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2019年ノーベル医学生理学賞;細胞の酸素濃度検知システム

2019年のノーベル医学生理学賞「細胞がどのように酸素濃度を検知するか」という謎に取り組んだ一連の研究で、グレッグ・セメンザ、ピーター・ラトクリフ、ウィリアム・ケーリンの3氏に授与されます。
 
Biostationでは、受賞対象となった研究についてまとめてみようと思います。内容は概ねノーベル財団公式発表している資料に基づいております。
 
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いうまでもなく、生き物にとって酸素は極めて重要である。酸素は1777年には命名され、1858年にはパスツールらによって酸素が生物の代謝状態に変化を与えることが報告されている。
 
ノーベル賞だけを見ても、1931年には酸素と代謝機構の研究でワールブルグが、1938年には血液中の酸素の含量が体でどのように認識され、大脳に情報が届けられるのかという研究でコルネイユ・ハイマンスが受賞するなど、酸素の生体での重要性は明らかである。
 
しかしながら、酸素の発見から200年以上、細胞がどのように酸素濃度を検知するか、という分子メカニズムは明らかではなかった
 
今回のノーベル賞は、この問題に一定の答えを与える研究をリードしてきた3氏に送られることとなった。
 
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今回のノーベル賞受賞研究のルーツは、1880年代のエリスロポエチンホルモンの研究にある。
 
金字塔の一つが、バーツらによる1882年の報告で、この中で彼らは人間は高所に行くと酸素濃度が減少するため、対応策として酸素を多く運ぶために赤血球を増やす、ことを見出した。
 
では、このように低酸素状態で赤血球を増やすメカニズムは何だろうか?
 
時は飛んで1986/7年に、低酸素により肝臓でエリスロポエチンホルモンの発現が上昇すること、そしてエリスロポエチンこそが赤血球を増やす因子であることが報告された。
 
このことから、エリスロポエチンの発現を制御する因子こそが細胞の酸素濃度を感知する実行因子であることが予想される。
 
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そこで、今回ノーベル賞を受賞するセメンザ氏は、エリスロポエチンの発現を制御する因子の同定を試みた。
 
このため、エリスロポエチン遺伝子の上流配列を含む配列を探索し、エリスロポエチンの発現を制御するエンハンサーを同定する。
 
さらに、このエリスロポエチンのエンハンサーに結合する核内因子を複数同定した。
 
この中で、低酸素によって量が多くなる遺伝子をHIF(hypoxia-inducible factor)と命名した(Semenza and Wang, 1992)。
 
そしてこのHIFこそが、細胞内で酸素濃度を感知する分子メカニズムの中心となる遺伝子である。
 
 
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次の大きな疑問は、HIF1aの活性はどのように制御されているのだろうか?ということである。
 
もっとも考えやすいのは、HIF1aの発現が低酸素によって誘導される、というストーリーである。
 
しかし、HIFの同定以降の怒涛の研究により、HIF1aの遺伝子発現自体は酸素濃度でそれほど変わらないことが分かってきた。
 
さらなる研究により、HIF1aの量は遺伝子発現ではなく、タンパク質の分解量によって制御されていることが分かり始めた。
 
そこでキークエスチョンは「何がHIF1aの分解を起こす実行因子なのか?」という問題である。
 
 
ここで転機となったのが、さらなる受賞者、ケーリン氏とラトクリフ氏の研究である。
 
ケーリン氏はがんの研究をしていて、がん化を抑える因子としてVHL遺伝子というのを同定した。
 
さらに彼らは興味深いことに、VHLが変異した細胞ではHIFの標的遺伝子の発現が上昇していることを見出す。すなわち、VHLとHIFが何らかの関係を持つことが示唆された。
 
ではVHLは何をしているのだろうか?
 
VHLの相互作用因子を同定する実験から、VHLはユビキチン依存的なタンパク質分解を制御する複合体を結合していることが明らかになった。
 
このことから、VHLこそがHIF1aを分解する因子である可能性がある。
 
ラトクリフ氏は実際この仮説に取り組み、VHLがHIF1aを分解するユビキチン化酵素であることを発見する。1999年、まさに金字塔である。
 
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さらにラトクリフ氏はこの論文の中でVHLによるHIF1aの分解には、酸素が必要であることを示している。
 
では、最後に残る大疑問は「どのように酸素濃度依存的にVHLによるHIFの分解が制御されるのか?」という問題である。
 
当時、コラーゲンにおいて酸素濃度依存的にプロリン残基がヒドロキシ化されることが知られていた。
 
そこで、酸素濃度依存的なヒドロキシ化の状態を調べると、HIF1aのODDドメインの2つのプロリン残基が酸素依存的にヒドロキシ化を受けることが分かった。
 
さらに、ヒドロキシ化を受けたHIF1aはVHL複合体に結合しやすくなり、分解されやすいことを明らかにする。
 
すなわち「酸素濃度依存的にHIF1aの修飾状態が変化すること」こそが細胞が酸素濃度を検知するメカニズムであることが示唆された。
 
 
なお、この分解を免れたHIF1aも通常酸素濃度では核内でヒドロキシ化を受け、転写活性化を受けないことが分かっている。
 
一連の研究をまとめると以下のようになる。

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これらの低酸素応答の研究は臨床的にも重要である。
 
例えば、HIF1aの活性を上げることで赤血球を増やして貧血を治そう、という薬は続々と臨床試験が行われている。また、VHLはそもそもがん抑制遺伝子としてとられているので抗がん剤の開発にも期待がかかる。
 
