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ニューロンは特別ではない?_1

ニューロンは長い突起を持ち、その先でシグナル分子をやり取りする。
 
ニューロンは意識など脳の主要な働きを担うとされることから、ニューロンは特別ですごい細胞だと思っている人もいるかもしれない。
 
今回は、全然そんなことない、ニューロンは特別ではないよ、という論文を2回にわたって紹介したい。
 
管理人がラボのジャーナルクラブで紹介した論文です。
 
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まずは現代発生学の基盤となった研究を紹介したい。
 
教科書でもおなじみのマンゴールドとシュペーマンの実験である。
 
この実験では、以下に示すように、イモリの胚の原口背唇部を移植すると二次胚を誘導することが示された。
 
この実験はまさに金字塔である。この実験の重要な点は、移植された原口背唇部は何らかの因子を出して周りの細胞に二次胚を誘導するように働きかけていることを示した点である。
 
すなわち、ある組織は"インデューサー(モルフォゲン)"を出して、周りの細胞に働きかけるということが分かった。
 
ここで大きな問題は、インデューサー(モルフォゲン)は生み出された細胞からどのように広がっていくのだろうか?という点である。
 
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最もシンプルなモデルは、受動的な拡散である。
 
このモデルでは以下のように真ん中のシグナル産生細胞から、シグナル分子(赤点)が放出され、受容体などによって受容される。
 
このモデルは非常に考えやすく、実際1970年ごろ、アラン・チューリングフランシス・クリックなどの大御所たちがこのモデルを打ち立ててきた。
 
ただし、この1970年ごろというのはインデューサー(モルフォゲン)の実体は未だ分かっていなかった。
 
このため彼らはインデューサー(モルフォゲン)はATPのような低分子であるとしてモデルを立ててきた。
 
しかし、1990年ごろからインデューサー(モルフォゲン)の実体はタンパク質であり、低分子ではないことが明らかになってきた。
 
(今ではみんなモルフォゲンの実体はFGFとかBMPとかだと思っていると思います。)
 
タンパク質はサイズ的に大きく、さらに多様な修飾を受けるため、混みこみの細胞外環境を自由に拡散できるとは考えづらい。
 
さらに、受動的な拡散では空間的な解像度が悪く、またシグナル伝達にかかる時間も短くない
 
このため、受動的な拡散以外にもシグナル分子をやり取りする仕組みがあるのではないかと考えられてきた。
 
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実際今回の論文の筆者らはこれまでに、受動拡散モデルに変わるモデルを提唱してきた。
 
それが以下のダイレクトトランスポートモデルである。

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このモデルでは、産生されたシグナル分子は細胞外にでることはない。
 
細胞から延びる細い突起を伸ばしてシグナル分子は移動し、突起とのコンタクトによって受け渡される。
 
このモデルは拡散モデルの弱点を克服する可能性があるので画期的である。
 
そんなことあり得るのか?と思うかもしれない。
 
そこでここからしばらく、かれらの発見してきたことを紹介したい
(画像はBioRxiv、下のSience, 2014から引用。)
 
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彼らはモデル生物としてショウジョウバエを用いている。
 
今回の主役は気嚢(Air sac)である。
 
気嚢は肺と同じように働き、全身に酸素を送るための器官である。
 
発生の過程において気嚢は気嚢原基(Air sac primordium)から生み出される。
 
下は発生期におけるImaginal Diskと気嚢原基(ASP)の配置を表したもの。

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Imarginal Diskには2つのシグナリングセンターがある。図のDppとFGFと書いてあるところで、これらの細胞からDpp(BMP)やFGFといったシグナル分子が放出される。
 
気嚢原基はこれらのシグナルを受け取ることで正常な発生を行う。
 
重要なことに、シグナリングセンターと気嚢原基には5~40μmの距離がある。
 
では、気嚢原基はどのようにこれらのシグナルを受け取るのだろうか?
言い換えると、DppやFGFは産生された細胞からどのように気嚢原基へ移動するのだろうか?
 
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以下の図はGFPタグをつけることでASPを構成する細胞の形を可視化した図である。

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気嚢原基は上のようにまるっぽい形をしていて表面はなめらかである。
 
しかし、露光を増やすと、気嚢原基は全く異なった形を示す。
 
以下が露光を増やした気嚢原基である。
 
もはや気嚢原基は丸っこい形をしておらず、表面から多数の突起が延びているのが分かる。

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これを彼らはサイトニームと呼んでいて、気嚢原基から延びるサイトニームによってシグナル分子を受け取っていることを明らかにしてきた。
 
一つだけデータをお示しする。

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この実験では筆者らはシグナル産生細胞においてシグナル分子にくっつけたGFPを発現させた。
一方、気嚢原基にはシグナル分子の受容体くっつけたmCherry(赤色の蛍光分子)を発現させて観察を行った。
 
その結果、受容体と一緒にシグナル分子がサイトニームを伝ってシグナル産生細胞から気嚢原基に移っていく様子が観察された。
 
つまり本当に、サイトニームはシグナル分子を受け渡す構造体であることが示唆された。
 
あとは端折ってしまうが、
- サイトニームとシグナル産生細胞はかなり近い距離にいること(コンタクトしていること)
- DppとFGFを受け取るサイトニームは役割分担されていること
- いくつかのサイトニームができない変異体ではシグナル伝達もうまくいかないこと
などがこれまでに示されてきた。
 
すわなち、少なくともシグナル分子の一部はこのサイトニームのような突起を用いてやり取りされている。
 
つまり、モルフォゲンは必ずしもすべてが受動拡散で広がっているわけではない
 
これはなんとなくみんなが仮定している受動拡散というドグマを覆しうるインパクトのある仮説であると思われる。
 
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で、サイトニームはなんだか特別な構造体のように思えるが、まあそうでもない。
 
ニューロンも同じようにアクソンやデンドライトといった突起を伸ばしてシグナルのやり取りをしている。
 
こういった点で、ニューロンとサイトニームは非常に似ている。
 
実際、これまでシナプス関連因子の変異でサイトニームの形成が異常になることも報告されている。
 
本当はもう少し踏み込んでサイトニームシナプスの近さを議論した論文を紹介するはずだったが、意外と長くなったのでそれは次回!(書きました!)
 
