鎖切断修復活性を測定した。
すると、興味深いことに、寿命が長い生き物ほどSirt6の二重鎖切断修復活性が高いことが分かった。
 
 
では、寿命が長い種のSirt6は寿命が短いSirt6と何が違うのだろうか??
 
筆者らはSirt6のアミノ酸配列を検討し、寿命が長い種のSirt6で活性が高い原因となる5アミノ酸を同定した!
 
つまり、マウスのSirt6を5アミノ酸だけをビーバー型にすると二重鎖切断修復活性が上がる、ことを示している。(すごい)
 
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では、このアミノ酸配列の変化は寿命に影響を与えるのだろうか?
 
筆者らは、マウス型のSirt6や、ビーバー型のSirt6を発現するハエを作成し、寿命を測定した。
(ハエで実験したのは実験として現実的なタイムスケールで寿命を迎えるからだと予想される。マウスだと死ぬまで年単位で待つので実験にならない...)
 
すると驚くべきことに、ビーバー型のSirt6を発現するハエは、マウス型のSirt6を発現するハエより寿命が長いことが分かった
*わずか5アミノ酸を変化させるだけで寿命が変わるのはすごい!
 
すなわち、Sirt6のアミノ酸配列(二重鎖切断修復活性)が、寿命を規定する一要因である可能性が示唆された。
 
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下がまとめ図。
 
寿命が長い種はDNA二重鎖切断修復活性が高く、とくにSirt6の活性が上がるようなアミノ酸配列を持っている。
また、途中で端折ったヌクレオチド除去修復の活性は、寿命とは相関しないが、日中に行動する時間と相関するとも言っている。そちらも面白い。

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不老不死は多くの人が願う夢である(たぶん)。
今回の発見は、種間の寿命を規定するメカニズムに留まらず、不老不死に近づくヒントになる可能性がある。
 
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参考
SIRT6 Is Responsible for More Efficient DNA Double-Strand Break Repair in Long-Lived Species, Cell, 2019
- http://finkelsteinlab.net/research (二重鎖切断修復の図の引用)

エピジェネ因子の"じゃない方"の機能_DNAメチル化編

 
エピジェネティクスとは「DNAの配列変化によらない遺伝子発現を制御・伝達するシステム(脳科学辞典)」として知られる。
 
よく知られたエピジェネ修飾は、DNAを巻き付けているヒストンのメチル化やアセチル化などの修飾だろう。このほかにもDNAのメチル化、RNAの修飾もよく研究されている。
 
今回から2回にわたって(予定)、これらエピジェネ因子が、これまで考えられた以外の方法で機能しているかも、というのを紹介する。
 
今回は特にDNA修飾酵素について。
 
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DNAは特にシトシンがメチル化されることが知られている。(以下の図参照)

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このようにDNAにメチル化を入れる因子としてDNMT、DNAからメチル化を外す因子としてTETが知られてきた(Ito et al., Nature, 2010, Tahiliani et al., Science, 2009)。
 
今回の主役として扱うのはTET。繰り返すがTETはDNA脱メチル化酵素として知られてきた。
 
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さて、これまでDNAのメチル化はどのような機能があると考えられてきただろうか?
 
これらの修飾がついている生物学的な意味を検証するため、修飾を担う酵素の量を制御する方法がとられてきた。
例えば、DNAの脱メチル化の機能をみたい時には、TET(DNA脱メチル化酵素)のノックダウンを行うことで、DNAメチル化の意義を検証していた。
 
もちろんこのような条件では、みたいエピジェネ修飾量は変化するので、エピジェネ修飾の意義に迫れるかに思える。
 
ところが近年、これらエピジェネ修飾を行う酵素は、いわゆる"エピジェネ修飾"以外にも機能を持つことが分かりつつある。
つまり、これまでDNAの脱メチル化酵素だと思っていたものが、他の機能を持っていることが分かりつつある。
 
これは、結構まずい。なぜなら、たとえばこれまでは、DNA脱メチル化酵素をノックダウンしたサンプルをみて、DNA(脱)メチル化の意味だと考えてきた。しかし、DNA脱メチル化酵素に他の機能があると、ノックダウンした時の効果は"他の機能"の効果をみている可能性があるためだ。
 
というわけで、今回は、TET(DNA脱メチル化酵素)の"DNA脱メチル化以外"の機能に迫った論文を2報紹介する。
 
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まず、初めてTETにDNA脱メチル化以外の機能があるのではないかと報告したのが、2012年のNatureでこの論文
 