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管理人感想
 
低酸素応答がノーベル賞というのは全く予想していませんでした。が、非常に重要な発見であり、むしろこれまで取っていなかったのが意外です。
 
一連の研究は偉大ですが、まだまだ未知のことも多く残っているし、臨床までに詰めないといけない現象も沢山ありそうです。
 
これからの研究も楽しみですが、こういった研究をきちんとつなげていくのも今の若い人たちに課せられた重要なことかと思いました。みなさん頑張りましょう。
 
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受賞に関する代表的な論文(論文リストはノーベル財団のPDFより): 
 
低酸素で発現が上がることが知られていたEPO遺伝子のエンハンサーを同定、さらにこのエンハンサーに結合する核内因子を探索
Semenza, G.L, Nejfelt, M.K., Chi, S.M. & Antonarakis, S.E. (1991). Hypoxia-inducible nuclear factors bind to an enhancer element located 3’ to the human erythropoietin gene. Proc Natl Acad Sci USA, 88, 5680-5684 
 
HIFが核内で複合体を組む相手としてARNTを発見
Wang, G.L., Jiang, B.-H., Rue, E.A. & Semenza, G.L. (1995). Hypoxia-inducible factor 1 is a basic-helix-loop-helix-PAS heterodimer regulated by cellular O2 tension. Proc Natl Acad Sci USA, 92, 5510-5514 
 
通常の濃度でHIF1aを分解するユビキチンリガーゼとしてVHLを同定
Maxwell, P.H., Wiesener, M.S., Chang, G.-W., Clifford, S.C., Vaux, E.C., Cockman, M.E., Wykoff, C.C., Pugh, C.W., Maher, E.R. & Ratcliffe, P.J. (1999). The tumour suppressor protein VHL targets hypoxia-inducible factors for oxygen-dependent proteolysis. Nature, 399, 271-275 
 
酸素濃度に応じたHIF1a修飾が細胞内酸素濃度検知のメカニズムであることを発見(2報同時掲載)
Mircea, I., Kondo, K., Yang, H., Kim, W., Valiando, J., Ohh, M., Salic, A., Asara, J.M., Lane, W.S. & Kaelin Jr., W.G. (2001) HIFa targeted for VHL-mediated destruction by proline hydroxylation: Implications for O2 sensing. Science, 292, 464-468 
Jakkola, P., Mole, D.R., Tian, Y.-M., Wilson, M.I., Gielbert, J., Gaskell, S.J., von Kriegsheim, A., Heberstreit, H.F., Mukherji, M., Schofield, C.J., Maxwell, P.H., Pugh, C.W. & Ratcliffe, P.J. (2001). Targeting of HIF-a to the von Hippel-Lindau ubiquitylation complex by O2- regulated prolyl hydroxylation. Science, 292, 468-472

核の中の相分離

細胞の中で、DNAから適切な遺伝子が発現し機能することは、細胞運命を正確に制御するために極めて重要である。
 
これまでに遺伝子発現の制御には、多数のヒストン修飾をはじめとしたエピジェネティック因子が重要であることが示されてきた。
 
例えば下のイラストのように、ヒストンH3、27番目のアセチル化は遺伝子発現を多くの場合促進することが知られている。
 
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このようにヒストン修飾などのエピジェネティック因子が重要なことは教科書にものっているほど当たり前のことだと考えられている。
 
しかしながら、アセチル基のような極めて小さな因子がどうしてクロマチン状態を変え、遺伝子発現を変えることができるか、というのは未だ未解決のまま残された大きな謎である。
 
*ヌクレオソームの分子量は100kDaを超えるのに対して、 アセチル基は分子量60くらい。
つまりヌクレオソームを50kgのヒトとすると、アセチル基は30gにも満たない。上のイラストのアセチル基は実際よりもとても大きい。
 
もちろん、ヒストン修飾を認識するタンパク質の寄与が示されてきてはいる。しかし、ヒストン修飾によって核の状態をもっとダイナミックに変えるような仕組みも考えられる。
 
そこで今回紹介する論文では、筆者らは「クロマチンの相分離」という概念を打ち立て、これこそがヒストン修飾によってダイナミックにクロマチンが変化するメカニズムの一つではないかと提唱している。
 
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「相分離」というのは、なぜだか最近生物学で流行っている概念で、ざっくりいうと細胞の中で水と油のような物性の違う領域が分離しているという概念。(リンクなどを参考にされるとよいかもしれない。)
 