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参考
 
Specificity of Drosophila Cytonemes for Distinct Signaling Pathways, Science, 2011 (サイトニームは2種類あることを発見)
 
 
・Glutamate signaling at cytoneme synapses, BioRxiv, Sience, 2019 (次回紹介予定)
 

肥満が摂食のブレーキを外す!?

肥満は全世界で5億人の人が困っているとされる。ただ太っているだけならまあ良いが、肥満は種々の疾患を引き起こすため、その原因の解明は重要である。
 
では、肥満はどうして起きてしまうのだろうか?
 
原因の一つは必要なエネルギーに対して過剰に食物を食べてしまう、摂食行動の破綻である。
 
これまで、摂食行動に重要である脳領域として、外側視床下野が知られてきた。
 
例えば、外側視床下野が破壊された動物は餌も水もとらなくなり,放置するとやがて死亡することが知られている。
また、この領域を電気的に刺激すると、満腹の動物でも摂食行動が開始されることが知られている。(参考)
 
このことから、肥満になると外側視床下野に何らかの変化が起きて、摂食が異常になっている可能性が考えられてきた。
 
しかしながら、肥満が外側視床下野の神経細胞にどのような影響を与えるかは不明であった。
 
今回紹介する論文では、肥満による外側視床下野の遺伝子発現変化をシングルセルレベルで解析し、摂食のブレーキとなる細胞群の活動が肥満によって抑制されることを見出した。
 
 
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これまで外側視床下野が摂食に大事であることは知られていた。では肥満になると、外側視床下野の細胞群の中で、どの細胞群がどのように遺伝子発現状態を変化させるのだろうか?
 
この問題に迫るため、筆者らは高脂肪食を与えて肥満を誘導したマウスとコントロールマウスにおいて、外側視床下野の遺伝子発現をシングルセルRNAseqを用いて網羅的に解析した。
 
この結果、
- 外側視床下野はいくつもの細胞群からなる不均一な細胞集団であること、
- Vglut2という遺伝子を発現するニューロンが特に高脂肪食で遺伝子発現を変化させていること
が分かった。
 
(このようなシングルセルレベルで遺伝子発現をみて、これまで知られていなかったサブポピュレーションを見つけるのはちょっと前からのはやりですね。ただはやりとは言えちゃんとサブポピュレーションみつけられているのはすごい。)
 
また、これまで肥満と相関があるとされていた遺伝子群とVglut2陽性細胞群での遺伝子発現に相関が高いことも明らかにしている。
 
これらの結果から、外側視床下野のなかでもVglut2陽性の特別な細胞が肥満で遺伝子発現を変化させること、そしてそれが肥満に重要な可能性が示唆された
 
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ではこの特別そうなVglut2陽性細胞はどのような細胞なのだろうか?
 
これに迫るため、筆者らはVglut2陽性細胞の活動状態をin vivoでモニターする系を立ち上げ、砂糖水を与えて摂食前後での活動をモニターした。
 
この結果、面白いことに、Vglut2陽性細胞は砂糖水を摂取した直後に活動が上昇することが分かった
 
またオプトジェネティクスでこの細胞を活性化させると、摂食が抑制されることも示している。
 
これらのことから、Vglut2陽性細胞は満腹になると発火する細胞であり、過剰な摂食を抑制するブレーキとなっていることが示唆された
 
(オプトジェネティクスでこの細胞の活動を抑制する実験もあるとよかったが見当たらなかった。結果が微妙だったのではないかと邪推。)
 
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では、高脂肪食でVglut2陽性細胞の活動はどのように変化するのだろうか?
 
端折ってしまうが、筆者らは高脂肪食によりVglut2陽性細胞の活動が減少することを見出している。
 
すなわち、高脂肪食の投与により、摂食のブレーキとなるVglu2陽性細胞の活動が下がり、過度に食物をとってしまうことでさらに肥満になってしまうというストーリーが考えられる。
 
Perspectiveから図を引用。

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明快なストーリーで面白かった。高脂肪食でどうしてVglut2陽性細胞の活動が低下してしまうのかが疑問だが、次のプロジェクトでやってくれるだろうと期待。
 
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参考
Obesity remodels activity and transcriptional state of a lateral hypothalamic brake on feeding, Science, 2019
 

記憶が遺伝する!?

生物学では、長い間、後天的に獲得した形質は次の世代には遺伝しないと考えられてきた。
 
ところが近年、この通説を覆すような事例が報告されつつある。
 
最も有名な例が、第二次世界大戦中のオランダ飢饉の例である。
第二次世界大戦中にナチスドイツの出入港禁止措置のため、オランダは飢饉に見舞われた。後に、このとき飢餓を経験した妊婦から生まれた子供の疫学調査が行われ、驚くべき結果が報告されている。
この結果では、飢餓の中で生まれた子供は生まれた時には低体重であったにもかかわらず、成人後は肥満となる率が高く、また糖尿病などの発症率も高いことが明らかになった。さらにこのときこの特性は孫の代にまで影響することもわかっている(参考)。
 
すなわち、母親の栄養状態は子供の健康状態に影響しこの特性は遺伝する、ということを示唆する。これらの報告から現在では「獲得形質は遺伝しない」という従来のドグマは覆されつつある。
 
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実際この発見の後も、特にモデル生物を使って、獲得形質の遺伝が起きる状況や、そのメカニズムについて研究が進められてきた。
 
