神経活動が寿命を決める!?
私たち人を含め生き物は病気にならなくても、老いていき、ある程度の寿命で死んでしまう。
このどうして老いていくのか、何が寿命を決定するのか、というのは人類が長年探し求めてきた疑問の一つである。
例えば、代謝状態が寿命と関係あるというのは結構報告が多いし、DNA損傷応答が寿命と関係するというのは以前バイオステーションでも紹介した。(→生きる長さを決めるもの)
これらに加え興味深いことに、寿命には"神経"が何らかの役割を持つ可能性が示唆されてきた。
例えば、神経で何らかの遺伝子が欠損すると寿命が変化してしまうということが知られている。
しかし、寿命の長さと神経活動に相関関係や因果関係があるのか?というのは明らかではなかった。
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そこで今回取り上げる論文では、寿命と神経活動の関係に迫った。
筆者らはまず、寿命が短いヒトと、長いヒトで、脳の遺伝子発現にどのような違いがあるのかを探索した。
このために、認知機能に問題のなかったヒトの死後脳で遺伝子発現を網羅的に解析したデータベースを用い、85歳以上まで生きた長寿の人と80歳までに亡くなった人の前頭前野における遺伝子発現パターンを解析した。
その結果、興味深いことに、長寿の人の脳では神経の活動に関わる遺伝子の発現が減少していることが明らかになった。
またさらなる解析から、長寿の人では(抑制性ではなく)興奮性の神経の活動に関わる遺伝子の発現が減少していて、神経活動が低下している可能性が示唆された。
このような「寿命⇔神経活動」という相関関係があるという今回の知見は重要であるが、「神経活動⇒寿命」の因果関係があるかは不明である。
そこで筆者らは線虫の系を用いて、神経活動と寿命に因果関係があるのかに迫った。
このためにまず、薬剤によって神経活動を強制的に抑制し、寿命が変化するか検証した
*ちなみに、筆者らは神経活動を抑える薬剤としてネマジピンとイベルメクチンというのを使用している。ネマジピンは割と最近線虫のスクリーニングで見つかったカルシウムチャネルのブロッカー(2006, Nature)。イベルメクチンは非脊椎動物のCl-チャネルに作用し神経活動を抑える(大村先生がノーベル賞とったやつ)。
この結果、驚くべきことに、薬剤によって線虫の神経活動を抑えると、線虫の寿命が長くなることが分かった。
すなわち、線虫の系において、神経活動を抑えると寿命が長くなるという因果関係があることが示唆された。
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では、神経活動を変化させるといっても、特にどのような遺伝子が寿命に関係するだろうか?
筆者らはヒトのデータをさらに解析し、どうやらRESTという遺伝子発現を抑制する因子が大事であろうことを突き止める。
RESTは神経活動に関わる遺伝子の発現を抑えるので、長寿の人ではRESTの発現/活性が高く、これによって神経活動が抑えられていることを示唆する。
そこで筆者らはREST遺伝子を過剰に発現させることで寿命が長くなるのではないかと仮説を立て、再び線虫の系を用いて検証を行った。
この仮説は的中し、神経系特異的にREST遺伝子の線虫版(オルソログ)を強制発現させると、寿命が延長することをみている。
*なお、このとき神経活動が減少していることは結構しっかりみている。
あとは、神経活動を抑えるとどうして寿命が延びるのか、という点に迫っている。
データは端折ってしまうが、結果的に筆者らは神経活動が代謝状態を変化させ、それが寿命につながっているのではないかというモデルを立てている。
以下はNature誌のNews&Viewsのまとめ図。
以上、今回の結果から神経活動が寿命を規定する可能性が示唆された。
ヒトの網羅解析で得られた結果から、モデル生物に落とし込んでいく流れはよかった。
また、RESTや神経活動を標的とした創薬を行うことで、不老不死に近づけるかもしれない、という点では結構面白い。
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以下のようなポイントは今後の課題になるでしょうか。いずれにせよ今後の研究にも期待です。
- 今回ヒト(とマウス)のデータは相関だけなので、哺乳類でも神経活動と寿命に因果関係があると面白い。
- 線虫のデータも薬剤と遺伝子操作だけなので、DREDDとかで"神経活動"をもっと直接的にいじって寿命が変化したら面白い。
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論文
Regulation of lifespan by neural excitation and REST, Nature, 2019
イラスト転載元