下の例のように、相分離するタンパク質は溶液の中で、油のようにドロップレットを形成する。
 
 
これらの概念はP顆粒というRNAの含まれる粒が相分離していること始まり、最近では中心体とかアミロイドとか、多くの膜のない細胞内構造物が相分離していることが報告されてきている。
 
(P顆粒の元祖はこちら。この筆頭著者のRoy Perkerが今の相分離生物学を引っ張っている一人という印象。中心体の相分離はどれが最初か分からないが、中心体関連因子Plk4の相分離を示したのはこちら。)
 
さらに細胞質だけではなく、細胞核の中の構造体、例えば転写が抑制されているヘテロクロマチンや、エンハンサーが集積しているスーパーエンハンサーまでもが相分離していることも報告されている。
 
(ヘテロクロマチンの相分離はこちらこちら。NatureにBack-to-backだったので結構盛り上がった。スーパーエンハンサーの相分離はこちら。転写の大御所Richard Youngが熱心に研究している。核内の相分離についてはBiostationでも取り上げたことがあるので是非ご一読→①猫も杓子も相分離②猫も杓子も相分離_2)
 
しかし、核の中でDNAとそれを巻き付けるヒストンからなるヌクレオソームだけで相分離が起きるかどうか、またそれらの相分離状態が他のクロマチン因子やヒストン修飾で変化するかは不明であった。
 
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そこで筆者らはまず、ヒストンとDNAからなるクロマチンだけで相分離しうるのかを検証した。
 
このため、人工合成したDNAでヌクレオソームを調整し、生理的な塩の濃度でヌクレオソームが相分離しているか観察した。
 
その結果、以下のように、DNAとヌクレオソームだけでも油のような液滴が形成されること、すなわちヌクレオソームは相分離しうることを発見する。
 
 
また他の実験により、この液滴は固体のように"固い"状態ではなく、フレキシブルな構造であることも明らかにしている。
 
(さらにこの人工合成DNA+ヌクレオソームを核内にインジェクションすることで細胞内でも相分離するかもよ、というデータもある。が、これは人工的な条件なので、正直生体内でも相分離しているかははっきりしない。)
 
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では、この相分離状態はヒストン修飾などによって変化するのだろうか?
 
この問いに迫るため、筆者らは人工ヌクレオソームに強制的にアセチル基をつける実験を行った。
 
この結果、驚くべきことに、通常ヌクレオソームが相分離して液滴を作る条件でも、アセチル化を入れるとこの液滴はなくなってしまうことが分かった。
 
すなわち、アセチル化はヌクレオソームの物性を変えることで、相分離状態を変化させていることを示唆する。
 
というわけで、小さなアセチル基でも核の状態を大きく変えることができるのは、アセチル基によってヌクレオソームの物理化学的性質が変化して、"相"が変化するからかも、という話。
 
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さらに、アセチル化が入ってヌクレオソームの液滴が壊れてしまう状態において、らにアセチル化を認識してアセチル化ヒストンに結合するタンパク質、BRD4を入れておくことで再び液滴ができることを示している。
 
このとき大変興味深いことに、BRD4添加でできた液滴は何でもないヌクレオソームの液滴とは混ざり合わない
 
すなわち、普通のヌクレオソームの液滴とBRD4添加でできる液滴は物性が異なり、核の中で異なる区画として分けられている可能性がある。
 
彼らが実験しているのはBRD4だけではあるが、概念的にはそれぞれのヒストン修飾やその認識タンパク質の集合はそれぞれ異なる物性のクロマチンを構成し、核の中で区画化されているという可能性を示唆する。
 
論文中のモデル図では以下のような感じ。核内に物性の違う液滴が多数あってそれぞれ異なる制御をしているというイメージか。
 
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また、筆者らはこれ以外にも、リンカーヒストンH1がヌクレオソームの相分離を促進すること、ヌクレオソームのリンカー部の長さが10n+5bpだと相分離が起きやすいこと、などを示している。
 
(知らなかったけれども、生体のヌクレオソームのリンカーの長さは10nよりも10n+5bpが多いらしい。リンカーの長さにも生理的な意義があるかもしれないというのは面白い。)
 
結果は大体以上で、ざっくりまとめると今回「ヌクレオソームが核内で相分離し、その相分離状態はヒストン修飾などで制御される可能性がある」ということを提唱している。以下グラフィカルアブストラクト。

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まあ正直なことを言えば、クロマチンの相分離が生体内で本当に起きているのか、相分離することが遺伝子発現などに大事なのか、という最も重要なことが示されていないので、よくCellにのったなぁ、という気はしなくはない。(トレンドの力...??)
 