例えば、線虫においては親世代の適度なストレスは子孫の生存力を高めること、またこの継承はエピジェネティクスを介していることなどが報告されている(Kishimoto et al, Nat. Comm., 2017)。
このほかにも線虫においてウイルス感染記憶が遺伝されるという報告もなされている(Rechavi et al., Cell, 2011)。
 
しかしながら、記憶や学習などの神経活動までも遺伝されうるのか?という点はほとんど分かっていなかった。
 
今回は、外敵への忌避性をモデルとした記憶が次世代にも引き継がれることを明らかにし、その分子メカニズムに迫った論文を紹介する。
 
 
筆者らは記憶が遺伝するのかを調べるために、線虫の病原性細菌に対する忌避性をモデルにした系を立ち上げた。
 
このため、筆者らは線虫と病原性緑膿菌、病原性のない大腸菌を同じプレートに置いた。
 
線虫は細菌を食べ物にするため初めは病原性緑膿菌に向かっていくが、24時間ほどたつと線虫は学習して病原性緑膿菌には向かわなくなる。
 
では、この記憶は次世代にまで引き継がれるのだろうか?
 
この系において、病原性緑膿菌への忌避性を獲得した線虫の子供を解析すると驚く結果が得られた。すなわち、病原性緑膿菌への忌避性を獲得した線虫の子供は、それまで病原性緑膿菌に出会ったことすらないにもかかわらず、病原性緑膿菌に対する忌避性を持っていることが分かった。
 
この結果は、記憶や学習といった神経活動までも次世代に引き継がれうることを示唆する。(驚き!!)
 
筆者らはこのほかにも
- この忌避性は4世代にわたって遺伝すること
- 病原性緑膿菌だけでなく、他の細菌でも忌避性の遺伝がみられること
- オスの記憶でもメスの記憶でも子孫に遺伝されうること
などを検証している。どれも興味深い。
 
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では、外敵への忌避性が遺伝することは、個体にとって有利なのだろうか?
 
この疑問に迫るため、筆者らはプレートの一部に病原性緑膿菌の存在するスポットが存在するような系を立ち上げた。この系では、一定の線虫は病原性緑膿菌に触れてしまい、死んでしまう。このとき、なんと、親が病原性緑膿菌に対する忌避性を学習していた線虫は生存率が上昇することが分かった。
 
すなわち、病原性緑膿菌への忌避性の遺伝は子孫の生存に有利に働いていることが示唆された!
 
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では、この学習の遺伝はどのようなメカニズムによって実現されるのだろうか?
 
筆者らはASIニューロン(におけるTGFシグナル経路)と、piRNAの経路の寄与を明らかにしている。
 
ASIニューロンは感覚ニューロンの一つとして知られる。先行研究により、ASIニューロンは病原性緑膿菌に応答して遺伝子発現を変化させることが分かっていた。このため筆者らはこのニューロンが学習の遺伝に重要かもしれないと考え、ASIニューロンを細胞死させるような線虫を作成し、実験を行った。
 
すると驚くべきことに、ASIニューロンが無いような線虫では病原性緑膿菌に対する忌避性が遺伝しないことが分かった!(ASIニューロンがなくても第一世代では病原性緑膿菌に対する忌避性は獲得する)
 
これが面白いのは、病原性緑膿菌に対する忌避性の遺伝には、母親の代謝状態などの変化も重要かもしれないけれども、少なくともニューロンも必要であることとが分かった点である。すなわち神経の活動に依存した形質が遺伝していることを示唆する。
 
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また筆者らはpiRNAという小分子RNAが重要であることも検証している。
 
実際、
- 病原性緑膿菌の条件とコントロールでは、piRNAの発現量に差があること
- piRNA関連遺伝子の発現を変えると、病原性緑膿菌に対する忌避性の遺伝がみられなくなること
をみている。
 
一方(興味深いことに)、これまで獲得形質の遺伝に関わる可能性が示唆されていたエピジェネティクス因子(COMPASS複合体(H3K4メチル化酵素))の欠損では、そもそも第一世代の学習がうまくいかなくなるらしい。
 
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以上の結果から、外敵への忌避性をモデルとした記憶が次世代にも引き継がれる可能性があること、そしてそのメカニズムの一端が明らかになった。以下Graphical Abstract

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今回は線虫の系だが、これが哺乳類にまで保存されていたらすごい。保存されていないにしても、哺乳類において学習の記憶の遺伝を失うことの進化的なメリットが分かると面白い。
 
いずれにしてもこれまでの常識を覆すような面白い論文だった。
 
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参考
Piwi/PRG-1 Argonaute and TGF-β Mediate Transgenerational Learned Pathogenic Avoidance, Cell, 2019

「現在地」と「目的地」の情報は脳内でどのように処理されているか(筆頭著者による論文紹介)

筆頭著者による論文紹介第2弾、東大薬の青木さんにご寄稿いただきました!

メディア出演などでもおなじみの池谷裕二研究室に所属されています。

とても丁寧にご解説頂きましたので是非最後までご覧ください!