彼らは始めにTET2に結合するタンパク質を探索するところから始めている。
 
この結果、興味深いことに、TET2はヒストンの糖鎖修飾酵素と結合することが分かった。さらに、この結合の意義として、TET2はヒストン糖鎖修飾酵素との結合を介して、ヒストンの糖鎖修飾を補助していることを示した。
 
ヒストンの糖鎖修飾はクロマチンの構造を変化させ、遺伝子発現を制御するらしい。
 
この報告で初めて、それまでDNAの脱メチル化酵素だと考えられてきたTET2には、DNAの脱メチル化とは全く別の機能があることが明らかになった。
 
下がまとめ図。
TET2はヒストン糖鎖修飾酵素(OGT)と結合し、遺伝子発現を制御する。
 
ちなみに、直後の2013年にもMolecular cellに似たような内容で報告されている。(この論文)
 
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2報目は最近出たこの論文(Nature comm.)。
この論文ではTET3がDNA脱メチル化活性とは別にインプリント遺伝子を制御することを示唆した。
 
まず、筆者らはTET3が成体の神経幹細胞に与える影響を検証しようとした。そこで、TET3をノックアウトすると、神経幹細胞の総数が減少することが分かった。
 
この結果はTET3が神経幹細胞の運命を制御する可能性を示唆する。ただ、TETが神経幹細胞での報告はこれまでにもなくはないので、筆者らもまあそうか、と思っただろう。
 
では、このときTET3がどのような遺伝子の発現を制御するのだろうか?この問題に迫るため、筆者らはTET3をノックアウトした状態でRNAseqにより遺伝子発現を網羅的に解析した。
 
この結果、TET3をノックアウトすると、Snrpnという遺伝子の発現が上昇することが分かった。
 
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Snrpnは普通の遺伝子ではない。Snrpnはインプリント遺伝子と呼ばれ、一般に父方鎖からのみ発現することが知られる。
 
*インプリント遺伝子とは、父親鎖と母親鎖の2つ存在する染色体のうち、片方からだけ発現する遺伝子。普通の遺伝子は父親鎖と母親鎖、どちらからも発現する。インプリント遺伝子は多くの場合、発現が抑制されている方の鎖ではDNAメチル化が入っている。
 
そこで、筆者らはTET3のノックアウトでSnrpnの発現が上がるのは、TET3のノックアウトでインプリントがおかしくなっているからだろうと考えた。しかし、TET3のノックアウトでDNAのメチル化状態は変化せず、インプリントはおかしくなっていないことが示唆された。
 
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一方、TET3が結合するゲノム領域を(ChIPにより)調べると、なんと、TET3は発現している&すでに脱メチル化している、Snrpnの父方鎖に結合していることが分かった。
 
この結果と、TET3のノックアウトでSnrpnの発現が減少することを合わせると、生体においてTET3は(すでに脱メチル化されている)Snrpn遺伝子座に結合し発現を抑制していることが示唆された。
 
これはTETはDNA脱メチル化を行うことで遺伝子発現を促進する、という従来の概念とは正反対であり、結構衝撃的な気がする
 
また、少し端折るが、TET3の脱メチル化活性のない変異体を作成して実験行うことで、TET3の脱メチル化活性はSnrpnの発現および神経幹細胞の運命制御の一部には寄与しない可能性も提示している。
 
以下がまとめ図。
繰り返しになるが、TET3は(すでに脱メチル化されている)Snrpn遺伝子座に結合し発現を抑制することで神経幹細胞の運命を制御する、というモデル。
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そういうわけで、DNA脱メチル化酵素として発見され、DNA脱メチル化酵素として機能が解析されていたTETは、DNA脱メチル化以外の機能があることが分かってきた。
 
これまでTETをノックアウトしたうえで解析してDNAメチル化の機能だ、と思っていたものも、実はTETのDNA脱メチル化以外の機能の影響をみている可能性もある。
 
これまでの常識を信じすぎると、真実からは遠ざかってしまうかもしれませんね。(自戒を込めて...)
 
 
次回は、ヒストン修飾酵素編を書くかもしれません。
 
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参考
- リンク先の論文たち
- http://first.lifesciencedb.jp/archives/609(伊藤さんによる新着論文レビュー)
*管理人はTETの専門家ではありません。間違い等ございましたら教えてください。