いずれにせよ、極めて小さな分子量でもタンパク質の物性を変えている(ように見える)のは面白いと思った。
 
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今回紹介した論文
Organization of Chromatin by Intrinsic and Regulated Phase Separation, Cell, 2019
Bryan A. Gibson, Lynda K. Doolittle, ..., Sy Redding and Michael K. Rosen
 
画像の引用

ibiologyまとめ#1 David Sabatini_栄養センサーmTORの発見

今回は新コーナーということで、iBiology(分野の大御所が自身の研究について紹介してくれるサイト)のまとめ。
 
初回はDavid Sabatini。写真のような方。作曲家か指揮者みたいですね。

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iBiologyについてはこちら。
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David Sabatiniは栄養センサーとして知られるmTORの同定で非常に有名である。
 
mTORは超有名分子なのでおなじみの方も多いだろう。ではこのmTORはどのように発見されたのだろうか?
 
mTORはTarget of Rapamycin(ラパマイシンターゲット)の略。というわけで、まずはラパマイシンについて紹介。
 
  
 
ラパマイシンは上の構造をしている化合物で、太平洋に浮かぶラパヌイ島(イースター島、モアイがある島)で単離された。
 
ラパマイシンは医療用の医薬品として免疫抑制剤抗がん剤として使われている。
 
興味深いことに、ラパマイシンは寿命を延ばす効果があることなども知られている。
 
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Sabatiniがラパマイシンの研究を始めたのは、彼がジョンズポプキンス大学で大学院生の時だった。
 
当時彼が所属していたラボでは、いろんな種類の低分子を集めて、その生理活性を調べていたらしい。
 
その中で、Sabatiniがラボに入るころは、タクロリムス(FK506)の作用機序を調べてた。
 
(*タクロリムスは筑波山でとれたとされる化合物で、藤沢薬品工業が発見し、販売を始めた。日本発の素晴らしい医薬品だと思います。)
 
この結果、タクロリムスはFKBPというタンパク質に結合してカルシニューリンを活性化することが分かった。(Liu et al, Cell, 1991)
 
このとき、部分構造が一致するがカルシニューリンは活性化しない"コントロール"として取られていたのがラパマイシンだった。
 
(左がタクロリムスで、右がラパマイシン)
   
 
 
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このとき、タクロリムスとラパマイシンが同じタンパク質(FKBP;たぶんFK506 Binding Protein)に結合することまでは分かっていた。
 
では、ラパマイシンはFKBPと結合したのちに、どのようなタンパク質をターゲットするのだろうか?
 
この標的に迫るため、Sabatiniはラパマイシンが結合したFKBPを放射線ラベルし、結合するタンパク質をMSで解析した。
 
その結果、ラパマイシンが結合した時にだけFKBPと結合する因子として、それまで未知だったタンパク質を同定しTOR(Target of Rapamycin)と名付けた
 
比較的大きな分子で当時クローニングは簡単ではなかったらしいが、配列も決めている。
 
これが世にいう?mTORの同定である(Sabatini et al., Cell, 1994)。
 
ちなみに、ほぼ同時期に、ラパマイシンが効かなくなる変異体スクリーニングからもmTORとられた。
 
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この後、数多くの研究によって、mTORは細胞の栄養状態によって活性状態を変化させることが分かった。すなわち、mTORは"栄養センサー"である。
 
では、mTORはどのように栄養状態を感知するのだろうか?
 
まずSabatiniは、細胞を飢餓状態にしたあとにアミノ酸を加えると、mTORが粒状になりリソソームに局在することを見出す。
(ちなみにこの実験はSabatiniが御父上から提案されたらしい)
 
さらに、リソソーム上でmTORと結合する因子を次々と同定していった。(Lim et al., JCB, 2016より引用)
 
これらの多数の因子を複雑な制御を受けて、mTORの活性は制御されていることが分かっている。
 
 
では、まさに栄養をダイレクトに感知している分子は何だろうか?
 
Sabatiniは特にアミノ酸を感知する分子をよく研究している。
 
これらの結果、上の図にもあるようにSLC38A9とCASTORがアルギニンセンサー、Sestrinがロイシンセンサー、また図にはないがSAMTORがメチオニンセンサーであることを明らかにしてきている。
 
特に興味深いのはロイシンセンサーのSestrin。彼らはSestrinの構造を決めて、ロイシンが結合するサイトを同定している。
 
さらにここに点変異を入れることでロイシンの量を感知できなくなることも示していてすごい。(Saxton et al., Science, 2016)
 
 
ここまで見せられると、本当にこの分子がアミノ酸をセンスしているというのに説得力がある。
 
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iBiologyの講義は3パートに分かれている2パート目までが大体このような内容。
 
mTORの歴史から今の研究の流れまですっきりと整理された感じがした。
 
次は相分離のDr.Roy ParkerかクロマチンのDr.Jan-Michael Petersかなあ。
 
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Biostationの最近の他の記事もよろしければどうぞ。

 
 

マクロファージの前座を務めますのは??