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初めまして。東大薬の青木と申します。私は現在、海馬に存在する場所細胞と呼ばれる神経細胞について研究を行っています。

このサイトでこれまで紹介されている分野からは少し離れる話題になってしまいますので、簡単に研究の背景を含めつつ、論文紹介をさせていただこうと思います。このような機会は初めてですので至らない点も多いかと思いますが、よろしくお願いいたします。

 

2014年のノーベル生理学・医学賞は海馬の場所細胞(place cell)を発見したJohn O'Keefと、嗅内皮質の格子細胞(grid cell)を発見したMoserらに授与されました。

 

O’Keefeらが場所細胞について初めて報告したのは1971年のことです。彼らは、ラットの海馬に記録電極を埋め込み、自由行動下にて、海馬の興奮性錐体細胞の発火活動を記録する実験を行いました。その結果、海馬の興奮性神経細胞の一部が、ラットが特定の位置(place field)にいる時にのみ発火頻度を上昇させることが発見され、場所細胞(place cell)と命名されました(図1)(場所細胞という名前の細胞種があるわけではないことに注意してください。

ある環境内において、動物の場所に依存して発火を示す興奮性神経細胞が場所細胞と呼ばれます。異なる環境に動物を提示するとさっきまで場所細胞として活動していた細胞が場所依存的な発火を示さなくなることや、その逆に新たに場所細胞として活動し始める細胞も存在することが知られています(リマッピング(Leutgeb et al., 2005))。場所細胞というよりは“場所依存的な活動を示す興奮性神経細胞”の方が正しい気もしますが場所細胞と呼ばれています)。

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当時は海馬の破壊実験などによって、海馬が空間学習や空間認知に重要な役割を果たすことは示唆されていました。その中で、海馬場所細胞の発見は、脳内の空間表象を担う細胞単位を発見したという点で非常にインパクトのあるものでした。O’Keefeらは1978年には「認知地図としての海馬」という題名の本を出版し、場所細胞が、動物の空間認知地図(cognitive map)の要素であるとの理論を提唱しました。

現在でも、この認知地図の理論は支持され続けています(上で述べたリマッピングは、異なる環境に動物を提示することで、異なる認知地図がリクルートされているためだと考えられます。ある細胞集団によってある環境に関する地図が作られているイメージです。)。動物の行動と神経活動の相関が非常にきれいに見られるため、脳の情報処理機構を捉えるための研究が場所細胞を用いて行われています。

 

さて、このように脳内の空間表象を担う基盤として考えられてきた場所細胞ですが、実は純粋に動物の場所の情報のみに依存して発火を示すわけではないことが知られています。最も単純な研究例としては、一本道の上を行動するリニアトラック課題があります。ここではラットが道の両端に交互に置かれた報酬を得るために繰り返し行き来します。こうした条件で海馬の神経細胞の発火パターンを記録すると、当然、場所選択的な活動が記録されますが、同じ場所を通過しているときでも、走る方向によって各細胞の発火頻度が大きく異なることが報告されています(Aghajan et al., 2015)(図2)。では、このような場所選択的な活動はどのようにして生じているのでしょうか

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単純に考えられることとしては、海馬場所細胞が場所(現在地)の情報だけでなく、これから向かう場所がどこかという目的地の情報にも依存して発火している可能性があります。また、場所とラットの頭部方向の両方に依存して発火しているのかもしれません。(実際に海馬の上流である嗅内皮質には、動物の頭部方向に依存して発火を示す頭方向細胞(Head direction cell)が存在することが知られています。) しかし、一本道の上を歩くリニアトラック課題では、ラットの行動(頭部方向)と目的地が1対1で結び付けられてしまっているため、これら2つの条件を区別することが出来ません。

 

これを解決する単純な方法は、ある1つの目的地に対して複数の方向から動物を走らせてみることです。そうすればこの場所細胞が、目的地に依存して発火する(図3上)のか、それとも頭部方向に依存して発火する(図3下)のかを区別することが出来そうです。

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実際にそのような行動を動物に行わせるために、新たに行動試験系を設計しました。それが図4のようなものです。1メートル四方のフィールド内に報酬ポートが4箇所存在しており、それぞれのポートから報酬(餌)が提示されると、ポートの上部に設置した白色LED光が点灯します(光-報酬連合課題: Cued task)。(Arduinoなどを用いて報酬ポートなども全て自作しました)。

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2週間ほどこの行動試験を行わせると、ラットは光と報酬の関係を学習し、LEDの光を目的位置として、各報酬ポートへ一直線に走る目的地指向型の行動(Goal-directed behavior)を示すようなりました。この行動試験中に海馬の神経細胞の発火パターンを記録すると図5のようになっており、頭部方向ではなく、目的地に依存して発火する場所細胞が存在することを確認しました。これは海馬場所細胞が自分の現在地の情報に加えて、自分がどこに向かっているのかという目的地の情報にも依存して発火することを示しています。

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次に、この目的地指向型の発火を示した場所細胞が、目的地の存在しない場合にどのような発火を示すかについて調べました。報酬ポートやLEDを取り除いたフィールドにラットを再提示し、海馬の神経細胞の発火を記録してみました(擬似探索課題)。この条件では、フィールド上のランダムな場所で報酬を提示したため、ラットはもはや報酬ポートに対する目的地指向型の行動を示さず、フィールドをうろうろ探索するような行動を示すと想定していました。基本的には想定通りにラットは探索行動を示しました。しかし、時々、前回の課題の条件を思い出したかのように、かつて報酬ポートが置いてあった場所に向かって真っ直ぐ走るような行動を示しました(図6中央)。

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この行動は非常に面白いものと感じました。なぜなら、先ほどまでの目的地の存在するフィールドで記録した条件も含めると、ラットの行動を3種類に分類できるためです。つまり、①目的地が存在し、ラットも目的地に向かおうとしている、②目的地は存在しないが、ラットは目的地に向かおうとしている、③目的地が存在せず、ラットにも特に目的地はない の3つです(図7)。これまで行われてきた場所細胞の研究では①と③の比較を行っているものは多いですが、②のような条件で記録が行われたものはほとんどありません。動物の動機、モチベーションと神経活動の相関についての記述を目指し、②の行動について詳しく調べることにしました。

