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核の中の相分離

細胞の中で、DNAから適切な遺伝子が発現し機能することは、細胞運命を正確に制御するために極めて重要である。
 
これまでに遺伝子発現の制御には、多数のヒストン修飾をはじめとしたエピジェネティック因子が重要であることが示されてきた。
 
例えば下のイラストのように、ヒストンH3、27番目のアセチル化は遺伝子発現を多くの場合促進することが知られている。
 
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このようにヒストン修飾などのエピジェネティック因子が重要なことは教科書にものっているほど当たり前のことだと考えられている。
 
しかしながら、アセチル基のような極めて小さな因子がどうしてクロマチン状態を変え、遺伝子発現を変えることができるか、というのは未だ未解決のまま残された大きな謎である。
 
*ヌクレオソームの分子量は100kDaを超えるのに対して、 アセチル基は分子量60くらい。
つまりヌクレオソームを50kgのヒトとすると、アセチル基は30gにも満たない。上のイラストのアセチル基は実際よりもとても大きい。
 
もちろん、ヒストン修飾を認識するタンパク質の寄与が示されてきてはいる。しかし、ヒストン修飾によって核の状態をもっとダイナミックに変えるような仕組みも考えられる。
 
そこで今回紹介する論文では、筆者らは「クロマチンの相分離」という概念を打ち立て、これこそがヒストン修飾によってダイナミックにクロマチンが変化するメカニズムの一つではないかと提唱している。
 
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「相分離」というのは、なぜだか最近生物学で流行っている概念で、ざっくりいうと細胞の中で水と油のような物性の違う領域が分離しているという概念。(リンクなどを参考にされるとよいかもしれない。)
 
下の例のように、相分離するタンパク質は溶液の中で、油のようにドロップレットを形成する。
 
 
これらの概念はP顆粒というRNAの含まれる粒が相分離していること始まり、最近では中心体とかアミロイドとか、多くの膜のない細胞内構造物が相分離していることが報告されてきている。
 
(P顆粒の元祖はこちら。この筆頭著者のRoy Perkerが今の相分離生物学を引っ張っている一人という印象。中心体の相分離はどれが最初か分からないが、中心体関連因子Plk4の相分離を示したのはこちら。)
 
さらに細胞質だけではなく、細胞核の中の構造体、例えば転写が抑制されているヘテロクロマチンや、エンハンサーが集積しているスーパーエンハンサーまでもが相分離していることも報告されている。
 
(ヘテロクロマチンの相分離はこちらこちら。NatureにBack-to-backだったので結構盛り上がった。スーパーエンハンサーの相分離はこちら。転写の大御所Richard Youngが熱心に研究している。核内の相分離についてはBiostationでも取り上げたことがあるので是非ご一読→①猫も杓子も相分離②猫も杓子も相分離_2)
 
しかし、核の中でDNAとそれを巻き付けるヒストンからなるヌクレオソームだけで相分離が起きるかどうか、またそれらの相分離状態が他のクロマチン因子やヒストン修飾で変化するかは不明であった。
 
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そこで筆者らはまず、ヒストンとDNAからなるクロマチンだけで相分離しうるのかを検証した。
 
このため、人工合成したDNAでヌクレオソームを調整し、生理的な塩の濃度でヌクレオソームが相分離しているか観察した。
 
その結果、以下のように、DNAとヌクレオソームだけでも油のような液滴が形成されること、すなわちヌクレオソームは相分離しうることを発見する。
 
 
また他の実験により、この液滴は固体のように"固い"状態ではなく、フレキシブルな構造であることも明らかにしている。
 
(さらにこの人工合成DNA+ヌクレオソームを核内にインジェクションすることで細胞内でも相分離するかもよ、というデータもある。が、これは人工的な条件なので、正直生体内でも相分離しているかははっきりしない。)
 
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では、この相分離状態はヒストン修飾などによって変化するのだろうか?
 
この問いに迫るため、筆者らは人工ヌクレオソームに強制的にアセチル基をつける実験を行った。
 
この結果、驚くべきことに、通常ヌクレオソームが相分離して液滴を作る条件でも、アセチル化を入れるとこの液滴はなくなってしまうことが分かった。
 
すなわち、アセチル化はヌクレオソームの物性を変えることで、相分離状態を変化させていることを示唆する。
 
というわけで、小さなアセチル基でも核の状態を大きく変えることができるのは、アセチル基によってヌクレオソームの物理化学的性質が変化して、"相"が変化するからかも、という話。
 
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さらに、アセチル化が入ってヌクレオソームの液滴が壊れてしまう状態において、らにアセチル化を認識してアセチル化ヒストンに結合するタンパク質、BRD4を入れておくことで再び液滴ができることを示している。
 
このとき大変興味深いことに、BRD4添加でできた液滴は何でもないヌクレオソームの液滴とは混ざり合わない
 
すなわち、普通のヌクレオソームの液滴とBRD4添加でできる液滴は物性が異なり、核の中で異なる区画として分けられている可能性がある。
 
彼らが実験しているのはBRD4だけではあるが、概念的にはそれぞれのヒストン修飾やその認識タンパク質の集合はそれぞれ異なる物性のクロマチンを構成し、核の中で区画化されているという可能性を示唆する。
 
論文中のモデル図では以下のような感じ。核内に物性の違う液滴が多数あってそれぞれ異なる制御をしているというイメージか。
 
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また、筆者らはこれ以外にも、リンカーヒストンH1がヌクレオソームの相分離を促進すること、ヌクレオソームのリンカー部の長さが10n+5bpだと相分離が起きやすいこと、などを示している。
 
(知らなかったけれども、生体のヌクレオソームのリンカーの長さは10nよりも10n+5bpが多いらしい。リンカーの長さにも生理的な意義があるかもしれないというのは面白い。)
 
結果は大体以上で、ざっくりまとめると今回「ヌクレオソームが核内で相分離し、その相分離状態はヒストン修飾などで制御される可能性がある」ということを提唱している。以下グラフィカルアブストラクト。

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まあ正直なことを言えば、クロマチンの相分離が生体内で本当に起きているのか、相分離することが遺伝子発現などに大事なのか、という最も重要なことが示されていないので、よくCellにのったなぁ、という気はしなくはない。(トレンドの力...??)
 
いずれにせよ、極めて小さな分子量でもタンパク質の物性を変えている(ように見える)のは面白いと思った。
 
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今回紹介した論文
Organization of Chromatin by Intrinsic and Regulated Phase Separation, Cell, 2019
Bryan A. Gibson, Lynda K. Doolittle, ..., Sy Redding and Michael K. Rosen
 
画像の引用