 
生物はわずか一つの受精卵から細胞の分裂と分化を繰り返し、多数の細胞からなる個体を形成する。
 
この細胞をどんどん増やしていくという発生の過程において、一方でいくつかの細胞は細胞死していくということが知られている。
 
発生において、細胞が正しく死んでいくことは、個体全体の発生をうまく進めるために極めて重要である。
 
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この「プログラム細胞死」の中でも特に重要なものとして、神経管が閉鎖する時期における細胞死がある。
 
例えばアポトーシスができないマウス胎児は、不要になったモルフォゲン産生細胞を除去できず脳形成が異常になることが知られている(Nonomura et al., 2013)。
 
このとき重要なことに、アポトーシスした細胞は貪食細胞によって貪食され、速やかにクリアランスされる。
 
ところが、この神経管閉鎖が起きるような極めて早い発生ステージにおいては貪食細胞であるマクロファージなどはまだ胎児で機能していない。
 
そこで、この発生ステージの早い段階において、死んだ細胞をクリアランスする細胞の実体は不明であった。
 
今回この大きな課題に取り組んだ論文を紹介する。
 
 
(ちなみに、この論文にはシングルセルなんとかseqも、フェーズセパレーションも、CRISPRも流行の手法は全く出てこない。それでも面白い問いを立てれば面白い研究はできるんだなあ、というのを実感した。)
 
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彼らはゼブラフィッシュをモデルとして用いている。(タイムラプスイメージングとかしやすいから)
 
まず、筆者らは20hpfという早い発生ステージでDorsal trunkという領域で細胞死がおこっていることを発見する。これは、発生の過程で細胞死が起きているという報告と一致する。一方このとき代表的な貪食細胞であるマクロファージは細胞死している細胞の近くにいないことをみている。
 
では、死んだ細胞たちはどの細胞によって貪食されるのだろうか?
 
これまでの報告で、細胞死する細胞の近くに神経堤細胞が存在する可能性が示唆されていた。
 
そこで筆者らは神経堤細胞をラベルする新しいゼブラフィッシュラインを作成し観察を行った。この結果、細胞死している細胞の近くには神経堤細胞が存在することが分かった。
 
このとき、神経堤細胞が細胞死した細胞を包み込み、まるで貪食しているような様子が観察された。この結果は、意外にも”神経堤細胞"が、死細胞を貪食している可能性を示唆する
 
 
(緑が神経堤細胞で、丸で囲われた細胞が死にゆく細胞。三角で示された神経堤細胞が移動して、死にゆく細胞を貪食する様子が分かる。)
 
さらにこのとき、神経堤細胞ではLamp1やPI(3)Pが陽性であり、いわゆる貪食細胞と同じようにファゴソームを形成していることが分かった。
 
すなわち、神経堤細胞は実際に死細胞を分解する貪食細胞として働いている可能性が示唆された。
 
これらの結果がハイライトで、あとは割愛してしまうが、他にも
- 人工的に細胞を殺すと神経堤細胞はその細胞に向かって移動すること
- 死細胞への移動はインターロイキンシグナリングに依存すること
などを示している。
 
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なお、今回の論文では示されていないが、以下のような点は追求してもよいかなと思った。
 
1. 本当に神経堤細胞による貪食は発生に不可欠か?神経堤細胞による貪食の阻害が必要だが難しい、というディスカッションはされていたが、このデータは欲しい。
 
2. 貪食を行う神経堤細胞は特殊なサブタイプから構成されるのか?シングルセルRNAseqなどによるサブタイプ解析はもう始めているかもしれない。
 
いずれにせよ、今後も沢山の新しい疑問を生む良い研究だと思った。
 
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これまで発生過程において細胞死が起きること、その細胞死が正常な個体発生に重要であること、はよく知られてきた。
 
しかしながら、マクロファージなどがあまり機能しない発生の早いステージにおいて、細胞死した細胞をどの細胞が貪食するのかは不明であった
 
今回、神経堤細胞というやや意外な細胞が死んだ細胞を貪食する可能性が明らかになった。
 
これはどのように細胞運命が制御され、精密な個体発生が実現するか解明する大きな一歩である。
 
以下グラフィカルアブストラク

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Migratory Neural Crest Cells Phagocytose Dead Cells in the Developing Nervous System, Cell, 2019

病原を「寛容」する分子メカニズム

「腸チフスのマリー」として知られるメアリー・マローンをご存知だろうか。
 
メアリー・マローンは1869年~1938年に実在した人物で、アメリカにおいて住み込み料理人として働いていた。
 
彼女が有名になってしまった発端は、メアリーの勤め先の近辺で腸チフス患者が相次いだことである。
 
実際、彼女の周りで47名の感染者と3名の死者が出たことが知られている。
 
これだけだと、彼女が料理人の立場を悪用して、チフス菌を混入させた大悪人のようにも思える。
 
しかしながら、実際はそうではなかったようだ。
 
彼女は腸チフスを患いながらその症状が出ていない状態であった。
 
つまり自分が腸チフスと自覚しないまま料理を作り、チフスを広めていたということらしい。(以下ニューヨークアメリカン誌の記事)
 
 
(以上、Wikipediaを参考)
 
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この例で重要なことは、病原体に感染した際に恒常性を維持する仕組みには、病原の「排除」だけではなく、病原に対する「寛容」があるということである。
 