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②のような行動(pseudo-Goal-directed behavior)は、人の目で見ればある程度判定することはできますが、特定の条件(速度が~cm/sec以上で、頭の方向が報酬ポートが置いてあった方向を向いてて、~sec以上その方向に走り続けてて…みたいな)を用いて分類しようとするとかなり難しかったです。初投稿時には上記のような条件を設定して無理やり分類していましたが、Reviewerや先輩からの助言により、tsneと呼ばれる次元削減アルゴリズムを用いて分類を行いました。これにより、各パラメータをかなり適切に決定することが可能になり、納得のいく結果を得ることが出来ました。さて、②の行動時の神経活動を調べてみると、目的地が存在していないにも関わらず、①の行動時に見られていた、目的地指向型の発火と非常に類似した発火が生じていました(図8)。つまり、目的地指向型の発火は目的地の有無にかかわらず、ラットの動機、モチベーションによって生じることを示唆する結果を得ることが出来ました。

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さらに、探索行動時の場所細胞の発火率と、目的地指向型の発火率を比較してみると、目的地指向型の発火率の方が高いことがわかりました。つまり、探索行動時には、場所の情報を処理するような入力を受け取っていた場所細胞が、目的地に向かおうとしている際には、場所の情報を処理するような入力と目的地に関する情報の入力を受け取り、発火率を増加させていると考えられます。

では、この目的地に関する情報はどのようにして海馬に入力されているのでしょうか。ラットが走っている際、海馬ではシータ波と呼ばれる特徴的な脳波が生じることが知られています。このシータ波は内側中隔と呼ばれる脳領域からの入力により生じることが明らかにされています。そこで、内側中隔にムシモールという試薬を投与し、内側中隔の活動を抑制した状態で、行動試験を行わせ、海馬の神経活動を記録してみました。すると、目的指向型の発火が低下するという結果が得られました。この結果は、内側中隔の活動が、海馬へ目的地に関する情報が入力されるために重要であることを示唆しています。

 

以上の結果、

  1. 海馬で目的地指向型の発火が生じること(海馬場所細胞は、動物が目的地に向かう際に発火率を上昇させること)(論文Fig. 2, 3, 5)
  2. 動物の内的なモチベーションによって発火率の上昇が生じること(論文Fig. 4, 5)
  3. 内側中隔の抑制によって目的地に向かう際の発火率の上昇が抑制されること(論文Fig. 6)

をまとめて論文として投稿いたしました。

 

なるべく簡潔に説明しようと努力したつもりですが予想以上に長くなってしまいました。おそらくこの記事は分野外の方から読まれる機会が多いと思いますので、少しでも場所細胞に関する研究の理解の助けとなれれば幸いです。

近年、場所細胞の研究に強化学習の目線を取り入れることで、動物の行動戦略の理解を目指しているような研究も行われています(Stachenfeld et al., 2017)。今後の研究によって、動物の行動や学習、記憶の基盤となるメカニズムの解明が進むことを期待しています。

 

Reference

Aoki Y, Igata H, Ikegaya Y, Sasaki T. (2019). The Integration of Goal-Directed Signals onto Spatial Maps of Hippocampal Place Cells. Cell Rep. 5, 1516-1527.

Leutgeb S, Leutgeb JK, Barnes CA, Moser EI, McNaughton BL, Moser MB. (2005). Independent codes for spatial and episodic memory in hippocampal neuronal ensembles. Science. 309, 619-23.

Aghajan ZM, Acharya L, Moore JJ, Cushman JD, Vuong C, Mehta MR. (2015). Impaired spatial selectivity and intact phase precession in two-dimensional virtual reality. Nat. Neurosci. 1, 121-8.

Stachenfeld KL, Botvinick MM, Gershman SJ. (2017). The hippocampus as a predictive map. Nat. Neurosci. 11, 1643-1653.

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バイオステーションでは、筆頭著者の方による論文紹介を募集しています。どのような分量でも構いませんので、ぜひご寄稿いただけると幸いです。

詳細につきましては、以下のリンクもご覧ください

jugem.hatenadiary.jp

筆頭著者による論文紹介第一弾はこちら

jugem.hatenadiary.jp

 

 

ペルオキシソームの新しい機能を発見! (筆頭著者による論文紹介)

今回、筆頭著者による論文紹介、ということで、東大薬の田中秀明さんにご寄稿いただきました!

比較的マイナーなオルガネラ、ペルオキシソームの新しい機能を発見したという報告です。とても丁寧に書いていただきました!ぜひ最後までご覧ください!

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ペルオキシソームの新しい機能を発見!-ミトコンドリアの動態・細胞死経路の制御-

 

皆様、ペルオキシソームというオルガネラをご存じでしょうか?

ペルオキシソームはほぼすべての細胞がもつ脂質一重膜で覆われたオルガネラであり、主に脂肪酸の酸化や活性酸素の除去といった細胞の代謝機能を担うことが知られています。

 

細胞内において、ペルオキシン遺伝子群によって形成されています。ペルオキシン遺伝子群が欠損することで、ペルオキシソームの機能不全が引き起こされます。ヒトにおいて、ペルオキシン遺伝子の欠損は、ツェルベーガー症候群をはじめとする非常に重篤な疾患の原因となります。ツェルベーガー症候群の患者は筋緊張低下、顔面形成異常、神経遅滞など多臓器にわたる影響が表れ、重篤な場合では出生後一年以内に死亡してしまいます。

 

このことから、ペルオキシソームが生体内で重要な役割を果たしていることは明らかです。しかしながら、ペルオキシソームの機能解析はあまり進んでいません。恐らく読者の方も、「教科書で見た気がするけど、あまり覚えてないな」くらいの認識ではないでしょうか?