多くの免疫研究は病原の「排除」を目指しているが、健康的な生活を送るためには積極的に「寛容」を選ぶような治療も重要である。
 
このため、「寛容」の分子メカニズムを明らかにすることは非常に重要である。
 
しかし、その重要性にもかかわらず「寛容」の分子メカニズムはほとんど明らかではなかった。
 
今回は、GDF15という因子が「寛容」を実現するための重要な因子である、という論文を紹介する。
 
 
(Ruslan Medzhitovさんは(免疫畑ではない)管理人も知っているくらい著名な免疫学者。ウズベキスタン出身。奥さんは日本人で免疫学者。)
 
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まず、筆者らは炎症が引き起こされた時に血中に増える因子を探し、GDF15という因子が炎症の後に増加することを見出す。
 
GDF15というのはTGFβの仲間で、炎症や代謝に何か関係はありそうということは報告されていたらしい。
 
そういうわけで、何かしらGDF15は大事なのだろうということで、筆者らはGDF15を中和抗体で阻害した。
 
このとき、GDF15が阻害されると、敗血症が誘導された時の生存率が有意に減少することが分かった。
 
すなわち、GDF15は何かしら炎症時の恒常性維持に重要な働きをすることが示唆された
 
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普通なら、GDF15は免疫機能に重要で、GDF15の阻害で病原体の排除がうまく行かなったのだろう、と考えるかもしれない。
 
ところが興味深いことに、GDF15を阻害しても病原体の量は変わらないことが分かった(少なくとも彼らの系では)。
 
これは、GDF15は免疫機能ではないところで、生体の恒常性維持に貢献していることを示唆する。
 
ちょっと端折るが、筆者らはGDF15は心臓保護機能に重要であることなどを見出している。
 
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では、GDF15はどのように炎症時に恒常性の維持に働くのであろうか?
 
筆者らは、GDF15が細胞の代謝状態を変化させること、具体的にはトリグリセリドの量を変化させていること発見する。
(これまで「寛容」について迫った論文で代謝状態の変化というのは言われていたのでそれっぽくてよい。)
 
実際、GDF15を阻害した時でもトリグリセリドの量を増やすと炎症時の生存率が改善することをみている。
 
すなわち、GDF15は代謝状態を変化させることで(病原体の量は変化させずに)、生体の恒常性維持に貢献することが示唆された。
 
まさにこれは「寛容」と同じような状態であり、GDF15は「寛容」を制御する重要な因子であることが分かった。
 
以下Graphical Abstrac

 

f:id:Jugem:20190811184307j:plain

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繰り返しにはなるが今回の論文では、GDF15という因子がキーファクターとなって、細胞の代謝状態を変化させ、病原体に対する「寛容」を誘導することが分かった。
 
次は「排除」と「寛容」を分けるトリガーは何なのかとか、トリグリセリドの量が寛容につながる分子メカニズムは何なのかとかが知りたいところ。
 
いずれにしても、病原体に対する応答は排除だけではない、共生するという道もある、というのは重要な概念。だと思う。
 
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参考
GDF15 Is an Inflammation-Induced Central Mediator of Tissue Tolerance, Cell, 2019

発生イベント制御に関与するLin28a遺伝子の時期特異的な発現操作による表現型解析(筆頭著者による論文紹介)

今回、筆頭著者による論文紹介第3弾(第1弾ペルオキシソーム第2弾場所細胞)ということで、(元)東大薬、遺伝学教室の村松さんにご寄稿いただきました!

管理人は研究内容はもちろん、大変だったことに書かれているゼロイチ実験(ネガデータの場合得られる情報が0になってしまう実験)の考え方も勉強になりました。ぜひ最後までご覧ください!

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こんにちは。今回は、発生イベントのタイミング制御に関わると考えられている、Lin28aという遺伝子の機能解析に関する論文を報告しましたので、その内容をご紹介します。

 

Lin28はRNA結合タンパク質であり、標的mRNAに結合して翻訳を調節する作用を持っています。線虫からヒトに至るまで高度に保存されており、多くの生物種で発生初期に発現が高く、中期にかけて全身性に発現が減少するという挙動を示します。哺乳類ではLin28aとLin28bの二つのホモログが存在し、Lin28aは未分化性の維持に関わる等、発生過程において重要な役割を持つことが知られています。

しかしながら、発生初期にのみ発現が高いというLin28aの発現「パターン」が発生イベントにどのように影響するのかに関しては、ほとんどわかっていませんでした。そこで私たちは、Lin28a発現パターンを操作し、発生に与える影響を調べることで、Lin28aの機能を探ることを試みました。

 

 

私たちは、Lin28aの発現が劇的に減少する神経管閉鎖期(胎生8日~10日)においてLin28aを一過的に過剰発現させることで、Lin28aの発現減少のタイミングの遅延を模倣し、その表現型を調べました。具体的には、Tet-ONシステムというシステムを用い、Doxycycline(Dox)を投与することで一過的にLin28aを過剰発現させました(図)。

 