 

私は、この重要だけれど謎の多いオルガネラ、ペルオキシソームに注目し、その機能解析を行うことにしました。はじめは何に注目すればいいかわからず、暗中模索の時期もありましたが、最終的にミトコンドリアとの新たな相互作用を見出し、論文としてまとめることができました。ここでは、代表的な結果を紹介しつつ、どのように自分の研究が進んでいったかをまとめてみたいと思います。参考にしていただければ幸いです。

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ペルオキシソームの機能を探索すべく、まずペルオキシソーム形成に必須の遺伝子Pex3をCRISPR-Cas9システムでKOし、ペルオキシソーム欠損細胞を樹立しました。免疫細胞染色を行うと、実際この細胞ではペルオキシソームが完全に消失していることが観察されました。

ここで、とりあえずほかにもいろいろなオルガネラを染色してみよう、ということになり、小胞体、ゴルジ体、ミトコンドリアなど様々なオルガネラを観察してみました。色々と面白いことが分かったのですが、一番大きな表現型が「Pex3のノックアウトによってミトコンドリアが顕著に断片化している」というものでした。この現象は面白い!と思い、ペルオキシソームによるミトコンドリア動態への影響についてさらに調べることにしました。

 

ペルオキシソームが本当にミトコンドリアの動態制御にかかわるのか?ということをさらに調べるため、ペルオキシソームの十分性について検討することにしました。ここで用いたのが、4-PBA(4-フェニル酪酸)です。これは、PPARシグナルとPex11の経路を介してペルオキシソームを増加させる薬剤です。これを細胞に添加すると、実際にペルオキシソームが増加することが観察されました。この時、ミトコンドリアの形態はどうなっているかというと、驚くべきことに4-PBAによりミトコンドリアが顕著に伸長する像が観察されました。この4-PBAによるミトコンドリアの伸長が本当にペルオキシソームを介しているかを調べるため、同じ実験をペルオキシソーム欠損細胞で行うと、通常細胞で見られたミトコンドリアの伸長は観察されませんでした。このことから、4-PBAはペルオキシソームを増加させることでミトコンドリアを伸長させていることが示唆されました。

 

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ここまでの結果から、ペルオキシソームの新たな機能としてミトコンドリアの動態を伸長方向へと制御していることが分かりました。次に私は、

①ペルオキシソームがミトコンドリア動態を制御するメカニズム

②ペルオキシソームがミトコンドリアを制御する生物学的意義

について検証することにしました。

 

①: ペルオキシソームはどのようにミトコンドリア動態を制御しているのでしょうか?そこで注目したのは、ミトコンドリアの分裂を主に担う分子、Drp1です。この分子はミトコンドリアだけでなくペルオキシソームの分裂にも寄与していて、実際ペルオキシソームにもDrp1は局在することが知られています。そこで、

ペルオキシソームはDrp1の制御を介してミトコンドリアの局在を調節する」という仮説を考え、検証することにしました。はじめにDrp1の局在を観察すると、ペルオキシソーム欠損細胞でミトコンドリア上のDrp1が増加していることが明らかになりました。さらに、このDrp1がペルオキシソーム欠損細胞におけるミトコンドリア断片化を起こしているのかを検証するためにDrp1のKDを行うと、ペルオキシソーム欠損細胞におけるミトコンドリア断片化は顕著に抑制されました。以上の結果より、ペルオキシソームはDrp1の局在制御を介してミトコンドリアの形態を制御することが分かりました。

 

②ペルオキシソームがミトコンドリアの形態を制御する意義について、ペルオキシソームが欠損するとミトコンドリアが断片化することは先述しました。ミトコンドリアの断片化は膜間腔タンパク質シトクロムCの細胞質放出、並びにアポトーシス経路のカスパーゼ活性化にかかわります。そこでシトクロムCを観察すると、驚いたことにペルオキシソーム欠損細胞では通常ミトコンドリアにいるシトクロムC が細胞質に拡散していました。さらにこのとき、実行型カスパーゼの活性化も起こっていることも明らかになりました。すなわち、ペルオキシソームが欠損することで細胞死誘導経路が活性化していることが分かりました。では、その下流アポトーシスは起こっているのでしょうか?

AnnexinV binding assayによって細胞のアポトーシスを検出すると、想定とは異なり、ペルオキシソーム欠損細胞ではアポトーシスはほとんど起きていませんでした。すなわち、ペルオキシソームの欠損によりシトクロムCの拡散・カスパーゼの活性化は起こるものの、アポトーシスを起こすには不十分であることが示唆されました。

 

では、この細胞死を起こさないsub-apoptoticなカスパーゼの活性化を抑制することにはどういった意味があるのでしょうか?私は、細胞のストレス感受性に注目しました。

我々の細胞は日々様々なストレス(酸化ストレス、小胞体ストレス、DNAダメージ、etc…)にさらされています。ストレスがかかった細胞は、まずそのストレスを解消するための経路を活性化させます。しかし、ストレスがかかり続けたり、過剰なストレスがかかったりした場合は、細胞はアポトーシスを選択します。私は、ペルオキシソームがミトコンドリアを介したストレスによるアポトーシスを調節している可能性を考えました。そのため、ペルオキシソーム欠損細胞にDNAダメージを添加し、アポトーシスを検出すると、通常細胞に比較してアポトーシスする細胞の割合が顕著に増加しました。このことから、ペルオキシソームによるカスパーゼ活性化調節は、細胞のストレス感受性にかかわることが示唆されました。

 

全体をまとめると、私は本論文においてペルオキシソームがDrp1の局在を介してミトコンドリアの動態を伸長方向へと制御している、という新たな機能を見出しました。この機能の破綻はミトコンドリアの断片化、シトクロムCの拡散、細胞死経路の活性化を引き起こすことも見出しました。

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ミトコンドリアの形態は、様々な生命現象にかかわっています。先述のアポトーシスはもちろん、神経幹細胞の分化や、ニューロンの軸索におけるミトコンドリアの適切な配置にもミトコンドリア動態は重要です。本研究でミトコンドリア動態をペルオキシソームが制御することが明らかになったことにより、ペルオキシソームもまたそういった生命現象にかかわりうることが分かり、よりペルオキシソームの重要性が強調されたかと考えています。

さらに、本研究で見出したペルオキシソームによるミトコンドリアの形態制御の破綻が、先述のツェルベーガー症候群(ペルオキシソーム欠損症候群)の発症にかかわっている可能性もあります。特に、ミトコンドリア動態やカスパーゼの異常活性化は神経変性疾患にかかわるので、ツェルベーガー症候群における神経変性疾患様の症状にミトコンドリア動態制御破綻が関与する可能性を現在検証しています。

 

結果を丁寧に説明してきましたが、結局のところ私が読者の皆様に覚えておいていただきたいポイントは、「ペルオキシソームって結構大事なオルガネラなんだな」ということです。この機会にぜひ覚えておいてください!

 

発表論文

Peroxisomes control mitochondrial dynamics and the mitochondrion-dependent pathway of apoptosis, Journal of Cell Science, 2019

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バイオステーションでは、筆頭著者の方による論文紹介を募集しています。どのような分量でも構いませんので、ぜひご寄稿いただけると幸いです。

詳細につきましては、以下のリンクもご覧ください

jugem.hatenadiary.jp

今後ともバイオステーションをよろしくお願いいたします。

 

神経前駆細胞の大移動@がん

 
今回紹介する論文は、これまでの紹介してきた中でもトップクラスの衝撃度です。どうぞ最後まで。
 
がんは日本人の死因の何割かを占める。闘病は大変なので、治せるならば治したほうがいい。
 
ではそもそも、がんはどうしてできてしまうのだろうか。これまで、たくさんの人たちが、発症に関わる因子をたくさんみつけてきた。その中で、意外なことに神経線維ががんに重要らしいということが分かっている。
 
これらの研究によると、がんには神経線維が異常に侵入していて、がんの増殖を手助けしているらしい。
 
実際、いくつかのがんでは神経伝達を阻害すると、がんが小さくなったりすることが知らている。
 
しかしながら、この神経はどこからやってくるのか?ということは分かっていなかった。
 
今回は、このがんの中の神経は、脳室から巡ってきた神経前駆細胞に由来するという驚きの論文を紹介。
 
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以下が今回の論文の流れ
 
- そもそも神経浸潤はヒトのがん患者にも認められるか?
 
ヒトの前立腺がん患者の組織を染色、神経の数と症状の相関を検証
 
→人の患者でもがんの中に神経がある!さらに、神経の数が多いほど患者さんは早い期間で亡くなっていた
 
がんの神経への浸潤ががんの悪性化を引き起こしている可能性がある!
 
 
- 分子メカニズムに迫るため、マウスモデルを作成
 
前立腺でのみ、がん遺伝子Mycを過剰発現するマウスを作成。このマウスでは前立腺癌を発症。このとき、前立腺がんでは神経線維がみられる。
 
面白いことに、がんの中には神経線維だけではなく、神経前駆細胞も存在した。
 
→この神経前駆細胞を単離すると神経(ニューロン)を産生する。おそらくは、この神経前駆細胞ががんのでの神経の産生に重要だろう。
 
 
- 神経前駆細胞はどこからやってくるか?
 
ここが、この論文のハイライトの一つ!
 
成体において、神経幹細胞が存在するのは2か所。脳室下体と海馬である。
 
それぞれに細胞をラベルするウイルスを打ち込み挙動をトレーシング
 
脳室下体の神経前駆細胞前立腺まで移動してきている!!(海馬由来の神経前駆細胞は移動しない)
 
さらに、血中においても脳室下体由来の神経前駆細胞がある!!このとき、がんでないマウスでは神経前駆細胞の血中への浸潤はみられない。
 
これらの結果は、がんにおいて脳室下体の神経前駆細胞が、血中に流れ出してがんに生着し、がんを手助けるすることを示唆する!
 
*神経前駆細胞が脳の外に出ていくというのは、これまで考えらてもいなかったことでとても驚き!!
 
 
- この神経幹細胞の移動は他のがんにおいてもみられるか?
 
肺がん、乳癌の系、またMyc過剰発現でない前立腺がんにおいて同様の実験
 
→いずれのがんにおいても、神経幹細胞が脳から血管に流出し、がんに生着する!!
 
すなわち、神経幹細胞の移動と生着は、がん一般に起こりうる性質である可能性がある!すごい!
 
 
- 神経細胞の浸潤はがんの悪性化に重要か?
 
筆者は、神経前駆細胞を単離し、移植
 
→神経前駆細胞が移植されたマウスではがんのサイズが大きくなる!
 
つまり、神経前駆細胞が生着することががんの増殖に大事!
 
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今回の結果から、がんになると脳から神経前駆細胞が流れ出してがんに生着すること、この神経ががんの増殖に大事であること、が示唆された。
 
以下がまとめ図

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ちなみに、がんの患者では認知機能が低下してしまうことがあることが知られている。もしかしたら、この原因は、がんになると神経前駆細胞ががんの方に行っちゃって脳の神経前駆細胞が不足することかもね、というのが筆者らのディスカッション。
 
*いやいやそんなまさか、とは思ってしまうが、意外とそんなことあったりして。
 
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神経前駆細胞が脳の外に出てしまう、というのは衝撃的。というかあまりにも想像の範疇を超えているので最初は何を言っているのか分からかった。
 
とはいえ、Natureに通るだけあるというか、読んでいると、そういうこともあるかもしれないと思えるような気もしてきた。
 
 
あとは、本当にこれが本当だと思えるためには、どうしてがんのときに神経前駆細胞が脳の外に出ることができるのか、が明らかになるとよいと思った。
 
一つの候補としてはエクソソームとかが面白いのかもしれない。例えば、がんは自身のだすエクソソームによって転移先のニッチを形成することが知られているためである。
 
もしかしたら、がんの出すエクソソームがシグナルとなって、神経前駆細胞の流出を手助けしているのかもしれない、とか。
 
いずれにしても、続報が楽しみな論文だと思った。
 
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参考
Progenitors from the central nervous system drive neurogenesis in cancer, Nature, 2019
Nerve cells from the brain invade prostate tumours, News and views in Nature, 2019