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図:tetO-Lin28aとROSA-rtTAのダブルトランスジェニックマウスにおいて、Doxを投与すると一過的にFlag-Lin28aを過剰発現することができる。

 

発生の最終的な影響を観察するために、出生時の表現型を観察したところ、神経管閉鎖の直前である胎生8.5日にDoxを投与した群では、Doxを投与していない群に比べて、新生児において高い致死率を示すと同時に、体重増加がみられることが分かりました。

更に胎生4.5日のみ、又は胎生16.5日のみでDoxを投与した群では新生児の致死率は高かった一方、体重増加がみられませんでした。つまりLin28aの機能には時期特異性があることが示唆されました。すなわち、神経管閉鎖期におけるLin28aの発現パターンが胎児の体のサイズ制御に関わることが示唆されます。

 

また、面白いことに、胎生8.5日と9.5日の両日にDoxを投与した群では、新生児の致死率の上昇・体重増加がみられるだけではなく、尾椎数が増加することが骨染色の結果から明らかになりました。尾椎数の表現型は胎生8.5日のみでDoxを投与した群ではみられなかったことから、尾椎数が伸びるという表現型は神経管閉鎖期よりも後期のLin28aの発現パターンの変化によるものである可能性が考えられます。
体節は後に脊椎となる組織で、胎生8日以降、1-2時間に一つの割合で一つ一つ形成されていきます。発生が進むにつれ形成速度は落ちていき、胎生14日ごろ終了します。Lin28aは尾における体節形成の終了タイミングに関わる可能性が考えられます。

 

先程の結果では、神経管閉鎖期におけるLin28aの発現減少が胎児のサイズ制御に関与することが示唆されました。そこで、胎生8.5日Dox群における胎生18.5日での臓器重量を調べたところ、実験を行った6臓器のうち脳の重量が最も(Lin28aの一過的過剰発現の影響を受けて)増加しているという結果を得ました。先行研究でLin28aは神経幹細胞の増殖や未分化性維持に関わることが示されており、今回の結果と合わせると、Lin28aは神経管閉鎖期での神経幹細胞の運命転換のタイミングに関与して幹細胞のプールサイズを制御する可能性が示唆されます。

 

今回の研究では、神経管閉鎖期におけるLin28aの役割の一端を、一過的過剰発現の系を用いて明らかにしました。今後、より高い解像度でLin28aの機能が解明されるのを待ちたいと思います。

 

苦労したこと、大変だったこと

初歩的な点で恐縮ですが、一番大変だったのはマウスの数が慢性的に不足していたことです。

メイトをかけてから、長いときは3週間近く待たなければならないので、ハエや細胞に比べて結果が出るまでにかなり時間を要する点が悩ましい点でした。また、実験で用いたLin28aマウス(B6J系統)は普通のB6Jよりも短命で老化が早いこと、若くして突然死する個体も一定の頻度で現れることなどから、サンプル集めにも苦労していました。

このような背景から、行いたい実験を漫然とすべて行うのではなく、優先度を決めることが重要なのですが、そこの判断が難しかったです。学んだこととしては、ゼロイチ実験(ネガデータの場合得られる情報が0になってしまう実験)をはじめから行うのではなく、まずは、結果がどうであれ役立つような観察系の実験を優先的に組み、仮説の傍証を集めた上でゼロイチ実験を行うことが(場合にもよると思いますが)重要だと思いました。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

論文

Temporal Regulation of Lin28a during Mammalian Neurulation Contributes to Neonatal Body Size Control, Developmental Dynamics, 2019 (リンク)

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ニューロンは特別ではない?_2

 
前回の記事で、ショウジョウバエの気嚢原基サイトニーム(下の図のもしゃもしゃしたやつ)という特殊な突起を持っていて、そこからシグナルを受け取ることを紹介してきた。

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このサイトニームはなんだか特別な構造体のように思えるが、まあそうでもない。
 
ニューロンも同じようにアクソンやデンドライトといった突起を伸ばしてシグナルのやり取りをしている。
 
形からは確かに、ニューロンとサイトニームは似ていそうな感じがする。
 
今回、そのほか多くの点でサイトニームシナプスと似ていることを明らかにした論文を紹介する。
 
これは、シナプスは特別な細胞ではないことを明らかにしたという点で面白く、また細胞間コミュニケーションの理解を深める点でも非常に勉強になる。
 
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そういうわけで、論文について紹介したい。
 
まず、ニューロンの大きな特徴として、細胞内へのカルシウムの流入が挙げられる。
 
ニューロンは刺激を受けると細胞内にカルシウムが流入し、この流入下流の様々なイベントに重要である。
 
そこで初めに、筆者らは気嚢原基でもカルシウム流入が存在するのか検証を行った
 
このため、CGAMPというカルシウムセンサーを導入し、イメージングを行った。
 
すると、驚くべきことに気嚢原基及び、サイトニームでカルシウムの流入がみられることが分かった。
 

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(緑がカルシウム検出のシグナル。左はシグナル分子の受容体に蛍光タンパク質を付けたもの)
 
これは、非神経の細胞においては、人類が初めて見た、細胞突起におけるカルシウム流入であろう。
 
さらに筆者らは、ERにカルシウムを貯蔵するためのタンパク質のノックダウン、EGTAによる細胞外カルシウムのキレートにより、カルシウム流入がシグナル分子をサイトニームで運ぶのに重要であることを示している。
 
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では、カルシウムの流入はどのようなタンパク質で担われるのだろうか?
 