哺乳類の繁栄を支える遺伝子

 
哺乳類が地球で繁栄したキーポイントの一つは、寒冷環境でも体温を維持できるようになったことである。
 
この驚異的な特性を得るために、哺乳類は褐色脂肪細胞という特殊な脂肪細胞を獲得してきた。
 
褐色脂肪細胞は「脂肪細胞」のイメージとは裏腹に、脂肪を分解して熱を産生させることが知られる。これは、いわゆる皮下脂肪や内臓脂肪などの白色脂肪細胞が脂肪を蓄えるのとは極めて対照的である。(以下の図も参考に)
 
 
褐色脂肪細胞は交感神経などからの投射を受け、寒い状態などを感知すると熱を産生して体温の維持に働く。
 
また、熱を産生するという特徴から、肥満に対する介入のターゲットしても注目されている。
 
しかし、これほどの重要性にもかかわらず、褐色脂肪細胞の形成を可能にする分子メカニズムは不明な点が多く残っている。
 
今回は、褐色脂肪細胞形成に重要な、哺乳類のみが持つ遺伝子を新しく同定した、という論文を紹介する。
 
 
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以下が今回の論文の内容!
 
- どのような遺伝子が褐色脂肪細胞の形成に重要か?
 
筆者らはこれまでに、脱メチル化酵素LSD1が褐色脂肪細胞の形成に重要であることを報告していた(Gene&dev., 2016)。
 
そこで、LSD1をノックアウトした際に発現の低下する遺伝子群を網羅的に探索
 
→LSD1でCLSTN3というシナプス関連因子の発現が劇的に低下。
 
このとき、驚くべきことに、CLSTN3の近傍で、これまで遺伝子があると思われていなかったゲノム領域からRNAが発現していることを発見!
 
この新規遺伝子は、CTSTN3と共通のエクソンも持つのでCLSTN3bと新しく命名
 
いくつかの解析により、CLSTN3bは実際にタンパク質になること(ノンコーディングRNAではないこと)、また小胞体に局在することを見出す。
 
 
興味深いことに、CLSTN3bのホモログ(ひた遺伝子)は、哺乳類は広く存在する一方で、カメには存在しない
 

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CLSTN3bは哺乳類が進化の過程で獲得した遺伝子であろう!
(ちなみに一番上の×はカモノハシ。ネット情報によるとカモノハシは体温制御が緩いらしいからClstn3b持っていないのかも)
 
 
- Clstn3bは褐色脂肪細胞の形成に重要か?
 
Clstn3bをノックアウト
 
→Clstn3bノックアウトで褐色脂肪細胞は機能不全。Clstn3bは褐色脂肪細胞に大事。
 
 
- Clstn3bは体温維持に重要か?
 
Clstn3bをノックアウトして低温環境下に置く
 
野生型では低温環境でもある程度体温維持できるが、Clstn3bをノックアウトすると低体温になる(低温環境に弱くなる)
 
さらに、Clstn3bを過剰発現するマウスを作成
 
→Clstn3b過剰発現マウスは、低温環境下でもより体温下がりにくい
 
また、驚くべきことに、Clstn3b過剰発現マウスは高カロリー食を与えても太りにくい!(おそらくは褐色脂肪酸による脂肪代謝が増加するため)
 
以上から、新しく同定された遺伝子、Clstn3bは哺乳類特有の遺伝子で、褐色脂肪細胞および体温維持に大事な遺伝子であることが分かった!
 
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- Clstn3bが褐色脂肪細胞の形成を誘導するメカニズムは?
 
Clstn3bをノックアウトしてMS
 
S100bのタンパク質量がClstn3bノックアウトで減少。S100bはアストロサイトのマーカーとしても知られ、細胞内のカルシウム濃度制御に重要ということが知られていた。
 
 
S100bはClstn3bの下流として大事か?
 
S100bをノックアウトしておくと、Clstn3bの過剰発現の効果は見られなくなる。Clstn3b→S100bの流れが大事
 
 
S100bはなぜ大事か?
筆者らは、Clstn3bのノックアウトで交感神経からの投射が減少することを見出す。S100bは投射に関わるかも?
 
→in vitroの系でS100bをかけると、S100bは神経投射を誘導することが分かった!*S100bに神経投射を制御する機能があるとは知られていなかったはずなので驚き!
 
 
以上から、Clstn3bはS100bを介して交感神経投射を誘導することで褐色脂肪細胞の形成維持に貢献する可能性を示唆!
 
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今回の結果から、哺乳類が進化の過程で新しく獲得した遺伝子Clstn3bが褐色脂肪細胞の形成維持に重要であることが初めてわかった。
 
この結果は、褐色脂肪細胞の形成維持を可能にする分子メカニズムを明らかにするにとどまらず、肥満などの治療にも役立つ可能性がある。
 
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新しい遺伝子の発見!、というのに惹かれて紹介しようと思った。
 
リボソームプロファイリングとかではなくて、直にRNAseqの可視化から新規遺伝子をとっていて面白い。
 
普通はそんなにまじまじと可視化の結果をみることはないですが、こういう一見無駄なことが重要な発見につながることもあるのですかね。
 
Clstn3bが褐色脂肪細胞の形成維持に大事なのは分かったが、Clstn3b自身が何をしているかもう少し突っ込んでくれると分かった感があってよかった。まあ、もうそのテーマは進めているのだろうけど。
 
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参考
- Innervation of thermogenic adipose tissue via a calsyntenin 3β–S100b axis, Nature, 2019
- 脂肪細胞の画像引用/ https://nijiiro-seikotuin.com/