筆者らは気嚢原基において、カルシウムチャネルを網羅的にノックダウンし、サイトニームが形成が異常になる変異体を探した。
 
その結果、グルタミン酸受容体であるGluR2の欠損でサイトニームの形成が異常になることが分かった。
 
実際GluR2の欠損でカルシウム流入がみられなかったことから、GluR2こそがサイトニームへのカルシウム流入を制御する因子であることが示唆された。
 
これは非常に興味深い。なぜなら、グルタミン酸作用性シナプスと同じように、サイトニームグルタミン酸をシグナル伝達因子(サイトニームトランスミッター)として使っている可能性を示唆するためである。
 
実際、GluRのブロック、グルタミン酸の添加実験により、グルタミン酸はサイトニームトランスミッターのように働くことが分かった。
 
すなわちサイトニームグルタミン酸作動性と言えるだろう。(神経以外の細胞でグルタミン酸作動性という言葉を使うことがあろうとは...!)
 
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次に筆者らは、サイトニームの機能がシナプスと同じような遺伝子で担われているのかについて検証を行った。
 
まず筆者らはニューロンのポストシナプス因子であるSyt4という因子と、Nlg2という因子がサイトニームの形成に重要であることを示した。

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(左がSyt4をシグナル産生細胞でノックダウンしたもの。右がSyt4を気嚢原基でノックダウンしたもの。Syt4を気嚢原基でノックダウンした右だけで気嚢原基の形成が異常になっている。)
 
重要なことに、これらの因子をシグナル産生細胞で欠損させても表現型はみられない。すなわち、サイトニームとシグナル産生細胞とのシグナル伝達には非対称性があることが示唆される。
 
(本当はこれらの因子についてもう少し突っ込んで実験しているが割愛...)
 
この結果は非常に驚きであるが、サイトニームニューロンぽい形をしていなくもないのでまだ理解できるかもしれない。
 
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そこで次に、筆者らはシグナル産生細胞(こちらはニューロンには見えない)がプレシナプスと同じ因子を必要としているか検証を行った。
 
これのため、ニューロンのプレシナプスで重要な因子であるCac, Stj, Syt1, Sybという4因子をノックダウンした。
 
その結果、これらの因子をシグナル産生細胞でノックダウンするとサイトニームの形成が異常になることが分かった。
 

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(左がSyt1を気嚢原基でノックダウンしたもの。右がSyt1をシグナル産生細胞でノックダウンしたもの。Syt1をシグナル産生細胞でノックダウンした右だけで気嚢原基の形成が異常になっている。さっきのSyt4とはノックダウンしている細胞が逆なことに注意。)
 
シグナリングセンターでシナプス関連遺伝子を欠損すると上皮細胞(気嚢原基)の形成が異常になるというはとても驚きである。
 
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最後に、筆者らはニューロンを同じように、膜電位の変化がサイトニームで伝播しうるのかを検証した。
 
このため、シグナル産生細胞にチャネルロドプシンを発現させ、光で刺激した。
 
このとき気嚢原基でイメージングを行うと、気嚢原基ではチャネルロドプシンは発現していないにもかかわらず、シグナル産生細胞の脱分極が伝播し、カルシウムが流入することが分かった。
 
当然、気嚢原基は非神経系の細胞であり、ニューロンではない。まさか非神経の細胞で脱分極が伝播するとはだれが思っただろうか。
 
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以上の結果から、形態的、機能的、遺伝学的観点から、サイトニームニューロンシナプスと非常によく似ていることが分かった。
 
これは、ニューロンのようなシグナル伝達形式は決して特別ではないことを意味する。
 
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この発見は、ニューロンの進化的な起源についても示唆する。
 
ニューロンのような突起を用いたシグナル伝達経路は神経の獲得と共に突然出てきたものではないだろう。
 
この点で、サイトニームのような構造はニューロンの起源となっている可能性もある。
 
実際、神経のない生き物でもグルタミン酸受容体があったりカルシウム流入があったりするらしい。こういった進化的な視点でもサイトニームは面白い。
 
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ちなみに、このサイトニームは今回のような気嚢原基の系だけに留まらず存在していることが報告されている。
 
これまでに、ハエの他の組織やマウスの初期胚でも同じような構造体がみられていることが知られている。
 
こういった点で、サイトニームは今考えられているよりも、もっと一般的である可能性もある。
 
よくよく生物を観察すると気づくことのできる未知の生命現象はまだまだたくさんあるのだろう。
 
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参考
・Glutamate signaling at cytoneme synapses, Biorvix, Science, 2019